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1巻

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   一


 それは、全く予期していない出来事だった。

「え。クミ結婚するの?」

 久しぶりに同期の友人に誘われ、飲みに行った席でのこと。いきなり居住まいを正して神妙になった同期のクミに、何事かと身を乗り出したところ、結婚することを打ち明けられた。

「うん、なんか、そんな流れになっちゃった……えへ?」

 嬉しそうに微笑むクミに、素直におめでとうと言ってあげたい。でも、正直なところ、クミとその彼氏には、これまでいろんなことがありすぎて、すぐに結婚の事実が受け入れられない。
 つい、持っていたビールジョッキ(大)を置いて、確認してしまった。

「いや、ちょっと待って。だって、ついこの間浮気されたって泣いてたじゃない!? 別れようかどうしようかめちゃくちゃ悩んでるって話してたのも、確かここだったような……」

 私の勢いに、クミがばつの悪そうな顔をする。

「いやまあ、確かにそうなんだけど。なんか、私が本気で別れようとしてるって知った相手がびびっちゃったみたいで、今までにない勢いで泣きつかれてさ。もう浮気はしない、本気だ、嘘だと思うなら籍を入れたって構わないって言うから、いっそ結婚しちゃおうかってことになったのよ」
「……すごい、怒濤どとうの展開……」
「まあね、これで完全にりたとは思わないけど。私も一度は結婚したいし、やっぱり結婚してくれって言われたのは嬉しくって。だからいいかなーって」

 先日まで彼氏に泣かされていたクミの嬉しそうな顔を見たら、何も言えなくなる。

「そっか……よかったね。おめでとう。幸せになってね」
「ありがとう。春陽はるひを置いて先に結婚するのだけが心残りなんだけど」
「それを言わないで~」

 この場は笑いで済ませたけど。ほんとそれ!! と心の中で突っ込んだ。
 ――私以外の同期の女子が全員結婚しちゃった(する)んですけど。

「でも、本当に春陽は美人だから、すぐにいい人が見つかると思うのよ。……って、私これ数年前から言ってるね?」
「お気付きですか、クミさん……そうです、私、全然いい人が見つからないんです……数年前から言われてるけど、一向に見つかりません……」

 黒いモヤをまとい始めた私を見て、クミが焦り出す。

「やっ、いやいや!! あれよ、春陽が美人すぎて声をかけられないだけじゃないの? ここは、いっそのこと春陽から声をかけたり誘ったりした方がいいのかも」
「……うちの会社の人には、私の本性がバレてるし……誘ったところで、ただ飲みに行って騒ぐだけで、絶対恋愛に発展なんかしないもん……」

 さすがのクミも困り顔だ。

「うーん、じゃあ社外で探す~?」

 さっきまではクミの結婚が決まり、おめでたい雰囲気だったのに、私の話になった途端、一気に暗くなってしまった。
 いやいやそれはだめだ。私の話なんかいいんだ、今夜は。

「私のことはいいからさ……今夜はクミのことを祝おう?」
「そ、そう? じゃあ、ありがたく……乾杯!」

 顔は笑って、心で泣いて。
 クミの結婚を祝いつつ、気分はどん底だった。
 居酒屋を出てクミと別れ、帰路に就きながら私の口から出るのはため息ばかり。
 ――はあ……クミはまだしばらく結婚しないと思ってたのにな……
 私、飛騨ひだ春陽――三十歳。仕事は楽しいけれど、人生はあまり楽しくない。
 同期が皆結婚してしまうという事実の他に、今月はふところも痛かった。なんせここ最近、学生時代の友人達がバタバタと結婚し、今月は結婚式が三回もあった。
 同級生なので友人もかぶっている。そのため、毎回同じ格好で結婚式に出席するわけにもいかず、衣装代などの出費もかさみ、今月は何枚万札が飛んだかわからない。
 ふところも痛いし心も痛い。
 見た目は毅然きぜんと歩いていても、心の中では思いっきり肩を落とし、とぼとぼとマンションに帰宅したのだった。


 失意の一夜が明け、朝がやってきた。
 一人暮らしをしているワンルームマンションで、朝食を済ませると、長い髪を手ぐしで軽くまとめて一つに結った。ブラウスとAラインの膝丈スカートを身に付け、ジャケットを羽織る。そして、かかとの高いパンプスを履いて部屋を出た。
 ――はあ……寝れば多少はマシになるかと思ったけど、気分は落ちたままか……
 さすがに最後のとりでと思っていたクミの結婚はダメージが大きかった。彼女がいるから、まだ自分も大丈夫だと思っていたのに。
 ――いや。クミは彼氏がいたもんね……ここ数年、彼氏もできず、ずっと一人でいるのは同期の中で私くらいなものだわ……
 自分で言ってて悲しくなってくる。
 できることなら恋愛とか結婚適齢期とか、一切考えずに生きていきたい。
 私は男性からするとあまり可愛げのないタイプなのだろう。
 それは自分でも重々承知している。

『お前、顔は可愛いけど、性格が可愛くねえんだよ!』

 これは、学生時代の彼氏に言われた一言だ。
 当時は高校生で、お互い初めて付き合った相手だった。そんな相手から言われた一言に、私が衝撃を受けたのは言うまでもない。
 でも、彼がこんなことを言ったのも多少は理解できる。というのも、私はわりと思ったことをきっぱりはっきり言ってしまうし、恋愛体質でもない。恋人を何よりも優先するタイプでもない。自分の時間が欲しい時は一人になりたいとはっきり言うし、デートの誘いを断ることもある。
 それがきっと、彼の思い描いていた恋人のイメージとかけ離れていたのだろう。
 例えば、同じクラスの男子と私が話しているのを見た彼が、嫉妬して文句を言ってきたことがあった。私に言わせれば、別にやましいことは何もしていないので、毅然きぜんと「クラスの男子とはなんでもない」と対応した。
 しかしこれに相手が納得せず、苛立った私はぶち切れた。

『なんでもないって言ってんのになんで信じないの!? じゃあ何、なんかあった方がいいわけ? それなら信じるの!? こっちの言い分を全く信じようとしないあなたにも、問題があるんじゃないの!?』

 すると相手もぶち切れて喧嘩になる。こんなことを繰り返しているうちに、愛想を尽かされたというわけだ。正直、いつもこんな感じだ。
 かといって、この性格が直るかというとなかなか難しい。生まれ持ってのものだし、直そうと思って直るものでもない。
 あれから十年以上経った今も、私の評価は、見た目はわりと綺麗だけど、中身はさっぱりしすぎて女として見られない……というものだ。
 別にこの性格を悔いているわけじゃないし、できればこの性格ごとまるっと私を受け入れてくれる、そんな人が現れないかな~と、ずっと願っているのだが……
 ――意外と、現れないな……
 もしかしたらこの世にはいないのだろうか。となると、私は一生独り身なのかもしれない。
 考えの行き着く先が毎回これなので、ここ数日、気分は落ち込みっぱなしだ。

「今は、こんなこと考えてる場合じゃないのに……」

 そう、本当にそう。私が今一番やらなきゃいけないのは、自分の将来をうれうことではない。
 新商品の企画を考えることなのだ。


「では、一週間後に再度企画会議を行います。各自その時までに、秋の味覚を生かした最高の商品を提案してください。以上です」

 涼しい顔で資料をまとめ、真っ先に会議室を出て行ったのは、私が属する総善そうぜんフードサービス株式会社商品企画部の千木良真嗣ちぎらまさつぐ氏。役職は部長。彼は親会社である総合商社、株式会社総善食品事業部所属の、いわゆるエリートである。
 そんなエリートがなぜうちの会社に出向してきたのかというと。
 総合商社である総善が関連会社のスーパーマーケットで販売する惣菜や弁当などを、企画開発して製造するのがうちの会社。しかし、ここ数年ライバル社の躍進により、惣菜弁当部門の売り上げがかなり落ち込んでいた。
 この状況を懸念けねんした親会社の総善が改革を決断する。惣菜弁当部門の当時の責任者を更迭こうてつし、いたポストに自社でやり手と称される千木良氏を送り込んだのだ。
 千木良氏は総善が運営する食品事業を担当し、徹底したマーケティング力と手腕で不採算事業を立て直してきた実績があり、その能力を買われたというわけだ。
 千木良さんの指示のもと、売り上げのよくない商品は一度全て販売を停止。そして購買層を意識した企画の立ち上げに、素材や味付け盛り付けなど、総合的な販売戦略を見直した結果、売れ行きがV字回復した。まざまざと千木良さんのすごさを見せつけられたわけだ。
 ちなみに千木良氏をさん付けで呼んでいるのは、彼が希望したから。

『部長などと言われるのはこそばゆいので、千木良で結構です。よろしくお願いします』

 そんな千木良さんは、企画会議ですぐに企画を通してはくれない。二度、三度の練り直しはもはや当たり前。
 外見は細身の高身長で、恐ろしいくらい顔が整っている。いわゆる超がつくイケメンだった。
 女性社員が初めて彼を見て息を呑む中、私も親会社からとんでもない人が来たと思った。
 しかしそんな女性達の視線など、彼にとっては全く意味のないものらしく、千木良さんには隙がまるでなかった。物腰は柔らかいけれど、前任の部長とは比較にならないほど仕事に厳しく、妥協は一切ない。誰を前にしても態度は変わらず、シルバーフレームの眼鏡の奥にある切れ長の目は、いつも笑っているようで笑っていないのだ。
 そして案の定、今回の企画会議も採用はゼロ。私を含めた企画担当者は皆、一様にため息をつきながら資料をまとめて席を立った。
 ――やっぱり今回も一度では通してくれないか……
 わかってはいたけれど、やっぱり悔しい。
 同期が全員結婚するというダメージに、なかなか企画が通らないダメージが上乗せされて、さらに気分が重くなってしまう。
 会議室を出て周りを見ると、窓の外は暗くなり、フロアに残っている社員はもうわずか。企画会議が押したせいで終業時間はもうとっくに過ぎていた。
 自分のデスクに戻り、はあ……と大きなため息をつく。
 いろいろ上手くいかない。私の人生、結構難易度高めかも。
 こんな日は真っ直ぐ家に帰るの嫌だなあ……と思っていた時だった。
 左側に人の気配を感じたと思ったら、デスクの端に手が現れた。骨張っていて指の長い、綺麗な男性の手だ。

「飛騨さん。ちょっといいですか」

 見上げると、そこにいたのは千木良さんだった。
 普通ならこんなイケメンに声をかけられたら、女性は嬉しさのあまり、このあとの言葉を期待してドキドキするのかもしれない。
 でも今の私は違った。会議でダメ出しをしたあとにわざわざ来るということは、会議の席では言えないほどの何かがあって、個別に私のところへ来たのではないか。
 そうとしか考えられなくて、千木良さんの顔を見た途端、顔から血の気が引いた。

「えっ……あの、私、何かやらかしましたか……?」

 おどおどしている私を見下ろし、珍しく千木良さんが眉根を寄せた。

「いや、そうじゃなくて。ここ数日、あまり調子がよくなさそうだったので、何かあったのではないかと思いまして」
「……あ、そう、でしたか……」

 やらかしたんじゃなくてホッとした。でも、千木良さんが声をかけずにいられないくらい、はたから見ても私は落ち込んでいるように見えたということだ。

「すみませんでした。でも、大丈夫です。仕事には支障ありませんから」

 強引に笑顔を作って誤魔化そうとする。でも、千木良さんは眉を寄せたままだ。

「支障がありそうだから声をかけたんですけどね。よかったら話くらい聞きますよ?」

 ――見透かされてる。かなり落ち込んでるの、完全にバレてる……

「いやあの……でも、個人的なことで千木良さんにご迷惑をかけるわけには」
「私はあなたの直属の上司です。部下の不安要素を取り除くのも、立派な仕事の一つですから、どうぞお気になさらず。壁だと思って悩みをぶちまけてくださって構いませんよ」
「……いや、千木良さんを壁とか、ありえないんで」
「私、口は堅いですし、親睦を図る機会だと思って、サシ飲みはどうです?」
「のっ、飲みですか!?」

 驚きはしたけれど、それだけ私のことが気がかりという意味にも取れる。
 ――この人とサシでっていうのはちょっと不安だけど、もしかしたら、今回の企画に関するアドバイスがもらえるかもしれない……

「嫌ですか? 食事がよければそちらでも構いませんけど」

 やましい気持ちと、千木良さんに対するほんの少しの好奇心。それらが遠慮する気持ちを上回った結果、私は力いっぱい頷く。

「飲みで、お願いします!」

 心を決めた私に、千木良さんが不敵に笑った。

「結構。では行きましょうか」


 うちの会社は駅から徒歩五分ほどの位置にあるオフィスビル内にある。なので、ビルを出て少し歩けば、すぐに居酒屋などの飲食店街が立ち並ぶ路地がある。
 社員がよく利用するこの辺りの居酒屋は、私もほとんど行ったことがある。しかし千木良さんが選んだのは、路地を抜けた少し先に最近オープンしたばかりの洋風居酒屋で、私がまだ入ったことのない店だった。

「どうぞ」

 千木良さんがドアを開けてくれたので、軽く会釈えしゃくをして先に店の中に入った。そこは白を基調とした空間で、カウンターと間仕切りで区切られたテーブル席が数個ある。カウンターの奥にはお酒のボトルがずらりと並んでいて、一見するとバーにも見えた。すでにカウンターとテーブル席には数人の先客がいる。

「うわ、お洒落な店」

 私がキョロキョロしている間に若い男性の店員さんがやってきた。千木良さんが二人ですと告げると、すぐにテーブル席に案内してくれた。

「ここは初めてですか?」

 席に着き、ジャケットを脱ぎながら千木良さんがたずねてくる。

「はい。ここって、前は違うお店だったような気がするんですけど」
「ええ。数ヶ月前に閉店した店を、居抜きで改装したそうです」
「てことは、千木良さんはもうここに来たことがあるんですね?」
「ええ。新しい店ができるとわりとすぐ行くんです。情報収集を兼ねて」

 なるほど。なんか千木良さんっぽい。

「それに、行ったことのない店に女性を連れてきたりはしませんよ」

 ふふ、と笑って私にメニューを開いて見せてくれた。

「飲みに誘いはしましたが、きっ腹で飲ませるわけにはいかないので、適当に何か食べましょう。以前来た時に食べたのは、この牡蠣かきのアヒージョですね。いい味でしたよ。それからサラダはかなり盛りがよくて結構食べごたえがありましたね。ドレッシングが美味しかったです。多分柚子ゆずを絞ってるんだと思いますが」

 メニューをめくりつつ、食べた物の感想を伝えてくれる。でも、ふと疑問が浮かんできた。

「前回来た時はお一人ですか? それともお連れの方がいたんですか?」

 何気なく質問したら、千木良さんはチラリと私を見て、口元に笑みを浮かべた。

「野暮な質問ですよ、飛騨さん」
「……そ、そうですね、すみません……」

 調子に乗りすぎたかと思って肩をすくめていたら、千木良さんがクスクスと笑い出した。

「嘘ですよ、元同僚と来たんです」
「……」

 この人、冗談言ったりするんだ……
 驚いて一瞬真顔になったが、気を取り直して適当に食べたい物を選んだ。
 おすすめされたサラダとポテトグラタン。食べ物はこれでじゅうぶん。

「飛騨さん、アルコールはなんにします?」
「とりあえず、ビールで」
「では私もビールでお付き合いします」

 千木良さんがスマートに手を挙げ、店員さんを呼んだ。料理を数品とグラスビールを二つ注文し終えると、手を組み私と目線を合わせる。

「ところで飛騨さん」
「はっ、はい」
「なんだか緊張してませんか?」
「……そりゃ、千木良さんと二人きりなんて初めてですから、緊張もしますよ」
「どうして?」

 真顔で問われて、目が泳ぐ。

「どうしてって……千木良さんみたいなすごい人となんて、私のような平社員は皆緊張すると思いますけど?」
「私は、すごくなんかないですけど」
「私からすれば、じゅうぶんすごいです。そもそも、総合商社の総善にお勤めされてるだけでもすごいと思うので」

 千木良さんが困り顔になっていると、いいタイミングでビールが運ばれてきた。軽くかかげて乾杯をしてからグラスを口に付ける。ほんのり甘みのあるクリーミーな泡と、苦みはあるけれど後味がスッキリしたビールは、仕事のあとには最高である。

「くあ~、美味しい! やっぱ生ビールはいいですね~」

 そこでハッ、とする。
 威勢よくビールを飲む私とは対照的に、千木良さんは無言で静かにビールを味わっていた。
 ――いけない。また素が出ちゃった。

「すみません……はしたなかったですね」
「どこがです?」

 グラスを置いた千木良さんが、真顔で眉根を寄せた。

「いやその、上司を前にして『くあ~!』とか、大変失礼いたしました……」
「失礼? むしろ好感を持ちましたけど」

 真面目な顔をした千木良さんに、こっちが目を丸くしてしまう。

「私の前だと皆さん素を見せてくださらないので、逆に嬉しいですよ。今は仕事中ではないんですし、そんなことは気にせず、ありのままの飛騨さんを見せてください。むしろ、もっと素の飛騨さんを見てみたいですね」

 ゆっくりグラスを傾けながらそう語る千木良さんに、胸がじわりと熱くなった。
 ――今の本当かな。かといって無礼講ぶれいこうってわけじゃないよね?
 酒の勢いでうっかり全部見せすぎないように気をつけよう。

「それよりも、飛騨さんは何に悩んでるんです?」
「え」
「企画に関しての相談には残念ながら乗れませんけど。フェアじゃありませんからね」

 ちょっとでも企画に関してのヒントがもらえれば、なんて思っていた自分が恥ずかしくなる。

「ですよね……。大丈夫です。企画は自分で、ちゃんと、きっちり練り直して提出します」
「そうですか。楽しみにしています」

 楽しみにしてくれるのかと、つい笑ってしまった。
 千木良さんに、私のしょーもない悩みを話していいものかと困惑する。でも、目の前でじっと私が話をするのを待っている彼を見ると、なんでもないですと済ませるのは難しそうだ。
 それに、この人だったら私の悩みを笑わずに聞いてくれるかもしれない。
 聞いてもらったら私もすっきりするし、相手も納得する。それでいいじゃないか。
 考えがまとまった私は、ビールを一気にグラスの半分くらいまであおって、フーッと息を吐き出した。

「ほんっとに、しょーもない話ですよ?」

 念には念を入れて、それでも聞きますか、と千木良さんに確認する。

「でもあなたは本気で悩んでいるんでしょ? ここ数日の様子を見る限り、しょうもないとは思えませんけどね」
「まあ……それはそうなんですけど……」
「しょうもないかどうかは私が決めます。だから話してみてください」
「……実は、私以外の同期の女子が、全員結婚しちゃうんです」
「ほう」

 千木良さんは真顔のままだ。

「……会社の同期だけじゃないんです。学生時代の女友達も、私以外は皆相手がいるんです。……私だけなんです、恋人も好きな人もいないの……」
「そうなんですか? 意外ですね」
「嘘だっ!! 絶対そんなこと思ってませんよね!?」

 勢いで噛みつく私に、千木良さんが軽くる。

「思ってますよ。飛騨さんはお綺麗ですし」
「皆、口ではそう言ってくれますけど、絶対本心は違うと思います。じゃなかったら、こんなに何年も一人でいません。……私、いつも外見で勝手にイメージを作られることが多いみたいで」
「外見だけで?」

 千木良さんがグラスに口を付けつつ、視線だけをこっちに送ってくる。

「実際に付き合ってみたら、思ってたのと違うって振られるか、喧嘩になって別れるパターンばっかりなんです……外見を気に入ってくれるのも嬉しいんですけど、私の性格を好きになってくれる人がいないっていうか……いやあの、私がこんな性格をしてるのがいけないんですけどっ」

 言いたいことを言って、またビールをあおった。あっという間にグラスがからになる。

「すみません、ビールおかわり」

 さっさと店員さんを呼んでおかわりをオーダーした私を見て、千木良さんが目を丸くする。
 この人のこんな顔を見るのは初めてだった。

「今夜はもっと、神妙な感じの話をされるものだと思っていましたが。飛騨さんが相手だと、あまり深刻さを感じませんね」
「ええ!? それって酷くないですか。これでも私、真剣に悩んでるのにっ」

 くわっ、と牙をく私に、千木良さんが苦笑する。

「私に食ってかからないでくださいよ。とはいえ、ここは私が持ちますから好きなだけ飲んでくださっていいですよ。それであなたの気が晴れるのなら」
「ありがとうございます! 今日は相談に乗ってくれるんですよね? 千木良さんは、私のこの状況をどうすれば打破できると思いますか?」

 千木良さんは一瞬斜め上を見て、目を伏せた。

「一番はいい男を見つけることですね。あ、私もビールのおかわりを」

 私のビールを持ってきてくれた店員さんに、千木良さんも注文を追加した。
 私の悩みに対する答えをあっさり口にした千木良さんに、こっちは放心状態だ。

「え……それだけ……? もっといろいろアドバイスをくれるんじゃないんですか?」
「答えは簡単です。ありのままのあなたを好きになってくれる男性を見つけること。出会いがなければ、私が紹介してもいいですよ」
「えっ! 本当ですか?」

 まさか千木良さんからそんな提案をされるなんて。誘いに乗ってよかった!
 しかし、なぜか突然千木良さんの表情が曇る。

「ただ私の知り合いで結婚していない男は、二十四歳以下か四十歳以上しかいないんです。どちらがいいですか?」

 最高に上がっていたテンションが、一気に下がる。

「……なんでそんなに極端なんですか……。その間はいないんですか……」
「他は皆結婚しているので」


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