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4巻
4-1
しおりを挟むミッション① 新たな仲間を迎えよう
この一年ほどで、大陸にある国の中でも、目覚ましい変化を見せ始めているカルヴィア国。その中でも、特に活気に満ちているのが現宰相エントラール公爵の治める地の領都だ。
天気も良く散策日和のその日。二人の仲の良い老夫婦らしき者達が公爵領都の門をくぐった。
そろそろ昼食の時分ということもあり、町には人が溢れている。
「えらい賑やかだなあ」
「そうですねえ」
今までの町とは違う活気を感じ、二人はキョロキョロと周りを見回す。
そこで、男性の方が芳しい匂いに気付く。
「おっ、美味そうな匂いがする」
「本当ですねえ。これは……パンかしら?」
その匂いに思わず釣られて歩いて行くと、パン屋らしき店に多くの人が列を成しているのに行き合う。
「すごいわね……」
「人がこんなに食に意欲を出すのを見るのは……いつ振りだ?」
「……そういえば……そうですね……」
二人は信じられないものを見るように、呆然と立ち止まった。それは、二人にとってはもう見ることはないのだと諦めていた遥か昔の、賢者と呼ばれる異世界からの転生者達によって発展していた頃の賑わいに似ていたのだ。
そんな二人に、近付いて来るものがあった。だが、二人が気付く前に、それに目を留めた子ども達の声が響く。
「あっ、ジュエルちゃんだぁっ!」
「シンジュちゃんもいるぅ!」
《クキュゥっ》
《こんにちは~》
パタパタと小さな翼で飛ぶジュエル。その体は鳥のような真っ白でふわふわしていそうな羽根で覆われており、光によって虹色にも見える艶やかさがある。それだけならば、確実に鳥と認識されるだろう。
だが、胴体が少し長く、頭には鹿のような角が生えて来そうな二本の小さな突起。そして短い手足に、胴体から細くなっていく尻尾がある。とても不思議な生物だ。
地球を知る賢者達ならば『西洋のドラゴンと東洋のドラゴンを足して二で割ったような姿』と説明しただろう。その表皮が鳥に近いことから、ジュエルの主は周囲にグリフォンの亜種だと説明して、実際にそう認識されている。既に、この公爵領都ではその認識がきちんと広まっていた。
亜種は本来の姿とは違う部分も多いし、確実な姿が伝わっていない。個体によって姿が変わって来るからだ。そして、更に一般的に、魔獣の幼獣を見ることはほぼない。そうしたことから、人々はジュエルをグリフォンだと信じ切っていた。
その正体は、この世界が創造されてから、大地を創り出すために神が生み出したもの。最初にこの世界に降り立った生き物である、ドラゴン三体の内の一体だ。
他の二体は、人々との共存を諦め、誰も来られない孤島で今でも眠っているらしい。だが、意識は三体で共有することが出来るので、今こうしているジュエルの視界も覗いているかもしれない。人との共存を諦めただけで、決して人を憎く思っているわけではないらしいので、安心だ。
「おっ、なんだ。もしや、迎えに来てくれたのか?」
男性が問うと、ジュエルとその連れが答える。
《クキュゥっ!》
《そうでしゅ! おむかえにきました~》
ジュエルは、シンジュと呼ばれるクマのぬいぐるみのような物の頭に掴まり、後ろにぶら下がる。これがここ最近のジュエルのお気に入りの体勢だ。
シンジュはひっくり返らないように骨格のバランスを取って作られているため、問題なくこのまま歩くことができる。因みに、シンジュという名だが、男の子設定。毛色は白だが、少し黄色が入っているクリーム色に近い。
「まあっ、なんて可愛らしいっ。よろしくね」
《あいっ!》
《クキュゥ!》
二匹揃って片手を上げてお返事だ。とても和む光景だった。そうして、二匹に案内された男女は、更に賑やかな場所に出た。
「あらあら……大きな門があるわね……貴族のお屋敷?」
「いや、貴族の屋敷なら、こんな普通に住民が入って行くわけがねえだろ……」
大きな、上品な装飾のある門。それが開け放たれており、その先には大きなお屋敷があった。そのお屋敷までの距離もかなりある。初めて見る者は、貴族の屋敷と勘違いしても仕方がないだろう。
しかし、その奥にある屋敷までの間には、左右にカラフルな屋根の家が建ち並んでおり、中央の広い通路の上には大きな天井がある。一目で雨のかからない道だと理解できた。そこを多くの人々が楽しそうに歩いている。
《ここは、『セイルブロード』だよ! おみせがいっぱいならんでる『商店街』なんだ~》
「ほおっ。昔、賢者に聞いたことがあるぞ」
「商店街……見てみたいわねえ」
《……『伝えた』、あとであんないする》
「「ん?」」
伝えたという言葉の意味が分からなかったが、そのまま二人は、また進み出した二匹について歩いて行く。屋敷を囲む塀に沿ってしばらく歩き、その隣の家の同型の塀に差し掛かる。そして、その家の門の前までやって来て立ち止まった。
「ん? おお? この隣は教会か?」
「懐かしいですわねえ」
この家の隣には教会が建っている。二人が思わず微笑んだ。
「で? ここにフィル坊が居るのか?」
《うん。まってる。あっ、きた~》
《クキュゥ~♪》
《もんがあきましゅよ》
「おおっ」
「まあっ」
門が自動で開いていく。それに目を丸くする二人。そこに、一見して少女かと思えるような小柄な十二歳頃の少年がやって来た。
彼の名はフィルズ・エントラール。エントラール公爵の次男だ。元流民である第二夫人の一人息子で、母親似の長い夜空のような濃紺色の髪を背中で一つに縛り、父親譲りの翡翠色の瞳を持つ彼は、現在は実家を出ている。
家庭の問題から屋敷の離れで母と共に閉じ込められて育ったフィルズは、前世の夢を見ることで、幼い頃から自立心が高かった。そこで体を鍛え、離れを度々抜け出し、冒険者となって外の世界を知った。着々と実績を作ったフィルズは、今や上級冒険者として認められている。
そしてその傍ら、前世からの趣味を生かし、様々な物を作り出していた。それらを売ることで貯めたお金を使い、セイスフィア商会を立ち上げ、現在、多くの人々がその珍しい品物を求めて賑わうセイルブロードを創り上げていた。
「フーマ爺、セラ婆っ。待ってたんだ。これからよろしくっ」
元医術神のフーマ、元薬神のゼセラ。それがこの二人の正体だった。
「おう。世話になるぜ」
「よろしくね」
二人は、十神から眷属神に降りて人の世で暮らすことまでして、この世界に直接医学を広めようと、きっかけを待っていた。そして、主神達が異世界から招いた『愛し子』であるフィルズの存在を知ったのだ。
フィルズも医学レベルが低いことは気になっていたので、二人に協力することにし、この場所に招いたというわけだ。二人と挨拶を交わしてから、フィルズは手を屋敷の方へ向ける。
「さあ。見てくれ! これが、フーマ爺とセラ婆に任せる『健康ランド』だ!」
「「……え……」」
自信を持って見せた建物は、三階建て。そして、とても広いものだった。小さな家が幾つか手前にあり、渡り廊下で繋がっている。
さすがのフーマとゼセラも、その立派さに絶句する。
フィルズは、数ヶ月前に隣領で起きた魔獣の氾濫を収めた後から、時間をかけてこの『健康ランド』の設計図を書いた。
高層ビル的な総合病院のようなゴツさは、この世界と景観が合わなさ過ぎる。何より、堅いイメージにはしたくなかった。名前も『病院』や『療養院』といったものにはしたくなかったのだ。
ただ、奇抜にし過ぎると人が入り難いと考え、『健康ランド』と命名するに至った。建物全体を見ると、病院というより木造の校舎のようだろうか。
「建物は、正面中央のやつが三階建て。その他、左右の建物が二階建てだ」
屋敷はコの字型になっており、正面に見えるのは、横に少し広い三階建て。左右にあるのは、小さめながら広さの違う家が二つずつ。これらが渡り廊下で繋がっている。
「正面の三階は研究室と二人の住居スペースな。薬物も使うから、換気とかの問題がないように、上の方にしたんだ」
「なるほど……」
「それは助かりますわね」
地下では温度の調整がしやすいが、空気が籠りやすい。それならば、きちんと温度管理もできるよう魔導具を開発して、上の階に配置しようと考えたのだ。どのみち、病院のような施設となれば、換気は大事になるし、温度管理もそうだ。
よって、この魔導具の発明は必須だった。これは、フィルズがまだ公爵家に居た頃には考え出していたため、それほど手間を掛けることなく完成した。
既に加湿器は、演技や宣伝などで喉を酷使する、元吟遊詩人で踊り子の母クラルスのために作られ、今や当たり前のようにフィルズの屋敷には置かれている。
「エレベーターもあるから、ベッドごと移動するのも問題ないぜ。もちろん、移動できるように、全部のベッドにキャスターを付けといた」
「キャスター……というのは分からんが、エレベーターか……確か、鉱山とかにはあったな」
「ありましたね……ただ、家にというのは初めてです……」
城でも付いていない。寧ろ鉱山など、運搬作業で使う物という印象が強いため、家に付けるという考えに至らないようだ。
長く広い建物までの通路を歩きながら、フーマとゼセラは周りを見回す。聞きたいことは沢山ありそうだ。
「フィルや。あの辺の空き地は何だ? えらく綺麗に整地されとるが」
フーマが指差した右手側。その先には、四角く広く取られたスペースがあった。草一本生えていない。地面には、美しい茶色のタイルが敷き詰められている。
「ああ、あそこは駐車場っ、じゃなかった。馬車置き場」
「ほお。なるほど」
「一応、救急車みたいなのを作ってるから、それもそこに置くんだけど」
「「きゅうきゅうしゃ?」」
「あ、これも説明が必要か……出来上がったら教える」
「おう……」
そして、次にゼセラが目を向けたのは、その反対側だ。
「あそこは……木を組んで……何があるの?」
「あれは、リハビリトレーニング用も兼ねたアスレチックだ。子どもも遊べるけどな。あそこに一番近い建物は、リハビリ用の施設で、そこで整体とかもできればと思ってる」
子ども達も遊べるアスレチック施設だ。教会の孤児達が遊べる場所が欲しいとずっと考えていたフィルズは、それをここに作った。
冒険者という職業があることで分かるように、この世界の者達は、身体能力が高い。だから、アスレチックをリハビリ施設として使うことも可能だと考えたのだ。
「アスレチックの方は、今日の昼にでも開放するつもり。作ってる時から、子どもらに試させてたんだけど……ここ数日、完成したのが分かったのか、早く遊ばせろって煩くてさ……ほら、あそこ、へばりついてるんだ」
「「……」」
フィルズが視線を送ったのはアスレチックの向こう。セイルブロードと隣り合う塀の上に、小さな頭が幾つも覗いていた。
「一応、ここを開けたら、あっちと繋がる扉も開放することになってる」
「……ああ、塀のあの色が違うとこ、扉なのか」
「うん。鍵は屋敷で管理してるし、塀を乗り越えて来たりしたら、俺か母さんか、クマに怒られるの分かってるから、ああして我慢してるんだ」
フィルズを怒らせれば、セイルブロードに来られなくなるかもしれないし、クラルスに叱られるのは嫌われそうで嫌だ。フィルズの作った魔導人形であるクマも同様。お陰で子ども達はフィルズ達の前ではとても良い子だ。
これにより、お母さん達が、最近は子どもが言うことを聞かないと『セイルブロードへ入れなくしてもらうよ!』とかフィルズやクラルス、クマに『嫌われるわよ!』と言っているようだ。
中には、『ウサギさんが来るよ』と脅す者もいるらしい。ウサギ型の魔導人形である隠密ウサギの報復の怖さは、冒険者の中でも有名だった。そんな背景もあり、子ども達は恨めしげに塀の上からひょこひょこと頭を出して、アスレチックを見つめるだけになっていた。
フィルズにすれば慣れたものだが、フーマとゼセラには耐えられなかったようだ。
「早く開けてやれ……」
「開けてあげてちょうだい……」
「……分かった……」
溜め息を吐きながらフィルズが門を開けた途端、集まっていた子ども全員が一気に雪崩れ込んで来た。あまりの子どもの人数に、さすがのフィルズも驚く。
「……え……どっからこんなに……」
なんと軽く百人は居た。二歳頃から十歳くらいまで、年齢も様々だ。孤児院の子ども達も居るので、この辺りの子ども達は全員来ているかもしれない。
「広く作っといて良かった……」
二、三歳の子どもでも遊べるよう、小さく安全な物も作ってある。滑り台や、ぶらんこ、シーソーに、雲梯、鉄棒といった、公園に一般的にある遊具も用意していた。大人用として作られている物とは色を変えているため、自然と子ども達は自分達に合う遊び場へと流れていく。
《クキュゥ♪》
《あっ、まって~》
ジュエルが子ども達の遊びに交ざりに飛んで行ったことで、シンジュも追いかけて行った。
「なあ……子どもらだけにして大丈夫か?」
「子ども達で下の子を見るでしょうけど……目新しい物ばかりだし……」
フーマとゼセラが心配そうに見つめる。当然、対策はしてあった。用心しておいて正解だったと満足げに一つ頷いたフィルズは、アスレチックの方へと歩き出す。
「だよな。まあ、子どもらも多いから顔合わせには丁度いい。ちょっと待っててくれ」
「ん? ついて行ってはダメか?」
「別にいいけど? あそこの赤い屋根の小屋に行くだけだ」
「ほお。物置きか? 少し大きいが」
アスレチックのある場所の更に奥。商会の敷地の塀にへばりつくようにして作られている小屋がある。赤い屋根で、上から見れば真四角なのが分かるだろう。壁は白だ。
フィルズが歩いて来ると、顔見知りの子ども達が、何だ、何だと集まって来る。
「フィル兄ちゃんっ。どこ行くの?」
「フィル兄っ、ここおもしろいね!」
「あそこいくの? ぼくもいくっ」
「わたしもっ」
フィルズがダメと言えばきちんと聞ける子達だ。なので、確認は欠かさない。
「いいぞ。みんなにここの管理者を紹介する。危ないことがあったり、助けて欲しいことや困ったことがあったら呼ぶんだぞ」
「「「「「は~い!」」」」」
揃って良いお返事だ。クマの影響か、返事をする時に片手を上げるようになってしまったが、それはそれで良いことにする。
「ねえねえ、フィル兄ちゃん。このおじいちゃんとおばあちゃんは、兄ちゃんの?」
子どもの一人が、後をついて来るフーマとゼセラを気にして尋ねて来た。
「ここの大先生達だ。頭が痛いなあとか、お腹が痛いなって時に診てもらえるぞ。よく効くお薬も出してくれる。男の方がフーマ大先生。女の方が薬を作ってくれるゼセラ大先生な」
先生と呼ばれる者は多いので、一番上ということで、大先生と呼ばせることにする。
「ほら、挨拶」
「「「「「こんにちは! よろしくおねがいします!」」」」」
「っ、おお。元気だなあ。よろしく」
「ふふっ。可愛らしいわあ。お薬も、苦くないのを用意しますからね。よろしく」
この辺りの子ども達は、本当に言うことをよく聞く。フーマとゼセラも、思わず更に頬を緩ませていた。そんな話をしている間に小屋に辿り着く。
鍵は生体認証。フィルズとこの小屋を管理するクマの一体と、屋敷を管理するクマのホワイト、ゴルドにしか反応しない。
タッチするパネルは少し低い場所にある。今のフィルズの腰の辺りで、クマ達がタッチできる高さで作ってある。壊れないように、パネルには特別に強化する魔法陣が仕込まれているので安心だ。
そこにタッチすると、茶色の扉が自動で開いた。その中に、フィルズは声を掛ける。それは、この施設を起動するための合言葉のようなものだ。
「【管理者起動】」
これに応えるように、中に淡い灯りがつく。それを確認し、フィルズは続けた。
「【管理者No.15アトラ】」
その呼びかけを合図に、ポテポテポテポテっというクマの足音が奥から向かって来た。
《はぁぁぁぁい‼》
走って来て、ヒョイっと大きなジャンプを決め、更に着地地点でポーズを決める。それは赤茶色の毛色をしたクマだ。ベストも臙脂色にしてあり、黒で縁取りがされていた。
《アトラさんじょう‼》
シャキンっと斜めに右手を上げ、左手をその前に。足も右を伸ばし、左足を曲げてバランスを取る。戦隊モノの右側に居そうな構えだ。表情はほとんど変えられないはずなのに、とっても得意げに見えた。
「……おう……アトラ、今日から頼む。補助のトラ達を起こしてくれ。子どもらに紹介したい」
《りょうかいであります!》
次にとったポーズは敬礼だ。ここでフィルズは気付いた。
「……やっぱ、眠い時は寝るべきだったな……」
このアトラの動きは、フィルズが完全な深夜テンションで作り上げ、プログラムした影響だ。子ども達に親しみを持ってもらえるものをと考えていたこともあり、戦隊モノも頭にあった。
因みに、このアトラは首に赤いスカーフが巻かれている。『こいつはレッドだ!』と言いながら作業した記憶が微かにあった。ちょっとこれは恥ずかしいなと頭を抱えるフィルズだったが、子ども達にはウケたようだ。
「こう?」
「こうじゃない?」
「こんなかんじだった!」
「かっこいいよなっ」
ポーズの練習をし出していた。
「……まあいいか……」
これはこれで良かったということにする。
《おまたせしましたあ!》
奥に向かって行ったアトラが戻って来る。
その後ろに居るモノを見て、子ども達が息を呑んだ。
「「「「「っ……」」」」」
それでも逃げたり、倒れたりしないのは、フィルズが危ないものを用意するとは思えないからだ。それに、怯えるよりも好奇心の方が勝ったのだろう。
「フィル兄、あれ……なに?」
「白虎だ。カッコいいだろ。俺が作った。クマ達と一緒だ。動作を重視したから、あんま喋らんけどな」
それは、三体の大きな白いトラ。体にはトラらしく黒いシマがあり、子どもどころか、大人をも乗せて歩ける大きさだ。ネコ科らしい動きも細部まできっちり再現した力作の魔導人形だった。
毛皮に使ったのは、凶暴だと有名な魔獣のもの。その魔獣は巨大な猿で、どうやらゴリラのような姿らしい。この辺には生息していない。本来は薄茶色でシマ模様もないのだが、手触りも良く、貴重なものということもあり、何とかトラの皮に見えるようにかなり手間をかけた。
これは、大聖女レナからの商会設立祝いのプレゼントだったのだ。敷物として使えばお金を持っている証にもなるほど、貴族の中でも持っている者はごく僅からしい。傷まないように強化し、毛も綺麗に漂白したことで真っ白になったのは嬉しい誤算だ。
ここで普通は手を止めるが、フィルズはそこを、黒のシマ模様で染めた。もうトラ柄にするしかないと決め込んでしまっていたからだ。
もちろん、綺麗に保つため、どれだけ汚れても汚れが落ちるよう、賢者の資料から見つけた【清浄化】の魔法陣も仕掛けてある。これは、他の魔導人形達にも施しているため、クマやウサギもいつまでも汚れ知らずだ。ついでに雨も弾いてくれる。
「首輪の色は一匹ずつ変えてあるが……名前をまだ考えていなくてな。お前らで付けるか?」
白虎と呼んでいるが、それは総称だ。個体名はまだ付けていなかったので、子ども達に振ってみる。
「えっ、いいの?」
「わたしたちでつけるの?」
キラキラした目がフィルズを見上げていた。
「ああ。そうだな……この後、遊びたいだろうし……三日やる。家で考えて来て、アトラに言ってくれ。思い付いたのを一人三つな。そんで、三日後にみんなで投票して決めよう」
「「「「「わぁいっ!」」」」」
投票というのがよく分からないながらも、名前を自分達で付けられると聞いて、とても嬉しそうだった。
「そんじゃあ、アトラ、後を頼むぞ」
《あい!》
《クワゥル》
「「「「「ないた!」」」」」
初めて聞く鳴き声にわっと沸いた子ども達は、怖がらずに白虎に突進して行った。その中にジュエルも居たが、シンジュがついているし大丈夫かと、そのままにするフィルズだ。
アトラと白虎達に子ども達を任せ、フィルズはフーマとゼセラを連れて住居スペースへと向かった。
「はあ……近付くと、マジで立派だなあ」
「立派ですねえ……」
「本当に俺ら、ここに住んでいいのか?」
フーマが少し申し訳なさそうにフィルズを見た。彼らはフィルズの要請もあったとはいえ、押し掛けて来たようなもの。わざわざ家を用意してくれるとは考えていなかったようだ。
「私達、まともな家に住むのも久し振りなんですよ? 今までは、賢者の隠れ家を転々として来ましたから」
「大半が地下だったしな」
「そうでしたわね……」
「いや、なんてとこに住んでんだよ……」
眷属神に降ったとはいえ、神が地下に住むなど申し訳ない気がして来る。しかも賢者の隠れ家なのだ。人も寄り付かない辺境だった場合もあるだろう。禁足地となっていた以前のジュエルの住処が良い例だ。
「それに、こんな大きな家の管理なんて……」
ゼセラが不安に思うのも無理はない。だが、ここにも管理者が居る。
「それは問題ない。掃除も食事の用意も、洗濯もクマがやるよ」
そこで扉が開く。出迎えてくれたのは、オレンジ色の毛並みのクマ。ジャケットはフォーマルな女性用の物で、色は淡いクリーム色だった。
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