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しおりを挟むプロローグ
社交シーズンの始まり。冬の訪れを感じる寒さの中、三公爵の一つ――シアン家主催の夜会でそれは起こった。
夜会の会場から漏れる光が、中庭に出ていく若い男女の姿を照らす。
会場にいた私は、遠目に彼らの間の不穏な空気を感じ、足を止める。共に挨拶回りをしていたパートナーも足を止め、私の視線の先に気付いた。
次の瞬間、彼は庭に面するテラスへ向かって足早に歩き出す。慌てて、その後を追った。
テラスに出ると、暗闇で見つめ合う男女の間に――恋人同士と言うには不似合いな緊張感があるのが見て取れる。内容までは拾えない会話が、風に流されて切れ切れに届いた。
突如、男が声を荒らげる。
「ふざけるな!」
男が一歩、女との距離を詰める。女は怯えたように後ずさった。
対峙する男の横顔に光が当たり、醜悪に歪んだ笑みが浮かび上がる。男がその手を女へ伸ばした瞬間、私の隣で空気が動いた。
(なっ……!)
こちらを置き去りに駆け出したパートナー。彼は、瞬きの間に二人に駆け寄った。
夜会服に包まれたたくましい背中。大きな手が、今まさに女に触れようとしていた男の手を掴み上げる。女の危機を救ったヒーローは、そのまま彼女をその背に庇った。
庇われたヒロインは驚きの表情で目の前に現れた背中を見上げる。次いで、彼女の顔に安堵と喜びに満ちた笑みが浮かんだ。
目の前のワンシーンに、知らず口からため息が漏れる――
(なんて、ありがちな……)
そして、なんて羨ましい恋物語の始まり。
ドラマチックなストーリーなど、私には望むべくもない。
けれど通常なら、目の前で始まったストーリーに憧れて胸をときめかせ、その行く末をそっと見守るくらいはしただろう。
ヒロインを守ったヒーローが、自分の夫でさえなければ――
第一章 崩壊する第二の人生
暴漢を取り押さえた夫――ソルフェリノ公爵家嫡男エドワードが、対峙する男を牽制した。
「……ロベルト。貴様、こんな場所で一体何をしている」
その言葉で漸く、相手の男がエドワードの従弟――クロイツァー伯爵ロベルトだと気付く。相手が彼ならば「危険はない」と判断し、三人にそっと歩み寄った。
険しい表情のエドワード。重く怒りを乗せた彼の詰問に、ロベルトは軽く肩を竦めるだけ。
鋭い眼光に見据えられ、ロベルトが本来は端整な口の端を歪めて笑う。
「これはこれは、次期ソルフェリノ公爵閣下ではありませんか! ご尊顔を拝し、恐悦至極!」
大仰に応えた彼は、腰を折って頭を下げた。体を起こす際に一瞬ふらついたことが、彼の酩酊具合を示している。
「尊き御身であらせられる我が従兄殿こそ、一体なぜこのような場所へ?」
「……私の質問に答えろ、酔いどれが。貴様、シンシアに何をしようとしていた?」
夫の口から女の名が発せられたことに、体が強張る。
ロベルトの口から「ハッ!」と嘲笑が零れた。
「『シンシア』とは! またずいぶんと気安く呼ぶな?」
皮肉げな視線が夫へ向けられる。
「シンシアと俺がどのように旧交を温めていようと、お前には関係ないだろう?」
「旧交、だと……?」
あからさまな挑発に、エドワードの声に怒りが滲んだ。
彼の反応に気を良くしたロベルトが、笑みを深める。覚束ない手振りと共に、芝居めいた声を上げた。
「愛しのシンシア! 女だてらに単身、大陸に渡った我らが幼馴染殿は、大いにあちらの文化に染まって帰ってきたというじゃないか!」
彼の言葉に、私は改めて女の姿を眺める。
見慣れぬデザインの夜会服に身を包む彼女の髪は、結い上げずに下ろされたまま。その色まで見て取ることはできないが、顎下で切り揃えられた長さは、確かに、この国――この世界では奇異に思えた。
嘲るようなロベルトの言葉が続く。
「あちらでは、男女の仲も開放的だと聞く。かの国で得た見聞を、ぜひとも、この俺にもご教授願いたいというわけだ!」
「貴様っ!」
シンシアを侮辱する言葉に、エドワードが拳を振り上げる。止める間もなかった。
(いやっ!)
激昂した夫の拳が、向かい合う男の頬に容赦なく叩きこまれる。殴られた長身が地面に倒れ込んだ。
(やめてっ!)
再び振り上げられたエドワードの拳を止めようとしたが――
「駄目よ! エドッ!」
止めたのは私ではなく、彼に背後から抱きついた女の声だった。
暗闇に二人の男の荒い息遣いが聞こえる。突然の暴力に、私はただ唖然と立ち尽くすだけだった。
動けない私の前で、シンシアが動く。
エドワードの背から抜け出し、隣に寄り添って、彼の――ロベルトを殴った手を両手で包み込んだ。
夫は彼女の姿を一瞥したが、再び刺すような視線をロベルトへ向ける。地に転がったままの男もまた、エドワードを憎しみの眼差しで見上げていた。
ロベルトの瞳の暗さに、ギクリとする。
心の奥に押し込めているものが、チラリと顔を覗かせていた。私には彼の瞳に映るものが何か、言われずとも分かった。
妬み、嫉妬、羨望――
馴染みのある感情を浮かべた瞳で、彼が嗤う。
「ハハッ! 気にくわない相手は殴って口を封じる。それが、赤の次期公爵様のなさりようってわけだ!?」
嘲笑に煽られ、エドワードの口から低い唸り声が漏れた。
「黙れ……」
「……黙らねぇよ」
吐き捨てたロベルトがフラリと立ち上がる。彼が立ち上がってなお、僅かにエドワードのほうが目線が高い。
睨み合う二人の間で緊迫した空気が膨張する。一触即発の中、二人の間に勢い良く飛び込んだ小柄な体が、空気を裂いた。
「止めて、エド! ロベルトもいい加減にして!」
割って入った女――シンシアの仲裁に、先にエドワードが反応する。
ロベルトへ向けていた険しさを消し、無表情に彼女を見下ろす。彼を見上げたシンシアが、「それでいい」と言わんばかりに頷き返した。
次いで、彼女はロベルトへ向く。しかし、視線を向けられた男は、彼女を一顧だにすることなくエドワードを睨み続ける。
「ロベルト、ちゃんと私の話を聞いて。……いつまでも子どものように突っかかってくるのは止めてちょうだい」
その言葉にも、反応しない。
黙殺する彼に対し、シンシアは胸の前で両腕を組んだ。不満を露わに、自身より頭二つ高い男を見上げる。
「私は大陸で、自由公国で学んできたことを、誇りに思っているの。それを誰かに侮辱されたり揶揄われたりする謂れはないわ」
ロベルトは黙したまま答えない。
シンシアは昂然と胸を張った。
「私の人生は私のものよ。貴方には理解できないかもしれないけれど、私は自分のやりたいことをやりたいようにやっているだけ」
そう言って、彼女はフゥと息をつく。
「私は、貴方にもそうしてほしいと願ってる。私に構わず、貴方の望むように生きてほしいの」
その訴えは届いているのかどうか。責めを受けるロベルトは目を逸らすことなく、エドワードと対峙し続ける。
シンシアの言葉が途切れた空間に、夫の深い怒りに満ちた声が落ちた。
「……ロベルト、シンシアに謝罪を。彼女への侮辱は、私が許さない」
「ふん、『許さない』ときたか。では、謝罪しなければどうするつもりだ? また殴るのか? それとも、力尽くで跪かせるか?」
「貴様っ!」
ロベルトの挑発に、夫が再び激昂する。
漂う剣呑な雰囲気に、シンシアの悲鳴のような声が響いた。
「エド! ロベルト!」
だが、今度は二人とも止まりそうにない。暴力の気配を感じて、覚悟を決める。
(冗談じゃないわ。こんなところでこれ以上、流血沙汰なんて……!)
彼らの視界の外で小さく息を吸い、一歩、前へ出た。
「……エドワード様」
呼びかけに、夫からの返事はない。代わりに、シンシアが驚いたようにこちらを振り向く。
彼女の反応を尻目に、自身がなすべき進言を口にした。
「この場で騒ぎを起こせば、ソルフェリノ家の醜聞となります。シアン公爵家に対する無礼は許されません」
「……分かっている」
それでもまだ引っ込みがつかないのか、エドワードは苛立ちも露わにこちらを睨む。
彼を説得するため、あまり口にはしたくなかったが、彼女の名を持ち出した。
「そちらの女性。シンシア様も、醜聞に巻き込むことになるかと……」
「っ!」
意図した言葉に、意図した反応が返ってくる。
言葉に詰まった夫は、逡巡の末、大きく嘆息した。彼の纏う怒気が弛む。
漸く、普段の冷静さを取り戻したらしい。
エドワードは最後にロベルトを一瞥し、それきり彼の存在を無視する。代わりに、シンシアをエスコートするようにこちらへ導いた。
彼女の背に、そっと手を添えて――
「イリーゼ、彼女と会うのは初めてだったな? シンシア・ヘインズ嬢だ。ヘインズ子爵家のご令嬢だが、最近まで大陸へ留学していた」
そう身内のように紹介されて戸惑う。
夫からこれほど親しげに女性を紹介されるなど初めてのこと。しかも、私を「妻だ」と彼女に紹介する気配はない。
(どうして……)
不自然な流れに、相手のシンシアも戸惑う様子を見せる。ぎこちない空気が漂う。
互いを観察し、どちらからともなく口を開こうとした時、エドワードが動いた。
「……彼女を家まで送る」
「え……?」
驚きの声が私の口から零れる。夫の眉間に皺が寄った。
純粋に驚いただけで非難の意味はなかったのだが、彼には不快だったらしい。鋭い視線を向けられ、咄嗟に頭を下げる。
「承知、いたしました」
不承ながらもそう答えると、「ああ」という短い言葉が返ってきた。下げた頭の向こうで、彼が背を向ける気配を感じる。
「イリーゼ。お前は、家の馬車で先に帰れ」
(なっ!)
驚きに顔を上げた。再び零れそうになった声は、今度はすんでのところで呑み込む。
(『先に帰れ』って、自分はヘインズ子爵家の馬車で帰るというの……?)
既婚者である夫が、未婚の令嬢であるシンシアと馬車で二人きりになる。
「ロベルトと揉めた彼女を送るため」という名目であろうと、そんなことが許されるはずもない。エドワードとて、当然、承知しているだろう。
けれど、承知した上で、敢えてその選択をしたというなら――
(そんな……)
止めることはできず葛藤しているうちに、二人は平然と去っていく。寄り添う姿があまりに自然で、そこに彼らの過去が垣間見えた。
気付くと、既に二人の姿は遠く、並んだ二つの影が会場へ消えていくところだ。
この場に残されたのは、私とロベルトの二人きり――
茫然としていると、同じように彼らを見送っていたロベルトがこちらを振り返る。彼は何かを言いかけ、結局、何も言わずに歩き出した。
会場から零れる光が去りゆく長身を照らす。その背に流れる髪が淡く煌めいた。
夜会からの帰り道。公爵家所有の馬車に一人揺られ、苦笑する。
――彼女を家まで送る。
普段は冷徹とも言える夫が、自分以外の女性に向けた気遣い。
一体、どんな想いで口にしたのか。
その真意を噛み締めれば噛み締めるほど、虚しさが募った。
光度の低い室内灯に照らされ、車内はぼんやりと明るい。その中で揺れる一人分の影に、感情が溢れ出す。
「……信じられない。既婚者のくせに」
口にして、更に虚しさと情けなさが募った。
「ほんっと、馬鹿みたい……!」
妻を顧みないヒーローも、他人の夫の手を容易くとるヒロインも。それから、結局、どこまでいっても脇役でしかない自分自身も。
(ああ、でも、モブだった前世よりはマシ……?)
自嘲してため息をつく。
現世の人生で私に与えられた役割はヒロインの恋敵、主役二人の恋路を邪魔する当て馬らしい。だから、おそらく「ヤな女」としてキャラ名くらいは与えられるだろう。
(『政略結婚で結ばれたヒーローの妻』、ね……)
確かに、エドワードとの間に燃えるような恋物語はなかった。
今でさえ、「傷付いた」と感じてはいるが、彼への恋情に身を焦がしているわけではない。
だけど――
(……ずっと頑張ってきたつもり、だったのにな)
眼の奥が熱くなる。こみ上げてきたものを認めたくなくて、きつく目を閉じた。
記憶にある前世。私は、ブスでデブで頭も悪かった。
少なくとも、自分で自分をそう評価する程度に、卑屈で根性が捻じ曲がっていた。そのくせ、プライドだけは人の十倍くらいはあったから、生きるのが本当に苦しかったのだ。
劣等感をネタにも個性にもできず、昇華しないままグツグツと煮詰めて生きる。
それが私の前世を語る全てだ。
洒落にならない虐めを、「こんなイジリ、大したことない」と撥ね除けられたのは、強かったからではなく、歪んでいたから。
「自分が虐められている」という事実が許せず、そんな自分を認められなかった。
いつか見返してやる。いつか全員。いつか必ず――
そんな自身の「核」だけを抱え、気付けば転生。しかも、夢にまで見た異世界に生まれ変わったようだ。
そう気付いた時には歓喜した。
新しい人生。これで、私は変われる。今度の人生こそ――
けれど、意気込みのままに現世を再認識すると、前世の感覚との違いに大いに混乱した。
どうやら、この世界には「魔力」という概念があるらしい。
これはもう魔力チートしかないだろうと鼻息を荒くしたのは一瞬のこと。この世界、魔力はあるのに「魔法」が存在しない。魔力はあくまでエネルギーの一種であり、その塊である「魔石」を利用することで初めて、照明やコンロ、果ては魔動列車のような巨大な機関を動かせる。
所謂、魔法――エネルギーの質を指先一つで変化させ、放出するなんて芸当は、人間には不可能であり、魔法使いはお伽話の存在だった。
(でも、だからこそ、努力したのに……っ!)
分かりやすい魔法がないのは仕方ない。それでも、人生二周目というアドバンテージはある。
それだけでも、ある意味チート。
好きではない勉強も、苦手な対人関係も、その価値を知っている。それらが将来どれほど有用で不可避であるかを経験しているからこそ、努力に対する本気度が違った。
またあの苦痛、屈辱を味わうくらいなら――
その思いがあれば、大抵のことはなんだってやれる。なんだって我慢できた。
容姿は人並み、実家は野心薄く凡庸の域を出ない伯爵家。そんな私にできたのは、ただただ地道な努力を繰り返すことだったが、人に不快感を抱かせないような見た目を心掛け、必要とされる学問を修め、教養とされる音楽やダンスを身につけた。
容姿に対する耳の痛い評価にも耳を傾け、年長者に教えを乞う。一度で覚えられないことは、覚えられるまで何度でも繰り返した。
結果、三公爵の一つ、赤のソルフェリノ家に望まれるに至ったのは、快挙と言えるだろう。
今でも、「公爵家嫡子との婚姻は、自己研鑽の賜物だ」と胸を張れる。エドワードの妻であることは、私の唯一の誇りだった。
それなのに――
こみ上げた悔しさに、握り締めた拳で自身の座る座席を殴る。
抑えられない激情のままに、二度、三度と同じ痛みを繰り返し味わった。
「……痛いっ!」
痛くて悔しい。
拳ではなく、もっと別の場所で感じる痛みに涙が零れた。
◇◇◇
ソルフェリノ公爵家のタウンハウス。
贅をこらした執務室で、執務机の向こうの男――エドワードが口を開く。
「……イリーゼ、お前との婚姻を解消する」
告げられた言葉に、立ったままの体から力が抜けた。
覚悟していたこと。「やはりそうなるのか」と、一瞬、諦念が胸をよぎる。
だが、ここで屈するわけにはいかない。唇を噛む思いで顔を上げ、対面の夫を見据えた。
たった今、私に離婚を突きつけたばかりの夫は泰然としている。常と変わらないその顔には、なんの感情も浮かんでいない。罪悪感も後ろめたさも見せず、それどころか、こちらをちゃんと人として認識しているかも怪しかった。
彼の態度に、心臓が軋む。
(こんな雑な扱い。いくらなんでも……っ!)
そもそも、離縁を言い出すタイミングが想定よりずっと早い。それも、一方的な宣言で全てを終わらせようとしている。
自負していたよりずっと、私の価値が軽い。その事実を突きつけられて、眩暈を覚えた。
「理由を……」
聞かずにはいられなかった。
けれど、問い質そうとした自身の声が余りにか細く、途中で言葉を切る。
こんな掠れて弱々しい声が自分のものだなんて、認めたくない。
俯きがちになっていた顔を上げる。不実な夫を真正面に見つめた。
「離縁の理由を、お聞かせ願えますか?」
視線の先。鮮やかな紅紫色の前髪を軽く掻き上げた夫は、机の上に視線を落としたまま、ゆったりと足を組み替える。自信に満ちた所作だ。
私の――未だ夫である男は、二十六歳という若さでありながら、歴史ある公爵家の次代を担うに相応しい貫禄を持つ。長身に加え、軍隊経験で鍛え上げられた体躯は、他を圧倒する。
自然と気圧されそうになるが、碧の瞳はこちらを見てもいない。問いに答える気配はなく、私の存在ごと無視するエドワードに焦れた。
苛立ちのままに、彼女の名前を口にする。
「先日の、シンシア様が原因でしょうか?」
確信を持って告げた名に、彼が初めて反応を見せた。
顔を上げたその視線がこちらを向く。向けられた視線の剣呑さに怯みそうになるが、弱気を抑えて詰問した。
「やはり、ヘインズ子爵のご令嬢が離縁の理由なのですね?」
「……彼女は関係ない」
(嘘つき……)
互いに嘘だと認識している言葉ほど虚しいものはない。
現に――否定の言葉とは裏腹に、エドワードは彼女の名前に如実に反応したではないか。
彼は、今や分かりやすく苛立ちを見せている。その態度に怒りが募った。
(悔しい……!)
一週間だ。たった一週間前の出来事なのに――
シアン邸での夜会の後、シンシアとエドワードに関する情報をあちこちから拾い集めた。
新聞のゴシップ欄や人づての噂話。
それらによると、ヘインズ子爵令嬢シンシアと自分の夫は身分を越えた友人、幼馴染なのだそうだ。その親しい関係は、社交界の皆が知るところだったという。
しかし、五年前――私がデビューする前年、彼らは別れを選んだ。二人の身分差と、彼女の性格ゆえに、シンシアはエドワードの妻として認められなかったのだ。
結局、エドワードは責務としての婚姻を選び、シンシアは自らの可能性を求めて新天地へ旅立った。それが、五年前に悲恋で終わった彼らの恋物語。
(……だけど、二人の物語はそこで終わりじゃなかった)
五年の歳月が流れた後、新天地よりシンシアが戻ってきたことで、物語が再び動き始めた。
劇的な再会を果たしたかつての恋人たちによる愛の再生の物語。
その物語において、まさに今、物語のスパイスである男の妻が廃されようとしている。それも、「二人の愛に穢れはない」という虚飾に彩られて。
(『関係ない』わけないじゃない! どう取り繕おうと浮気、不倫の果ての略奪でしょう!)
そんなの、許せるわけがない――
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