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1巻
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プロローグ
「クロエ、俺は婚約解消するつもりはない」
予想もしない婚約者――リュシアンの言葉に、わたしは耳を疑った。
王宮の、小さな中庭。回廊に囲まれた四角い空間に緑の生垣が作られ、小さな噴水がポツンと一つあるだけの、寂しい場所だ。
王族エリアへの抜け道として時々通るけれど、今まで誰ともすれ違ったことはなかった。
そんな場所で突然呼び止められ、わたしは飛び上がるほど驚いた。そしてしばし固まってしまう。
風に揺れる樹々のざわめきと、微かな水音。静寂が胸にのしかかる。
わたしとリュシアンは婚約して五年になるけれど、彼はずっとわたしを疎んじてきた。
その彼が婚約の継続を願うなんて、あり得ない。わたしの願望による聞き間違えだろう。
「今、なんとおっしゃって?」
何とか言葉を絞り出したが、聞き返すのが精いっぱいだ。
彼は、もう一度言った。
「君との婚約をやめるつもりはない。婚約破棄は受け入れられない」
「本気で言っていらっしゃるの?」
思わず詰るような言い方になってしまい、彼は気まずそうに凛々しい眉を顰めた。
そんな風に歪めた顔すら美しくて見惚れそうになり、わたしは心の中で自分自身を叱咤した。
――落ち着きなさい、クロエ! 冷静にならないと! 見くびられてしまうわ!
わたしは無意識に、首元につけているアメジストのペンダントをぎゅっと握りしめる。
リュシアンが再度繰り返した。
「クロエ、俺は婚約を継続したい。一方的な破棄など、受け入れられない」
リュシアンが、ペンダントと同じアメジストの瞳でわたしをじっと見つめてくる。めったにないことにわたしの心臓がドキリと跳ねた。彼の身勝手な言葉に、わたしは声が震えないよう気をつけて反論した。
「一方的だなんて。こちらからは何度も話し合いを求める手紙を送りましたのに、あなたがずっと無視してきたのでしょう? 婚約を継続する気はないと、わたしは判断しました」
「クロエ、俺は……」
リュシアンの視線から逃れたくて首元のペンダントを弄っていると、リュシアンがそれに気づいて、驚いたような声を出した。
「クロエ、その、ペンダント……」
わたしがペンダントを握り込むようにして肩を縮こませた、ちょうどその時、回廊の奥の方から足音がした。リュシアンがハッとして顔を上げ、回廊の奥に目を向ける。宮中を警護する騎士たちが数人、ガチャガチャと剣帯を鳴らしながら近づいてきていた。
リュシアンがわたしの方に顔を寄せ、早口の小声で言った。
「時間切れだ、クロエ。……勝手に婚約破棄の手続きをされないよう、それだけ言いに来たんだ。すまない、また改めて」
言いたいことだけ言うと、彼はするりと踵を返し、わたしのそばを離れた。煌めく長い銀髪がさらりと流れて、光の帯のように輝いた。
――王女殿下に仕えるようになってから、長く伸ばした髪。リュシアンの、殿下への忠誠の証。
♪たとえ結ばれない恋だとしても、長く伸ばした銀の髪は、永遠の愛の証
ふと、王都の流行歌が胸をよぎり、わたしは彼を止めるタイミングを逸する。焦って声をかけたけれど、彼は振り返りもせずにスタスタ行ってしまった。
「ちょっと待って! 改めてっていつ……」
リュシアンの王宮騎士の濃紺のマントが翻り、その広い背中はあっという間に遠ざかっていく。わたしは無意識に伸ばした手を空しく眺めるしかない。
――なんだったのいったい。
彼の後ろ姿が王宮の回廊の闇に消えるまで見送って、ため息をつく。
諦めようと決めたのに、彼の背中を目で追ってしまう自分が情けない。
もうずっと長いこと、彼はわたしを無視してきた。
王宮で見かけても、彼はわたしのことなど視界に入れたくもないとばかりに顔を背ける。話しかけても無視され、まるで存在しないもののように扱われてきた。彼と言葉を交わしたのなんて、下手したら数年ぶり……
彼――リュシアン・ド・クレールは婚約者のわたしを疎み、そして、この国の王女であるレティシア殿下を愛している。
あまりにあからさまなリュシアンの態度に、わたしは関係の改善を諦め、彼との婚約を解消しようと決意した。
何度も話し合いを求める手紙を送ったけれど、ことごとくなしのつぶて。業を煮やし、わたしは父を通して婚約破棄を申し出るつもりだと、彼に最後通牒を突きつけたのだ。
リュシアンはわたしを愛していないのだから、当然、婚約解消を喜んで受け入れると思ったのに。
なのに――
わたしは王宮の中庭で立ち尽くす。
噴水の水飛沫が陽光を弾いてキラキラと輝いている。
青空のはるかかなたから、雲雀の声がした。
ふと、手の中に握り込んだままのアメジストに気づいて、手を離す。
彼からもらった唯一と言っていいくらいの贈り物。最後の拠り所のように、それにずっと縋ってきた我が身の惨めさと、諦めの悪さにうんざりする。
これだって、彼がくれたのはもう二年前? いいえ、三年前かもしれない。それくらい、わたしたちは長く疎遠な間柄だったのに。
リュシアンが、婚約解消を拒絶するなんて、想像もしていなかった。
リュシアン側の有責というのが、気に入らなかったのだろうか? あるいは、わたしのようなつまらない女から破棄されるのが屈辱なのか。だったら、ちゃんと話し合いに応じてくれればいいのに。
もしくは、わたしとの結婚で得られる爵位と領地に未練がある?
そんなものに執着しない人だと思っていたのは、買いかぶりだったのかしら。
わたしは肩をすくめて一つ息をすると、思いを吹っ切るように再び歩みはじめた。
初めて会った時から、わたしは彼を愛している。だからこそ、わたしではない他の人を愛する彼の、そばにはいたくない。心を殺して名ばかりの妻の地位を得たいとは思わない。
リュシアンがわたしではなく、真に愛する人の手を取れるよう、邪魔者のわたしは身を引くべきだ。
だから――
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください。
第一章 わたしの美しい婚約者
メレディス辺境伯家には男児がいない。
長女がイネスで次女がわたし、クロエ。国境の守りを担う父のもと、四歳違いのわたしたち姉妹は辺境で育った。
だが、わたしが十二の年に母が亡くなり、父は婿探しと淑女教育のためにわたしたち姉妹を王都へと向かわせた。
以来、わたしたちは父と離れて王都のタウンハウスで暮らしている。
本来はイネス姉さまが婿を取って辺境伯家を継ぐはずだったけれど、王太子殿下が姉さまを見初め、ぜひにと望まれて王家との婚約が調った。それで、次女のわたしが家を継ぐことになったのだ。
メレディス家は国境の警備を司る武門の名家だ。生半可な家から婿を迎えることはできない。
そこで王家に相応しい相手の紹介を求め、あれこれと条件を考慮した末に、王都の名門貴族クレール侯爵家の次男、リュシアンに白羽の矢が立てられた。
『はじめまして。リュシアン・ド・クレールです』
婚約の初顔合わせの日。あまりに美しい彼の姿に、辺境育ちのわたしは一目で恋に落ちた。
日の光を受けて輝く、まっすぐな銀の髪は、騎士らしく短く整えられていた。
煌めくアメジストの瞳に細面で滑らかな頬は、名工が心血を注いで彫り上げたかのような完璧な美貌だった。体つきは細身ながらも鍛えられていて、森に棲む美しい牡鹿のように伸びやかで気高い雰囲気が漂っていた。
整いすぎて冷たい印象のする美しい顔。あまりの美しさに衝撃を受け、わたしは満足な挨拶すら返すことができず、何も言えずに呆然と見つめるだけだった。
こんな美しい人が、わたしの婚約者なのだという事実に、わたしの胸は歓喜に躍った。
要するにわたしはリュシアンに一目ぼれしたわけなのだが、わたしの想いは一方通行で、リュシアンにとっては、わたしは押しつけられた婚約者に過ぎなかった。
その頃のわたしは不細工とまでは言わないが、特筆するほどの美少女でもなかった。母譲りの赤い髪に碧の瞳、鼻の頭にはそばかすまで浮いていた。赤毛とそばかす、そして田舎育ちのがさつな仕草。――誰よりも美しいリュシアンとは到底釣り合わない自分自身に、身の置きどころもなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼に何を話していいかもわからない。
初対面のテーブルでは気まずい沈黙が続く。でも、政略目的の婚約は、当事者の意向など考慮してくれない。
今にして思えば、すでにあの時には、リュシアンの心には女神か妖精かと見紛うほど美しい、レティシア王女様への想いが芽生えていたに違いない。叶わぬ恋を諦め、わたしとの婚約を渋々、了承したのだろう。
何も知らない幼いわたしは、リュシアンの美貌にすっかり心を奪われ、初めての恋に酔い痴れていたのだ。
その年は、イネス姉さまが王太子殿下に嫁ぐ支度でタウンハウスは大わらわだった。
その慌ただしい中でも、リュシアンとのお茶会は定期的に開かれた。
何度か顔を合わせた後でも彼は無口のままで、会話は弾まなかった。それでも、わたしはリュシアンが手土産に携えてくる、小さな花束とレースのハンカチやリボンだけで十分に満たされていた。
真っ白な美しい薔薇。可憐なカスミ草。オレンジ色の、明るいガーベラ。ピンクのスイートピー。
「リュシアン様、いつもありがとうございます」
礼を言うわたしに、リュシアンは無表情で首を振る。
「花はよくわからないから、庭師に頼んだ」
自分で選んでいないことを、わざわざ教えてくれなくてもいいのに。わたしの胸が一瞬、痛んだ。しかし、リュシアンはわたしと目を合わさず、決まり悪そうに言った。
「クロエの、綺麗な紅い髪に似合う花をって……」
「き、綺麗……ですか?」
「うん。……夕焼けの空みたいで……」
わたしは自分の赤い髪を見下ろした。母譲りの赤い髪はわたしのコンプレックスだった。せめてイネス姉さまのような、赤みがかった茶色の髪色だったらよかったのに。いつもそんな風に考えていた髪の色を褒められて、わたしは内心、有頂天になった。胸の中が熱くなって、心臓がドキドキした。
今にして思えば、見え透いたお世辞だ。他に褒めるところが見当たらず無理にひねり出した、なけなしの褒め言葉だったのかも。
それでも好きな人に褒められて、わたしは天にも昇るくらい嬉しかったし、リュシアンのことが一層、好きになった。――家じゅうが差し迫った姉さまの嫁入り支度にかかりきりで、わたしは疎外感を覚えていた。リュシアンだけが、わたしのことを気にかけてくれる。そんな風にさえ、感じていた。
実際のところ、この結婚はわたしよりもリュシアンの側に利点が大きい。リュシアンはわたしと結婚して我が家に婿入りすれば、辺境伯の爵位と領地を得られるのだから。
次男であるリュシアンは、家を継ぐことはできない。それで、彼は騎士として身を立てるつもりで、王都の騎士学校に入った。彼は王太子殿下とは同い年で、幼少期からご学友として宮中に上がっていた、いわば幼馴染である。騎士学校卒業後は王宮騎士となり、王太子殿下の護衛として出仕することが決まっている。将来の国王の側近候補でもある彼に、王家が婿入り先を斡旋したわけだ。
王家としては、国防の要であるメレディス辺境伯家の跡取りには、子飼いの貴族家の子息を婿入りさせたい。我がメレディス辺境伯家としては、家柄と年齢の釣り合う――そして有事には自ら戦陣に立てる――婿が欲しい。クレール侯爵家にとっても、次男の婿入り先として申し分ない。そういう、三方の利害が一致したための、婚約であった。
けして愚かでない彼は、気持ちの伴わない婚約であってもその意味を十分に理解し、婚約者として最低限の義務を果たしているだけ。
でも、わたしたちの関係は悪くはなかったと、思う。
――リュシアンがレティシア王女の護衛騎士となるまでは。
◆◆◆
イネス姉さまの宮中入りの準備で大わらわの我が家に、リュシアンは出仕前の忙しい中を縫って何度も訪れてくれた。
上から下まで大忙しで、メイドは庭のテーブルにお茶セットを運んでくると、リュシアンからの花束を受け取ったら下がってしまう。仕方なく、わたしが見様見真似でリュシアンの茶器にお茶を注いだ。
「すみません、家じゅうがてんやわんやで……たいしたおもてなしもできなくて」
「忙しいときに、ごめん。出仕したら、休暇がどれくらいとれるのか、わからないから」
わたしが覚束ない手つきでお茶を淹れているのを見て、リュシアンは申し訳なさそうに詫びてくれた。わたしは首を振る。
「いいえ、来てくださって嬉しい。家じゅうが戦場のように大忙しなのに、わたしだけすることがないの」
「そう」
わたしの言葉にリュシアンの返事は素っ気ない。しばらくいつものように無言でお茶を飲んでいたが、リュシアンが突然、カップをソーサーに戻して言った。
「今後、王宮に出仕したら給金が出る。それで、クロエに何かプレゼントしたい。……たいしたものは買えないと思うけど」
わたしはびっくりして彼を見た。無表情だけれど、心なしか頬が赤い気がする。
あまりに突然で予想だにしなかったプレゼントの申し出に、内心、踊りだしたいくらい嬉しかった。でも、妙にはしゃいだら、浅ましい女に見えてしまいそう。わたしは遠慮がちに首を横に振る。
「嬉しいけど、気持ちだけで。無理しなくても……」
「記念だから。指輪かペンダントか……」
リュシアンが、日差しが眩しいのか、少しだけ目を眇める。その日差しに輝く瞳を見て、不意に思いついた。
「……じゃあ、ペンダントがいいです! アメジストの」
「アメジスト……って何?」
リュシアンが首を傾げる。
アメジストも知らないリュシアンに少しばかり驚きつつ、わたしは言った。
「紫色の宝石です。ちょうど、リュシアン様の瞳の色のような」
「俺の?」
リュシアンの瞳が大きく見開かれる。
「できれば小さなものがいいわ」
「小さな? ……遠慮しなくても、王宮騎士はそこまで薄給でもないよ」
小さな石をねだれば、リュシアンが不審げに眉を顰める。それを見て、わたしは慌てて言い訳した。
「ずっと毎日、肌身離さず身に着けたいの。大きな石だと、仰々しくなっちゃうから」
――本当のことを言えば、わたしの赤毛と碧の瞳にアメジストの紫はあまり似合わない。でもリュシアンの瞳の色をしたアメジストが欲しい。小さな石なら、目立たないからいつでも身に着けられる。
そんなことを言うのも恥ずかしくて、彼を見上げる。
リュシアンがパチパチと瞬きして、おずおずと頷いた。
「……わかった。最初の休暇が来たら、必ず贈るよ。アメジストを」
でも、この日を最後に、リュシアンの訪問は絶えてしまった。
◆◆◆
間もなく王太子殿下とイネス姉さまの結婚式が行われた。わたしは王太子妃の親族として、姉さまの晴れ姿を間近で見ることができた。純白のウェディングドレスを纏った姉さまは輝くばかりに綺麗で、それを優しそうな眼差しで見つめる王太子殿下も凛々しく素敵だった。
そして、白に金の装飾が眩い王太子殿下の背後で、紺色の礼装用の騎士服を纏って立つリュシアンは乙女の夢を体現したように格好よくて、わたしは時の経つのも忘れてうっとりと見惚れてしまった。
アメジストのペンダントは式に間に合わなかったけれど、その時のわたしは気にならなかった。リュシアンの訪問が途絶えているのも、出仕したばかりのところに結婚式まで重なって、忙しくてそれどころではないのだろうと思っていた。
結婚式から一月ほどでお父様は辺境に戻ったが、わたしは王都のタウンハウスにとどまった。王都で社交界デビューに備えて淑女教育を受け、デビューから間を置かずにリュシアンと結婚、その後二人で辺境に戻るという計画だった。姉さまのいないタウンハウスは少し寂しいけれど、勤務が落ち着けばリュシアンも邸を訪ねてくれるはずだったから。
だが、王太子殿下のたっての願いで嫁ぎ、誰もが羨む王太子妃の座を射止めたイネス姉さまが、王宮暮らしに馴染めないという問題が発生する。
わたしたち姉妹は辺境の城でのびのび育てられたし、我がメレディス家は武門の家柄なので、万事に質実剛健を貴ぶ。対して、都会的な奢侈を尽くした王宮は、何事にも優雅で繊細を好んでいた。要するに家風が合わなかったようだ。
嫁いで二か月、日に日に元気を失っていく姉さまを心配して、王太子殿下が妹のわたしを王宮に招いてくださった。
社交デビュー前のわたしは王宮での披露宴にも出席できていないので、初めての登城となる。
しかもお父様もいないたった一人。王宮の威容にすっかり気圧されてしまい、緊張して真っ青な顔で震えていた。そこへ、王太子殿下の護衛騎士となったリュシアンが、宮殿のエントランスまで迎えに来てくれた。
「王宮で迷うといけないからと、王太子殿下がおっしゃった」
見知った人の顔を見てホッとするわたしと裏腹に、リュシアンの口調は素っ気ない。でも左肩を覆うペリースと呼ばれるマントに、留め金や縁飾りが金色の制服がよく似合って、とても格好よかった。
彼の美しさに見惚れてしどろもどろになりながら、わたしは深く頭を下げた。
「お心遣いありがとうございます、リュシアン様」
「クロエ、そんな他人行儀はやめてくれ。様付けも要らない。……しばらく、忙しくて訪問できず、悪かった。次の休暇には行くから」
正面を見据えたままさくさく大股で歩いていくリュシアンの大きな背中を追いかけて、わたしはほとんど駆け足のようになってしまう。少しばかり息を荒げたところで、ようやく王太子夫妻の居室の前の廊下に出た。敷き詰められた紅い絨毯を踏みしめながら、リュシアンが言った。
「今、レティシア王女殿下がいらしている」
「レティシア王女殿下?」
わたしは首を傾げた。彼女は王太子殿下の妹姫だ。わたしより、一歳年上のはず。
「……失礼のないように」
熱量のない声で呟いてから、リュシアンは扉の前に立つ小姓に告げた。
「メレディス辺境伯令嬢クロエ殿をお連れしました」
わたしの目の前で、彫刻を施した重厚な樫の木の扉が重々しく開かれていく。
頭を下げた状態でかしこまって待つわたしに、懐かしい声がかかった。
「クロエ! 来てくれたのね!」
姉さまの声だとわかったが、わたしは部屋にいるはずの王女殿下に遠慮して、頭を下げたままでいた。
「いいわ、顔を上げて」
そして頭上から降り注ぐ、鈴を転がすような声。その声を聞いてから、わたしはゆっくりと顔を上げた。
部屋の奥の大きな出窓の前に、二人の女性が並んで座っていた。
一人は赤みがかった茶色の髪の、王太子妃――イネス姉さま。そしてもう一人は輝くばかりの豪奢な金髪を長く垂らした、妖精と見紛う美少女。
――結婚式の時にちらりと見かけた、レティシア王女殿下に間違いなかった。
「お招きありがとうございます」
「ああ、待ちくたびれたわ! クロエ、こちらに来て!」
姉さまが席を立ってわたしの方に駆けてきて、両手でわたしの手を取った。
「会いたかったわ、クロエ」
「イネス姉さま、大げさよ」
それでもわたしたちは再会の抱擁を交わし、互いの頬にキスをする。
その様子を見ていたレティシア様が、扇の陰でクスリと笑った。
「イネス様って、辺境のウサギみたいね」
その言い方は無邪気だったから、悪意はなかったのかもしれない。
けれど、微かに辺境育ちをからかう雰囲気があって、姉さまがぐっと唇を噛んだ。
なんとなく、姉さまが王宮で居づらく思う理由を察知して、わたしは周囲を見回し、そしてハッとした。
わたしの後ろに控えていたリュシアンが、じっと強い視線でレティシア様を見つめていた。
その視線にレティシア様も気づいたらしく、歌うような口調で言った。
「リュシアン、あなたがわざわざ迎えに行ったの? クロエ嬢を?」
「……クロエ嬢は自分の婚約者でありますから」
無感動に伝えたリュシアンに対し、レティシア様は驚いたように言った。
「まあ! 知らなかったわ! いつの間に婚約していたの?」
「昨年です」
淡々としたリュシアンの答えを聞いて、レティシア様はわたしを振り返った。
「驚いた! リュシアンはね、子供の頃から宮中に上がっていて、わたくしともよく遊んだのよ! まさか田舎貴族の令嬢と結婚するなんて!」
田舎貴族と言われてびっくりした。確かにメレディス領は国の端っこにあるけれど、領都は国境を守る重要拠点だし、周辺諸国と行き来する街道の要衝にあって、それなりに栄えている。我が領の「宮廷」だってある。――たしかに、王都のような洗練には欠けるし、山がちで都会とは言い難いけれど。
「レティシア様!」
イネス姉さまが、わたしを背中に庇うようにして、レティシア様に言った。
「別にメレディス領は田舎ではありません。国境を守る国の要衝です。わたしが王家に嫁いだので、妹のクロエは婿を取って家を継ぐのです」
「ああ、そういうこと」
レティシア様はリュシアンと、わたしの顔を見比べ、納得したように頷いた。そして立ち上がると、わたしたちの横を通り過ぎながら言った。
「わたくしは失礼するわ。姉妹の再会を邪魔しては悪いから。……ねえ、リュシアン、わたくしの部屋まで送ってちょうだいな。昔はよく、わたくしの部屋で一緒に過ごしたじゃない」
甘えた声でリュシアンに言えば、リュシアンは無表情のまま頭を下げる。
「勤務中ですので、お部屋の前までで失礼致します」
「堅いこと言わないで、お茶の一杯くらい飲んでいってよ」
無表情で距離を取ろうとするリュシアンの腕に、レティシア様は自らの華奢な腕を絡ませる。しなだれかかるようにして部屋を出ていくレティシア様を見送るうちに、わたしの胸中に、もやもやした気持ちが広がっていった。
わたしと姉さまは、久しぶりに二人でゆっくりと話をした。
レティシア様は別棟で暮らしているが、イネス姉さまが嫁いで以来、毎日のように姉さまの部屋を訪れているという。
初めは歳の近い妹のような相手の訪問を喜んでいた姉さまだが、訪問のたびに辺境育ちをチクチク言われている気がして、最近は顔を見るだけで胃が痛くなってくるのだとか。
「悪気はないのだろうけど、無邪気にけなされ続けてもね……」
「……ご訪問をお断りはできないの?」
「レティシア様はレイノール殿下のたった一人の妹姫だから……」
王太子殿下はレティシア様をずいぶん気にかけていらっしゃるそうで、姉さまとしても断りにくいらしい。世間でよく聞く、小姑の兄嫁いびりだとしても、嫁入りしたばかりの姉さまが王女殿下へ文句を言うわけにもいかず、不満を零す相手もいなかったのだ。
愚痴を聞いてあげるだけで姉さまの心が軽くなるならばと、わたしは聞き役に徹した。
「レティシア様、お暇なのかしらね」
「それもあるんだけど……」
イネス姉さまは少し周囲を見回してから、わたしに顔を近づけて声を潜めた。
「子供の頃からリュシアンがお気に入りらしくて、やたらベタベタして……」
その言葉にさきほど目にしたばかりの、寄り添い合って出て行く二人の背中を思い出し、胸がずきりと痛んだ。
レティシア様は月の女神のようにお美しいし、リュシアンの美貌は理想の騎士そのものだ。二人が揃うと、金と銀が響き合い、麗しい空気が周囲に満ちるようにお似合いだった。
目を伏せると、姉さまは慌てたように言葉を続ける。
「クロエ、俺は婚約解消するつもりはない」
予想もしない婚約者――リュシアンの言葉に、わたしは耳を疑った。
王宮の、小さな中庭。回廊に囲まれた四角い空間に緑の生垣が作られ、小さな噴水がポツンと一つあるだけの、寂しい場所だ。
王族エリアへの抜け道として時々通るけれど、今まで誰ともすれ違ったことはなかった。
そんな場所で突然呼び止められ、わたしは飛び上がるほど驚いた。そしてしばし固まってしまう。
風に揺れる樹々のざわめきと、微かな水音。静寂が胸にのしかかる。
わたしとリュシアンは婚約して五年になるけれど、彼はずっとわたしを疎んじてきた。
その彼が婚約の継続を願うなんて、あり得ない。わたしの願望による聞き間違えだろう。
「今、なんとおっしゃって?」
何とか言葉を絞り出したが、聞き返すのが精いっぱいだ。
彼は、もう一度言った。
「君との婚約をやめるつもりはない。婚約破棄は受け入れられない」
「本気で言っていらっしゃるの?」
思わず詰るような言い方になってしまい、彼は気まずそうに凛々しい眉を顰めた。
そんな風に歪めた顔すら美しくて見惚れそうになり、わたしは心の中で自分自身を叱咤した。
――落ち着きなさい、クロエ! 冷静にならないと! 見くびられてしまうわ!
わたしは無意識に、首元につけているアメジストのペンダントをぎゅっと握りしめる。
リュシアンが再度繰り返した。
「クロエ、俺は婚約を継続したい。一方的な破棄など、受け入れられない」
リュシアンが、ペンダントと同じアメジストの瞳でわたしをじっと見つめてくる。めったにないことにわたしの心臓がドキリと跳ねた。彼の身勝手な言葉に、わたしは声が震えないよう気をつけて反論した。
「一方的だなんて。こちらからは何度も話し合いを求める手紙を送りましたのに、あなたがずっと無視してきたのでしょう? 婚約を継続する気はないと、わたしは判断しました」
「クロエ、俺は……」
リュシアンの視線から逃れたくて首元のペンダントを弄っていると、リュシアンがそれに気づいて、驚いたような声を出した。
「クロエ、その、ペンダント……」
わたしがペンダントを握り込むようにして肩を縮こませた、ちょうどその時、回廊の奥の方から足音がした。リュシアンがハッとして顔を上げ、回廊の奥に目を向ける。宮中を警護する騎士たちが数人、ガチャガチャと剣帯を鳴らしながら近づいてきていた。
リュシアンがわたしの方に顔を寄せ、早口の小声で言った。
「時間切れだ、クロエ。……勝手に婚約破棄の手続きをされないよう、それだけ言いに来たんだ。すまない、また改めて」
言いたいことだけ言うと、彼はするりと踵を返し、わたしのそばを離れた。煌めく長い銀髪がさらりと流れて、光の帯のように輝いた。
――王女殿下に仕えるようになってから、長く伸ばした髪。リュシアンの、殿下への忠誠の証。
♪たとえ結ばれない恋だとしても、長く伸ばした銀の髪は、永遠の愛の証
ふと、王都の流行歌が胸をよぎり、わたしは彼を止めるタイミングを逸する。焦って声をかけたけれど、彼は振り返りもせずにスタスタ行ってしまった。
「ちょっと待って! 改めてっていつ……」
リュシアンの王宮騎士の濃紺のマントが翻り、その広い背中はあっという間に遠ざかっていく。わたしは無意識に伸ばした手を空しく眺めるしかない。
――なんだったのいったい。
彼の後ろ姿が王宮の回廊の闇に消えるまで見送って、ため息をつく。
諦めようと決めたのに、彼の背中を目で追ってしまう自分が情けない。
もうずっと長いこと、彼はわたしを無視してきた。
王宮で見かけても、彼はわたしのことなど視界に入れたくもないとばかりに顔を背ける。話しかけても無視され、まるで存在しないもののように扱われてきた。彼と言葉を交わしたのなんて、下手したら数年ぶり……
彼――リュシアン・ド・クレールは婚約者のわたしを疎み、そして、この国の王女であるレティシア殿下を愛している。
あまりにあからさまなリュシアンの態度に、わたしは関係の改善を諦め、彼との婚約を解消しようと決意した。
何度も話し合いを求める手紙を送ったけれど、ことごとくなしのつぶて。業を煮やし、わたしは父を通して婚約破棄を申し出るつもりだと、彼に最後通牒を突きつけたのだ。
リュシアンはわたしを愛していないのだから、当然、婚約解消を喜んで受け入れると思ったのに。
なのに――
わたしは王宮の中庭で立ち尽くす。
噴水の水飛沫が陽光を弾いてキラキラと輝いている。
青空のはるかかなたから、雲雀の声がした。
ふと、手の中に握り込んだままのアメジストに気づいて、手を離す。
彼からもらった唯一と言っていいくらいの贈り物。最後の拠り所のように、それにずっと縋ってきた我が身の惨めさと、諦めの悪さにうんざりする。
これだって、彼がくれたのはもう二年前? いいえ、三年前かもしれない。それくらい、わたしたちは長く疎遠な間柄だったのに。
リュシアンが、婚約解消を拒絶するなんて、想像もしていなかった。
リュシアン側の有責というのが、気に入らなかったのだろうか? あるいは、わたしのようなつまらない女から破棄されるのが屈辱なのか。だったら、ちゃんと話し合いに応じてくれればいいのに。
もしくは、わたしとの結婚で得られる爵位と領地に未練がある?
そんなものに執着しない人だと思っていたのは、買いかぶりだったのかしら。
わたしは肩をすくめて一つ息をすると、思いを吹っ切るように再び歩みはじめた。
初めて会った時から、わたしは彼を愛している。だからこそ、わたしではない他の人を愛する彼の、そばにはいたくない。心を殺して名ばかりの妻の地位を得たいとは思わない。
リュシアンがわたしではなく、真に愛する人の手を取れるよう、邪魔者のわたしは身を引くべきだ。
だから――
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください。
第一章 わたしの美しい婚約者
メレディス辺境伯家には男児がいない。
長女がイネスで次女がわたし、クロエ。国境の守りを担う父のもと、四歳違いのわたしたち姉妹は辺境で育った。
だが、わたしが十二の年に母が亡くなり、父は婿探しと淑女教育のためにわたしたち姉妹を王都へと向かわせた。
以来、わたしたちは父と離れて王都のタウンハウスで暮らしている。
本来はイネス姉さまが婿を取って辺境伯家を継ぐはずだったけれど、王太子殿下が姉さまを見初め、ぜひにと望まれて王家との婚約が調った。それで、次女のわたしが家を継ぐことになったのだ。
メレディス家は国境の警備を司る武門の名家だ。生半可な家から婿を迎えることはできない。
そこで王家に相応しい相手の紹介を求め、あれこれと条件を考慮した末に、王都の名門貴族クレール侯爵家の次男、リュシアンに白羽の矢が立てられた。
『はじめまして。リュシアン・ド・クレールです』
婚約の初顔合わせの日。あまりに美しい彼の姿に、辺境育ちのわたしは一目で恋に落ちた。
日の光を受けて輝く、まっすぐな銀の髪は、騎士らしく短く整えられていた。
煌めくアメジストの瞳に細面で滑らかな頬は、名工が心血を注いで彫り上げたかのような完璧な美貌だった。体つきは細身ながらも鍛えられていて、森に棲む美しい牡鹿のように伸びやかで気高い雰囲気が漂っていた。
整いすぎて冷たい印象のする美しい顔。あまりの美しさに衝撃を受け、わたしは満足な挨拶すら返すことができず、何も言えずに呆然と見つめるだけだった。
こんな美しい人が、わたしの婚約者なのだという事実に、わたしの胸は歓喜に躍った。
要するにわたしはリュシアンに一目ぼれしたわけなのだが、わたしの想いは一方通行で、リュシアンにとっては、わたしは押しつけられた婚約者に過ぎなかった。
その頃のわたしは不細工とまでは言わないが、特筆するほどの美少女でもなかった。母譲りの赤い髪に碧の瞳、鼻の頭にはそばかすまで浮いていた。赤毛とそばかす、そして田舎育ちのがさつな仕草。――誰よりも美しいリュシアンとは到底釣り合わない自分自身に、身の置きどころもなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。彼に何を話していいかもわからない。
初対面のテーブルでは気まずい沈黙が続く。でも、政略目的の婚約は、当事者の意向など考慮してくれない。
今にして思えば、すでにあの時には、リュシアンの心には女神か妖精かと見紛うほど美しい、レティシア王女様への想いが芽生えていたに違いない。叶わぬ恋を諦め、わたしとの婚約を渋々、了承したのだろう。
何も知らない幼いわたしは、リュシアンの美貌にすっかり心を奪われ、初めての恋に酔い痴れていたのだ。
その年は、イネス姉さまが王太子殿下に嫁ぐ支度でタウンハウスは大わらわだった。
その慌ただしい中でも、リュシアンとのお茶会は定期的に開かれた。
何度か顔を合わせた後でも彼は無口のままで、会話は弾まなかった。それでも、わたしはリュシアンが手土産に携えてくる、小さな花束とレースのハンカチやリボンだけで十分に満たされていた。
真っ白な美しい薔薇。可憐なカスミ草。オレンジ色の、明るいガーベラ。ピンクのスイートピー。
「リュシアン様、いつもありがとうございます」
礼を言うわたしに、リュシアンは無表情で首を振る。
「花はよくわからないから、庭師に頼んだ」
自分で選んでいないことを、わざわざ教えてくれなくてもいいのに。わたしの胸が一瞬、痛んだ。しかし、リュシアンはわたしと目を合わさず、決まり悪そうに言った。
「クロエの、綺麗な紅い髪に似合う花をって……」
「き、綺麗……ですか?」
「うん。……夕焼けの空みたいで……」
わたしは自分の赤い髪を見下ろした。母譲りの赤い髪はわたしのコンプレックスだった。せめてイネス姉さまのような、赤みがかった茶色の髪色だったらよかったのに。いつもそんな風に考えていた髪の色を褒められて、わたしは内心、有頂天になった。胸の中が熱くなって、心臓がドキドキした。
今にして思えば、見え透いたお世辞だ。他に褒めるところが見当たらず無理にひねり出した、なけなしの褒め言葉だったのかも。
それでも好きな人に褒められて、わたしは天にも昇るくらい嬉しかったし、リュシアンのことが一層、好きになった。――家じゅうが差し迫った姉さまの嫁入り支度にかかりきりで、わたしは疎外感を覚えていた。リュシアンだけが、わたしのことを気にかけてくれる。そんな風にさえ、感じていた。
実際のところ、この結婚はわたしよりもリュシアンの側に利点が大きい。リュシアンはわたしと結婚して我が家に婿入りすれば、辺境伯の爵位と領地を得られるのだから。
次男であるリュシアンは、家を継ぐことはできない。それで、彼は騎士として身を立てるつもりで、王都の騎士学校に入った。彼は王太子殿下とは同い年で、幼少期からご学友として宮中に上がっていた、いわば幼馴染である。騎士学校卒業後は王宮騎士となり、王太子殿下の護衛として出仕することが決まっている。将来の国王の側近候補でもある彼に、王家が婿入り先を斡旋したわけだ。
王家としては、国防の要であるメレディス辺境伯家の跡取りには、子飼いの貴族家の子息を婿入りさせたい。我がメレディス辺境伯家としては、家柄と年齢の釣り合う――そして有事には自ら戦陣に立てる――婿が欲しい。クレール侯爵家にとっても、次男の婿入り先として申し分ない。そういう、三方の利害が一致したための、婚約であった。
けして愚かでない彼は、気持ちの伴わない婚約であってもその意味を十分に理解し、婚約者として最低限の義務を果たしているだけ。
でも、わたしたちの関係は悪くはなかったと、思う。
――リュシアンがレティシア王女の護衛騎士となるまでは。
◆◆◆
イネス姉さまの宮中入りの準備で大わらわの我が家に、リュシアンは出仕前の忙しい中を縫って何度も訪れてくれた。
上から下まで大忙しで、メイドは庭のテーブルにお茶セットを運んでくると、リュシアンからの花束を受け取ったら下がってしまう。仕方なく、わたしが見様見真似でリュシアンの茶器にお茶を注いだ。
「すみません、家じゅうがてんやわんやで……たいしたおもてなしもできなくて」
「忙しいときに、ごめん。出仕したら、休暇がどれくらいとれるのか、わからないから」
わたしが覚束ない手つきでお茶を淹れているのを見て、リュシアンは申し訳なさそうに詫びてくれた。わたしは首を振る。
「いいえ、来てくださって嬉しい。家じゅうが戦場のように大忙しなのに、わたしだけすることがないの」
「そう」
わたしの言葉にリュシアンの返事は素っ気ない。しばらくいつものように無言でお茶を飲んでいたが、リュシアンが突然、カップをソーサーに戻して言った。
「今後、王宮に出仕したら給金が出る。それで、クロエに何かプレゼントしたい。……たいしたものは買えないと思うけど」
わたしはびっくりして彼を見た。無表情だけれど、心なしか頬が赤い気がする。
あまりに突然で予想だにしなかったプレゼントの申し出に、内心、踊りだしたいくらい嬉しかった。でも、妙にはしゃいだら、浅ましい女に見えてしまいそう。わたしは遠慮がちに首を横に振る。
「嬉しいけど、気持ちだけで。無理しなくても……」
「記念だから。指輪かペンダントか……」
リュシアンが、日差しが眩しいのか、少しだけ目を眇める。その日差しに輝く瞳を見て、不意に思いついた。
「……じゃあ、ペンダントがいいです! アメジストの」
「アメジスト……って何?」
リュシアンが首を傾げる。
アメジストも知らないリュシアンに少しばかり驚きつつ、わたしは言った。
「紫色の宝石です。ちょうど、リュシアン様の瞳の色のような」
「俺の?」
リュシアンの瞳が大きく見開かれる。
「できれば小さなものがいいわ」
「小さな? ……遠慮しなくても、王宮騎士はそこまで薄給でもないよ」
小さな石をねだれば、リュシアンが不審げに眉を顰める。それを見て、わたしは慌てて言い訳した。
「ずっと毎日、肌身離さず身に着けたいの。大きな石だと、仰々しくなっちゃうから」
――本当のことを言えば、わたしの赤毛と碧の瞳にアメジストの紫はあまり似合わない。でもリュシアンの瞳の色をしたアメジストが欲しい。小さな石なら、目立たないからいつでも身に着けられる。
そんなことを言うのも恥ずかしくて、彼を見上げる。
リュシアンがパチパチと瞬きして、おずおずと頷いた。
「……わかった。最初の休暇が来たら、必ず贈るよ。アメジストを」
でも、この日を最後に、リュシアンの訪問は絶えてしまった。
◆◆◆
間もなく王太子殿下とイネス姉さまの結婚式が行われた。わたしは王太子妃の親族として、姉さまの晴れ姿を間近で見ることができた。純白のウェディングドレスを纏った姉さまは輝くばかりに綺麗で、それを優しそうな眼差しで見つめる王太子殿下も凛々しく素敵だった。
そして、白に金の装飾が眩い王太子殿下の背後で、紺色の礼装用の騎士服を纏って立つリュシアンは乙女の夢を体現したように格好よくて、わたしは時の経つのも忘れてうっとりと見惚れてしまった。
アメジストのペンダントは式に間に合わなかったけれど、その時のわたしは気にならなかった。リュシアンの訪問が途絶えているのも、出仕したばかりのところに結婚式まで重なって、忙しくてそれどころではないのだろうと思っていた。
結婚式から一月ほどでお父様は辺境に戻ったが、わたしは王都のタウンハウスにとどまった。王都で社交界デビューに備えて淑女教育を受け、デビューから間を置かずにリュシアンと結婚、その後二人で辺境に戻るという計画だった。姉さまのいないタウンハウスは少し寂しいけれど、勤務が落ち着けばリュシアンも邸を訪ねてくれるはずだったから。
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社交デビュー前のわたしは王宮での披露宴にも出席できていないので、初めての登城となる。
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「王宮で迷うといけないからと、王太子殿下がおっしゃった」
見知った人の顔を見てホッとするわたしと裏腹に、リュシアンの口調は素っ気ない。でも左肩を覆うペリースと呼ばれるマントに、留め金や縁飾りが金色の制服がよく似合って、とても格好よかった。
彼の美しさに見惚れてしどろもどろになりながら、わたしは深く頭を下げた。
「お心遣いありがとうございます、リュシアン様」
「クロエ、そんな他人行儀はやめてくれ。様付けも要らない。……しばらく、忙しくて訪問できず、悪かった。次の休暇には行くから」
正面を見据えたままさくさく大股で歩いていくリュシアンの大きな背中を追いかけて、わたしはほとんど駆け足のようになってしまう。少しばかり息を荒げたところで、ようやく王太子夫妻の居室の前の廊下に出た。敷き詰められた紅い絨毯を踏みしめながら、リュシアンが言った。
「今、レティシア王女殿下がいらしている」
「レティシア王女殿下?」
わたしは首を傾げた。彼女は王太子殿下の妹姫だ。わたしより、一歳年上のはず。
「……失礼のないように」
熱量のない声で呟いてから、リュシアンは扉の前に立つ小姓に告げた。
「メレディス辺境伯令嬢クロエ殿をお連れしました」
わたしの目の前で、彫刻を施した重厚な樫の木の扉が重々しく開かれていく。
頭を下げた状態でかしこまって待つわたしに、懐かしい声がかかった。
「クロエ! 来てくれたのね!」
姉さまの声だとわかったが、わたしは部屋にいるはずの王女殿下に遠慮して、頭を下げたままでいた。
「いいわ、顔を上げて」
そして頭上から降り注ぐ、鈴を転がすような声。その声を聞いてから、わたしはゆっくりと顔を上げた。
部屋の奥の大きな出窓の前に、二人の女性が並んで座っていた。
一人は赤みがかった茶色の髪の、王太子妃――イネス姉さま。そしてもう一人は輝くばかりの豪奢な金髪を長く垂らした、妖精と見紛う美少女。
――結婚式の時にちらりと見かけた、レティシア王女殿下に間違いなかった。
「お招きありがとうございます」
「ああ、待ちくたびれたわ! クロエ、こちらに来て!」
姉さまが席を立ってわたしの方に駆けてきて、両手でわたしの手を取った。
「会いたかったわ、クロエ」
「イネス姉さま、大げさよ」
それでもわたしたちは再会の抱擁を交わし、互いの頬にキスをする。
その様子を見ていたレティシア様が、扇の陰でクスリと笑った。
「イネス様って、辺境のウサギみたいね」
その言い方は無邪気だったから、悪意はなかったのかもしれない。
けれど、微かに辺境育ちをからかう雰囲気があって、姉さまがぐっと唇を噛んだ。
なんとなく、姉さまが王宮で居づらく思う理由を察知して、わたしは周囲を見回し、そしてハッとした。
わたしの後ろに控えていたリュシアンが、じっと強い視線でレティシア様を見つめていた。
その視線にレティシア様も気づいたらしく、歌うような口調で言った。
「リュシアン、あなたがわざわざ迎えに行ったの? クロエ嬢を?」
「……クロエ嬢は自分の婚約者でありますから」
無感動に伝えたリュシアンに対し、レティシア様は驚いたように言った。
「まあ! 知らなかったわ! いつの間に婚約していたの?」
「昨年です」
淡々としたリュシアンの答えを聞いて、レティシア様はわたしを振り返った。
「驚いた! リュシアンはね、子供の頃から宮中に上がっていて、わたくしともよく遊んだのよ! まさか田舎貴族の令嬢と結婚するなんて!」
田舎貴族と言われてびっくりした。確かにメレディス領は国の端っこにあるけれど、領都は国境を守る重要拠点だし、周辺諸国と行き来する街道の要衝にあって、それなりに栄えている。我が領の「宮廷」だってある。――たしかに、王都のような洗練には欠けるし、山がちで都会とは言い難いけれど。
「レティシア様!」
イネス姉さまが、わたしを背中に庇うようにして、レティシア様に言った。
「別にメレディス領は田舎ではありません。国境を守る国の要衝です。わたしが王家に嫁いだので、妹のクロエは婿を取って家を継ぐのです」
「ああ、そういうこと」
レティシア様はリュシアンと、わたしの顔を見比べ、納得したように頷いた。そして立ち上がると、わたしたちの横を通り過ぎながら言った。
「わたくしは失礼するわ。姉妹の再会を邪魔しては悪いから。……ねえ、リュシアン、わたくしの部屋まで送ってちょうだいな。昔はよく、わたくしの部屋で一緒に過ごしたじゃない」
甘えた声でリュシアンに言えば、リュシアンは無表情のまま頭を下げる。
「勤務中ですので、お部屋の前までで失礼致します」
「堅いこと言わないで、お茶の一杯くらい飲んでいってよ」
無表情で距離を取ろうとするリュシアンの腕に、レティシア様は自らの華奢な腕を絡ませる。しなだれかかるようにして部屋を出ていくレティシア様を見送るうちに、わたしの胸中に、もやもやした気持ちが広がっていった。
わたしと姉さまは、久しぶりに二人でゆっくりと話をした。
レティシア様は別棟で暮らしているが、イネス姉さまが嫁いで以来、毎日のように姉さまの部屋を訪れているという。
初めは歳の近い妹のような相手の訪問を喜んでいた姉さまだが、訪問のたびに辺境育ちをチクチク言われている気がして、最近は顔を見るだけで胃が痛くなってくるのだとか。
「悪気はないのだろうけど、無邪気にけなされ続けてもね……」
「……ご訪問をお断りはできないの?」
「レティシア様はレイノール殿下のたった一人の妹姫だから……」
王太子殿下はレティシア様をずいぶん気にかけていらっしゃるそうで、姉さまとしても断りにくいらしい。世間でよく聞く、小姑の兄嫁いびりだとしても、嫁入りしたばかりの姉さまが王女殿下へ文句を言うわけにもいかず、不満を零す相手もいなかったのだ。
愚痴を聞いてあげるだけで姉さまの心が軽くなるならばと、わたしは聞き役に徹した。
「レティシア様、お暇なのかしらね」
「それもあるんだけど……」
イネス姉さまは少し周囲を見回してから、わたしに顔を近づけて声を潜めた。
「子供の頃からリュシアンがお気に入りらしくて、やたらベタベタして……」
その言葉にさきほど目にしたばかりの、寄り添い合って出て行く二人の背中を思い出し、胸がずきりと痛んだ。
レティシア様は月の女神のようにお美しいし、リュシアンの美貌は理想の騎士そのものだ。二人が揃うと、金と銀が響き合い、麗しい空気が周囲に満ちるようにお似合いだった。
目を伏せると、姉さまは慌てたように言葉を続ける。
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