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3巻
3-1
しおりを挟む第一章 女子会をしましょう
「女子会をしましょう」
それは、何気ない一言から始まった。
生まれ故郷のグランド王国、辺境伯邸から出奔して辿り着いた、ダリア共和国。
ナギは大森林内で出会った少年、エドと、共和国の首都であるダンジョン都市で冒険者として活動している。黒狼族の獣人だった彼の前世も同じ日本人──どころか、目を掛けていた職場の部下だったことから、今では唯一無二の相棒だ。
二人とも転生特典として特別なスキルや魔法を得ていたので、冒険者生活を大いに満喫している。
東地区にある、通称「肉ダンジョン」の四階層が現在の二人の狩り場だ。
フォレストボアが狩れることとフィールドでキノコがたくさん採取できることから、すっかりお気に入りの主戦場となっている。前世では黒いダイヤと名高かった黒トリュフも見付けることができるので、魔獣素材以外での副収入も美味しいのだ。
肉料理に合うトリュフは自分たち用もしっかりと確保しつつ、堅実に稼いでいる。
見習いから晴れて冒険者に昇格した二人の次なる目的は、マイホーム用の土地を買うこと。
建物はある。【無限収納EX】に収納して、辺境伯家からこっそり貰ってきた別荘だ。亡くなった母が住んでいた別宅で、幼い頃のナギが暮らしていた思い出深いお屋敷でもある。
良い土地さえ見つかれば、その別荘を設置して住むつもりだ。
そのため、ナギとエドの二人は冒険者活動の合間に土地探しをする日々を送っている。
今のところは、居心地の良い宿『妖精の止まり木』を拠点にして。
東のダンジョンの四階層で活動を始めてから、大量に手に入るようになったフォレストボア肉。
たっぷりの栄養を蓄えたフォレストボアは良質な脂身の持ち主だ。硬く締まった肉も長時間弱火で煮込めば、とろとろの食感の美味しい肉料理に仕上がる。
それを知るエドの強い要望で、フォレストボア肉を使った角煮を作ったのだが──
「さすがに多すぎるよ……?」
「反省している」
辺境伯邸の厨房から失敬してきた寸胴鍋五つ分の角煮を前に、ナギは途方に暮れていた。
前世でも人気のラーメン屋などで見かけたことのある寸胴鍋はとにかく大きくて重い。
辺境伯軍の野営時にも利用されていたそれは、鍋だけの重さでも十キロ以上あり、ナギには持ち上げられないほどの大きさだった。
(六十リットルはありそう。そんな寸胴鍋五つ分の角煮……)
想像しただけで頭が痛くなってくる。どうして、こんなに作ってしまったのか。
昨日と今日、二日続けてナギとエドはダンジョンに潜った。
ジャムを作るためのベリーの大量採取が主目的。ついでに白黒のトリュフもストックに加えたかったので、いつもよりは気楽にダンジョンに挑んだのだ。
二日もダンジョンに通えば、満足のいく量のベリーは採取できる。
その副産物として、フォレストボアとラージラビットの肉が大量に手に入った。
「素材はギルドに買い取ってもらえたし、お肉も半分以上は売り捌けたから良かったね」
「かなりの儲けになったな。金貨五枚はある」
「まだ大量の在庫が収納にあるけどね」
焼き物、煮物、スープに揚げ物。ボア肉は様々な料理と相性がいいので、自分たちで消費することにして持ち帰った。
汗を流し、楽な部屋着に着替えて。せっかくだからジャムを作ろうと思い立ったまでは良かったのだ。宿のキッチンを甘い匂いを満たすのは拷問だと宿泊仲間に泣かれて部屋に戻り、いつものように【無限収納EX】スキルの空間でジャム作りに励むことに。
「あのまま続けていたら、師匠たちに押し掛けられていただろうから、むしろ良かったと思う」
「うさぎさんとエルフさん、甘い物が大好きだもんね……」
油断すると、ジャムの瓶を抱え込んで綺麗に舐め尽くしてしまうほどに甘い食べ物が大好きな二人なのだ。
「それはそれとして、いくらなんでも角煮は作り過ぎだよね?」
「すまない。調子に乗ってしまった。詫びに責任を取って全部俺が食べる」
「それはお詫びじゃなくて、ご褒美では?」
調理台にありったけの卓上魔道コンロを並べて、ブラックベリー、ブルーベリー、ラズベリーのジャムを煮ている隣で角煮を作ろうと思い立ったのはナギだ。
オーブン付きの魔道コンロは三口ある。寸胴鍋三つを並べても充分なほどの大きさだ。
下準備は二人で頑張った。生姜に長ネギ、せっかくなので煮卵も作ることにして。
交代でジャムと角煮の鍋を行き来して、たくさん作った。雑貨屋で大量の瓶を購入しておいたので、ジャムを詰める作業も楽しかった。砂糖を使ったものと蜂蜜を使ったものと二種類ずつ作るのも面白かったし、以前に採取していたイチジクやりんごもついでに煮込んでみた。
ジャム作りに興が乗ったナギが途中から角煮作りをエドに任せてしまったのが元凶だろう。
スキル内の空間は時間が停止している。どれだけ熱中して作業しても、外に出ればまだ夕食前の自由時間。せっかくなので、よく使うジャムはたくさん作り溜めしておこうと考えて、収納していた大量の果物をナギはことことと煮詰めていった。
ジャム用の瓶が無くなってからは、コンポートに挑戦して。
果物の在庫が切れれば、卵と牛乳をメインにした菓子作りに熱中した。
「ふと気が付いたら、エドったら寸胴鍋ぜんぶに角煮を錬成してくれていたのよね……」
「どれも良い出来だ」
「味見までしてくれて、ありがとう」
ついつい蒸し器を使ったプリン作りに熱中してしまったナギにも落ち度はある。
うきうきと角煮を作るエドをちゃんと監視していなかったのだから。
「毎日食べても一ヶ月では無くならない量よね。収納しておけば悪くならないからいいけど」
だが、さすがに食いしん坊の二人でもこれだけの量の角煮は飽きる。美味しいけれど、飽きる。
そんなわけで、フォレストボアの角煮を鍋に移し替えて、差し入れに回すことにしたのだ。
「ミーシャさんとラヴィさんにプレゼントしちゃおう。きっと、あの二人ならこの量でもぺろりと平らげてくれるわ」
「甘いぞ、ナギ。その鍋もう一つ分は余裕だと思う」
「あんなにほっそりした美女よ? さすがにそれは無理なんじゃ……。え、本気?」
こくりと真顔で頷かれ、慌ててもう一つ鍋を用意した。
エドの忠告は当たっており、それぞれ一つずつ鍋を抱えて幸せそうに角煮を頬張っていく師匠たちの姿を目にして、密かにドン引きしたのは内緒である。
二人ともちょうど宿のキッチンで夕食を作るところだったので、喜んで受け取ってくれた。
「角煮とっても美味しかったわ!」
「フォレストボアの肉をここまでの高みに調理するとは。さすが私たちの自慢の弟子です」
綺麗に完食した二人にナギはそっと新作のスイーツを提供する。湯呑みサイズの陶器の器に入ったプリンだ。初めて蒸し器で挑戦してみたけれど、思ったよりも上手にできたように思う。
「なぁに? ミルクのお菓子?」
「これは卵では?」
「どっちも正解。プリンっていうお菓子です」
「ぷりん?」
「美味しいです、ぷりん」
きょとんと小首を傾げる白兎獣人ラヴィルの隣で、まったく躊躇することなくプリンに口をつけたのはエルフのミーシャだ。プリンに添えたスプーンを咥えたまま、感動に震えている。
目にしたラヴィルも慌ててプリンを口にした。
「なにこれ、あまーい! こんなにやわらかなお菓子、初めて食べたわ」
「ジュレとも違う、優しい舌触り……。甘くて、滑らかでとろけそう。ほのかに苦い、この黒いシロップも美味しいです」
「もう無くなっちゃったわ」
「おかわりは……?」
「ごめんなさい。四人分しか作っていなくて」
陶器の茶碗が四個しかなかったのだ。それなりに高価な陶器をいくつも買う余裕はないし、母の別荘にある陶器は繊細な作りをした紅茶用カップばかりなので、使えるはずもなく。
「きっと、とんでもなく難しいレシピなのね」
「おかわりは諦めましょう。でも、また作った時にはご相伴にあずかりたいです」
「それはもちろん」
特に難しいレシピではないが、頻繁に強請られても困るので、笑顔で頷いておいた。
「はぁ……。それにしても、ボア肉料理もプリンも最高だったわ。お礼は何がいいかしら」
「ちょうど明日、二人で街をぶらつく予定でしょう? そこにナギを誘うのは?」
「え?」
「ああ、いいわね。そうしましょう」
「いいんですか。二人のお出掛けにお邪魔しても」
笑顔のラヴィルに手を握られて、慌ててミーシャを見上げる。美しい翡翠色の瞳を細めたミーシャが微笑ましそうにナギを見つめて、口元を綻ばせた。
「気ままに街をぶらつくだけの休日ですが、今日のお礼に付き合ってもらえると嬉しいです」
「そうよー。楽しいのよ? 女の子用の可愛い雑貨屋とか服屋とか、美味しいお茶を出してくれるお店でお菓子を摘んだりするの」
「え、それは楽しそう……。この国でも女子会ってあるんですね」
「女子会?」
ミーシャが小首を傾げている。ラヴィルも不思議そうな表情をしているから、この国どころか、この世界には「女子会」は存在しないようだ。失言だった。
「ええと、仲のいい女の子たちだけで集まって、美味しい物を食べたりお酒を飲んだり。とにかく、楽しくおしゃべりする集まりのことです」
「なにそれ楽しそう!」
「いいわね。それをしましょう、女子会。いい響きです」
上機嫌な美女ふたりに挟まれたナギが戸惑っている間にさくさくと女子会の予定が組まれていく。エドは師匠たちからの有無を言わさない笑顔を前に、可哀想に固まってしまっている。
「オオカミくん、聞いていたわよね? 女子会の話」
「女子だけの会だから、貴方はお留守番です」
「………はい」
もとより女三人の買い物やおしゃべりに付き合うのは大変なので、エドも否やはなかったのだろうが。ナギのことが心配らしく、おそるおそる口を開いた。
「護衛は……」
「ん? なんですって?」
「私もラヴィも揃っていて、それでも必要なのでしょうか。その、護衛とやらが?」
「宿で、留守番しています」
撃沈した少年に、ナギはごめんねと合掌する。エドにはお土産を買ってきてあげよう、と心に誓いながら、久しぶりの女子会への期待に胸を震わせた。
女子会は、翌日。「せっかくの女子会なのだから、男装は禁止ね」とラヴィルに念押しされてしまった。いつも通りの服装で出掛けるつもりだったので、ナギは頭を抱えてしまう。
「どうしよう……」
悩むナギに気付いたミーシャがぎこちなく頭を撫でてくれた。
「ミーシャさん?」
「大丈夫です。明日は私が魔法をかけてあげるので、とびきりお洒落していらっしゃいな」
やわらかに微笑まれて、ナギは戸惑いながらも頷いた。
「……分かりました。じゃあ、明日」
「ええ、楽しみにしています」
「女子会、よろしくね!」
未成年には遅い時間だったので、二人とはそこで別れて部屋に戻った。エドが心配そうにこちらを見てくるが、何でもない風に笑って受け流す。
久しぶりの女子会は楽しみだ。ミーシャにラヴィル、どちらもとびきりの美女で心も肉体も強い、素敵な女性たち。きっと楽しい時間を過ごせるだろう。
(憂鬱なのは、『アリア』の正体がバレてしまった時のことを、つい考えてしまうから)
国を跨いで出奔し、冒険者の身分を偽名で得て、令嬢の証である長い髪も切り落とした。
エドと過ごす刺激的な日々は楽しくて、夢のような毎日だった。
美味しいご飯を食べて、清潔で快適なベッドで眠る。冒険者として働いて、得たお金は搾取されることもなく、自分たちで好きに使えるのだ。
自分をいない者として無視をしたり、虐めたりする者はここにはいない。意地悪をされたとしても、抗えるだけの力は付けたので、もう独りぼっちで可哀想な『アリア』じゃない。
(この幸せな時間を、場所を。誰かに奪われるのは嫌だな)
辺境伯家の財を奪ったお尋ね者として、王国から追手が来たらどうしよう。
自分の物を取り戻しただけだと考えてはいるが、宝物庫の魔道具のいくつかは王家からの下賜品や貸与されているだけの物もある。
(さすがに、持ち出しすぎたかしら。でも、魔剣はダンジョン探索には必要だし、大森林を踏破するには魔道具は必須だったもの。仕方ないわよね)
なにせ、今の彼女は非力な十歳の女児なのだ。
性能の良い武器は喉から手が出るほど欲しかったし、父に対する、ちょっとした嫌がらせも兼ねて王家から下賜された辺境伯家自慢の魔剣をこっそり拝借してきたのだ。
もともと王国の最後の砦と名高いエランダル辺境伯家への下賜品なのだし、その血を継ぐアリアの物のはず。だから問題はない──と思うのだが。
(失敗したかな? せめて、大森林の浅い場所でボロボロの服と血痕を用意して、アリアは死んだと偽装工作しておけば良かったかしら)
あの時はとにかくテンションが高く、逃げることしか考えていなかったのだが。
せめて、それらしい血の痕跡を残すべきだったかと後悔しかけたけれど、この世界には【鑑定】スキルがある。下手に小細工を弄した方がかえって疑われていたかもしれないと思い直した。
(うん、最善ではないかもしれないけれど、少なくとも最悪な失敗はしていないはず)
「……ナギ? 大丈夫か」
「ん、平気。明日は何を着て行こうか、迷っていただけ」
考え込んでいると、心配したエドに顔を覗き込まれた。終わったことを後から悔やむのは、自分らしくない。どうにか笑顔を浮かべると、安心したようにエドも微笑んでくれた。
「髪型は決めているのか」
「うーん、どうしよう? 付け毛は作ってもらったから、アレンジヘアにしようかな」
エドに嘆かれるので、切った髪はラヴィルに紹介してもらったお店で加工してもらった。ピンで留めれば、可愛らしいポニーテールになる。
「髪を結うのは任せてくれ」
「うん、お願いするね」
服装は以前買ったけれど、一度も袖を通していないブラウスとスカートにしよう。可愛らしいデザインのサンダルも試してみたい。
まだ少し不安はあったけれど、久しぶりに女の子らしい服装を楽しめるのは、素直に嬉しかった。
それに、ミーシャが魔法をかけてくれると言ったのだ。
変身できるのを楽しみに、ナギは明日のために早めにベッドに潜り込んだ。
***
「あら、見違えたじゃない。すごく可愛いわ」
念のため、姿隠しのローブを羽織って、待ち合わせ場所のミーシャの家を訪ねる。
先に到着していたラヴィルがナギを目にするなり、ぱっと顔を輝かせた。
のんびりとお茶を飲んでいたミーシャもいそいそと出迎えてくれる。
今朝のナギの衣装は淡い水色の半袖ブラウスと紺色のフレアスカートだ。それだけだと地味だとエドにダメ出しされ、髪を飾るリボンと同じ幅広のレースでリボンタイをしている。
スカートは膝丈でふんわりと広がっており、歩きやすい。頼りない素足を覆うのは魔獣素材を使った革のサンダルだ。ダンジョンで狩った赤蜥蜴の革を加工したので、鮮やかな赤が目に眩しい。
余った革で作ったウェストポーチを腰に装着している。収納機能を付与したので、たくさん買い物をしても余裕で持ち運べる優れ物だ。
「髪型も自然に見えるわね。よく似合っているわ」
「ありがとうございます。エドが頑張ってくれたんですよ」
「あの子、意外と器用よね」
サイドの髪を緩く編み込んで、少し低い位置で小さな尻尾を作り、そこに付け毛を差し込んだのだ。簡単に解けないように、しっかりとピンで留めて、大きめのリボンで隠してある。
首を振ると、さらりと揺れる金色のポニーテール。ずっと男装をしているけれど、可愛らしい格好は嫌いじゃないので、自然とナギの気分は浮かれていた。
「ふふ。こちらにいらっしゃい、お嬢さん。珍しい魔法をかけてあげます」
手招きされて、ドキドキしながら歩み寄る。
緊張した様子を見透かされて、二人にくすりと笑われてしまった。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ? この丸薬を飲んでください。貴方の希望する色彩を纏うことができる、秘密のお薬です」
ミーシャから手渡されたのは小さな丸薬。小指の爪半分くらいの大きさの薬だ。
「これはエルフの秘薬。調合法は門外不出だから、詳しいことは話せません。特に身体に害はないので、安心してください」
「分かりました。飲みます」
口に含むと、漢方に似た匂いがする。ラヴィルが手渡してくれたカップを傾けて、水と一緒に飲み干した。希望する色彩。迷うことなく選んだのは、前世で慣れ親しんだ色だ。
胃の辺りがじわりと熱を持つ。戸惑いながら、瞬きを三度繰り返す。
にまにまと笑うラヴィルに手鏡を手渡された時には、すでに変化は終わっていた。
「すごい! 髪も、目の色も黒になっているわ!」
金髪碧眼の少女は、黒髪黒眼の少女に変身していた。
市販されている染め粉と違い、自然な色で、不自然さはまったく伺えない。
「この薬、欲しいです! これがあったら、男装しなくても──」
「これはエルフの秘薬。希少な素材が必要で、たくさんはあげられません」
申し訳なさそうに謝られて、ナギは慌てて首を振った。
「ごめんなさい。秘薬って聞いていたのに、私……」
「すばらしい効果でしょう? 嬉しくなる気持ちは分かりますから、気にしないでください。もともと、これは力の弱いエルフが身を隠すために用いる薬なのです」
「あ……」
歴史書に記されていた、亜人や獣人狩りの記述を思い出す。
王国は表向き奴隷制を廃止しているが、百年ほど前にはエルフや獣人を侍らす悪趣味な流行があったらしい。トレニア帝国やシラン国には今も奴隷制がある。エドも捕らえられていた。
「エルフの纏う色は金か銀。だから、エルフの里を出た者は今の貴方のように髪を黒く変化させて耳を隠し、人にまぎれて生きてきたのです。特に力の弱い者たちは」
「あら。それなら、ミーシャには不要ね」
「私も幼い頃には飲んでいましたよ。鍛錬して、強くなってからは必要なくなりましたが」
王国では金髪碧眼が多かったが、ここダリア共和国は南国らしく、黒髪黒眼の人族がほとんどだ。
冒険者は他国からの放浪者もそれなりにいるので、多様な色彩の持ち主が多いのだが。
「その色だと、生粋のダンジョン都市の子供に見えるわね。今日くらいはリラックスして女子会を楽しみましょう」
「はい! ありがとうございます」
ウインクをしながら悪戯っぽく告げるラヴィルと満足そうに頷くミーシャに抱き付いて、お礼を言う。今日だけは黒髪黒眼の街の女の子、ナギとして気楽に過ごせるのだ。
朝食は軽めに済ませて、少し早めのランチを二人のおすすめのお店でとることになっている。
エドとの外食だと、屋台の串焼き肉で済ませることが多かったので、楽しみだ。
「南へ行く馬車に乗るのよ」
「市場に寄るんですか?」
「それも悪くはないわね。せっかくの女子会なのだから、雑貨屋巡りはどうかと思って」
「雑貨屋さん巡り! 素敵!」
綺麗な紅い瞳を細めて笑うラヴィルはいつもの冒険者装束を脱ぎ捨てて、身軽なお洒落着を纏っている。白兎獣人らしい、綺麗な白銀色の髪と兎の耳がより映える、黒のワンピース姿だ。
半袖から剥き出しの二の腕は同じく黒色の薄手の手袋で肌を隠している。ワンピースと同じく、どちらもロングスタイルで、極力素肌を晒さない方向性らしい。
足元はヒール付きのブーツサンダルで、服に合わせて黒の革製。とてもお洒落だ。
「私はハーブの店を覗きたいです。たまに変わったハーブティーを置いていることがあるので」
「ハーブティー、いいですね。私も興味があります。ミーシャさんオススメのスパイスのお店も教えてください」
「いいですよ。同族がやっている店があるので、店主を紹介しましょう」
「ありがとうございます!」
エルフのお店とは、期待できそうだ。今度こそ、カレー用のスパイスが揃えられるかもしれない。
「新作料理に使うのですか」
「あ、はい。色々と試してみたくて」
「そう。楽しみです」
柔らかな微笑を浮かべる麗人から、ナギは目を離せなくなる。
本日のミーシャは宿の女将スタイルである野暮ったいワンピースとエプロンを脱ぎ捨てて、華やかなリゾートスタイルだ。
背中半ばまである白銀色の髪はサイドでゆったりと編み込んで前に垂らしている。
優雅なドレープを描く透け感のある布地のブラウスとほっそりとした腰を際立たせるロングの巻きスカート。鮮やかな藍色に染められたスカートには、大柄の花が白く浮き出ている。
ハイビスカスに似た、南国の花だ。
(うん、リゾート地でバカンスを楽しむ令嬢のイメージそのもの!)
二人とも、きちんとメイクを施しているので、美しさに磨きが掛かっている。
あまりの眩しさにさりげなく距離を取ろうとしたが、すぐに気付かれてしまった。
「ナギ? どうして逃げようとするの?」
「はぐれたら大変です。手を繋ぎましょう」
大真面目な表情でミーシャが宣言し、手を繋がれてしまった。これは逃げられない。
恥ずかしくて俯きがちに歩くナギの隣で、ラヴィルが肩を震わせて笑っている。
「ラヴィさん、笑いすぎ!」
「あっはは……! ごめんなさい、天然が二人揃うと可笑しくって」
「えっ? 天然はミーシャさんだけですよね?」
「天然はナギだけだと思います」
優しく握り込まれた手はひんやりとしていて気持ちいい。軽やかに揺れる白銀色の髪からは馨しい香りが漂ってきて、まるで花畑を歩いているような、ふわふわとした心地になる。
前世も今生も性別は女だけど、綺麗なお姉さんも可愛い女の子も大好きなので、二人がかりで構われている現状は控えめに言っても天国だった。
対する二人も、いつもは野暮ったい男装姿で元気に駆け回っている可愛い弟子が着飾って大人しく手を繋いでくれている現状を心ゆくまで堪能していることを、ナギは知らない。
駅馬車は空いていたので、ゆったりと座ることができた。
のんびりと馬車に揺られて、三十分ほどで南の街に到着した。
「南は潮の香りが濃いですね」
「そうね。私は海の匂いよりも、甘い果実の香りの方に惹かれるけれど」
強い潮風に髪を嬲られて、少し不機嫌そうなミーシャ。ラヴィルは駅馬車降り場の側の屋台を笑顔で指差している。釣られて視線を向けて、それに気付いた。
「ヤシの実ジュース!」
「三人で分けましょうか」
ナギが歓声を上げると、ミーシャがさっと銅貨を屋台のおばさんに握らせている。
どうやら奢ってくれるらしいので、ささやかなお礼に【生活魔法】でヤシの実を冷やすことにした。実の上部分を切って、ストローを刺しただけのシンプルなジュースだ。
「美味しい!」
「さっぱりしていて、飲みやすいです。冷やすとこんなに美味しくなるのですね」
「もう少し甘い方が好みだけど、ヤシの実は熟しすぎるとジュースで飲めないのよねー」
冷やしたヤシの実ジュースを三人で交互に飲んだ。薄い金属製のストローを突き刺して飲む果汁はとても美味しい。南の街ではスポーツドリンク感覚で楽しまれているようだ。
「ランチの時間には少し早いわね。先に商店街に行く? ナギは何を見たいのかしら」
「あっ、それなら帽子が見たいです」
ハンチング帽は今日の服装には合わないので置いてきた。どうせなら南国らしい帽子が欲しい。
「私も帽子は欲しいわ。思ったよりも暑い……」
涼しげな表情をしているが、もともと森の奥で暮らすエルフは暑さに弱いようだ。
「なら、帽子屋がある通りに行こう。私は隣の雑貨店を見ているわね」
黒狼族のエドと同じく、白兎獣人のラヴィルも帽子は興味がないようだ。エルフのミーシャは特に耳を隠すことに拘りはないようで、上機嫌でナギの手を引いて帽子屋に案内してくれた。
「どれも素敵。これは迷う……」
愛らしいデザインの帽子がたくさん飾られており、目移りする。
散々迷って、幅広のリボンで飾られたシンプルなストローハットを購入する。ミーシャと色違いのお揃いだ。お互いに瞳の色と同じリボンを選んだ。ナギが青のリボン、ミーシャは緑のリボン。
さっそく帽子をかぶってみる。
「とても似合っていますよ、ナギ」
「えへへ。ミーシャさんも素敵です!」
大好きな師匠とお揃いの帽子を手に入れることができて、ナギはご機嫌だ。
ラヴィルが買い物を楽しんでいる隣の雑貨屋も覗いてみる。実用的な品よりも見栄えが重視された雑貨が多い店のようだ。色ガラスの瓶を見つけて、エドへのお土産に買うことにした。
冒険者活動を真面目にこなしているので、貯金はそれなりにある。
(せっかくの女子会。ショッピングを楽しもう!)
綺麗な硝子玉の指輪や貝殻のイヤリング、木製のブローチ。貝殻やヒトデで作られた南国風のリースも面白い。最近はあまり買い物をすることもなかったので、つい買い過ぎてしまった。
「あの店が私のお気に入りの布屋なの。ちょっと覗いてもいい?」
「ラヴィさんのオススメ? 行きたいです」
看板がわりに店頭に飾られた暖簾はとりどりの色に染められており、まるで花畑だ。
赤、黄、緑、紺、黒。綺麗なグラデーションに染められた布地がはためいている。
鮮やかな青に染められた美しい布にナギは視線を奪われた。目が離せない。
「とっても綺麗……。晴れた日の空の色みたい」
「南の海の色でもあるのよ」
布屋の店員が笑いながら教えてくれる。どちらにしろ、一目で気に入ってしまった。
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