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2巻

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   プロローグ


 ぺらりと本のページを捲る。
 ほどよく暖かい陽射しと、心地良い風が吹くとある春の日。僕は庭園の隅っこにある大きな木の根元で読書をしていた。
 ぽかぽかの気温が眠気を誘い、頭がこっくりこっくりと上下する。
 悲惨な未来が待ち受ける悪役『フェリアル・エーデルス』には到底相応しくないような、そんな平和な昼下がり。
 僕は睡魔に白旗を上げて、木に寄り掛かると重い瞼を閉じた。


 僕には前世の記憶がある。
 前世では、僕は誰にも愛されなかった。両親にも、ふたりの兄にも、双子の弟にすらも。
 みんなが僕を嫌い、うとんだ。そんな日々がずっと続いたものだから、この世界に転生してすぐの頃は、たとえ家族が相手だろうと、誰のことも信用することができなかった。
 心を閉ざしたのは、前世で受けた傷だけが原因じゃない。
 転生後の世界が、よく知るゲームの中だったことが一番大きい。
 今世は、前世でハマっていたゲーム『聖者せいじゃ薔薇園ばらぞの』の世界だ。僕が転生したのは、そのゲームでの悪役、フェリアル・エーデルス。
 ふたりの兄は主人公側の人間……つまり、僕の敵というべき存在だ。だからこそ、彼らが僕を嫌うのは当然の展開だと思っていた。
 どうせ嫌われるなら、初めから期待なんて捨てた方がいい。そう思っていたのに……
 なぜか今世の家族は、決して僕を見捨てなかった。
 その中でもふたりの兄から向けられる無償の愛情は、あまりに優しく温かかった。固く閉ざされていた心が開いたのは、その兄たちの影響が最も大きい。
 どうせ嫌われるなら初めから期待しない。
 そう思っていたけれど、今では転生直後よりも気持ちが大きく変化している。
 いくら彼らがゲームでの姿と異なる成長をしているといっても、ストーリーの大筋がゲームのシナリオから逸れたことはない。きっと最終的な今世の結末は、ゲームの結末と変わらないだろう。
 けれど、僕はもう今世の家族をこんなにも愛してしまった。
 初めの頃のように、心を閉ざして彼らを避けることはもうできない。だから、僕は決めたのだ。
 たとえ運命には逆らえないのだとしても、結末が決まり切っているのだとしても。
 大好きな家族のハッピーエンドを、この目で見届けられなくても。
 それでも、悪役として迎える結末の日まで、心から彼らを愛し続けようと。



  【強くなりたい】


「フェリ、こんな所にいたのか」

 心地よく耳に馴染む低音が聞こえて、ハッと目が覚めた。
 膝に開きっぱなしで置かれていた本を閉じて振り返ると、座っていた僕を見下ろすように、鮮やかな金髪をなびかせたひとりの青年が立っていた。
 まだ仄かに幼さが残るが、精悍せいかんな顔付きで長身。青年と呼ぶに相応しい雰囲気をまとう彼は、読書を終えた僕を見て無表情の顔を微かに緩めた。
 彼は、ふたりの兄のうちのひとり、長兄のディラン兄様だ。

「ディラン兄さま。いま、授業のじかん……?」

 寝ぼけたままで発声したせいで、舌足らずさがほんのり残ってしまう。慌てて立ち上がると、抱き上げられ、頭頂部に淡く口付けを落とされた。

「授業はとっくに終わった。もう昼だぞ」
「えっ」

 困ったように微笑むディラン兄様を見て目を丸くする。
 空を見上げると、確かにここに来た時よりも太陽が遥かに高い位置に移動していた。

「ごめんなさい……気づきませんでした」

 ディラン兄様に視線を移して眉尻を下げると、すぐに宥めるように頭を撫でられた。
 怒っているわけではないようだ。安堵してほっと息を吐く。
 そんな僕を見て、ディラン兄様は紅い目を細めた。

「読書で時間を忘れるのはよくあることだ。ただ……俺はそういう時、フェリがどこにいるのかと不安になる」

 兄様を不安にさせてしまった……
 肩を落とす僕をぽんぽん撫でて、ディラン兄様は「だから」と言葉を続けた。

「次からは、俺の傍で本を読めばいい」
「……? でも、授業の時は……」
「授業の時もだ」
「……?」
「授業の時も寝る前も。時間を忘れそうな時はいつだって、俺のそばに来い」

 そうすれば危険も不安もないし、安全だ。
 満足げにそう語るディラン兄様を前にしてぱちぱちと目を瞬いた。
 分かりました、と当たり障りのない返事をしようとした時、ディラン兄様の背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。

「てめぇ、ふざけんな!」

 怒声。でも、別に怖くはない。
 無意識に頬を緩ませながら、ディラン兄様の肩越しにそっと顔を出す。
 そこには思った通り、額に汗を滴らせた強面こわもてな美形の青年が立っていた。
 ディラン兄様と同じ鮮やかな金髪の彼は、もうひとりの兄、ガイゼル兄様だ。

「ガイゼル兄さま。剣術のおけいこは……」
「ついさっき終わったとこだ。部屋に居ねぇから捜したぞ、チビ」

 髪をわしゃわしゃと撫でられると、骨ばった手と筋肉のついた腕がガイゼル兄様の袖から覗く。
 ガイゼル兄様の努力の証だ。
 魔術の授業も最低限受けているようだけれど、ガイゼル兄様は剣術の稽古に授業時間のほとんどをついやしている。主に魔術を中心に習っているディラン兄様とは正反対と言えるだろう。
 ガイゼル兄様はディラン兄様の腕から僕を奪うと、むぎゅーっと抱き締めて動きを止めた。

「あの……?」
「補充だ。じっとしてろ」

 何の補充だろう、という疑問は口には出さない。
 言われた通りじっとしていれば、大抵いつも数十秒ほどで拘束を解いてくれるから。
 だから少し手持ち無沙汰になった両手で、ガイゼル兄様の頭を撫でた。

「おけいこ、おつかれさまです。ガイゼル兄さま」
「……ん」

 去年の冬に十四歳になったガイゼル兄様だけれど、剣術で鍛えているせいか体格は十四歳とは思えないほど完成されている。腕も太いし、身長も兄であるディラン兄様を軽く超すくらいだ。
 六歳だというのに平均よりかなり小さい僕と並べば、さながら小人と巨人のようだとふたりの教師であるサムさんに揶揄からかわれたこともある。
 思い出してムスッとしていると、それに気付いたのか、兄様たちがきょとんと首を傾げた。

「どうしたチビ、ディランに嫌なことでもされたのか?」
「お前の拘束が苦しいのだろう。ただでさえゴリラなのだから加減くらいしろ」
「誰がゴリラだ! ぶっ飛ばすぞ!」

 ふたりがいつもの兄弟喧嘩を繰り広げる。
 ムスッとした表情を作ったままふたりを見上げ、体格の良い体をそっと眺める。
 ふたりは平均的な成長速度を大きく超して育っているというのに、どうして僕はいつまで経っても小さいままなのだろう。
 思えばゲームでも、フェリアルはずっと華奢なままだった気がする。断罪シーンのフェリアルなんて特に、十五歳とは思えないほどやせ細って子供のようだった。
 そんなことを思いながらふと呟いた。

「……剣術」
「ん? 何だチビ。剣術がどうした」
「僕も、剣術やりたい」

 たちまち空間に静寂が広がった。
 不思議に思い見上げると、そこにはこの世の終わりみたいな顔をしたふたりが立ち尽くしていた。

「なっ……! な、何故ッ……?」

 見るからに動揺しているディラン兄様に問われる。
 ガイゼル兄様はまだ硬直したままだ。
 何故ってそれは――
 皆が言わないだけで、僕の成長速度の遅さは異常なはずだ。
 毎日散歩は欠かさずしているし、ご飯だって小食だけれど頑張って食べている。それでも、記憶の中にある六歳の姿からは程遠い。小さいままなのは、きっと運動が足りていないからだろう。
 中庭を歩くだけでは体格を育てることはできなかったんだ。そうに違いない。

「僕、大きくなりたいの」
「大きく……? チビはそのままでも十分過ぎるくらい可愛いぞ⁉」

 硬直から解放されたガイゼル兄様が慌てた様子で叫ぶ。その言葉にまたムスッと頬を膨らませた。

「かわいいじゃない。かっこいい、なりたいの」

 僕ももうすぐ七歳で、何より男だ。
 可愛いではなくかっこいいと言われるような人間になりたい。

「兄さま、こんなにかっこいい。僕だけかっこよくない……おかしい」

 ゲーム同様、兄様たちは女性にも男性にも好かれるような男らしい美形で、加えて性格や仕草も全てかっこいい。下手をすればゲーム以上だ。ゲーム以上に、兄様たちは最高にかっこいい。
 それなのに、本来ベクトルの違うカッコよさを持っていたはずの悪役――ゲーム内の『フェリアル』と違い、僕は全くカッコよくない。昔ガイゼル兄様が言っていた通り、ガリガリのヒョロヒョロだ。
 こんなにひ弱では、ゲームの結末を迎える前にあっさり死んでしまうかもしれない。
 産まれてからずっと声を発さなかった僕が、初めて声を出すきっかけにもなった例の放火事件……あれくらい大きな事件やそれ以上のイベントがこの先たくさん起こるだろうに、これではいざという時何もできないだろう。
 今の僕には大切な人たちがいる。何に代えても守りたい人たちがいるのだ。
 兄様達がハッピーエンドを迎えて、僕が退場することになる時まで、皆を運命から守りたい。

「強くなって、兄さまたちをまもるの」

 最期まで聖者しか愛されないという運命に抗って、信念を貫き死んでいった悪役のように。
 愛する人たちを愛し抜くために、自分の命すら投げ捨てた悪役フェリアルのようになりたい。そうすれば、きっと僕は兄様たちを守れるはずだ。僕と違って、ハッピーエンドの先に行ける兄様たちを。

「……むん?」

 ふんすっと意気込みながらもふと我に返ると、再び辺りを静寂が支配していることに気が付いた。
 見上げると、感極まったような表情を浮かべる兄様たちが、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。

「なんていい子なんだ……今ならドラゴンも余裕で倒せる気がする……」

 ディラン兄様が僕に頬擦りしながら感嘆する。
 そんなディラン兄様のセリフに対して、ガイゼル兄様は呆れ顔を浮かべながらツッコんだ。

「お前はいつでも余裕でドラゴン倒せるだろ。あのおっかねぇ魔術使えば一発じゃねぇか」

 あれ……? と首を傾げる。確かにゲームでもディラン兄様はドラゴンを倒せるようになるけれど、それはまだずっと先のことだ。今は未熟だから、ゲーム内で最高位の強さを誇るドラゴンは倒せないはず。
 主人公であるアベルと出会って、守る者ができて。そうしてディラン兄様は強さの意味を知って、さらに成長していく。
 ドラゴン討伐は、ディラン兄様が『大切な人を守りたい』という心の強さを育んだ証拠とも言える、大事なシナリオなのだ。でも、今はまだアベルと出会っていないから……
 今のはガイゼル兄様の冗談だよね、と納得して軽く聞き流した。



   攻略対象file2 騒がしい兄弟と完璧な皇太子
     第一章 新たな出会いとお茶会



 あの後、今日の授業は全て終えたという兄様達と昼食を共にした。
 兄様達の分のデザートをもらったり、僕に『あーん』する役を巡って争う兄様達を宥めたり。
 騒がしくも楽しい食事を終え、三人で散歩でもしようかとなった時。
 庭園へ行こうとした僕達を引き留めたのは、僕の専属侍従であるシモンだった。
 濃い茶色にメッシュのような染めがされた髪を後ろにくくっている。髪は長いけれど、中性的ではなくてどこか野性的な雰囲気の持ち主だ。
 そんなシモンは僕を見てわずかに目元を緩ませてから、兄様達に静かな声で言った。

「旦那様がお呼びです」

 そして、その一言を残してスッとどこかへ消える。
 お父様が僕達をまとめて呼ぶのは珍しい。
 何かあったのだろうかと、兄様たちと一緒に急いで執務室に向かった。


「──おちゃかい……?」

 執務室でお父様の膝の上で呆然と呟く。
 言い慣れない言葉だ。ゆっくりとその言葉を繰り返してみるけれど、慣れない言葉だからか思わず舌足らずになってしまう。
 お父様が発したセリフを繰り返している僕とは違い、兄様達はなんだか険しい表情をしていた。
 兄様達は向かいのソファに並んで座っている。僕が何故お父様の膝の上に座っているかというと、執務室に入った途端お父様に捕らえられたからだ。
 兄様達のピリついた視線がお父様に突き刺さっているように感じるのは、気のせいだろうか。
 なるべく気にしないようにしながら聞き返すと、お父様は無表情の顔を柔らかく緩めて僕を見下ろした。

「あぁ、フェリは茶会が初めてだったな。ディランとガイゼルは何度か経験しているのだが」
「父上! 茶会なんてっ……チビにはまだ早いと思います!」
「同意見です。あんな居心地の悪い空間にフェリを連れていくなど、断固反対します」

 兄様達の反応を見る限り、どうやらふたりはお茶会に良い印象を抱いてはいないようだ。
 僕は、うーんと考えながら前世を思い出した。
『お茶会』か……思い返してみれば、ゲームでそんなイベントが登場していたような気がする。
 普通は、貴族の婦人がつどって紅茶やお菓子を楽しむことを言うことが多いけれど、ゲームでは子供達だけで交流を深めるためのイベントとしても、お茶会という言葉が使われていた。
 と言っても、純粋な交流のためではなくコネ作り……関われば家のメリットになるような、そういう交流を深めるためのものだけれど。
 お茶会には六歳の子供から参加できると書いてあったから、兄様達は僕が生まれる前から何度か参加しているはずだ。
 何かそこで嫌な思い出でもあったんだろうか?
 そう思いながら見上げると、お父様は慣れた調子で兄様達に軽く両手を振った。

「まぁ落ち着け。もちろん私も、フェリに下らない茶番を経験させることには反対だ」
「では何故」

 ディラン兄様にしては感情が強く滲んだ瞳が、まっすぐにお父様を射貫く。
 緊迫した空気が流れ始め、思わず引き結ぶように口をつぐんだ。
 お父様は困ったように微笑んで、僕の頭をそっと撫でる。

「フェリを守るためだ。今までは邸の中でのみ過ごさせていたが、これからは貴族社会を学ばせるためにも外へ出さなければ」

 お父様の答えを聞いて、ふたりはむぐっと顔を顰めた。

「そんな……! チビは俺らが守ればいい、わざわざ汚いモンを見せるようなことしなくてもッ」

 衝動を堪え切れずと言ったように、ガイゼル兄様がガタッと勢いよく立ち上がる。対してその隣に座るディラン兄様は、衝動を堪えるように唇を噛み締めた。
 ガイゼル兄様の荒々しい反応を手で制すると、お父様は微笑をそのままにゆったりと頷く。

「お前達の考えは理解している。だがな、物事には限界というものがあるんだ。ディラン、ガイゼル。お前達は賢いからよく分かっているはずだが」

 お父様の言葉は、僕の胸にも深く刺さった。
 兄様達が僕を守ろうとしてくれていることは理解している。僕だって兄様達を守りたい。けれどどうしたって、守るという行為には限界が伴う。
 いくら強い力を持っていたって、守る対象の動きで全てが水の泡になったり、壊れたりすることがままあるのだ。
 僕自身が強くなければ、兄様達がいくら力を尽くしたところで無駄になってしまうことがある。
 だからこそ、と拳をきゅっと握り締めた。
 だからこそ、僕は強くなりたいと言ったのだ。
 兄様達を守るためだけじゃない。僕自身がお荷物にならないように、前提を改善したい。守りたいならまず自分が、人に守られる必要がなくなるくらい強くならなければ。
 だから兄様たちがお父様に反論をしようとした瞬間、僕はそれをそっと遮って声を上げた。

「僕、おちゃかい、いきたいです」
「フェリ……」
「チビ!」

 眉尻を下げて叫ぶ兄様達を見て少し胸が痛んだけれど、その兄様達のためなのだと自分に言い聞かせれば、多少残っていた迷いは掻き消えた。
 ――正直言って、少し不安だけれど。
 お茶会には兄様達以外の貴族の子供達がたくさん参加するのだろうし、他人と話す機会のない僕にとっては、本当に初めての他者との交流と言えるだろう。
 それだけじゃない。
 記憶が正しければ、お茶会はゲーム内でも何度か登場したイベントだ。
 つまり、何かしらの事件が複数回起こるかもしれない要注意イベントであるということ。
 特にお茶会といえば、『ヤンデレ皇子』こと、レナード皇太子の回想でよく使われた場面だったはず。

『私のお友達になってください』

 驚くほど端整な顔立ちに、僕の火傷を治してくれた頼もしい姿。
 そう、例の放火事件の時に神殿で出会ったのが、攻略対象者のひとりでもあるレナード皇太子だ。
 そういえばあれ以来一度も会っていないな、なんて今になって思い出した。
 表向きはまさに皇子の理想像といった彼は、裏では『第二の悪役』と呼ばれるほど腹黒い。
 そんな皇太子のルートでは、彼がいかにして腹黒く孤独な皇子になったのかという回想シーンが多くあった。
 貴族たちからのこび売りや、皇太子を狙う勢力が紅茶に毒を入れる事件の回想。
 主に彼の孤独な過去を演出するための土台として使われていたのが、お茶会だ。
 とはいえ、皇太子の過去に兄様達は関係ない。シナリオ通りならふたりに何か害が及ぶというようなことはないけれど……念には念をだ、警戒するに越したことはないだろう。
 レナード皇太子だけが何かしら事件に巻き込まれるのならともかく、少しでも兄様達が巻き込まれる可能性があるなら話は別だ。

「お父さま」

 この場で一番強い決定権を持っているのはお父様だ。
 決意の籠った瞳で見上げると、お父様は小さく笑んで頷く。それから不満げな表情を浮かべる兄様達に視線を向けて、揶揄からかうように言葉を紡いだ。

「お前達は最近、面倒だからと茶会には行っていないようだが……次の茶会の誘いももちろん断るのだろう?」
「ッ……行くに決まってるだろ!」
「……その問いは不愉快です」

 敬語が外れたガイゼル兄様と、不快感を前面に出すディラン兄様。
 ふたりの険しい視線をサラリと流して、お父様は満足げに微笑んだ。
 どうやら三人でお茶会には参加できるようだった。


   ◇◆◇


 その日の夜。
 湯浴みを終えてほくほくしながらソファに沈んでいると、そんな僕の髪を乾かしたりいたりしていたシモンがふと声を掛けてきた。

「そういえばフェリアル様、茶会へ参加すると聞いたのですが……」

 突然のセリフにぱちくり瞬き、へにゃりと溶けかけていた姿勢を正しながら頷く。

「うん、お茶会いく。シモンもくる?」

 特に悩むこともなくあっさり答えると、シモンは嬉しそうにぱぁっと瞳を輝かせた。

「もちろんです! いつでもどこでもフェリアル様をしっかりお守りするのが俺の役目ですっ!」

 さっき兄様達に声をかけていた時はすごく静かだな、と思っていたけど、もういつも通りだ。
 胸をポンッと叩いて頷くシモンを見上げ、くすりと頬を緩める。頼りがいのある返事に「そっか」と答えて微笑んだ。
 ちょいちょいと小さく手招くと、シモンがとっても嬉しそうに笑いながら僕の足元に膝をつく。
 さっきから少し気になっていたのだ。僕はわずかに曲がったシモンのネクタイをササッと直した。
 けれどすぐに、そういえばもう就寝時間だと思い出し、眉尻を下げる。

「あ……ごめんね。すぐねる時間、なる。直さなくて、よかったかも」
「いえっ、嬉しいです! ありがとうございます!」

 まっすぐな返事に思わず僕までふにゃりと笑ってしまった。
 こうして見ると、僕はシモンの前向きな表情しか知らない気がする。
 シモンは基本いつも笑っているから、無表情になることも滅多にない。
 悪役の専属侍従で、裏では護衛をになう美形の青年……本当に、ゲームに登場していなかったのがとても不思議だ。いや、僕が忘れているだけで登場していたという可能性もいなめないけれど。

「……フェリアル様?」

 じっと見つめ過ぎたせいか、シモンがきょとんとしながら僕の名を呼びかける。
 ハッとしてなんでもないよと首を振り、慌てて話を逸らした。

「お茶会で、おともだちできるかな」
「……お友達、ですか」

 なんとも言えない表情を浮かべるシモン。僕に遠慮しているみたいだけれど、言いたいことはよく分かる。
 社交界の戦場と呼ばれる舞踏会と並ぶお茶会。子供だろうと大人だろうと、同年代の参加者同士で輪を……つまり派閥を作って交流を深める場だ。
 友達作りというのは名目で、本当の目的は名家の親に取り入ることだ。家の立場を固めるため、メリットのある貴族の後継者と関わることがお茶会の醍醐味。
 けれど、僕としてはその名目――純粋な友達作りこそを目的として参加したい。
 もしかしたら本当に友達が欲しい子だっているかもしれないもの。それこそ、僕みたいに。

「おともだち、いない。だから、なかよしなれる子、いたら嬉しい」

 もちろん、期待はしていない。
 ただほんの少しの希望を懸けて、前世でも作ることのできなかった友達が欲しいと思った。
 僕の言葉を聞くなりシモンはわずかに目を見開いて、直後穏やかに頬を緩める。

「お友達一号は俺ですよね?」
「うん? うん、おともだち一号はシモン……」


『──私はフェリの初めての友達ですからね』


 シモンだよ、と紡ごうとしてハッとした。
 脳裏に霞んだ記憶が蘇る。思い出すのは例の放火事件の後の……神殿での出来事だ。
 僕は肯定しようとした言葉を止めて、それをぐっと呑み込んだ。どうしたのかと首を傾げるシモンを見下ろし、小さく謝罪を告げる。

「ごめんねシモン……はじめてのおともだち、もういるの」

 だからシモンはふたり目。そう言うと、甘い笑顔は驚いたような表情に変化した。

「フェリアル様、いつの間にお友達が?」
「うぅん……いろいろ、あった時、あって」

 説明するのも難しくて曖昧に眉尻を下げる。
 シモンは僕の反応を見て、少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。

「そう、ですか……まさか俺の他に、フェリアル様のお友達という贅沢な関係を築き上げた者がいただなんて……」

 ちょっぴり悔しいです……と項垂れるシモンを、僕は慌ててむぎゅっと抱き締めた。


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