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1巻

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   プロローグ


 私はエミリア・レッツェル。貧乏な男爵家の生まれだけど、夢がある。
 それは、ふりふりのメイド服を着て、お澄まし顔で仕事をすること。
 まずは憧れの王城メイドになって、ゆくゆくは王族の身の回りをお世話する一流の侍女になりたい。
 そのために、今日も今日とて、修業に励むのだ!


 秋晴れの空の下、通い慣れたタールヴェルク辺境伯領へと馬車で向かう。
 タールヴェルク辺境伯領は、我が男爵領のすぐ隣にあり、領主同士の交流が代々続いていて家族ぐるみで仲がいい。お父さまはもとより、亡きお母さまも辺境伯夫人と懇意にしていた。
 お兄さまに至っては辺境伯領の軍で働いているほどだ。
 私自身も、幼馴染で同い年のヴェラ・タールヴェルク辺境伯令嬢こと、ヴェラちゃんと一緒に王城メイドを目指しているから、よく辺境伯邸に入り浸っている。
 今日も辺境伯邸に到着し次第、彼女と一緒に修業をする予定だ。
 移動中の暇つぶしに外でも眺めようと窓を開けると、ひやっとした空気に触れる。

「今日も寒いけど、いい天気~!」

 すっかり冬が近づいている気配がするなぁ。そんなことを思いながら窓を開けたままにしていると、胸まで伸ばしているベージュブラウンの髪の毛が、風にあおられて揺れた。
 外の景色は、どこを見渡しても畑とたまに領民の住居がぽつりと建っているくらいで、つまりは、ど田舎である。もちろん自然も好きだけど、王都にあるお洒落しゃれなカフェや、流行の菓子に憧れてしまうのが乙女心だ。
 しばらくすると辺境伯領へ入り、住宅やお店が増えてくる。馬車は更に進んで、石造りの頑丈な門に囲まれた辺境伯邸に到着した。
 馬車から降りると、屋敷の前にはヴェラちゃんを中心にして、ざっと二十人ほどの使用人たちが出迎えてくれている。

「いらっしゃい、エミリア」
「ヴェラちゃん! お出迎えありがとう。でも今日はどうしたの?」

 頻繁に遊びに来ているから、普段このようなお出迎えは省いてもらっていたので珍しい。

「たまにはこうして出迎える使用人の姿を見ておいたほうが、エミリアの今後のためになると思ったのよ」
「なるほど、気を遣ってくれたんだ! ヴェラちゃんありがとう! それに皆も忙しいだろうに、付き合ってくれてありがとうね」

 使用人たちは、私の言葉に温かい微笑みを返してくれた。
 辺境伯邸の使用人たちには昔からお世話になっている。特にメイドたちは、王城で働きたい私にアドバイスをくれるありがたい存在だ。
 綺麗に整列している使用人たちを改めて眺めると、辺境伯邸で初めてメイドを見た頃を思い出す。
 我が男爵邸にも優秀なメイドが数人いるが、なにぶん貧乏男爵家なので、ご近所さんを雇っている。うちのメイド服は華美なものではないし、炊事洗濯掃除を始め、乳母の役割までこなしてくれていたベテランの彼女らは、私にとって第二の母親たちといった認識だ。
 だからこそヴェラちゃんの邸宅へ遊びに来て、貴族家出身のメイドたちの洗礼された立ち振る舞いや可愛い制服姿を見た時に、衝撃を受けたのだ。
 ――私もあんなふりふりのメイド服を着てみたい。
 そして可愛いメイド服にふさわしい振る舞いをしたいと、子どもながらに決意した。

「ほら、エミリア。中に入って一緒にお茶淹れの練習をしましょう」

 声をかけられてヴェラちゃんを見ると、使用人の皆をぼーっと眺める私に呆れている様子だった。しかし、そんな表情を浮かべていても、ヴェラちゃんは美しい。
 彼女のアイスシルバー色の髪の毛が太陽の日差しに照らされてキラキラ光る。瞳はまるでサファイアのような碧眼へきがんだ。私はごく普通のハシバミ色の瞳だから、いつもうらやましいなぁと思う。
 そして、ヴェラちゃんは見目うるわしいだけではない。
 彼女は、王城で働けば行儀見習い代わりにもなるし、王都に住んでみたいからと言って、私の修業に付き合ってくれている。恐らく私を心配して、一緒に王城メイドになろうとしてくれているのだが、そんなことを悟らせまいと接してくれる、優しい幼馴染だ。

「うん! 今日も一緒に頑張ろう!」


 互いの淹れたお茶を飲みながら、ヴェラちゃんがどこからか入手してくれた、王城メイド試験の過去問題を解いていく。
 王城メイドの試験は、十八歳以上で身元のしっかり保証された、商家や貴族家の令嬢が受けられる。筆記試験では一般教養を、そして実技試験では実際にメイド業務を行い、体力テストまであるという。
 もうすぐ試験が行われるので、今はそれに向けて二人で追い込んでいるところだ。

「この調子だと試験は大丈夫そうね」
「ヴェラちゃんはきっと採用されるだろうけど、私は大丈夫かなぁ……」

 自己採点した過去問題を眺めながら項垂うなだれる。
 ヴェラちゃんは満点のところ、私は合格ラインのギリギリだった。
 今回の試験で不合格でも、また次の試験に挑戦することはできるが、この王城メイド試験は毎年秋の暮れに行われるもので、次の試験は来年になってしまう。
 王城メイドは身元の保証があるためお給金が高額だし、城勤めの要人と知り合えるだけあって婚姻相手を探す令嬢に人気の職業だ。そのため試験の倍率は高く、一発で採用されるか心配なのだ。
 王城メイドになりたいのは私自身の夢というのもあるが、男爵領のためでもある。
 男爵領は一昨年の嵐で大きな被害を受け、その復興のために、あまり余裕もないのに、人がよすぎるお父さまが私財をなげうった。
 それで金庫の中身が大きく減ったことに責任を感じたのか、お父さまが頑張って稼ごうとした結果、つい最近、投資詐欺に遭ってしまった。途中で私とお兄さまが気づいて少額の被害で済んだが、男爵家の娘として、お金が減っていくばかりの状況はかなり心配で……
 だから私もがっぽり稼いで仕送りをして、減った分の資産を増やしたいと思っている。
 今の屋敷は初代当主が叙爵された時に建てられたものであり、相当に古い造りだ。
 よく床板が抜けたり雨漏りしたり、隙間風が吹いたりしている。
 その都度、領民に手伝ってもらいながら修理しているのだが、そろそろ限界が近づいている。
 私としてはゆっくり身体を休められる新しい屋敷に建て替えたいと思っているから、憧れだけではなく切実に王城メイドになりたい。私にとってこれは、死活問題なのだ。

「エミリアは体力テストでカバーできるから、きっと大丈夫よ」
「そうかなぁ……」

 ヴェラちゃんの言う通り、唯一運動は得意だから、それだけは誰にも負けない……と、思う。
 けれど、憧れの王城メイド、いずれ侍女となるには、学がないといけないから必死なのだ。この王国の侍女とはすなわち、王族の身の回りのお世話をする者を指す。王城メイドとして有能さが認められると、王族専属の侍女として昇進する。
 はじめは可愛い制服を着たくて王城メイドを目指したのだけど、やるからには一流の侍女にまで極めたい。
 王族を身近で支える仕事に就くということ。それはつまり、辺境伯軍を率いて剣を握るお兄さまのように、男爵領を治めるお父さまのように、この王国の役に立てることだと思うから――
 王城メイド試験で優秀な成績を収めた人は、そのまま侍女として雇ってもらえることもあるみたいだし、もっと気合いを入れて修業しないと!
 今日の勉強を終え、サッと片付けをして立ち上がった。
 この後は、辺境伯邸の敷地内にある、辺境伯軍の演習場へ顔を出しに行く予定がある。

「エミリア、また軍に交ざって訓練するの?」
「うん! もうすぐ王城メイドの試験だし、お兄さまも迎えに行かなきゃだし。よかったら、ヴェラちゃんも一緒にどう?」
「私は遠慮しとくわ~。もう充分動いてヘトヘトだもの。シスコン兄によろしく言っておいて」
「あはは、分かった! じゃあ、私は行ってくるね!」

 ひらひらと手を振るヴェラちゃんに見送られながら、辺境伯軍が訓練している演習場へ向かう。
 隊長のお兄さまや馴染みの皆と合流して、一緒に走り込みをしたり稽古けいこをつけてもらったりした。
 冬になると軍の皆は雪かきに駆り出されて訓練の時間が減るから、今のうちに参加しておかないと。
 五年前の戦争を最後に今は平和な世の中だし、辺境伯軍の大きな仕事といえば、たまに現れる魔物を討伐するくらい。そのおかげで私も面倒を見てもらえるわけだから、ありがたい限りだ。


 ひと汗かいたところで、馴染みの一人に声をかけられた。

「お疲れさま。エミリアの動きはますます磨きがかかってて、流石さすが隊長の妹だな!! ……しかし、王城メイドになるのにそこまで必要なのか?」
「うーん、分からないけど、いつか王族に仕える立派な侍女になるなら護身術とか知ってたほうがいいだろうし」
「そうかぁ。エミリアはここで働くほうが向いてると思うけどなぁ」
「私もそれはそうだと思うけど……。でもどうしても王城でメイドさんになりたいの!」
「そうか。まぁ、試験落ちたらここに来いよ」
「ちょっと! 縁起でもないことを言わないでっ!!」

 そんな話をしていると、私と同じベージュブラウンの髪とハシバミ色の瞳を持つ兄のディートリッヒがやってきて、野次を飛ばしてきた。

「そうだそうだ! 可愛いエミリアは王都じゃなくて、この辺境伯軍に来るべきだ!」
「お兄さま、誰もそこまでは言っていないわ……」

 ディートリッヒお兄さまは、ちょっと面倒臭い人だ。
 私が生まれた時からそれはもう全力で可愛がってくれて、母が亡くなってからはより一層大切にしてくれている。お陰であまり寂しい思いはしなかったから感謝はしているけれど……
 とにかく過保護すぎるのが玉にきずで、私が王城メイドを目指すのを唯一反対している人物だ。

「いや、誰も言わなくても俺が言う! やっぱり王都なんて危ないところに行くのは心配だ!」
「もうお兄さま、まだそんなこと言うの!? ヴェラちゃんも一緒だからって、王都に行くのを認めてくれたじゃない!」
「それはそうだが……。エミリアが心配なんだ」
「大丈夫よ。もし採用されて王都に着いたら、すぐに手紙を出すから心配いらないわ」

 私がお兄さまをなだめていると、最初に話していた隊員が呆れたように口を開いた。

「シスコン隊長、それくらいにしておけ。エミリアに口を利いてもらえなくなるぞ」
「うぅ、だってぇー!! 寂しいんだもんー!!」

 お兄さまがメソメソしているのを見て、私も呆れて眉尻を下げる。
 普段は頼りになる格好良いお兄さまなのに、こういうところは本当に世話が焼ける。

「ほらお兄さま、もう終業の時間だから早く片付けてきて。今夜は我が屋敷に帰ってくるのでしょう?」
「ああ、そうだった! 待っててくれ、エミリア」

 私と一緒に帰ろうとお兄さまが急いできびすを返して駆けていく。その慌ただしく走る背中を、私は苦笑いしながら見送った。


   * * *


 季節は巡り、二ヶ月後。辺りはすっかり雪景色となった。
 私とヴェラちゃんは少し前に近くの会場で王城メイド試験にのぞみ、そろそろ結果を知らせる手紙が届く頃だ。
 手応えは充分にあったけれどやはり心配で、このところずっと屋敷の裏口付近をウロウロしている。今日はついに、使用人たちに風邪を引くから中で待っているようにと叱られてしまった。
 確かに指先は冷え切ってしまったし、大人しく戻ろうかと思った時、いつも手紙を届けてくれている行商人が訪ねてきた。

「おや? エミリアお嬢さまではないですか。本日もご機嫌うるわしく……」
「寒い中配達をありがとう! 私宛に手紙は届いていないかしら?」
「ああ、ありますよ」

 差し出されたのは、期待した通り、封蝋ふうろうに王家の紋章が押された封筒だった。
 すごく緊張して、一気に鼓動が速くなる。
 ――うう、心臓が痛い。だけどこの緊張から早く解放されたい~!!
 深呼吸をして、ひと思いにその場で封を切った。


『エミリア・レッツェル殿
 拝啓
 王都の街もすっかり雪が降り積もって参りました。暖炉の灯火が心地いい寒冷の候、レッツェル男爵令嬢におかれましては益々ご清祥せいしょうのことと存じます。
 先日は寒空の中、王城メイド試験をお受けくださり誠にありがとうございました。厳正なる選考の結果、貴殿を王城メイドとして採用することに決定いたしました。
 つきましては、雇用手続きのため………………』


 ――採用。採用って書いてあるっ!

「わああああ~~!!」

 私は思わず手紙を掲げて叫んでしまった。
 いつの間にか使用人たちが集まってきている。皆心配そうにこちらの様子をうかがっていた。

「エミリアお嬢さま!? 結果はどうだったのです!?」
「採用! 採用されたよぉーっ」
「まぁ、おめでとうございます!!」

 周りは一気に祝福モードだ。
 更に嬉しいことに、午後にはタールヴェルク辺境伯家から使いが来て、ヴェラちゃんも見事に王城メイドに採用されたと知らされた。私も急いで採用されたことを走り書きして、辺境伯家へ戻る使いに手紙を託した。
 この日はいつもよりも豪華なディナーとなり、私の大好物がたくさん並んだ。皆に祝福してもらって、王都での暮らしを楽しみに眠りについた。


 冬が明け、雪が溶けた頃。今日、私はたくさんの人に見送られて、王都を目指して旅立つ。
 最後まで引き留めようとするお兄さまの説得は大変だったけれど、なんとか出発できてよかった……
 王都までは、タールヴェルク辺境伯家の立派な馬車にヴェラちゃんと一緒に乗せてもらっている。到着するまで数週間かかったけれど、魔物が出ることもなく、無事王城へ辿り着けた。
 ――そして、暖かい春がやってくる。
 王城の回廊には彫刻が施された立派な大柱がいくつも建っていて、天井を見上げると美しい女神が描かれている。これからこんなにも素敵な場所で働けると思うと、胸が躍った。
 更に、寮に案内されると嬉しいことがあった。これから私たちメイドが暮らす寮は二人部屋なのだが、なんとヴェラちゃんと同室だったのだ! これにはとても安心した。
 軽く荷解きした後は、寮の談話室で、来週から基本的なマナー研修が始まるとの説明を受ける。
 研修は一ヶ月間、ベテランの使用人が教官として教えてくださるそうだ。研修期間中に個々人の適性を見極められ、配属先が決まるのだという。
 王城の使用人は、たとえ新人であろうとも、主である王族の顔に泥を塗らないよう洗礼されていなくてはならない。礼儀作法を重点的に、基本の姿勢や歩き方、綺麗なカーテシーは必ずできるよう、繰り返し何度もテストがあった。
 覚えることは盛りだくさんで、例えば、お仕事中に来客に道を尋ねられた時の対応方法や、王族とお会いした時の立ち振る舞いといったことまで、行儀見習いも兼ねてしっかりと教わった。
 結構スパルタな研修で、途中で脱落した令嬢もいたけれど、残った子たち皆で励まし合いながら、私とヴェラちゃんはなんとか研修を乗り越えた。


 研修が終わった今日、とうとう配属先が発表される。
 王城の豪華な大広間で、新人メイドたちが順番に呼ばれ、辞令が書かれた紙を受け取っていく。まだ呼ばれていない私は、配属先を確認して一喜一憂する同期たちを眺めていた。
 ――最初は炊事洗濯掃除をするだけでもいいから、いつかは王族のお世話をする一流の侍女になりたいなぁ。それで、私の仕事ぶりを見た王城勤めの素敵な殿方に声かけられちゃったりして……!
 これまで修業に専念していたし、王城メイドになれたらいずれ王都で出会いがあるだろうと、田舎で恋愛はしてこなかった。けれど、これからは恋愛解禁だ!
 家格の合う素敵な殿方に出会えたらいいなぁなんて空想にふけっていたら、とうとう私の番がきた。

「エミリア・レッツェル」
「は、はい!」

 ドキドキしながら、一歩前へ出る。
 さて、どこに配属されるのかな……?
 お掃除メイドか、洗濯メイド? それとも初めから侍女のエリートコース!?
 ――なんて、そんなわけないか。

「エミリア・レッツェル。――貴女あなたを第三騎士団、騎士団長のご奉仕メイドに任命する!」
「え、ええぇぇーー!?」

 ――ご奉仕メイドって、一体なんなの~~っ!?



   第一章 ご奉仕メイドとは?


 ……なんだかものすごく、嫌な予感がしてきた。
 私は辞令の紙を受け取ることも忘れて、恐る恐る目の前の教官に尋ねた。

「あの、申し訳ありません。教官、質問が……」
「なんですか、エミリア・レッツェル」
「……き、騎士団長のご奉仕メイドって、一体どのようなお仕事内容なのでしょうかっ!?」
「あら? ご奉仕メイドをご存じでない?」

 いや、それはもちろん知らないですよ! 知らない、知らない!
 メイドについて勉強してきたけれど、今まで一度も聞いたことがない。
 ご奉仕って何!? タダ働きでもさせられるの!? っていうか、皆知っているの!?

「ご奉仕メイドは、主に性生活をサポートするメイドです」
「せ、性生活? それって、つまり……」
「はい。貴女あなたには、第三騎士団の騎士団長に、性的なご奉仕を行なっていただきます」
「え、ええぇぇえええぇぇぇ!?‌」

 本日二回目の悲鳴である。
 ……っていうか、そもそも私、処女なんですけど!?

「詳しくは後で説明しましょう。ひとまず辞令を受け取りなさい」
「は、はい。承知、しました……」

 私は混乱する頭で、なんとか辞令を受け取り、一歩後ろに下がった。


   * * *


 配属発表の後で教官から説明を受けた私は、寮の自室にふらふらと戻ってベッドに飛び込んだ。
 予想外の事態に頭を抱え、自問自答する。
 ――いやあ、ねえ? こ、こんなことって、あると思う?
 こちとら処女ですよ、処女。嫁入り前の十八歳(処女)なのに……
 どうしてこうなったのか教官に聞いてみたところ、私の体力テストの結果が歴代トップで、なおかつ、採用時に行われた身辺調査の結果、私に婚約者や恋人がいなかったことを挙げられた。
 確かに婚約者も恋人もいないけれどさぁ……、天国のお母さまだって心配してしまうよ。
 もちろん「お嫁に行けなくなります!」って、抗議してみた。
 でもご奉仕メイドって、まさかの嫁入りにはくが付くお仕事らしい。
 どういうことかと詳しく伺うと、ご奉仕メイドというのは一般的に、ある程度見た目が整っていて、体力があって、尽くすタイプだと認識されているそうだ。今までメイドになるためたくさん勉強してきたのに、ご奉仕メイドの存在なんて知らなかったよぉ……
 しかし、見た目が整っているか……。それは大変光栄だけど……
 お母さまはまさに良家のご令嬢といった雰囲気で、それが私の容姿に受け継がれている。決して目立つ外見ではないが、同じくらいの家格の相手ならば姿絵だけで縁談がまとまるだろうなぁという感じだ。実際に会って私の落ち着きない性格を見たら断られちゃうかもしれないけれどね。
 私の髪はベージュブラウンで、瞳はハシバミ色。我ながら地味な色彩だなぁと思うものの、お母さまと同じ色味だから馴染み深く、今ではそれなりに気に入っている。
 昔から憧れているのは、ヴェラちゃんのようなサファイアの瞳や綺麗系の美人な顔立ちだ。それに私は小柄でこぢんまりとしているから、背がすらっと高いヴェラちゃんがうらやましい。
 ……まぁご奉仕メイドの選定基準なんかはひとまず置いておいて、とにかく、話を聞いた私の驚きように教官のほうが驚いていた。
 私はあまりにも動揺していたようで、もしご奉仕メイドとして働くのが難しければ、他の配属先への変更を検討してくれると言ってくださったのだ。

「はぁ……どうしよう……」

 ベッドに埋もれたまま呟くと、ふいにベッドの片側が沈む。そこには、いつの間にか戻ってきていたヴェラちゃんが腰掛けていた。
 私は起き上がって、しょんぼりした表情を隠せないまま、ヴェラちゃんの隣に座る。

「エミリア、本当にご奉仕メイドのことを知らなかったの?」
「うん。……って、ヴェラちゃんは知ってたの!?」
「そりゃあね。しかしまぁ、きっとエミリアの家族が不健全なものを可能な限り取り除いた結果だろうけど、過保護なのも玉にきずね。王城に勤めたいけどご奉仕メイドにはなりたくない人は、試験か、せめて研修の前までに無理矢理にでも恋人を作ったりするものよ」
「そ、そうだったの!?」
「私もエミリアに教えておくんだったわ……。まさか知らないなんて思わなかったもの」

 あぁ、きちんと王城メイドの配属先について調べておくんだった。
 確かに家族は過保護だったけれど、王城に来てからだって図書室は使えたし、いくらでも調べられる環境だったのに……

「はぁー。初めては好きな人と、って思っていたのになぁ」

 がっくりと項垂うなだれた私を、ヴェラちゃんは軽く抱きしめてくれた。そして身体が離れると、彼女が優しい口調で言った。

「……配属先がどうあれ、念願叶って一緒に王城で働けるわね」
「確かに、そう、だよね。……って、あれ。そういえばヴェラちゃんはどこの配属になったの?」
「は? 聞いてなかったの? 私は、第一王女殿下の侍女よ」
「ええっ!? ヴェラちゃんおめでとう!!」
「ありがとう」

 ヴェラちゃんは綺麗なアイスシルバーの髪の毛を揺らし、自慢げにドヤ顔をした。
 うう、うらやましすぎるぅ!! でもヴェラちゃんも一緒に王族に仕える侍女を目指していたから、私まで嬉しい!!


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