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1巻

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  第一章


 幼い頃、両親はわたしに「人に優しくしなさい。きっとそれが巡り巡ってお前を助けてくれるよ」と言っていた。
 だからだろうか。人が困っているところを見ると手助けすることが習慣になっていたのは……。
 けれど残念なことに、窮地きゅうちおちいった今、わたしに救いの手を差し伸べる人は誰一人居なかった。

「おらっ! さっさと出てこいよ」
山本やまもとほのかさーん。今日こそは借金返してくださいよ!」
「こっちはお前の職場に取り立てに行っても良いんだぞ」

 怒号とともにアパートの扉がられる音が聞こえて、悲鳴がもれそうになったのを奥歯を噛み締めて堪える。
 薄っぺらい座布団の上で身を縮こませているわたしはなんてちっぽけな存在なんだろう。

(ああ、なんでこんなことに……)

 高校を卒業し、そのまま就職して三年。小学校を卒業する前に母が亡くなったことを除いては、平凡な人生を過ごしてきたはずだった。
 ――しかし転落というのは、なんの前触れもなく訪れる。
 きっかけは父が借金の連帯保証人になったことだ。
 借金を返せなくなった父の友人はあっさりと逃げ、彼の代わりに父が返済を迫られた。
 一緒に暮らしていれば、父の異変に気付くことができたのかもしれない。
 だけどわたしは高校を卒業してから一人暮らしをしていて、ここしばらくの間、父と顔を合わせていなかった。父の方もわたしに心配を掛けないようにと思ったのか、連絡を取り合った時も、借金のことを話してはくれなかった。
 結果、わたしが事情を知ったのは父が過労で倒れ、亡くなった後だった。
 悲しみに浸る間もなく、借金の取り立て屋達はわたしの前に現れるようになった。
 借りた先も悪かったのだろう……いかにもチンピラ崩れな男達は、四六時中わたしの前に現れては早く金を返せと罵った。両親は駆け落ちをしていたため、親族とも縁遠い。
 それにより残された借金は丸ごとわたしにのし掛かった。
 借金を引き継ぎたくないなら、適切なタイミングで遺産相続を放棄すれば良かったのかもしれない。
 けれど残念なことに借金があることをわたしはその時まで知らなかった。なんの心構えもしていないまま、急に取り立て屋達がアパートに押し寄せてきたのだ。
 ガラの悪い男達に囲まれ、罵詈雑言を捲し立てられる。そして取り立て屋達に再三脅されたことで……わたしはわずかな貯金を差し出すことになってしまった。


 本当はその時にでも、警察に駆け込めば良いと分かっていた。だけど、近くのコンビニまでの道ですら、男達はピッタリとついてきて、そんなような隙はなかった。

(せめて誰か通報してくれたら……!)

 祈るような気持ちですれ違っていく人達を見る。しかし、通行人だって厄介事に巻き込まれたくなかったのだろう。ガラの悪い男達を避け、目を逸らされて終わる。当たり前だ。このご時世、誰だって面倒ごとに関わりたくないだろう。それは仕方のないことなのだ。
 震える手でお金を降ろし、男達に手渡す。そしてこの時からもう父の債務から逃れる手段はことごとく潰されてしまった。
 取り立て屋達がわたしが働いていた職場にも嫌がらせの電話をするようになったのはそれから間もなくのことだった。
 その数日後には会社にまで押し掛けてくるようになって、「お宅で働いている山本ほのかさんがウチで借りた金を返してくれないんですよ。随分と困った社員を雇われているようだ」と大声で捲し立てられる。会社には取引先のお客さんだって来る。従業員は十人も居ない小さな会社だ。
 悪評が立ったわたしを守るよりは、バッサリと切ったほうが会社の損害は小さなもので済む。
 わたし自身も取り立て屋が会社にやってくるようになった負い目を感じていたこともあってクビを受け入れるしかなかった。

(貯金も全部渡してしまったから、今月分のアパートの家賃も払えない)

 失業保険だって出るまでに時間は掛かるし、たとえ出たところで取り立て屋達がそれを見逃すとは思えない。 

(そもそも家賃どころかスマホの通信費も、食料を買うお金だってない)

 取り立て屋達は困窮するわたしをせせら笑って金がないなら身体で稼いだらどうだと店を勧めてくるようになった。きっと今日の話もそれだ。
 いつまで経っても鳴り止まないチャイムと怒声。暴力的な騒音に身体を縮こませていると不意にドアをる音が止んだ。

(急にどうして?)

 怖々と顔を上げると、ドアの向こうから唸るような低い声が聞こえた。

「おい。出てこないなら、こんなちゃっちいドアくらいやぶって、お前を引き摺り出すぞ」

 凄みのある声に男達の本気が垣間見えた気がして涙が滲む。けれどこのまま泣いたところで、状況は悪くなるだけなのだろう。

(行かないと……)

 唇をきつく噛んで覚悟を決める。どうにか立ち上がって、覚束ない足取りで玄関に向かう。ワンルームの狭い間取りにもかかわらず、今日は途方もなく長く感じる。わたしが動いた足音が聞こえたのか、男達は様子をうかがっているからか、荒々しい怒声はもう聞こえない。
 震える指先でドアチェーンと鍵を開け、力の入らない手でドアのノブを握り締めた。
 隙間ができた途端に、太くて大きな手が割り込んで、そのまま勢い良く扉をこじ開けられる。

「……随分と待たせてくれたものだな」
「ひっ」

 わたしを睨みつける粗野な視線。その迫力にたじろぐと、軽薄そうな金髪の男に腕を掴まれた。

「あれぇ~。どこに行くつもり?」

 遠慮なく掴まれた腕の骨がミシリと悲鳴をあげる。痛みに顔をしかめると、スキンヘッドの男が太い指でわたしの顎を持ち上げた。

「今更逃げてんじゃねぇぞ」

 男の迫力にわたしは謝ることしかできなかった。深く頭を下げて、何度も何度も謝る。借金の返済を待って欲しいと懇願すれば男達は鼻で笑った。

「お前が抱えることになった借金は三千万だぞ。そんな金額……働いてもいないお前に払える見込みはないんだろう?」

 出来の悪い生徒に教え込むように、スキンヘッドの男がやけにゆっくりと話し掛ける。

「そうっすよ。けれど、俺達は優しいっすからね。アンタに良い店を紹介してあげますよ。まあアンタの場合、大金を借りてる分、アングラな店になると思いますが……休みなく稼がせてやります」
「ああ。顔はちと地味だが、スタイルは悪くないし、若いってだけで食い付く客はごまんといるさ。男共をたっぷり下の口に咥え込んで、身体で金を返してくれれば良い」
「い、いや……」

 下卑げびた笑いに、ますます身体が萎縮いしゅくする。強張こわばった声でいやだと告げると男達のまなじりが途端に吊り上がった。

「なにが嫌、だ。借りた金も返さねぇで我儘わがまま言ってんじゃねぇぞ。なんなら今ここでお前を裸にひん剥いて、俺らが味見してやろうか?」

 剣呑な眼差しを向けられて、身体が恐怖で強張こわばる。
 しかし、その時。背後から複数の足音が聞こえた。
 二人の男は胡乱うろんげに背後に視線をやったかと思うと、目を見開いて固まる。

「アニキあれって……」
「……嘘だろ。なんで『御堂組みどうぐみ』の若頭がこんなところに」

 呆然と顔を見合わせた彼らの様子に、どれほど恐ろしい人物が現れたのだろうかと血の気が引いていく。
 しかしそれでも現実を直視しなければならないだろう。取り立て屋達の視線に釣られるようにして、やってきた男達の方へと視線を向ける。
 後ろに部下を連れて先頭に立つ男の年齢は三十前くらいだろうか。
 遠目からでも分かる高い身長に逞しい体躯たいく。ブランド物の黒いスーツをモデルのように着こなし、ラフに整えられた艶やかで黒い前髪からは鋭い眼光が垣間見えた。
 こんな状況じゃなかったら、圧倒的な存在感を放つ男に目を奪われていただろう。
 けれど、その眼差しに既視感があった――その理由を探ろうとした矢先。

「山本ほのか」

 突然、その人物に自分の名前を呼ばれて、ビクリと身体が跳ねる。

(どうしてわたしの名前を知っているの?)

 もしかしてわたしが知らない借金が他にもあったのか。それも『若頭』という役職の人物がわざわざ取り立てにやってくるほどの金額で……?

(今だって借金を払えそうにないのに)

 ぎゅっと目を瞑って身構える。しかし、男が口にしたのは意外な言葉だった。

「助けてやろうか?」
「え……?」
「俺が、お前の借金を肩代わりしてやろうかと言っている」

 突然現れた男の信じられない発言。それに慌てたのはわたしだけじゃない。

「いくら御堂組が肩代わりするったって、この女が背負っている借金は三千万もあるんだぞ?」

 スキンヘッドの男がそう口にする。

「お前らもいつまでも金を回収できなかったら困るだろう。ここは余計な詮索はせずに、さっさと金を受け取っておく方が利口じゃないか?」

 男が後ろに控えていた部下の一人に視線をやる。この場に不釣り合いな白い紙袋を持った部下が取り立て屋達の前に出て、その中身を覗かせた。

「私達が介入することで生じた迷惑料を上乗せして、五千万円の現金をご用意してあります。あなた方の懐に入れるなり、上に献上するなり……どうぞお好きなように」

 スキンヘッドの男はゴクリと唾を飲み込む。
「確かめても?」と上擦った声で許可を取り、札束に触れた。
 金額を数え終わった取り立て屋達は突然の展開に驚いている様子だったものの、何も聞かない方が得策だと思ったらしい。そのまま紙袋ごと現金を受け取って、早足で走り去っていく。
 わたしは目の前で起きていることが信じられなくてなかば放心状態となっていた。

「ほら、行くぞ」

 腰を抱かれたまま、階段を降りる。アパートの前にはいかにも高級そうな黒塗りの車が運転手付きで停まっていた。男は後部座席にわたしを乗せると、自分もそのまま横に乗り、車を出すように命令した。

「……あの。どちらに向かっているんでしょうか?」

 走る車の中で、勇気を振り絞って隣に座る男に声を掛ける。一体なんの目的でわたしを助けたのか……。男の真意を知らないと、対策も練れない。

(助けると言ってくれていたけど……)

 それを素直に信じられるほど、世の中は甘くないのだと取り立て屋達によって教えられた。

(――これ以上不幸になりたくない)

 そんな思いから、声が硬くなる。

「着けば分かるだろう。それより俺がどうしてお前の借金を肩代わりしたか分かるか?」
「……分かりません」
「――まぁ、仕方ないか」

 ぼそりと呟いた言葉。男はそれ以上語る気はないみたいだ。
 沈黙が車内を支配する。結局この先どうなるのか分からなくてうつむいていると、男は自分の上着を脱ぎ、わたしに羽織らせた。
 ふわりと鼻をくすぐったのは煙草と香水が絡んだ香り。
 先程まで男が着ていたジャケットには彼の体温がまだ残っていて、不快ではない温かさが薄手の部屋着一枚だったわたしの背中を包み込んだ。

「あ、ありがとうございます」

 お礼を言えば、男は無言のままじっとわたしを見つめた。
 その視線が気まずくて、わたしはそれきり、黙り込むことを選んだ。


 連れていかれた場所はタワーマンションの高層階で、そこが男の住んでいる場所だと簡単に説明される。
 部屋の家具はモノクロで統一されていてどれも高級そうだ。生活感がなくてモデルルームのようだと思った。

(どうして自分が住む部屋に連れてきたの?)

 肩代わりした借金について話し合うのなら、他の場所が適切だろう。男の思惑が分からなくて、落ち着かない。

「飲み物は?」
「い、いえ。大丈夫です」

 正直なところ、緊張で喉は乾いている。けれど今は早く男の話を聞きたかった。
 座るように指示された革張りの黒いソファー。大人しくそこに腰を下ろすと、男もわたしの隣に陣取った。
 再び縮まった距離が落ち着かなくて、チラリと男の横顔を盗み見る。

「……御堂龍一みどうりゅういち
「え?」
「俺の名だ。俺だけが、お前のことを知っているのはフェアじゃないだろう」

 足を組みながらとろりと目を細めた男はそれだけで一枚の絵画のようだ。こんな状況でもなければ、きっとわたしも見惚れていたに違いない。

「あの、御堂さんはどうしてわたしをここに?」
「ああ。お前の借金を立て替えたのはもちろん、慈善活動じゃない。それは分かるな?」
「……はい」
「お前には、俺に借金を返す義務ができた」

 重々しい男の口調にゴクリと喉が鳴る。
 すっかり青褪あおざめてうつむくわたしに、男はクツクツと喉の奥で笑いを噛み殺す。
 それだけでわたしと彼の立場の違いを教え込まれているような気がした。

「そんなに硬くなるな。俺はお前にふたつ、道を示してやろう」
「ふたつ、ですか?」
「ああ。まずひとつ。あの取り立て屋の男達が言っていたように、本番有りの違法な店で働いて金を稼ぐ道」
「……っ」
「もうひとつは俺専属の情人になる道だ」
「情人、ですか……?」
「要は愛人だ。欲を吐き出すためにいちいち女の相手をしたくないし、金銭的に困っているお前なら丁度良い。ただでさえ一人、厄介な身内に付き纏われているから、これ以上、煩わしいことはごめんだ」

 何が丁度良いのか。男の言っている意味を理解したくなくて、言葉を詰まらせる。

「それで、どうする?」
「あの、借金は働いて必ず返しますから……」

 鷹揚おうように尋ねる男にわたしは必死に懇願する。しかし、そうは言っても現状働いてもいないわたしの言葉が男に響くはずもない。

「さっき俺が上乗せした分は払う必要はないが、それでも三千万の借金がある。もちろん利子だって付く。普通に働いて返せる金額じゃないのはお前だって分かっているだろう?」
「それ、は……」
「べつに一生縛り付ける気はない。そうだな……俺の情人になるなら、一回三十万で買ってやる。アングラな店で働くよりも稼げるはずだ」

 確かに男の言う通り情人になった方が効率良く返済はできるのだろう。

(だけど、男の人と付き合ったこともないのに)

 情人だなんてそんな役目。わたしにうまくこなせるとは思えない。
 男はじっとわたしが答えるのを待っていた。そこに無理強いの要素はない。
 だから、ひとつ。疑念を口にした。

「どうしてわたしなんですか?」
「……別に。俺にとって都合の良い女を探していただけだ」

 最低な答えだし、他の所でお金を借りていたわたしをわざわざ選出する理由にもなっていない。

(……でも、さっき彼が現れなかったら、わたしはあの場で取り立て屋達に襲われていた)

 もしかしたら同じアパートに住む誰かが通報してくれたかもしれない。
 けれどたとえ警察が来たとして、取り立て屋達が合意の上だと主張すれば、わたしはそれに従う羽目になっただろう。

(大丈夫。これはわたしが選ぶことだから)

 選択肢があるだけまだマシだ。

(一時的な割り切った関係になるだけだから)

 そう決心したものの、言葉にするのには躊躇ためらいがある。御堂さんは急かすことなくわたしの答えを待っていた。
 唇を噛み締めて、なんとか言葉を絞り出す。

「……御堂さんの」
「うん?」
「御堂さんの情人になります」

 覚悟を決めて宣言する。彼は満足そうに頷いた。
 だけど、ひとつだけ。どうしても譲りたくないことがあった 。

「……ひとつだけ条件を付けても良いでしょうか?」
「言ってみろ」

 男らしい低い声に怯みそうになったけれど、条件を言わなければきっとわたしは後悔する。
 彼からすれば馬鹿らしいことかもしれないけど、わたしには大事なことだった。

「キスだけはしないで欲しいんです」

 わたしはこれまで誰とも付き合ったことがない。何度か男の子と良い空気になっても、次の日になるとなぜか皆わたしを避けるようになった。
 その理由が分からないままこの歳になってしまったけれど、初めてのキスくらいは好きな人としてみたかった。

「……分かった。条件を呑んでやる」

 コツリと額を合わせる。

「他にはないな? ないなら、早速身体の相性を確かめたい」

 息が掛かるほどの距離で、ビクリとたじろぐ。
 了承したとはいえまだ、心の準備は完璧とはいえない。その状態で、ついさっき会ったばかりの人に抱かれようとしている。
 自分で選択したことだけど、本当にこれで良いのだろうか。そう思い悩む時間すら、彼は与える気がないらしい。

「今、ここでですか?」
「ああ」

 まだ昼間だ。それにそんな行為をするのなら、ソファーではなく、ベッドに行くのだろうと思っていた。

(本当にわたしは都合の良い存在になったんだ)

 彼の欲望を解消するだけの道具、それを受け入れたのは自分だ。そう言い聞かせ、ズキリと痛んだ心を慰める。
 性急に服を脱がされて、下着だけの格好になる。

「やっ……」

 彼はスーツを着たままだというのに、自分だけが裸に近い格好にされてしまった。羞恥でカッと身体が熱くなる。今すぐにでも身体を隠したい。しかし、情人になると言った手前それは許されないのだろう。
 だから目を閉じて耐えようとしたのに、御堂さんはそんな逃げ道さえも封じ込めようとした。

「目を開けろ。お前が誰に抱かれるか――その目に刻んでおけ」

 低い声で命令されて、ゾクリと背筋が粟立つ。
 支配者である彼の望む通りに目を開けると、酷薄そうな薄い唇の端が僅かに上がった。
 そのまま腕を引かれ、強引に膝の上に乗せられる。とっさに彼の首にしがみつくと、密着した体勢になってしまう。
 身じろぎするようにして動くと、煙草と香水の香りが鼻腔をくすぐった。
 鍛え上げられた男の大きな身体は硬く、女の柔らかな身体とはまるで違う。
 それに怖気付いて離れようとすると、二本の腕がわたしを捕らえた。

「……っ!」
「俺を選んだんだろう? 今更離れようとするな」

 甘やかな声で叱りつけられると、この先の行為をより強く意識してしまう。

「すみません。その、こういうのは慣れていないというより初めてで……」

 尻込みしながら正直に男性経験を言うと、彼は鷹揚おうように頷いた。

「だったら今から慣れていけ」

 べろりとうなじを舐められる。肉厚な舌が肌をなぞる感触がくすぐったくて身じろぐ。

「ひ……ん、っ」

 自分でも聞いたことのない鼻を抜けた声。とっさに口を押さえれば、彼は満足そうに笑った。

「感度は良さそうだな」

 柔らかな舌でうなじをなぞられる。時折、聞こえるリップ音が羞恥を増長させる。そして彼の手になされるがままになっているうちにどちらの下着も脱がされてしまった。

(見られている)

 ついさっき会ったばかりの男性に全て曝け出した格好になっている。
 恥ずかしさから手で隠してしまいたいのに、向けられた視線が強くて、身じろぎするのも躊躇ためらってしまった。

「綺麗だ」

 ありきたりな褒め言葉。なんの他意もないお世辞であるのだろう……きっと彼の顔を見なかったら、そう思っていた。

(なんでそんな顔をするの)

 柔らかに細められた目。酷薄そうな薄い唇が綻び『愛おしい』と訴えられているような熱情が垣間見えたのは一瞬のこと。
 すぐに彼は冷たい相貌に戻り、わたしを見下ろした。


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