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1巻
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しおりを挟む■一日目 異世界転移したらしい
「おき……さい。おきなさい」
微かに聞こえた誰かの声で、俺は目を覚ました。
まだはっきりとしない意識を、頭を振って無理やり覚醒させる。
俺が寝ころんでいた場所は、硬い石の床の上だった。
部屋の中央付近に、赤い塗料で描かれた魔法陣。
それは、大小さまざまな幾何学模様や、見たこともない文字によってできている。
そして、俺はその中心部分にいた。
何が起こったんだ? ここはどこなんだ?
落ち着け……落ち着け俺……
よし、大丈夫。いったん整理しよう。
俺の名前は……石立海人。
うん、覚えてる。
二十五歳、独身。彼女いない歴=年齢の健全な男子だ。
うっさいだまれ。
確か、うだるような暑い夏の日、後輩と営業の仕事で外回り中に、休憩のため公園のベンチで少しだけだらけていると、足元が急に光り出し、目眩とともに気を失ってしまった。
で、気がつくと、ここにいたってわけか。
「おお!! ようやく目覚めたようじゃな。よくぞ参った、貴様には期待しておるぞ」
突然、部屋にいるおっさんが言った。
うん、誰ですかあなたは?
俺はこの髭もじゃのおっさんが誰で、何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
ただ、高級そうな椅子にデップリとした身体を埋め込むように座って、偉そうにしているのはわかる。
しかも体中に装飾品を纏い、いかにも贅沢をしていますよって、アピールしてやがる。
こいつは、絶対に信用しちゃいけない人種だ。
それと、隣のじいさんに目を向けると、やはり偉そうにこちらを見下ろしている。
こいつも、いかにも取り巻き一号って感じのイメージだ。
とりあえず、このじいさんも信用しちゃならんやつだな。
「国王陛下。まずは事情を説明せねば、状況がわかりますまい」
「おお、そうじゃったそうじゃった。貴様には魔王を討伐してもらう。以上じゃ」
は? 何言ってんの、このおっさん。意味わかんないんですが?
いきなり魔王とか、脳みそ沸いてるの?
「いやいやいやいや、いきなり魔王討伐とか意味わかんないんだけど? 百歩譲ってそれは後で聞くとして、とりあえずここはどこで、あんたらはいったい誰なのさ?」
俺は話についていけず、国王に説明を求めた。
すると、面倒くさそうに顔を顰めた隣のじいさんが、簡単な説明をしはじめた。
「これはなんとも学のない者が現れたものだ……うぉっほん。儂はこのデクーノボート王国の宰相をしておる、トーマス・フォン・オルトマンである。国王陛下よりありがたくもご説明あった通り、魔王の討伐を行ってもらう。この国は魔人国との戦争状態で危機が訪れようとしておる。そこで、お主には最前線に赴いて戦況を打開してもらう。よいな? これは勇者召喚で召喚された者の使命であり、義務だ」
意味がわからん……
あらかた説明らしきものが終わると、次に職業診断を受けることになった。
俺の前に、仰々しい台座に載せられた直径三十センチくらいの水晶玉が運ばれてきた。
「次に、これに手をかざしてもらう。さすればお主の職業とスキルがわかるようになっておる」
俺は宰相のじいさんに言われるがまま、水晶玉に手を添える。
そうすると、いきなり石が光り出した。
とても眩しくて、目が痛い。
そんな光の中で、国王と宰相をチラリと見ると、激しい光り方からなのか、期待大とでも言いたいかのように身を乗り出していた。
その目は、貪欲に俺を品定めしているようにも思えた。
しばらくすると光が収まり、目の前に透明な板状の何かが浮かび上がってきた。
「ほれ、なんと書いておる。申してみよ」
興奮冷めやらぬ様子の国王をよそに、俺はその透明な板に表示されている文字を確認してみる。
職業:【なんでも屋】
スキル:【DIY】
うん、よくわからない。
国王は首を傾げていた。
宰相は唖然としていた。
いや、むしろこっちが聞きたいからね?
国王は宰相を近くに呼び寄せ、小声で話をした後、急に顔を真っ赤にして怒り出した。
「な、ナ、ナント!! 職業が勇者ではないと!? しかも、スキルは意味不明ではないか!! おい、これはどうなっておる!!」
なぜか俺に向かって、罵声を浴びせはじめる王様。
ハズレだとか無能だとか。
ホント、シランガナ。
「ええい、もうよい!! この者をすぐさまここからつまみ出せ!! 顔も見とうない!!」
おい、人を呼び出しておいて、無能扱いの上、追い出しにかかるとか、何考えてんだよ!!
すると、部屋にある二か所の扉が開き、ガチャガチャと音を立てながら騎士数名が入ってきた。
あ。この世界だと、騎士は普段から全身鎧なんだな。
そんなことを考えていると、国王の指示で俺は騎士たちに脇を固められ、強制的に別の部屋へ移動させられた(連行とも言う)。
「すまんな」
騎士の一人が、俺にだけ聞こえるようにぼそっとつぶやいた。
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正直「はぁ~」としか答えようがない。
連れてこられた挙句、元の世界にも帰れず、無能扱いだもの。
しかし、自活とはどうしたものか。そんな伝手は今の俺にないんだけど……
年配の執事から、まずは城下町にある冒険者ギルドへ行くように勧められた。
どうやら自活するには、冒険者になるのが手っ取り早いらしい。ついでに身分証も作れるみたいだし。
追い出されるようにして城を後にした俺は、冒険者ギルドへ向かった。
執事から教えられた通り、大通りを東に行く。
しばらく歩いていると、通り沿いに一際大きな建物があった。
石造りで重厚感漂う巨大な建物に、俺が一瞬ひるんでしまったのは仕方がないことだ。
だって、現代日本でこんな建物なんて、ほとんどお目にかかれないからね。
その建物の中央付近にある入り口には、獅子が二匹並んだ絵が描かれた、おそらく金属製の看板に、剣と盾(明らかに本物)がぶら下がっていた。
どうやら、ここが冒険者ギルドらしい。
俺は建物の扉をゆっくりと開いた。
冒険者ギルドの中に入ると、なかなか面白い造りになっていた。
案内板によると、建物に入って右手が冒険者ギルドの施設。左手が酒場と思われる施設。
ちなみに、この建物の隣には、宿屋のような施設も併設されている。
ギルド会館の奥には、受付カウンターと書かれたプレートがぶら下がってる場所や、買取所。現代日本でいう銀行みたいなところだろうか、金品預入所もあった。
入り口脇の壁際にはでっかいボードが備えつけてあり、いろいろな紙が貼り出されていた。
よく見ると〝クエストボード〟と書かれており、貼られた紙は依頼と思われる。
ここで違和感を覚えた。
どうして俺はこの世界の字が読めるんだ?
文字だって見たことないはずなのに……
やはり、これが異世界転移系のテンプレなのか!?
なんてことを考えながら、建物右手奥へと進んだ。
ギルド会館中央には、待合所のように椅子やテーブルがたくさん並んでいる。
なんとなく職業安定所的な雰囲気に思ってしまった。
そこを抜け、受付カウンターへ着いた俺は、座っていた若い女性に声をかけた。
「あの、すみません。ここで冒険者登録できると聞いてきたんですが、合ってますか?」
「ここですよ~。じゃあ、この紙に名前と年齢と職業を書いて~。書き終わったら教えてね~」
爪を磨いている、めっちゃやる気なさそうな受付嬢だった。
他の受付嬢は、ギルドの制服らしきものを、ビシッと着ている。しかしこの受付嬢はそれを着崩して、胸元を大きく開けていた。化粧も厚く、ケバイって言葉がよく似合っている。
少し磨くと、ふぅ~と爪に息を吹きかけてまた磨きはじめる。
その間、こちらを見ようとはしていない……
やる気がないにもほどがあるだろうよ。
そして、ここでもおかしな現象があった。
字が書ける……もう突っ込むのやめよう……俺の精神が持たない……
用紙に必要事項を書いて受付嬢に渡すと、彼女はその用紙を何か機械のようなものに通す。
しばらくすると、機械のようなものからドッグタグとカードのようなものが出てきた。
「はいこれ、冒険者証よ。失くすと再発行手数料かかるから失くさないでね。あと、私がめんどくさい。じゃあ、これでおしまいね~」
なんとも言えない感じがした。
はたから見たら、俺の顔はきっと引きつっていたと思う。
何か説明はないの? せめてパンフレット的なものはないのだろうか……
はあ、考えるのも面倒だな……
俺が受付で登録を終えると、またも異世界テンプレを体験した。
そう、冒険者証を受け取ったところで、酔っぱらいの男たちに囲まれたのだ。
「おう、にいちゃん。冒険者になったみたいだなぁ~。ヒック、オルェたちがよぉ~、ヒッ、冒険者のぉ~、先輩としてだなぁ~、ヒック、オミャエの面倒見てやっからよぉ~、有り金ぜ~~~~~んぶ出せよぉ~~い」
こいつらがいったい何を言っているのか、さっぱりわからない。
いや、酔っぱらってろれつが回ってないって意味ではないよ?
受付嬢を見ても、我関せずで、まだ爪を磨いてる。
つまりそういうことか。なるほどなるほど。
こういった案件には、冒険者ギルドは関知しないらしい。
冒険者同士の揉め事は、自分たちで解決するということか。
俺は周囲を見渡したが、誰も助けてくれようとはしない。
むしろ周りの冒険者然とした者たちは、この酔っ払い男たちを囃し立てていた。
それにしても、困った。
こいつらの強さがわからないな。
こいつらがものすごく強くて、こっちがワンパンでやられる可能性だってある。
それよりもだ……この世界にもあるんだな……世紀末装備!!
ちょっとだけときめいてしまったじゃないか。
その黒光りした革鎧……そこから生える鉄製の厳ついスパイク……三人そろってその装備。
つまり、これを扱っている武具店があるということか……
そして何より……何よりもだ……その頭!! その髪!! どうやって立てているんだ!? ってくらいに、天に向かって型崩れすらしていない。
まさに世紀末の申し子!! ……なんて考えている場合じゃないか。
……よし、断ろう。
「そういうの間に合ってます」
当然、そいつらはキレて殴りかかってきた。
「せんぱいに……たてついてんじゃね~~~~!!」
「やっちまえ、マキシマム!!」
「そうでやんす、マキシマム!! 先輩の威厳を示すでやんす!!」
あれ? 遅い?
さっきから絡んでくる先輩冒険者――マキシマム(?)の攻撃が俺に届くことはなかった。
大振りで殴りかかってきてはいるんだけど、酒のせいなのか動きがダラダラしていた。
俺はその攻撃を余裕を持って避け、距離を取った。
「勝手に逃げやがって!! 大人しく一発殴らせろ!! おい、デブリング!! ヒョロゲス!! こいつを取っ捕まえろ!!」
「おう!!」
「おうでやんす!!」
マキシマムと一緒にいたガタイの大きいデブリング(?)とヒョロっとしたヒョロゲス(?)まで俺に迫ってきた。
ああ、めんどくさい。殴り倒していいよね?
俺がマキシマムたちの再度の攻撃を避けて、腹に一発当てようとしたときだった。
「いったい何してやがる!! 騒がしいぞ!!」
俺たちのやりとりを聞きつけて、二階からゴリマッチョなおっさんが下りてきた。
おっさんを見るなり、マキシマムは顔を真っ青にして震え出した。
受付嬢も同じく顔色が悪い。
俺が首を傾げていると、おっさんは周囲の職員に事情を聞き、徐々にその表情が怒気をはらんでいった。
どう見てもそっちの方面の人にしか見えなかったが、口にしなくてよかった……
マキシマムたちは、おっさんに注意(どう見ても恫喝)を受けていた。
受付嬢も同様に注意(どっからどう見ても脅迫)を受けていた。
ついでとばかりに、仲裁に入らなかった他の職員たちも注意(こっちは本当に注意だった)を受けていた。
どうやら、ギルド会館内の揉め事の解決も、職員の仕事らしい。
仕事しろよ受付嬢。
それから、マキシマムたちは俺をひとにらみしてから、冒険者ギルドを後にした。
ちなみに、囃し立てていたやつらは、おっさんが登場した時点で蜘蛛の子を散らすように退散していた。
受付嬢は、おそらく上司っぽい人に首根っこを掴まれて、奥へと引っ込んでいった。
涙目で何か騒いでいたけど、俺には関係ないよね?
うん、なんか無駄に疲れた……
幸い城を出るときにもらった金貨があるし、仕事は明日からにしよう。
俺は今日の寝床を探すために、冒険者ギルドの隣にある宿屋へ向かった。
その宿屋は、初級冒険者用の宿泊施設で、タダで泊めてくれるらしい。
従業員に空きを確認すると、ちょうど一部屋空いているそうだ。
登録したての俺は、とりあえず一室借りることにした。
割り当てられた部屋に向かうと一人部屋で少し安心した。
部屋の中にはベッドと小さなサイドテーブルの上のライトがあるだけで、さほど広くはなかった。
おおよそ四畳半ってところかな?
まあ、どうせ寝るだけだし、問題はない。
それに個室だし、野宿するより断然マシだ。
今日はもう寝よう……
おやすみなさい。
■二日目 初めての依頼
朝起きると、体がバキバキでとても痛かった。
このベッドマジで硬すぎ……
野宿よりはマシだし、しかも無料なんだから、文句を言ったら罰が当たりそうだ。
俺は一息ついた後、身支度を始めた。
宿舎の従業員に確認したら、裏庭に井戸があるそうだ。
なら、朝食の前に寝癖などを直そう。
井戸の周りには他の冒険者もいたが、みんな同じように疲れた顔を浮かべていた。
やはり、ここのベッドの硬さはどうにかしてほしい。
井戸には手押しポンプのような装置が設置されていて、ボタンを押すと決まった量の水が出る仕組みになっていた。
この装置がどうやって動いているか気になるところだけど、今は別に構わないかな。水を手で汲む必要がないだけありがたい。強いて言うなら、さすが井戸水……めっちゃ冷たかった。
一通り身支度を終えると、一階にある食堂へ向かった。
そこでは、簡単な朝食が準備されていた。ちなみに無料……至れり尽くせりだな。
セルフサービス形式で、俺も必要な分だけ取り、皿にのせていく。
卵とかソーセージが並んでいることから、この世界も畜産業とかも盛んなのかもしれないな。
「いただきます」
つい、いつもの癖で手を合わせてしまった。
うん、うまい。きちんと調味料が効いている。
こういう世界だと「調味料は貴重品だ~」って感じだと思ったら、そうでもないらしい。
調理場のおばちゃんの話だと、転移系統の魔法使いが、運び屋をやってるという。
頼めば料理なんかも運んでくれるそうだ。
そんなわけで、内陸部でも新鮮な海の幸が食べられるみたいだ。
うん、魔法バンザイ。
朝食後、部屋をあらかた片づけて、隣の冒険者ギルドへ向かった。
建物に入るも、昨日みたいに絡まれることはなかった。
せっかく期待していたのに……
俺は、冒険者ギルドの〝クエストボード〟に貼り出された依頼を探す。
いろいろ見てみたけど、大体がDランク以上の依頼ばかりだった。
そんな中、一つのクエストが目に留まった。
「初級クエスト。薬草採取。必要な冒険者ランクは……特に書かれていないみたいだ。それと報酬が銅貨十枚か……」
よし、これにしよう。
ちなみに、冒険者にもランクがあり、SSを最上位としてS・A~Gまである。
冒険者になりたての俺は、問答無用でGランクになる。
ある程度依頼をこなすとFランクになれるそうだから、地道にやっていこう。
さて、早速受注をしたいんだけど……依頼の受け方すら教えてもらってなかったな。
とりあえず受付へこの依頼書を持っていけばいいのだろうか?
俺は依頼書をクエストボードから剥がすと、受付カウンターへ向かう。
そういえば、昨日の受付嬢は……いない。
いたらいたで面倒だから、むしろ助かったのか?
受付カウンターには何人か受付嬢がいるが、昨日の受付嬢のいたところにはおば……(殺気!?)オネエサンが席に座っていて、目が合ってしまったので、そちらに向かった。
できれば、隣の若い子に行きたかった……
その笑顔やめてくれませんか……問答無用の殺気を込めるのも……
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