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1巻
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しおりを挟むプロローグ
バシンッという音とともに激しい衝撃を顔面に受けて、視界がぶれる。気がついた時には床に転がっていた。目の前で星が瞬いて頭がくらくらするし、耳鳴りもする。
左の頬が酷く熱くて痺れているけれど、一体何が起きたのか俄には理解できなかった。口の中に広がった鉄のような味に、ああ、殴られたのだとようやく状況を呑み込む。
「魔力なしの役立たずのお前など、その容姿くらいしか取り柄がないのだから、もったいぶらずにいくらでも抱かれてやればよかったのだ! それを……それを……!」
酷い言い様だな。到底実の息子に言うような言葉じゃない。
怒りのあまり言葉が続かない様子の父の姿を、冷めた目で見やる。
顔を真っ赤にして、今にも憤死しそうだ。そうなったらなかなかに面白いだろうけど。
どうして、親子でこんな修羅場じみたことになっているのかというと、事は一昨日の夜に遡る。
だが、その前に少しだけ俺と『僕』の話をしよう。
『僕』はオルドリッジ伯爵家の次男、サフィラス・ペルフェクティオとして十四年前に生を受けた。『僕』の先祖である初代ペルフェクティオは、国を襲った魔獣の大群を魔法で退けた功績を讃えられ、ソルモンターナ王国国王よりオルドリッジ伯爵位を賜ったそうだ。
以来、ペルフェクティオ家は優秀な魔法使いとして王国に仕えている。
ソルモンターナ王国は、いくつもの争いを経て大陸で最も大きくなった国だ。そんな豊かで広大な大国に仕える魔法使いである父の矜持は、大陸最高峰のスコプルス山よりも高かった。
魔法伯爵家とも呼ばれる我が家に生まれた子供たちは、その歴史から常に魔法使いの才能を求められているのだが、悲しいかな『僕』は五歳の時に受けた魔力鑑定で魔力なしの烙印を押された。
どの国の出身であろうとも、貴族のほとんどは皆魔力を持っている。それを確認するため、貴族の子女は五歳になるともれなく神殿で魔力鑑定を受けるのだ。
鑑定用の特別な水晶は、魔力がある者が触れると、その魔力に反応して光る。魔力が強ければ強いほど、強い光を放つ仕組みだ。
『僕』が五歳の誕生日を迎えた時、二歳年上の兄は既に優秀な魔法使いとしての頭角を現していて、『僕』と弟も当然期待されていた。
そんな期待の中、『僕』は父と母に連れられて、この世界を創った唯一神である運命の女神フォルティーナを祀っている神殿を訪った。
ペルフェクティオの人間ならば、水晶は光って当然。だから、この魔力鑑定はあくまでも形式的なもの。
父も母も、当然水晶は光るものだと思っていたし、『僕』もそう思っていた。
ところが『僕』がいくら触れても、水晶が光ることは終ぞなかった。神官が『僕』には魔力がないと宣告した時の父の怒鳴り声と、母の悲鳴は今も耳に残っている。
その日を境に、魔法伯爵家次男としての『僕』の立場はすっかり失われてしまった。
それまでは貴族の子息として、それなりに大切にされていた。なのに、魔力がないとわかった途端、庭の隅に建てられた物置のような離れにたった一人放り込まれ、そこから出ることを禁じられた。
「この恥曝しがぼくの弟だと思うと、非常に不愉快だ」
兄が蔑んだ視線を向けて『僕』に言い放った。弟を抱いた母は『僕』を見ようともしなかった。
魔力がない――ただそれだけで、『僕』は彼らにとって家族ではなくなったのだ。
一日一回の食事を運んでくる使用人が最低限の世話だけは焼いてくれたが、用が済むとさっさと離れを出ていってしまう。誰もが『僕』と関わることを避けた。
押し込められた離れには古い本が山のように放置されていて、その様子が自分の境遇と重なった。
忘れ去られた本の山を哀れに思った幼い『僕』は、読書に没頭した。読めない文字があれば自分で調べて、どんな本でもとにかく読んだ。
本を読んでいる時だけは、空腹もたった一人の寂しさも忘れていられた。
そんなある日のことだ。母方の従兄弟であるケイシー・モルガンが離れにやってきた。ケイシーはいつも偉そうで、何かといえば僕が僕がと前に出ようとするので少し苦手だった。
その彼が窓から顔を覗かせて、どうして一人で離れにいるのかと聞いてきたので、『僕』は馬鹿正直に、自分には魔力がなく、そのことに父親が怒っているからだと答えてしまった。
それほど仲良くない従兄弟だったけれど、色々と聞かれたことに『僕』は素直に答えた。あまりにも寂しくて、誰でもいいから話をしたかったんだ。だけど、それがいけなかった。
その日の夜、父が突然離れにやってきた。
もしかして、ケイシーが『僕』を離れから出してあげてほしいと父に言ってくれたのではと期待したけれど、そんな希望は一瞬にして打ち砕かれることとなる。
離れにやってきた父は、無表情で『僕』の髪を掴んで思い切り投げ飛ばした。壁に叩きつけられ、そのまま床に転がった『僕』は、痛みと困惑に震える声で父を呼んだ。
存在しないものとして扱われてはいたが、今まで父から暴力を振るわれたことはなかった。
ところが、父は冷ややかに『僕』を見下ろし、お前など息子ではないと言い放つと、今度は手にしていた乗馬鞭を容赦なく振り下ろしたのだ。
焼けるような激しい痛みに『僕』は悲鳴を上げる。鞭は幾度も幾度も振り下ろされ、許してくれと泣いても父の手は止まらなかった。
「我が家の恥をペラペラと話しおって! 本当に忌々しい! 生まれた時に魔力なしとわかっていれば、さっさと処分できたものを……!」
父は『僕』に魔力がないことを一族に隠していたらしい。なのに『僕』がケイシーに話してしまったため、魔力なしの息子がいることが世間に知られてしまった。そのことに父は激怒したのだ。
いくら許しを請うても、父の怒りは収まらなかった。打ち下ろされる鞭と罵詈雑言。残念ながら、この離れに父を止める者は誰もいない。
『僕』は小さな体を丸め、父の怒りをただひたすらに受け止めるしかなかった。
声も嗄れ果て、痛みに意識が朦朧とし始めた頃、ようやく父は手を止めた。憤懣遣る方無いとばかりに、握っていた鞭を『僕』に投げつける。
「お前など生きている価値もない」
そう言い捨てた父は、動けなくなった『僕』を一瞥もせずに離れから出ていった。
鞭で打たれた痛みと熱に苛まれた『僕』は、そのあと数日間苦しんだ。使用人も食事を置いてゆくだけで、倒れて呻いている『僕』を見て見ぬふりをする。
父に生きている価値がないとまで言われた『僕』は、このまま死ぬのかなと思ったけれど、結局生き延びてしまった。『僕』が死ななくて、父はさぞがっかりしたことだろう。
気がつけば離れに追いやられてから、七年の月日が流れていた。
自分はこのまま離れで一人死んでゆくんだろうか。そんなことをぼんやりと考え始めた頃だ。
あの鞭打ち以来、数年ぶりに顔を見る父が離れにやってくると、『僕』に婚約が決まったと告げた。
幸か不幸か、ペルフェクティオの家系は美形揃いで、顔だけを見たら『僕』は間違いなくペルフェクティオの血統だ。自慢じゃないが、その中でも『僕』は群を抜いて美しかった。
我が容姿ながら、神秘的な黒髪に、角度によって色の濃さを変える不思議な青い瞳。その上に白い肌と淡紅の唇の、有り体に言えば深窓の美少年なのだ。
傾国の……と言っても、過言ではないかもしれない。
ただ、ほぼ放置の監禁状態かつ、ろくに食事も与えられなかったせいで、せっかくの美貌も精彩を欠いた貧相な体になってしまったけれど。
与えられなかったのは食事だけじゃなく、家族からの愛情もだ。ほぼ誰とも会話をせずに育ったおかげで、『僕』は感情の起伏が乏しい、人形のような少年になってしまった。
感情をどこかに放り出しておかなければ、こんな環境下ではとてもじゃないが生きていけなかったのだ。
思い返すと、本当に可哀想だったな、『僕』。
そんな『僕』の婚約者となったのは、二歳年上のスペンサー侯爵家の次男、ギリアム・アンダーソンだった。
慈悲深き運命の女神フォルティーナは、同性の婚姻を認めている。運命の絆を結ぶ相手は必ずしも異性というわけではない。求め合う者を引き裂くことなかれと女神の教えにはある。
ただし貴族の場合、その運命が繋ぐ絆の先が相愛の相手とは限らない。むしろ、家の都合で結ばされる政略上の縁がほとんどだ。親が勝手に決めてきた『僕』の婚約は、間違いなく後者である。
このギリアムという男は、スペンサー侯爵が家格の低い貴族令嬢に手を出してできた子供だった。
一応は認知をされて侯爵家に入ったものの素行が悪く、侯爵家子息としては全くあり得ないような振る舞いばかりをする。当然のことながら、継母となった侯爵夫人からは蛇蝎のように嫌われていた。
そんな次男にまともな縁談が来るとは思っていない侯爵は、子供のできない男の伴侶を探していたらしい。それを聞きつけた父は、見目だけは良い『僕』を売ることで、格上の侯爵家との縁を結ぶことにしたのだ。
そうとは知らない『僕』は、いつかこの家から出られる日が来るのかと、まだ見ぬ婚約者に縋るような希望を持った。
しかし、淡い期待を抱いて顔を合わせた婚約者のギリアムは、横柄かつ傲慢な態度で魔力なしの『僕』を馬鹿にしては、散々虐げた。
自分より弱い者を無理矢理従わせることで優越感に浸る、くだらない男なのだ。婚約者として我が家の離れを訪れる度に、魔力なしの役立たずを娶ってやるのだから感謝しろと言っては『僕』を甚振る。
ひっそりと抱いた希望も粉々に打ち砕かれ、何もかもを諦めてしまった『僕』は、どんなに酷いことをされてもギリアムに逆らうことはなかった。
魔力なしで生まれてしまった『僕』は、自分はなんの価値もない人間だと思い込んでいたからだ。
そんな日々を耐え忍ぶこと、さらに二年。
『僕』が王立クレアーレ高等学院に入学して間もなく、冒頭の修羅場のきっかけとなる事件は起きた。
何をされても黙ってじっと耐えていた『僕』に、ギリアムはあの日とんでもないことをしようとした。強引に寮の部屋に連れ込んで、手篭めにしようとしたのだ。
ギリアムに情なんかない『僕』は、ついに抵抗の意思を見せた。いくら婚約者とはいえ、正式に誓いを立てるまではこの体を許すつもりはない。もちろん最終的には籍を入れざるを得ないとしても、白い結婚を通したかった。
それが、全てを諦めていた『僕』の最後の砦だったのだ。
だというのに、悍ましい欲望を抱いたギリアムは、まだ十四になったばかりの『僕』の純潔を奪おうとした。学院にいる間の、都合のいい欲望の捌け口にするつもりだったのだろう。
愛はなくとも婚約者だ。誰かに見咎められても、大きな問題にはならないとでも思ったのかもしれない。
寝台に押し倒され、上に乗り上がったギリアムに体中を弄られた『僕』は、その悍ましさから逃れようと決死の覚悟で二階の窓から飛び降りた。
学院生が二階から落下したのだ。当然大騒ぎになったらしい。
らしいというのは、『僕』は落下の衝撃で意識を失い、丸一日眠っていたからだ。
眠っている間、『僕』の中では人格がガラリと変わってしまうという大変な事態が起きていた。
☆ ☆ ☆
真っ白く明るい空間。
天も地もない。寒くもなければ暑くもない。
――フォルティス、聞こえていますか?――
頭の中で声が響く。優しく柔らかでいて、けれど絶対的。女性ということだけはわかる。
一体誰だ?
――わたくしはフォルティーナ。貴方に魔法の祝福を与えたものです――
え? 誰だって? フォルティーナ? 俺に祝福?
目の前にはぼんやりと光っている女性のシルエットがある。まさか、運命の女神フォルティーナ?
それとも、これは夢か?
――せっかく魔法という祝福を与えて地上に降ろしたというのに、自ら命を落とすようなことをしでかすなんて……貴方という人は本当に仕方のない――
一体なんの話だ? 自ら命を落としたって?
俺――フォルティスは、救国の冒険者パーティ「風見鶏」(仲間には頗る評判が良くないパーティ名だが、俺は悪くないと思っている)に所属する魔法使いだ。
俺たちは厄災の黒炎竜インサニアメトゥスを討伐し、冒険者ギルドと王国からいただいた莫大な報奨金を使って馴染みの酒場で祝杯をあげていたはずだ。
勝利の美酒を味わい、肉をたらふく食って、踊り歌って盛り上がっている最中で……
でも、なんか変だな? 何だろう、この違和感。俺はなんでこんな不思議なところにいるんだろう? 酔って夢でも見ているのか?
――……酔った貴方は、走っている馬車に自ら飛び込んで命を落としました――
聞こえてくる声に、呆れの色が混じる。
命を落とした? そんな馬鹿な。
一拍おいて、一気に記憶が流れ込む。
……ああ、そうだ。思い出した。泥酔していた俺は、ちょっと頭が緩くなっていた。
延々と乾杯の声を上げて、遂にはエールのジョッキを掲げながら外に飛び出したんだ。
それから何をとち狂ったのか、俺は自ら馬車に突進していった。
馬に弾き飛ばされて宙を舞う俺の最後の視界に映っていたのは、ぽかんと口を開けて驚愕している仲間たちの姿。
そうか、あの時俺は死んだのか。さすがの俺も、無防備に馬に撥ねられても生きていられるような鋼の肉体は持っていなかったようだ。
世界を滅ぼすとまで言われた厄災の黒炎竜インサニアメトゥスを倒し、最強の魔法使いと謳われたこの俺が、酔っ払って馬車に弾き飛ばされてあっけなく死ぬなんて。
というか、冷静に考えて恥ずかしい。走ってきた馬車馬に抱きつこうとしたなんて、いくらなんでもどうかしている。
いやぁ、御者もさぞ驚いたことだろう。完全なる俺のせいで起きた事故だから、あの御者が責任を感じていなければいいけど。
あいつらもいい加減呆れたに違いない。天下に名を轟かす大魔法使いが、まさかそんな死に方をするなんて、誰も想像できなかった最期だろう。……なんて間抜けな。
それにしても何を思って走っている馬に抱きつこうとしたのか、我がことながら理解ができない。思わず苦笑いが浮かぶ。
……結構楽しかった俺の人生は、案外呆気なく幕を閉じてしまったのだな。仲間のことは心配だけれど、あいつらのことだ。俺がいなくても上手くやってゆくだろうさ。
だとしたら、ここは一体どこなんだ? 全く何もない空間だけど。
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え? 機会?
――そうです。もう一度地上に降りて、わたくしをもっと楽しませてごらんなさいな。わたくしフォルティーナの名の下に、強運の祝福も与えましょう。いいですか、今度はすぐに戻ってくることのないように――
え? ちょ、ちょっと待ってくれ……! いきなりそんなことを言われても……!
☆ ☆ ☆
「くっそ、いってぇ……」
後頭部の鈍痛に思わず呻く。
「ペルフェクティオ君、気がついたかね? 頭を強く打っているから、無理に起き上がらない方がいい」
やけに薬草の匂いがする。ここはどこだ? 頭を打っているってどういうこと? それにペルフェクティオって? 俺はそんな名前じゃない。シニストラだ。フォルティス・シニストラ。
ううん、違う。それは厄災の黒炎竜を倒した偉大な大魔法使いの名前。『僕』は魔力なしのサフィラス・ペルフェクティオだよ……
はぁ? 『僕』!? いや、待て、俺は『僕』なんて柄じゃないだろ!
……なんだ、これ? おかしい。俺がおかしい。どうなってる?
「私のことがわかるかい? ここは救護室だよ。私は学院医のリスターだ。二階から飛び降りるだなんて、なぜそんな無茶をしたんだね? たまたま下を通りかかった学院生が君を受け止めてくれたからよかったものの、そうでなければその程度の怪我では済まなかったよ」
二階から飛び降りた? そんなことをした覚えはないけど。それに、落下する成人男性を受け止めたって、どんな屈強な人物だ。俺は魔法使いとはいえ、それなりに体も鍛えていたんだが。逆にそいつは無事だったのか?
あぁ、その親切な奴の安否も気になるが、それよりこの頭の中の違和感はなんなんだ? 別の俺が頭の中にいるみたいだ。
目眩で揺れる視界を塞ごうと手を上げた俺は、ギョッとした。
なんだよ、この頼りない手は。腕だって細くて今にも折れそうじゃないか。
己の体の変化に動揺していれば、ふっとさっきまで見ていた夢が脳裏を過る。
「あ……もしかして」
ああ、なるほど! そういうことか!
これがフォルティーナの言っていた、俺に与えられた「機会」か!
フォルティスとして一回死んだ俺は、もうとっくにサフィラスとしての新しい人生を歩んでいたらしい。
『僕』が落下して頭を強く打った衝撃で、前世の記憶が蘇ったんだ。十四年間培ってきたサフィラスの人格は、前世であるフォルティスにだいぶ食われてしまったようだが。
なにせ、フォルティスだった俺の享年は二十五歳。人生経験豊富な成人の人格が出てきてしまったのだから、それも仕方がないのだろう。ただ、『僕』の存在が薄い理由はそればかりではなさそうだ。
どうせなら、もっと早く前世を思い出すことができればよかったな。
これまでのサフィラスの境遇は、可哀想の一言に尽きた。魔力なしの烙印を押され、不遇の人生を歩んでいる真っ最中なんだから、そりゃぁ消えたくもなるだろう。
このソルモンターナ王国の貴族子女は、十四歳になったら王都にある王立クレアーレ高等学院に入学しなければならない。なんでもそれが貴族のしきたりだそうだ。離れに閉じ込められていたサフィラスも、このしきたりのおかげで外に出ることができた。
学院で学ぶのは主に魔法だが、算術や外国語、歴史文化についても学習する。希望すれば剣術だって学べるときた。貴族の中にはもともとは平民で、何らかの功績をもって爵位を賜った家もあるので、数として多くはないが魔力なしの子も当然いる。
そう、貴族だからと言って、魔法が全てではない。サフィラスが魔法を使えなかったとしても、他の才能を伸ばす教育をいくらでもできたはずなのに、両親はそれをしなかった。
俺が不義の子供ではなく、確かにペルフェクティオの血が流れているのだとしたら、どこかでまた魔力なしの子供が生まれる可能性は大いにある。兄や弟の子供が魔力なしってこともありうるのだ。
そんな子供が生まれたら、また俺と同じように家族から弾き出すんだろうか。
魔力と金はいつまでもあるもんじゃないぞ。当たり前のものだと思ってほしくない。
……ところが、なのである。俺は魔力なしの魔法が使えない落ちこぼれではない。
こうしている今だって、自分の中に十分な魔力を感じるので、前世と同じように魔法を使えることは間違いない。だから、魔力なしと判じられたことに全く納得がいかないのだ。
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両親もそんな俺を特別に扱うことはなかったし。せいぜい、へぇ、そんなことができるんだ、そりゃ便利だね、ってそれだけだ。驚いたり、恐れたりもしなかった。
なんともおおらかというか、大抵のことでは動じない懐の深い両親だったな。今世の両親とは大違いだ。
前世はともあれ、俺の魔力ではあの水晶は光らなかったことは確かだ。
この魔力は女神から与えられた祝福のようだから、きっと根本的に力の種類が違うのだろう。百歩譲って、水晶が光らないのは仕方がない。
しかし、かつての大魔法使いが魔力なし呼ばわりされるのは俺の矜持が許さない。
魔力鑑定の時に俺の人格が目覚めていれば、魔法で水晶を太陽のように光らせて大爆発させてやることもできたんだけど。
魔法は魔力があって初めて使えるものだ。国が後ろ盾となる権威ある神殿から魔力がないと言われてしまえば、魔法は使えないものだと『僕』自身も周囲もそう思う。
それでも、まともな家に生まれたのなら、魔力なしのサフィラスだって幸せに暮らしていただろうに。ろくでもない家族を持ってしまったばかりに、サフィラスは可哀想な人生を強いられてきた。
けれど、俺が目覚めたことでサフィラスの『運命』は大きく変わった。
きっとこれが、運命を司る女神フォルティーナが俺に与えてくれた強運の祝福なのだろう。
自分で言ってしまうが、俺は実に規格外な魔法使いだ。
はっきり言って、俺の魔力は湯水のごとく湧いてくる。まさに底なしで、いくら魔法を使っても魔力切れになんかならない。しかも、魔法を使うのに必要とされる詠唱がいらない。
詠唱? 何それ? 面白いの? と言った具合だ。
どんな魔法も自由自在。我がことながら規格外が規格外すぎて、前世は人生面白すぎた。
なんと驚くべき女神の祝福だ。その上に、今世では強運の祝福も与えられた。
もう何も怖いものはない。これからは存分に女神を楽しませてやるよ!
今日までのサフィラス、今まで呑気に眠っていて本当に悪かった。
本来は一族の中で最も尊ばれて、楽しい毎日を送っていただろうに。
なんならクソお堅い家風だって、ぶち壊してやれたかもしれない。従兄弟のケイシーだって鼻先で笑ってやったし、ギリアムなんかと婚約させなかった。
ちょっと遅くなってしまったけれど、前世を思い出してほんとよかったよ。まだまだ若いんだ、これからいくらでも人生を巻き返せる。
今までは肩身が狭く、息を殺して人形のように生きてきた十四歳の『僕』。
でも大魔法使いだった俺は、結構なお調子者だった。
楽しくて面白そうなことには必ず首を突っ込むし、やりたいことは思う存分やって、やりたくないことはのらりくらりと躱す。厳格なペルフェクティオの家風にはそぐわないが、これが俺だ。
こうやってかつての記憶が戻ってくれば、これまで俺を蔑ろにしていた家族と上手くやっていけるわけがない。そもそも、今までだって上手くやってはいなかったけれど。
人にはそれぞれ得手不得手はあるだろうし、一人で生きているわけじゃない。ましてや家族なら尚更、支え合うものじゃないか? 魔力の有る無しだけで人の価値を決めつけ、我が子を虐げるなんて、人として終わっている。
冒険者だった前世では、そんな考えの奴はだいたい仲間から敬遠されていた。家族もある意味ではパーティだ。パーティを組むなら、信頼、尊重、尊敬ができる相手じゃないとね。
だけど、とてもじゃないが今世の俺の家族にそんな感情は抱けない。
十四年間育ててもらった恩が一応はあったとしても、愛された記憶が全くないから、家族に対する情は微塵もない。
本来であれば一番愛情を注いでくれる存在であるはずの母親でさえ、俺のことはいないものとして扱った。能無しの子供を産んだ責任を押し付けられてはかなわないとでも思ったんだろうな。彼女は伯爵と婚姻を結ぶにあたって、母性や慈悲の心を川にでも投げ捨ててきたらしい。
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(本当は魔力はあるけど)努力でどうにもならないことを責め立てられ、サフィラスがどれほど苦しかったか。
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これまでの可哀想なサフィラスよ、さようなら。これからは我慢も自重もしない!
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