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1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
久しぶりに来た王宮の中は、視界に入るあらゆる建物が記憶よりも更に眩しかった。
あちこちの壁がピカピカに光っている。ピカピカというか、ギラギラというか。国の威信をかけて整備された王宮の眩さときたら、いつも華美だなぁと思っている俺の実家が至って質素に見えるくらいだ。
久しぶりの正装に、これまた久しぶりに羽織った分厚い純白のローブのせいで歩きにくい。
前から思ってたけど、宮廷魔法士なんて王都からほぼ出ないのに、こんなに分厚いローブいる? 重いし肩も凝るし。それに極寒の地に行くわけでもないし、爺さんばっかりの宮廷魔法士にこんなに重くて厚いだけのローブが本当に必要なのか? 現に、研究室の爺さん達は誰一人このローブ日常使いしてないんだけど。
確かに魔法士の中にも、ムキムキでピシッとした背筋の近衛騎士団みたいな屈強な奴らもいるよ。あいつらの正装は淡いゴールドのマントだったか。あれはあれで森の中で魔物と交戦したりするのに、あんな派手なマントいるのか? なんで迷彩柄でもないキラキラしたマントをわざわざ着てるんだろうか。
それでもマントはまだいい。あれは肩にかけるだけだから。でもローブは袖がある分、更に重い。
俺は騎士団の奴らほど鍛えてないし、どちらかというとインドア派だから見た目もひょろっとしている。昔はマッチョになるという夢を抱いたこともあったが、悲しいかな、俺は筋肉がつきづらい体質だった。体格がよくて背も高い父さんや兄さんに比べると、ひ弱そうに見えることは確かだ。幸い身長は女の子よりは少し高い程度までは伸びたけど。
「ほんと誰だよ。こんな重たいだけのローブを正装にしようなんて最初に言い出した奴は」
俺は金髪だから、金色のマントよりは白いローブの方が似合うと言われればそうかもしれないが、ただでさえいつもよりゴテゴテした宮廷魔法士の正装を着てるのに、その上からローブを着るのが億劫でならない。普段羽織るだけのローブを今日はちゃんと着ているから余計に。
「ああ……脱ぎたい」
思うに、宮廷魔法士も近衛騎士団も、魔法士の威信を前面に出しすぎなんだよな。今の宮廷魔法士の長官と近衛騎士団の団長は親族なんだから、もうこんな重たいローブもマントもなくそうって話し合ってくれないかな。団員の投票で決めるっていうなら、俺ロビー活動頑張るから。
くだらないことをあれこれ考えながら広い石造りの回廊を足早に歩いていると、左前方にある中庭の方から貴族のおっさん達がぞろぞろと歩いてきた。今の時間、御前会議か貴族院の定例会議でもあったのか。
ちら、とこちらを見た数人が俺の存在に気づいた。
「おや、あの金髪の若者は、エリス公爵家のレイナルド卿では」
「ああ、本当ですね。美人で評判の夫人に似ている、あの無駄に整った顔はレイナルド卿ですよ。珍しいこともあったもんだ。彼が王都に姿を見せるなんて、とうとう宮廷魔法士をクビになるんでしょうか」
こそこそと囁き合う声を拾い、思わず足の速度を緩めた。
聞きたくはないのだが、俺は風の精霊の加護持ちだから少し耳がいい。そのせいで、多少遠くにいても風に乗って声が届いてしまう。
「ああ。彼があの怠け者令息ですか。聞けば、宮廷魔法士なのに仕事をサボっては僻地をフラフラ放浪して、王都に姿を見せるのは月に一回あればいい方だとか」
「最近ではそれも飽きたのか、公爵領に篭もったままだと聞きましたよ。もういい歳でしょうに」
「確か二十歳じゃなかったですか、長男のエルロンド卿が二十三でしたから。あそこは長男が優秀なのでスペアの次男には甘いんですよ」
スペアに甘くて何が悪いんだよ。
思わず心の中でツッコミを入れた。言っておくけど、俺は兄さんの補佐だってちゃんとやってるんだからな。
「おやおや、エリス公爵は大変ですな。今彼が向かっているのは、謁見の間の方では? そういえば、先ほどファネル様の姿もお見かけしましたよ。やはり、とうとう彼はクビですか」
「やれやれ、遅かれ早かれそうなるとは思っていました。陛下直々にお叱りになるのでは? 彼は最近バレンダール公爵領との公共事業もめちゃくちゃにしたと聞きましたし」
「ああ、その話。私も聞きましたよ。人夫を雇って雇用を生むはずだった山間トンネルの計画をぶち壊したとか。それも自らの力を王宮に誇示するためだったそうで」
いやいやいや。勝手に人の野心を捏造するな。
なんだそれは。憶測で俺の動機を語るんじゃない。ファネル総帥に呼び出されたのは確かだが、爺さんは宮廷魔法士を束ねるボスなんだから、俺が会ってたっておかしくないだろう。クビかどうかなんてまだわからない。
「おや、そんなことがあったんですか? 巻き込まれたバレンダール公爵もお気の毒に」
「めちゃくちゃなことをやっても、彼はファネル様のお気に入りですからね」
「大した実績もないのに彼が宮廷魔法士なんて、務まるわけがないと思っていましたよ」
聞こえてくる声と密やかな笑い声からは、呆れと軽蔑が伝わってくる。
俺は全然聞こえてませんよ、という顔をして歩いているが、一刻も早くこの場から走り去りたい。
違うと思いたいが、やっぱりクビなんだろうか。
総帥に呼び出されて更に陛下に謁見するなんて、確かにクビ宣告される以外の理由が思いつかない。
トンネル工事を中止して転移魔法陣を敷設したのは、そんなに悪手だっただろうか。ちゃんと事前に許可は取ってたはずなのに。それとも、あれか。一時期聖獣の子供を育ててたせいで呼び出しに応じなかったことがあったから、職務怠慢の方か。だとしたら子煩悩な俺が悪いな。
それにしても、相変わらず王都での俺の評判は底辺だ。貴族のおっさん達に酷評されるほど、表立って政治にも社交界にも関わってるつもりはないんだけど。
さっさと通りすぎようと再び足早に歩き始めた俺の背中に、ダメ押しの一言が聞こえる。
「まぁ、仕方ないですよね。所詮『ダメナルド様』なので」
「そうだな。『ダメナルド様』だからな。まあ放っておくのがいい。いずれ公爵領からも追い出されるだろう」
しかり、と頷くおっさん達の声が遠く聞こえる。
出たよ。『所詮ダメナルド』。
俺は結局、その不名誉な称号から逃れられないわけだ。
何故か下がり続ける俺の評判を浮上させようと奮闘しているのに、なんで上手くいかないんだろう。
さすが、レイナルド・リモナの悪役令息バイアス。こっちは必死で脱却しようとしているのに、一筋縄ではいかない。
中庭から見える雲の多い空を遠い目で見上げて、俺はため息をつく。
そして、全ての事の始まりとなった十二歳のあの日を思い出した。
第一章 迷走する悪役令息、漆黒の魔法使いに再会する
俺がその記憶を思い出したのは、十二歳の選定式でだった。
デルトフィア帝国では、十二歳になると教会で選定を受ける。魔法士としての潜在能力があるかどうかを早期に確かめるためだ。
潜在能力というのは、魔力か精霊力のことで、我が家の家庭教師の説明によると、『魔力を持ち、それを消費して魔法を使う者を魔法使い、自然界の中にある精霊の力を体内に取り込み、それを使って魔術を行使する者を精霊師』と区別するそうだ。ただし、『魔力持ちは貴族の中でも非常に珍しいので、明確に言い分けることはあまりなく、一般的にはどちらも魔法を使う魔法士と言って構わない』ということらしい。わかりにくいから結論から言えよ。
十二歳を迎える子供は、全員が選定式に参加しなければならない。もし精霊力か魔力があれば翌年から魔術学院に、なければ一般の初等学校に通うことが決まっている。
俺は、十二歳の選定式を実家の公爵領にある教会で受けた。帝国を守護する四大公爵家のうち、南方を治めるエリス公爵家が俺の生家だ。つまるところ、俺は南領貴族の頂点に君臨する公爵家の令息なのである。
領地運営のために常に多忙な両親と一緒に教会に到着したときには、もう夕方だった。
俺には、エルロンドという名前の三つ歳上の優秀な兄がいる。当時すでに魔術学院に通っていたエリートの兄に比べて俺は次男だし、そこまで頭もよくないからあまり期待されていないと思っていたが、両親はちゃんと俺の選定式にも顔を出してくれた。それが嬉しくて、順番が来るまで両親と一緒に教会の椅子に座って足をブラブラさせて待っていた。
この地の公爵である父に対して、最初教会からは「馬車でお待ちください」というお気遣いがあった。だが、父さんが「選定式の場では皆と同じで構わない」と希望して、他の人と同じく教会の中で待つことになったのだ。
同じ時間帯に高位貴族はいなかったようで、平民の子達が次々に壇上に上っていく。皆精霊力も魔力もないようで、選定を受けた後は少しだけがっかりした顔で戻っていった。迎える親達も少し残念そうな、でもどことなくほっとしたような顔をしている。
「あの子達の親は、どうして嬉しそうな顔をしてるんだろう」
魔力があれば魔法士になれるのに、安心したような表情をする親達が不思議で、俺はついそんなことを呟いた。
俺の声を聞いた父さんが横から説明してくれる。
「魔法士になれる子供は貴重だからな。滅多にいないが、もし平民から力を持つ子供が現れたら、大体は貴族の養子になるんだ。それだけ、家門に魔法士を増やしたいと思う貴族は多い」
平民のまま魔法士になるのは難しいらしい。もし潜在能力が見つかったら、親は子の将来を考えて養子に出すことが一般的なのだという。それを聞いて、ほっとした顔を見せた親達の気持ちが少し想像できた。貴重な才能があることは喜ばしくても、子供と離されるのは嫌だろう。
「だから、この国の魔法士はほとんど貴族なんだね」
「そうだな。結果として、そういうことになる」
俺の言葉に父さんが頷いた。
再び、教会の中を見渡す。朝から選定を行っている神官達の疲れた気配が薄らと漂う中、外から差し込む夕日の橙色がステンドグラスを透かして、子供達に降り注いでいる。
ぼんやりとそんな様子を眺めながら、あと数人で順番が来るな、と思っていたときだった。
教会の外から、通りを歩いているらしい子供の歌声が聞こえてきた。
舌足らずな声で、歌詞は上手く聴き取れないが、ゆったりした情感のあるメロディが耳に届く。初めて聞く歌だけど、やけに耳に残った。その子供の歌声に耳を澄ましていると、ふと途中で違和感を覚える。最後の音程がどこかおかしい。
「なんでそこで音が下がるんだ……?」
――だってこれは、『夕焼け小焼け』じゃないか。
そう思ったときだった。
プスリ、と何かが頭蓋骨に突き刺さったような感覚がした。
「っ」
瞬間、頭の中にコマ切れになった記憶がバラバラと本を捲るように流れ出した。
ここではない別の世界で生まれて、三十歳になる前に呆気なく死んだ男の記憶。横転したダンプカーに潰されそうになった女の子を助けようとして、彼は死んだ。
その彼は、俺である。
正確には俺であった、とそう感じた。
では、今ここで座っている俺は?
それだって俺だ。
生まれたときからずっと自分だと思って生きてきた。
それでは、頭の中に浮かんだこの記憶は?
しばらく考えに考えた結果、いわゆる前世だ、という結論に達した。
自分の前世の記憶が蘇ったのだと。
「レイナルド、どうかしたの?」
父さんとは逆隣にいた母さんが、額に脂汗を浮かべている俺に気づいて心配そうな声を出した。
「ううん、大丈夫。母様、外から聞こえるあの歌を知ってる?」
「歌?」
俺の問いに外の音に耳を澄ました母さんは、不思議そうに首を傾げた。
「聞いたことのない歌ねぇ。変わったメロディで面白いわ。なんだか懐かしい気持ちになるような」
小さな子供の声はだんだん遠ざかり、もう歌は聞こえなくなった。
今ならわかる。
それは、前世で歌ったことのある有名な童謡だ。
何故それを知っているのか、外に飛び出して子供に聞いてみたい。
そう思って椅子から下りようとしたとき、後ろの席に座っていたお婆さんが声をかけてきた。
「後ろからご無礼いたしますよ、奥方様、レイナルド様。あの歌は平民の間でよく歌われていた童謡です。その昔、他国から来た聖女様が広めたんだとか」
嗄れた声のお婆さんの説明を聞いて、振り向いた母さんは感心したように頷いた。
「まぁ。ご親切にありがとうございます。どうりで異国情緒のあるメロディだと思いましたわ。私も初めて聞きました。乳母も歌わなかったものですから」
「ええ。最近の若い子はもう歌わないでしょうねぇ。さっきの子供には、きっと私のような年齢の祖母がいるのでしょう」
お婆さんと母さんのほのぼのとしたやり取りを聞きながら、俺は何か引っかかるものを感じて内心で首を捻っていた。
前世の世界は、こことは全く別の世界だと思う。魔法の有無など、世界の理が全く違う。
それなのに何故、他国とはいえ別の世界の童謡が存在するのか?
よくよく考えてみると、この世界には前世と共通するような概念が多く存在しているような……
「レイナルド、もう次だぞ」
父さんから促されて、はっと顔を上げた。
壇上で名前を読み上げた神官がこちらを見ている。俺は慌てて立ち上がり、前の方へ進み出た。
今は選定式に集中しなければと思うのに、今度は何故か自分の名前に違和感を覚える。
何故だろう。
生まれたときから慣れ親しんだ自分の名前のはずなのに。
「レイナルド・リモナ様。それではこちらに」
若い神官に促されて壇に上がると、俺は選定を行う高齢の神官が立つ中央へ歩いていった。
レイナルド・リモナ。
父親はエリス公爵位を持つ貴族だが、俺は次男なので、大抵はレイナルドと名前で呼ばれる。リモナはうちの家名だ。
改めて呼ばれた自分の名前を心の中で反芻する。
そうだ、この違和感。
俺はこの名前を、先ほど思い出した前世で目にしたことがあった気がする。
「レイナルド様。こちらに立って水盤の上に手をかざしてください」
優しげな顔をした老齢の神官が、恭しく祭壇を指し示す。
石造りの祭壇には、銀で装飾された薄い水盤が載っていた。何をするかは事前に教えられていたのでわかっている。この薄く張られた水は、王宮にある精霊の加護を受けた池から汲んできたものだ。精霊力を持っている場合は、この上に手をかざすと水の表面が波打つ。もし魔力がある場合は、魔力の影響を受けて水の色が変わると言われている。
水盤を覗き込むと、明るいブロンドの髪に透明感のある濃いグリーンの瞳を持つ、線の細い少年が映る。自分で言うのも何だが、結構美少年だ。
俺はそんなことを考えながら、右の手のひらを水盤の上にかざした。
「おお……!」
水盤の様子を見守っていた老神官が感嘆の声を上げた。
水は、渦を巻くように波立って動いていた。微かにボコボコと湯立つような様子も見える。
確か、描く模様に属性が表れるのだったか。渦は風、ボコボコするのは土だったと思う。
「おめでとうございます。十分な精霊力をお持ちのようです。さすがエリス公爵様のご子息ですな」
「ありがとうございます」
神官にお礼を告げて、俺は変色する様子のない水盤を眺めた。
やっぱり、魔力はないのか。
ん……?
やっぱり……とは?
「レイナルド様? どうされましたかな」
「いえ、何でもありません。ありがとうございました」
微かに首を傾げた俺に神官が気遣うような声をかけてきたので、慌ててお礼を言ってそこから立ち去った。
壇から下りて椅子の方を見ると、神官の声が聞こえていたのであろう両親が嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「レイナルド、おめでとう」
「よくやった」
「ありがとう父様、母様」
褒めてくれる声に自分も顔を綻ばせて頷く。促されるままに教会を後にして、外に待たせていた馬車に乗り込んだ。
「それで、精霊力があったんだな?」
改めて確認してくる父さんに首肯して、水盤に浮かんだ模様の様子を話した。
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兄さんは風と水の加護がある精霊師だ。今は魔術学院に通っているが、来年からは王都にある叡智の塔に進学することがすでに決まっていた。
叡智の塔というのは、魔術学院で学んだ子供のうち、優秀な成績を収めた者が進学する高等教育機関で、一流の魔法士になるための登竜門である。卒業すれば、王都の研究所や宮廷魔法士の研究塔、陛下直属の近衛騎士団などに所属して、華々しい仕事に就くことができるらしい。
満足そうに頷いた父さんを見ながら、俺はもう一度水盤の様子を思い返した。
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俺が落ち込んだと思ったのか、励ましの言葉をかけてくれる両親に、うん、と微笑んだ。
ただ、俺はがっかりしていたのではない。
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「……ダメ?」
誰にも聞こえないくらい小さな声で呟く。
ダメ。
その言葉を口にした途端、脳裏にパッと明るい画面が浮かんだ。
ダメナルド様。
明るいブロンドの髪に白皙の肌。青みの濃い緑の瞳。不遜な顔で斜に構えた立ち絵と、無様に倒れ伏しているスチル絵。
おいおい。
おいおいおい。
レイナルド・リモナって、あの悪役令息じゃないか!?
家に帰り屋敷の皆から祝福を受けた後、俺は早々に自分の部屋に引っ込んだ。
ふらふらとベッドに近寄り、そのままぼふっと倒れ込んで、思い出してしまった悲しい事実に絶望した。
まさか、この世界が前世で流行った乙女ゲームの世界だったなんて。
俺の名前、この髪と瞳の色、精霊師として十分すぎる素質。間違いない。タイトルはよく覚えていないが、原作は深夜アニメ化までしたくらい人気のあったゲームだった気がする。
けれども、残念ながら……本当に残念ながら、俺は主人公でもその攻略対象者でもなかった。
よりによって、悪役の公爵令息レイナルド・リモナに生まれてしまったのだ。
「一体何故なんだ」
つい声が出た。
俺が前世で何をした。
取り立てて大きな徳も積んでいないが、ラストで完膚なきまでに成敗される悪役に生まれ変わるほどの悪行を行った覚えもないぞ!
この世界にいる運命の女神をひとしきり呪った後、俺は未来のことを考え、また絶望した。
実は、俺はこのゲームの中身を全く知らなかったのだ。
そりゃそうだろう。俺はいたって普通の一般男子だったんだ。乙女ゲームなんてやったことねーよ!
なんで? なんでこんなことに!?
前世の記憶を持って生まれるって、あれだろう。普通はこの先の展開がわかっていて、最悪の未来を回避するために主人公が活躍して、未来を改変して幸せになるって流れなんじゃないの!?
「俺、この先のこと何一つ知らないけど!?」
絶望した俺はまた女神を呪った。
これから起きる出来事は何一つ知らない。だが、ゲームの内容は知らないものの、悲しいことに一時期SNSでトレンド入りしていた不穏なワードは覚えている。
『ダメナルド安定の裏切り』
『約束された末路』
「……怖!」
約束された末路って何? 俺は一体何をやらかすんだ!?
覚えているのは、SNSで流れてきたレイナルドのキラキラしい立ち絵と、倒されるときの無様なスチル絵である。
ゲーム界隈のファンの間では、その画像を使って大喜利大会をしていたから、いくつかのフレーズは印象に残っていた。
『残念令息ダメナルドの失墜』
『顔だけワルナルド様』
『スペックだけいいナルド様』
『ダメさがむしろ愛しいナルド』
『公式のやっつけ枠』
『運営のいたずら』
「全くいい評価じゃないじゃないか……」
ベッドに寝転がりながら頭を抱える。
ダメさがむしろ愛しいって何?
公式のやっつけ枠って!?
「レイナルドの人生はこの先どうなってしまうんだ……」
せっかく素敵なファンタジー世界に生まれたのに、なんか急に将来が怖い!
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ベッドに横臥したまま俺は手を握り合わせて、「どうか穏便に……」と先ほど呪ってしまったこの世界の女神に胡麻すりのための祈りを捧げた。
こうして十二歳になったばかりの俺は、世界の平和と公爵家の次男としてのほのぼの生活を死守するために、どうにかシナリオを回避して生きようと誓ったのだった。
* * *
あの日堅実に生きようと誓ったのに、なんで二十歳になった俺の評価はやっぱり『ダメナルド』なんだろう。
貴族のおっさん達の噂を頭の中で反芻しながら、俺は王宮の廊下をとぼとぼと歩いた。
約束された末路ってやつを回避できてるのか、めちゃくちゃ不安になるんだが。
俺は何か間違えてしまったんだろうか。
頭の中で今の状況とゲームの断片を比べてみる。
かろうじて覚えているレイナルドの立ち絵からして、多分俺のゲームでの登場時期はそろそろなんじゃないかと思う。
魔術学院に通っていたときはまだ少年だったし、その後通った叡智の塔の頃は今と比べて少し幼かった。立ち絵のキラキラした若い青年は、ちょうど今の見た目に近い。
ちなみに、叡智の塔を卒業した後、俺は縁あって宮廷魔法士になった。かなりイレギュラーな任命だったせいで、そのときにもまた悪評が立ってしまったわけだが、とにかく職を得てからの二、三年はそれなりに真面目にやってきたと思う。
今のところ、悪魔にも出会ってないし、闇落ちもしてないし、俺は至って健全だと自負している。
それなのに、さっきの貴族のおっさん達の俺の評価はやっぱり『ダメナルド』なんだよな……
もともと、無駄に高いスペックのせいで生意気な若造とは言われていた。それに加えて、ここ数年の出来事がきっかけで、貴族の皆さんは俺のやる事なす事が全て気に入らないようなのだ。どうしたら穏便に隠居生活に突入できるのか、そろそろ真剣に考えるべきかもしれない。
思い悩みながら王宮内の通路を急ぐと、ようやく謁見の間に続く荘厳な扉が見えてきた。
今日はるばる王宮まで来た理由は、ファネル総帥から呼び出しがあったからだ。
両脇に立つ衛兵の刺すような視線を浴びながら、俺は閉ざされた扉の前に立つ。この先の廊下は陛下への謁見の間や応接の間に続くため、許可を得た者しか入ることを許されない。俺はローブの中から手紙蝶を取り出した。紙をそっと開くと、蝶の形をした金色の紙がふわっと浮き上がる。
手紙蝶というのは、その名の通り手紙の役割を果たす魔法の蝶だ。普段貴族が使うこの手紙蝶は蝶の形をしていて、送った相手のもとにメッセージを伝えに飛んでいく。
作った人の力量によっては返信用の蝶がくっついていたり、音声を一緒に載せたりすることもできるが、やはり宮廷魔法士のトップともなるとレベルが違う。まるで生きている蝶のように美しい繊細な紋様と鱗粉を模した白粉がキラキラと輝いている。
しかも、これはただの手紙ではなく、鍵の役割も担っている優れものだ。初めてこの魔法を見たときは、その精密さに感動したものだ。いつもは総帥の部屋に入るときに使うが、今日のはこの廊下の扉の鍵になっている。
紙でできた美しい蝶は、ひらひらと数回羽ばたいてから扉に近づき、鍵穴にすうっと吸い込まれていった。直後に、かしゃん、と錠が外れる音がする。
俺は意を決して重たい扉を開け、中に入った。
先に進むと、人気のない広大な廊下の先に、老人が一人立っているのが見えた。
「しばらくじゃの。レイナルド」
知性を感じさせる涼やかな藍色の瞳と、腰の下まで伸ばした灰色の長い髪。由緒正しい魔法使いといった出立ちの老爺が、杖に両手を置いて俺を待っていた。
ファネル・ヴァキンズ・フォンフリーゼ。
もう老人といっても差し支えない年齢だが、相変わらず背筋が伸びていて姿勢がいい。
「はい。総帥もお元気そうで」
こちらを見て目を細めた老師と視線を合わせると、悪いことをしているわけではないのに、何故かそわそわする。たとえるなら、悪戯が見つかるんじゃないかと怯える子供の気持ちだ。いや、決して悪いことはしてないんだけども。
この爺さんは、ニコニコしながらたまにとんでもないことを言うから油断ならない。もともとは北領のフォンフリーゼ公爵家の出身で、若い頃は陛下直属の近衛騎士団の団長も務めていたらしい。四十年前、多くの犠牲者を出したバレンダールの大禍を生き延び、騎士団を率いて帝国の結界を死守した逸話を持つ、伝説の魔法使いである。
その後、一旦は公爵家の家督を継いだものの、唸るほどの魔力量と類稀なる魔法の才覚を惜しまれて、皇帝陛下から直々に宮廷魔法士の長にと望まれた。彼自身も最終的には魔法使いとして帝国に貢献することを望み、家督は早々に息子に譲ったと聞いている。帝国に対する功績があまりに大きかったので、特例として爵位名のフォンフリーゼをそのまま家名とすることを許されたくらい、すごい人なのだ。
今は叡智の塔の総帥も兼ねているからそれなりに多忙なはずなのに、議会の議長も務めていて、老いに負けずバリバリ働いている。ソフトだけじゃなく、ハードも半端なくタフである。この爺さんはいざとなったら杖を振り回して鬼神の如く戦うからな。絶対に敵に回したくない。
「相変わらず王宮には寄りついておらんようじゃの」
「すみません。最近まで領地の方でトラブってまして」
「聞いておる。エリス公爵領とバレンダール公爵領を繋ぐ転移魔法陣を作ったそうじゃな」
「ええ。まぁ……やっぱりクビですか?」
「はあ? お主、何を言っておる」
ぽかんとした爺さんの顔を見て、俺は怪訝に思いながらも慎重に口を開いた。
「いえ、だって、急に陛下に謁見するからと呼び出されたので、職務怠慢でとうとうクビかと」
そう言うと総帥は軽く噴き出した。そして杖をトンと床について続ける。
「何を勘違いしておるか知らんが、クビではない」
え? クビじゃなかったの?
俺は瞬きして肩の力を抜いた。
なんだ。てっきり怒られてクビ宣告されるのかと思ったら、違うのか。
「王宮に来ないという理由でお主をクビにするなら、もうとっくにしておる。お主には最初から宮廷魔法士としての普通の働きは期待しておらぬ。今日は陛下が転移魔法陣のことでお主に直接聞きたいというから、呼び出したのじゃ」
安心していいのか、よくないのか、いまいち腑に落ちない爺さんの言葉は気になるが、クビではないということがわかってほっとした。
それにしても、わざわざ皇帝陛下が俺に直接聞きたいことってなんだろうな。ちょっと怖い。
「陛下がお待ちじゃ。行くぞ」
そう言ってさっさと歩き始めた爺さんの背中を、俺は慌てて追った。
総帥と連れ立って入った謁見の間には、煌びやかで豪華な金色の刺繍の入った赤い絨毯が敷かれていた。奥の壇上に背もたれが異様に長い艶のある肘掛け椅子があり、伶俐な顔をした金髪の壮年の男性が腰掛けている。
「ファネル、しばらくだな」
彼がこの帝国の皇帝である、テオドール・デルトフィアその人である。だだっ広い部屋の中には、陛下の後方に護衛の騎士が二人いるだけだ。
「お久しぶりでございます、陛下。ここひと月ほど教授達と叡智の塔に篭もっておりまして、長らく留守にしておりました。ご不便をおかけしましたかな」
「いや、特に問題はなかった。そういえば、叡智の塔ではそろそろ卒業考査の時期か」
「左様でございます」
「後ろにいるのがエリス公爵の次男坊だな」
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またBLとは名ばかりのほのぼの兄弟イチャラブ物語です。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃんでした。
実際に逢ってみたら、え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこいー伴侶がいますので!
おじいちゃんと孫じゃないよ!
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