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第四話 盆入り 新盆

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 夏も真っ盛りになり、玄関フロアから一歩外に出ると、公園で鳴く蝉の声がワンワンとうるさく聞こえてくる。
 正社員になって岬も葬儀社の仕事が身につき始めた。毎日着るフォーマルにも慣れてきた。
 このあいだから毎日立て続けに通夜、葬儀とスケジュールが入っていて、休む暇もないほどだ。
 朝からご遺族の方へのケアや参列者のもてなしにてんやわんやに動き回り、水を飲むことも出来ない。そのせいか、朝から少し頭痛がしていた。
 フロアは冷房が効いて涼しいけれど、半日は過ごすスタッフルームや調理室などに冷房は行き届かない。むしろ暑い。
 通夜が終わる頃に仕出し屋の藤井屋が来て、ご遺族分の仕出しを調理室に運んできた。
「ちはー。藤井屋でーす」
 元気のいい藤井屋のお兄さんが、連日のようにやってきて仕出しを置いていく。
 岬は親しくなった藤井屋のお兄さんにねぎらいの麦茶を出した。
「お疲れ様です。いつもありがとうございます。一息入れてください」
 場所は調理室だけど、パイプ椅子くらいは用意できる。
 藤井屋のお兄さんが椅子に座り、
「お言葉に甘えていただきます!」
 といって、おいしそうに麦茶を一気飲みした。
「はー、生き返ったぁ」
 お兄さんが心からそう言っているのを見て、岬は微笑んだ。
「鳥囲さんも一休みしたらいいのに」
 笑顔で言われて、岬は他のみんなが忙しく立ち働いているのを思い返して首を振った。
「いえ、忙しいので。休み時間が来たらちゃんと休みます」
「今日は入り盆でいつも以上に忙しいですから、休めるときに休まないとぶっ倒れますよ」
 入り盆で忙しくなるとはどういうことだろう、と不思議に思いながら、仕出し屋が帰るのを見送った。
 岬が勤めているメモリアル田貫は葬儀社だ。一見普通の葬儀社に見えるが、社長している田貫や導師の賴豪、そのほかこの葬儀社を訪れるものみんな、なんだか普通じゃない。
 だから、岬はこの藤井屋のお兄さんも多分何かしら秘密があるんだろうと睨んでいる。けれど、いつも御斎を作ってくれる、仕出し屋の坂本夜見が最近全然顔を見せないことのほうが心配だ。
 一休み取れそうなので、事務所に行くと、蒸し風呂のような裏からに比べて生き返るくらいに涼しい。
 事務所では、いつもながら田貫がお使いから戻った三毛太と一緒に餡団子を食べている。
 もちろん、餡はこしあんだ。
「岬くんも食べるのだ。盂蘭盆《うらぼん》の時期はこしあん団子を食うのだ」
 そう言って田貫が団子を皿に載せて差し出した。今は食欲がなくて、頭はズキズキするし、気分が悪い。
「いえ、私は遠慮します」
「そうなのかぁ」
 残念と言いそうな様子で、皿を引っ込めた。
「そういえば、このあいだから仕出し屋さんが藤井屋さんばっかりなのは、何でですか? 何で最近夜見さんは顔を見せないんですか?」
 田貫が団子を二個一気に口に入れた。
「夜見さんはこの時期はすごく忙しいのだ。特に七月から八月の新旧の盆は、こっちに顔を出せるだけの余裕なんてないのだ」
「お盆が関係あるんですか?」
「うちも同じ状態なのだ。今のところ、夜見さんに助けてもらうような葬儀がないからいいのだけど」
 確かに夜会で面倒な葬儀はない。たいていが大往生だったり、熱中症などいろいろな理由で
急死されたご老体がほとんどで、この世に未練を残して亡くなった方がいないのは奇跡だ。
「未練があっても、お迎えが来てたらこの世にとどまってられないのだ」
 まるで自分の気持ちを見透かすように、田貫が言った。
 岬は自分で麦茶を用意して、飲もうと椅子に腰掛けた。麦茶を飲むけれど、頭痛と吐き気がしてきて、気持ち悪くて仕方ない。
 横になりたいなと思う気持ちと、まだ仕事が残っているという気持ちが高まったとき、思わず椅子からずり落ちてうずくまってしまった。
「ううう、気持ち悪い……」
「どうしたのだ」
 田貫が慌てたように駆け寄り、三毛太のほうは急いで社員を呼びに行った。

 気がつくと、岬は見覚えのある場所に立っていた。数ヶ月前に迷い込んだというか、気絶している間に見た夢の風景だ。
 空は暗く、どんよりとした雲に覆われて、雲が重たく垂れ込めている。
 目の前に続く荒廃した風景は転がっている石や岩しかなく、灰色で寂しいばかりだ。
 薄暗いなか、自分の体が輝いてるのに気付いた。手を見ると金色の光を放っている。体が光るというよりか、光を放っているといったほうが合っているかもしれない。
 ざっざっざっという土を踏みしだく音に顔を上げて周囲を見た。
 自分を取り囲むように土気色をした顔色の白装束を着た人間たちが立っていた。
「いつの間に……?」
 さっきまで誰もいないと思っていたのに、音もなくあっという間に囲まれてしまった。
「え? なに」
 うろたえて、後ずさるけれど、退路も塞がれてしまって逃げようがない。
「う、わ……」
 骨張った土色の手がわらわらと自分の向かって伸びてくる。それを見た岬はぞっと寒気がした。この手に捕まってどこかへ連れていかれるのじゃないかと焦りながら考えた。
 これは亡者だと今までの経験から察したけれど、だからといってどうにか出来るわけでもなく、棒立ちになっているしかなかった。
 辺りが薄暮に包まれているなか、自分だけが金色に輝いていることで、亡者が集まってくるのだろう。逃げたいけれど、気付けば体が恐怖で硬直して動かない。
 脂汗が額ににじんでくる。その間にも、手がぎゅっと制服を握りしめて、四方八方から引っ張り出した。服の縫い目がミシミシ言っている。手足も掴まれて力一杯引かれて、今にも倒れそうによろめいた。
「いやっ……だれか!」
 ここには亡者以外いないのは分かりつつ、それでも岬は必死で叫んだ。夜見さん! と本当は叫びたかったけれど、彼がいつでも都合良く駆けつけてくれるとは限らない。
 するといっそう自分が放つ光が強くなって、亡者たちが怯んで手を放した。それを合図に、岬は後ろも振り返らずひたすら前に向かって走った。
 怖い、怖い、どうしてこんなことになったんだ、と言う思いが頭を駆け巡るけれど、立ち止まって自分のいる場所について考える暇なんてない。
 走っても走っても果てしなく続く荒野の先に、何かあるのが分かった。
 そこに行けばなんとかなるかもしれない、となぜか思い込んでそっちに向かって全力疾走した。
 現実世界ではないからか、どんなに走っても息切れもしないですんだのは嬉しかった。もしも現実世界だったらあっという間に追いつかれて、どこかへ連れていかれてしまうかもしれない。
 遠目から何かあると思った場所にたどり着いた岬は、それを見て絶望した。
 川幅が何メートルあるのか分からないほど大きな川があった。
 淀んで底の見えない濁流は白い飛沫を上げながら、勢いよく流れている。
 川と背後の亡者を交互に見る。亡者はすさまじい勢いで迫ってきているし、背後ではごうごうと川が流れている。
 夜見に助けてもらいたかった。あの三本足の鴉でもいい。以前のように間一髪で助けに来てくれないだろうか……。
 もう駄目だと思ったとき、目の前まで迫ってきていた亡者が次々と光球に変化して空へと吸い込まれていった。
 驚いた岬は光球の行く先を見上げて確かめようとした。その視線の先に、ぽつんと黒い点が見える。光球はその黒い点へと集まっていった。
 なんだろうとよく見てみると、黒い点が徐々に大きくなっていき、やがて人の形になった。
 岬はその人影を下から見上げた。人影が靴底がはっきりと見えるところまで降りてきた。
 不意に人影が上体を折り曲げて、岬を見下ろしてきた。
 赤い髪に赤黒い服の男、いつきだった。
「へぇ、こんな場所まで来て、一体どうしたんだ、夜見はどこに行った?」
 人なつこい口調だけど、あざ笑っている雰囲気が漂っている。
 右手を中心に光球が集まって蠢いているのが見える。徐々にいつきが宙から降りてきて地面に足を付けた。
 亡者が海ほたるのように変化して、いつきの周囲に群がり始めて、右手の平の上に凝り固まり、一つの球になった。
 それをいつきが口を開けて吸い込み、喉を鳴らして呑み込んだ。
 岬が警戒して黙っていると、いつきから話しかけてきた。
「どうだい、俺に付いてこないか? 夜見とつるむよりも刺激的で面白いぞ」
「つるむって何。私は夜見さんとつるんでるわけじゃないんだから」
 私は夜見さんの仕事仲間って言うだけなのに、と岬は背の高いいつきを見上げてにらみつけた。
 まさか、こんな場所に来て夜見を探そうとしていたとは思われたくない。もし思われたとしたらなんだか嫌な予感しかしなかった。
「ふーん。だったら、ちょうどいい。おまえの意思なんて本当は関係ないんだから、夜見がいないのなら都合がいいや」
「え?」
 岬に向かって、いつきが左手を差し伸べた。
「おまえは俺にとってすごくおいしい存在なんだよ」
 そう言うと、左手の平から楕円形の白い鳥かごが出した。
「その鳥かごがどうしたのよ」
 ちょっと強がってみた。
 岬の強がりを見て、いつきがあざ笑う。
「自分をよく見てみろよ」
「え?」
 岬は自分の体を見下ろしてみた。フォーマルの黒いスーツじゃなくて、金色に輝く羽毛が見えた。慌てて両腕を見ると、腕が翼に変わっていた。
「ええ?」
 どういうことだ、と困惑していると、
「亡者を導く存在って知ってるか?」
 いつきが突然訊ねてきた。岬は首を振る。
「死の先触れの巫女とか言うのが、この世に何人か存在する」
 それがどうかしたのか、という目つきで岬はいつきを見据えた。
「巫女は定められた地で、彷徨う亡者のみちしるべになる。あの世へ連れていくためにね」
「それが私とどう関係あるの」
「おまえ、自分が鳥に変化してなんとも思わないのか? まさか何も分かってないのかよ?」
 岬をじろじろと見つめ、口をゆがめて笑う。
「まぁ、いいか。おまえを飼い慣らしたら、いくらでも魂が手に入るもんな」
 いつきが右手を振ると、黒い縄のような細いものがシュッと現れて、縄の先に輪っかが出来た。それをまるでカウボーイのようにヒュンヒュンと回し始める。
 ひゅっと縄が岬めがけて投げかけられ、岬は逃げる間もなく縄に囚われてしまった。
「これからは俺のために魂を連れてくるんだ」
 縄の輪っかがどんどん小さくなっていく。それにつれて岬の体も縮んでいった。とうとう白い鳥かごには入れるくらいに小さくなってしまった。
 鳥かごに閉じ込められるのか、と岬は恐怖に目を閉じた。
 そのとき、ざしゅっという鈍い音ともに体が自由になった。何事かと目を開けると、目の前に黒いシャツを着た背中があった。
「夜見さん?」
 岬は驚いて声を上げた。あれほど助けに来てほしいと願った夜見が、目の前に両腕を広げて立っていた。
 右手には先端に銀色の輪っかがたくさん付いた錫杖を持っている。錫杖を地面に突き立てて、じゃらんと鳴らした。
「岬さんを利用して、罪なき亡者を地獄に連れていくのは許しません。呑み込んだ魂を吐き出しなさい」
 いつきがにやりと笑う。
「嫌だね。これは俺のものだ。地獄に連れていく」
 夜見の背後に隠れていた小鳥の姿に変わった岬が、精一杯声を張っていつきを責めた。
「そんなこと、あなたが決めることじゃないでしょ! 地獄に連れていくって、一体どんな罪を犯したのよ!」
 岬を諦めたのか、いつきが左手の上に浮かべた鳥かごを消し去る。
「罪ぃ? 罪とか関係ないね。俺は好きなときに好きなだけ、亡者たちを地獄に落とすために生まれてきただけさ。それにね、本当に清いものが存在するとでも思ってるのか」
「それを決めるのはおまえではない!」
 夜見が錫杖を構えた。
「死に損ないのおまえにだって同じ事が言えるんじゃないのか? あの世との境の番人をしているからって、おまえが清廉潔白とは限らないしなぁ」
「その無駄口を閉じなさい。おまえの腹の中にある魂は、私が解放します」
 出来るものならやってみろというふうに、夜見に向かっていつきが馬鹿にしたような笑みを浮かべ、宙へ駆け上っていった。
 それを夜見が追う。
 岬は不慣れな翼を羽ばたかせて夜見に付いていった。
 いつの間にか、いつきも武器を手にしていた。まるで西遊記に出てくる沙悟浄が持っているような武器だ。先端に弧を描く刃が付いた棒状の武器をさばいて、夜見めがけて繰り出した。
 刃がかすめるほどのギリギリの距離で避けて、夜見はいつきが振るう鏟《さん》の柄と刃の境を錫杖で払う。
 がきんという金属音が響き、力に押され、いつきがよろめいた。
「ちっ」
 いつきが舌を打ち、鏟を大きく振るい、その先端に付いた刃をブーメランのように飛ばした。刃がくるくると回転しながら、夜見の背後に回り、岬めがけて飛んできた。
 岬は驚いて飛び上がる。それを刃が追ってきた。
 逃げ切れないと思ったとき、キンッと鋭い音がして夜見の錫杖の柄に刃が食い込む。
 夜見の攻撃がよそに向いたのを合図にいつきが逃げ出そうと空高く飛び上がった。
 突如、空中から黒い巨大な鴉が現れ、三本の蹴爪でいつきに掴みかかろうとした。
 いつきの体に大きな蹴爪の一本がかすめ、いつきの腹を抉る。赤黒いベストとシャツが裂けて、血の代わりに白い光球が漏れ出た。
 ふわふわと光球が金色の小鳥に向かって漂ってくる。
「ちくしょう」
 腹に収めた魂を失って、いつきが苦々しく呟いた。
 光球に近づきたくても、目の前に夜見が立ちはだかっていてどうすることも出来ないようだ。
「俺から魂を取り戻したからって安心するなよ。俺はどこにでもいるからな……」
 そう言って、赤黒い球になり渦を巻きながら小さくなって消えた。
 岬は安堵に息をついて、夜見の肩に留まった。
「ここはどこなんですか、夜見さん」
 ずっと疑問に思っていたことを訊ねた。
 夜見は背後にある川を眺めてから、階段を降りるように地面に足を着けた。
「ここは三途の川ですよ。あなたは此岸と彼岸の境目にいるのです」
 どういうことだろう、確か自分は事務所の椅子に座っていたはずなのに、と首をかしげる。
「いつきは何で私を付け狙うんですか」
「それはあなたが死の先触れ、亡者の案内人だからです。この世で迷っている亡者をあの世へと導く鳥なのですよ」
「それで……鳥の」
 でも、自分が亡者の案内人だなんて信じられない。
「私はただの人間です。その亡者の案内人とか先触れとか、なんだか知らないですけど、全然身に覚えがないです……」
 小鳥の岬は夜見の腕の中で丸くなった。
「もうこんな場所に来ては駄目ですよ」
 夜見がかすかに目元を緩めたように、岬の目には見えた。
「八咫!」
 夜見がひと声あげると先ほどの巨大な鴉が夜見の体に吸い込まれていき、夜見の背に黒い翼が生まれた。
 次の瞬間、岬は目の前が真っ暗になって意識を失った。

 岬はハッとして目を開けた。
 自分を覗き込む影が目の前にいくつもある。
「やっと気がついたのだ。心配したのだ」
「おお、ようやくか。気付けに般若湯でも飲むか?」
「よかったです。気分は悪くないですか?」
 田貫、賴豪、三毛太が心配そうに岬を覗き込んでいる。
「ほら、あなた方、岬さんが困ってますよ」
 彼らの頭の向こう側で夜見の声が聞こえた。
「よ、夜見さん!」
 慌てて岬は体を起こした。そこで初めて、もう自分が小鳥の姿ではないと悟った。やっぱり、あれは夢だったんだろうか。
「あの……わたし……」
 夜見は素知らぬふりで事務所のスタッフ用の椅子に腰掛けている。
 彼の背に翼はないし、ましてや錫杖も持ってない。それなのに、夜見がて「しーっ」と人差し指を唇に当てている。
 押しとどめられて口ごもると、夜見が静かに口を開く。
「熱中症で倒れるくらいなら、この仕事なんて辞めたほうがいいですよ。それにだれかさんがあなたを利用してますし」
 田貫がそれを聞いて目を大きく見開き、汗をかきながら夜見を見る。
「でも私はこの仕事が好きです。夜見さんの御斎に救われる人たちを見てきて、この仕事が自分の天職だって思えるんです。だから、いくら夜見さんにやめろって言われてもやめません!」
 夜見がため息をつくのと反対に、田貫が岬に向かって泣き崩れて、岬の手を握りしめる。
「ありがとう、岬くん~」
「でも、社長のためじゃありません」
 岬はきっぱりと言い切った。
 それにしても、いつきが言った、「あの世の橋渡し」とはなんのことだろう。それに「死に損ない」ってどういう意味だろう。
 岬は夜見の顔を見つめる。
 けれど無表情の夜見からは何も読み取ることは出来なかった。
「そうそう、いいものを作りましたよ」
 夜見が椅子から立ち上がって調理室からガラスの器を盆に載せて戻ってきた。
 椅子に座り直した岬がなんだろうと器をのぞき見ると、淡い黄色のシャーベットが盛られてあった。
「塩レモン味のシャーベットです。少しは体にいいでしょう」
 岬は両手で器を手に取る。ガラス製の器は、かわいらしい花型で薄い水色をしている。
 スプーンを受け取って、ガラスの中のシャーベットをスプーンですくった。
 口の中に含むと、淡雪が溶けるように口の中に溶けてなくなり、鼻腔にレモンの柑橘の香り、舌の上で酸っぱさと甘みと塩みが調和していて、爽やかな冷たさに思わず頬を押さえて「んー」と声が漏れた。
 二口目でさらに塩の旨みが口中に広がる。甘さを塩みが引き立てて、いくらでも食べたいくらいだ。
 喉をすっと落ちていく冷たさが、五臓六腑に染み渡る。甘すぎず、かといって塩みが出しゃばることもなく、酸味の後から旨みも付いてくる。
「おいしいです」
 素直に岬は感想を述べた。
「良かったのだ」
 田貫がニコニコと笑った。
「今日はもう早退していいのだ」
「え? でも……」
 岬が戸惑うと、田貫が続ける。
「体調を整えて、また明日からよろしくなのだ」
「……はい」
 忙しいのに自分が早退したら迷惑がかかるんじゃないかと、心配になってくる。
「今日はゆっくり休みなさい」
「そうじゃそうじゃ、家に帰って寝ておったら良かろう」
「ちゃんとスポーツドリンクを飲んで、部屋を涼しくして寝るのだ」
 田貫たちに促されて岬は早退させてもらうことにした。
「じゃあ、お先に失礼します」
 挨拶をしたとき、ふと夜見を見た。
 気を失っていた間に起こったことが夢でないなら、どうして自分は先触れの巫女だと言われたのか……。そして、夜見がなんで死に損ないと呼ばれたのか、いつか分かるんだろうかと思った。
 裏口から外に出るとブワッと熱気が押し寄せてきて、冷えた体があっという間にじっとりと汗ばんできた。相変わらず人気のない国道沿いを歩き、公園に入っていく。ミンミンゼミやアブラゼミがうるさいなか、岬の頭の中をよぎるものがあった。
 私はこの公園を抜けていつ家に戻っていたんだろう、と。
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