漫画家へGO プロ漫画家インタビュー

No. 4月が導く異世界道中
木野コトラ先生

わたしの履歴書

第1回 結婚&出産を経て、唐突に商業デビュー!? 運命が導く漫画家道中!

同人活動に明け暮れた高校時代、その後活動をやめて就職・結婚へ

――本格的に漫画を描くようになるのはいつごろからでしょうか?

高校時代ですね。中学3年生の時、近所の高校の漫画研究部が作ったコピー本を読む機会があったんです。そこに上手な漫画が載っていて、読んだ瞬間にビビっときました。「この高校に入って、この先輩たちといっしょに漫画を作りたい!」って。ずっと勉強をサボっていて、偏差値が足りてなかったんですけど、この時ばかりは絵を描くことは封印して受験勉強をがんばりました。なんとか志望校に入学してみたら、憧れの先輩は3年生……。結局1年間しかいっしょに部活ができませんでしたが、とても刺激になりました。文化祭では、部員の作品を集めた部誌を作って配布しました。

――そこで初めて、いろんな人に見せられる漫画を描いたんですね。

そうですね。コミックマーケット(以下、コミケ)の存在を知ったのも高校時代でした。地元の同人イベントにも参加して、「ハイスクール・オーラバスター」(若木未生/集英社)の二次創作本を出したのが思い出です。他には「新世紀GPサイバーフォーミュラ」(サンライズ)や「ファイナルファンタジーⅥ」(スクウェア・エニックス)など、同人誌なので好きな作品を題材にしていました。漫画研究部のOGが地元の同人イベントを主催する方だったので、運営のお手伝いもしたんですよ。

――高校に入ってから、すごい勢いで活動していますね。

突然活発になり、人間関係も一気に広がりました(笑)。でも、人付き合いが苦手だったので、友達の友達のような、少し縁遠い知り合いに対応するのがだんだんつらくなってきちゃって……。高校卒業後は普通に就職したんですが、それを機に漫画を描くことも同人活動も、1回やめてしまったんです。もちろんお絵描きはライフワークなので、続けていましたけど。

――漫画を描くのをやめたんですか!? ……では、ふたたび漫画を描き始めたのは?

結婚してからですね。結婚2年目で今の家を建てて、3年目で長男を授かり、それを機に勤め先を退職しました。でも、長男の出産直前に、主人が運転していた車が後ろから追突されまして……。主人は広告デザインの仕事をしていたんですが、後遺症で長時間モニターを見続けるのが難しくなって、仕事を辞めることになったんです。だから、2人して無職になってしまい……。

「月が導く」第10話の最終ページ。ヒューマンが話す「共通語」の文字デザインは、実は元デザイナーのご主人が手がけているのだ。

――それは大変でしたね……。

当時は若かったからかあまり深刻にならず、主人の療養中は私がアルバイトをしながら食いつないでいました(笑)。主人が再就職するまで、そんな生活が2年くらい続いたんですが、その間にオンラインゲームの「ファイナルファンタジーXI(以下、FF11)」(スクウェア・エニックス)が発売されまして。夫婦2人してどっぷりはまりこみ、とりあえず1冊、同人誌を作ってみたんです(笑)

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