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チャプター01-02
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身元不明の男を保護して三日が経過。
まる一日を寝て過ごした侵入者は、ようやく目を覚ましたようだ。
噂話が飛び交うことに敏感なランスは、初対面の時と同じように、あの少年のような侵入者への関心は強かった。
ただ、目を覚ましたことと、食事に手を出さないという噂話を聞いただけであり、実際にどんなことが起きているのか、監禁所の近況が一般人に周知されることはなかった。
侵入者と呼ばれる男子にとって、あれだけ警戒をするべき魔術師を目の当たりにすれば、そんな魔界族から出された食事が、安全なものであるかなどわからないはずである。あの男子にいくら食事を与えたとしても、彼は食事を拒否して当然なのかもしれなかった。
ランスは、警備隊の代わりになって彼に食事を与えてみよう、と考えていた。そのためには、警備隊員の目を掻い潜らなくてはならなかった。
まず向かったのは、調理場だった。男女の調理担当が、警備隊や逮捕された者のために料理をしており、まさに今、夕食を完成させている段階だった。
そんな調理場に入り、盛りつけをしている調理師の男性の横に立った。
「お、ランスちゃん。どうしたの?」男性調理師は、こちらに気づいた。
「お腹すいたから、二人前をちょうだい?」ランスは、男性調理師に頼んでみた。
「良いよ。ランスちゃんの年齢になると、食べ盛りだからね。今日は大盛二人前だ。匙はいつものところに置いてあるから、取っていってね」
ランスは、大盛の夕食を乗せたトレーを手にして、簡易勾留所に向かってしばらく歩いていた。
この惑星は、問題を起こす魔術師が少ないため、これまでに長期間の勾留を言い渡されている者はいなかった。そのうえ、対象者は基本、些細な喧嘩で勾留される場合が多いため、見張りが手薄なのは、わかりきっていた。
今回、男子のような身元不明の部外者が入ってくるとこは珍しく、今回に関しては、見張りの数こそは少ないが、目に見えない結界が設置されており、勾留されている者に動きがあれば、村長を含む警備隊員のほとんどが察知できるようになっている。
ランスは、ある程度の見張りの目を盗んで掻い潜り、簡易勾留所のホールへと侵入することができ、重い罪に捉われた者が入るとされる地下の監禁所へと向かった。利用されたことがないためか、掃除の行き届いていない暗がりの階段を進むこととなり、ドアもない通路へと足を踏み入れた。その長い通路の奥に、格子状の監禁所があり、そこにあの男子がいると思われた。
けれど、この通路こそ、門番がいる場所で、あの男子の前でずっと見張る警備隊員が一人いる。その門番の注意を引くか、なにかしらの手段で、男子から目を離させる必要があった。
あの男子は、悪い人ではない。ただ、警戒心が強いだけで、本当は良い人なのではないだろうか。ランスは、そんな考えのほうが強かった。
いざ、監禁所の門番を前にしてみると、彼の注意を逸らす方法はない、と判断してしまい、やむを得ず、ここで自身の魔法を使って、強引な手段に出ることにしてみた。それは、自身の魔力がどれだけのものなのかも試したいという気持ちも含まれていた。
ランスは目を光らせると、魔力を展開した。そして、自身が習得している麻痺魔術を門番へ放った。
すると、門番は眠りについたのだ。これが、皆が噂する、こちらの強い魔力の証である。今この場で、成人魔術師を簡単に眠らせることができてしまうのも、もはや噂ではなく、事実となりつつあった。
実は過去に、野生の動物で実験をしており、痺れを与える魔術や、眠らせる魔術を習得していた。自分自身が成人になって、これを応用したならば、きっとまた違った力にもなるのかもしれなかった。
自身の魔力の成果を目の当たりにしてすぐ、あの男子へ食事を運ぶことを思い出し、夕食を乗せたトレーを持って、ゆっくりと歩いた。
ランスは、門番の目の前にある、格子状の仕切りの前に立ってみた。
そこには、部屋の隅で、目を閉じて姿勢を悪くして座っているあの男子がいた。装備していた武器は没収されたのか、彼の周囲にはなにもなく、初めから着ていた外套だけが、彼の個性を引き出していた。そんな男子が目を開けて顔を上げると、こちらに気づいた。
そんな彼からは、特殊な波動が放出されているのか、魔気とは違うその力を感じ取ることができた。魔術師が無意識に放つ魔力の波動を、魔気、と言うが、彼からは、魔気とは違う力が放出されている。まれに耳にする、人界族に存在する特殊人間が持つ念力というものである。ゴミ山であの少年が金属棒を引き寄せる姿も含めて、その念力を習得した者である、とランスでも予想ができた。
今の彼は衰弱しており、正確な判断能力を持っておらず、怒りと不安の目をしていた。
一方で、ランスは、男子の前に出されている料理を見て、腹を立てていた。
男子に出されていた料理は、簡単なスープと、虫の甘露煮だった。遠方警備をする魔術師が、保存食として持ち歩く時に、仕方がなく選ぶような食事内容である。そういった第一印象が悪くなるような地元料理を、その男子に出していたようだ。これは、非常に悪いことである。きっと、警備担当が勝手に決めた献立内容であり、村長も、この献立内容を知らないのかもしれない。
ランスは、料理を見て不機嫌になったあと、背後で眠っている警備隊員を睨みつけた。ただ、二人分の料理を持つ手が疲れたことに気づき、すぐに我に返った。
「……あの」ランスは気を取りなおして、口を開いた。「食事」
「いらない、ってそこの見張りに言ったよ」男子はそう答えた。
男子は魔界の言葉も話せていた。彼の言語の訛りから、銀河連邦の標準語であることがわかった。ただ、銀河連邦に所属している者は、魔界惑星に許可なく接近してはいけない憲章があることから、ここに来てしまった彼は、連邦憲章とは無縁の賞金稼ぎという肩書が確実となりそうだった。ランスは、こういったある程度の予想をしながらも、まずは食事を取ってもらうためには、どうすれば良いのかも考えていた。
「私は、ランス。この惑星シストンの見習い魔術師。……さっきまで出されてた料理のことは忘れて。私が持ってきた料理がオススメで、美味しいよ」そう言って、トレーを足元に置いた。
「お前が食ってみろよ」と男子。
「うん」ランスは、快く返事をした。続いて、匙を手に取り、料理を自分で一口してみせた。そんな姿を見せれば、食べてくれるかもしれない、と予想したからだ。念のために、と匙を二つ用意して、そのうちの一つを使って、少しずつ食べ続けた。「どう? 毒はないから。砂漠に強い木から生る実をすりつぶして、乾燥させたあとに不純物を取り除いて、水と混ぜて練るの。練った生地を細かく粒上にして、動物のお肉を出汁にしたスープのなかに入れたものが、このお皿にあるもの。この惑星の皆が食べているものだよ」
すると、男子はゆっくりと接近してくると、格子から手を伸ばして匙を取った。そして、急ぐようにして食事を始め、こちらには目もくれず、ひたすら夕食を口にしていた。
ただ、格子を挟んでの食事のため、彼の食事は、やりづらそうだった。
「待って。……そっちに持っていくから」ランスは、周囲を見渡し、格子状の仕切りのなかに紛れている扉を見つけ、そこに張られている結界をこちらの力で解除し、扉を開けた。
男子のことを恐れず、トレーを手に持って立ち上がり、扉へと向かった。
そのあいだも、男子は格子状の仕切りの傍に座ったまま、料理が運ばれてくるのを待ってくれていた。それだけでも、悪い人には思えなかった。
ランスはついに、男子と同じ部屋に入り、彼の前に夕食を置いた。男子は改めて匙を握り、夕食にかぶりついた。かなりの空腹だったのか、こちらに目をやることはなかった。
そんな彼をじっと見ていると、次第に、彼の目からは涙がこぼれていることに気づいた。
彼自身は、涙が出ていることに気づいていないのか、ひたすら空腹を満たそうとしていた。彼のそんな姿を見ていて、ランスも涙が出そうだった。悲しいことでもあったのか、と。
「……ごちそうさま」しばらくすると、彼は二人分の夕食をすべて食べていた。そのうえ、料理を提供した者に感謝を表す言葉まで伝えてくる、礼儀正しさも表に出したのだ。
「おそまつさまでした」ランスは、トレーを持ち上げ、格子部屋から通路へと出た。
ここでの男子への質問は、しつこい声かけになるだろう、と思い、黙って帰ろうとした。
「……リップル」そこで、男子のほうから、口を開いてくれた。「賞金稼ぎの、リップル、って言うんだ」格子状の仕切りの向こうで、リップルが言った。彼は自分の涙に気づいて、それを拭っていた。「さっきのスープ、美味しかったよ」
「……ありがとう」ランスは微笑んだ。「もし良かったら、またお話しましょう」
それ以降は、会話はなかった。けれど、彼から名前を言い出すことは、かなりの進展だった。
ランスは、格子状の扉に結界を張りなおしてから、出口に向かって通路を歩き、眠っている警備隊員から距離を取って、睡眠状態の警備隊員を魔力で起こした。そのあとは、静かに階段を上り、簡易勾留場のホールへと出た。けれど、そこで問題が発生した。
ホールには、警備隊員四人と長老が立っていた。リップルという男子への食事提供行為を察知されてしまったのか、長老の鋭い視線が、こちらに突き刺さった。
「ランスの仕業か」長老は言った。「勾留場の警備隊員の一人から送られてくるはずの魔気が途切れたと報告があり、この星は警戒態勢に入っているところだ」
「……ごめんなさい」ランスは、予想以上の問題を起こしてしまったことに緊張してしまった。
「君の力によって、監禁所の門番を眠らせたようだな。今ようやく、その門番の魔気を感じる」と長老。長老は、一人の警備隊員に、村全体に警戒態勢を解かせるように指示をしていた。そして、改めてこちらを見た。「君も警戒しなくてはならいない少女のようだ。自分の魔力の恐ろしさに気づいていないにもかかわらず、それを扱うとは。どれほど危険な行為なのか、わかっていない」
「ランス!」そこへ、母が来た。魔気を察知して、こちらの居場所に感づいたようだ。「……大変、申し訳ありません」母はこちらの傍に立ち、長老に頭を下げていた。
「リップル」ランスは口にした。「名前は、リップル。お仕事は賞金稼ぎで、さっき食事もしっかりと取りました。……それと、今まで出していた食事が、悪い物ばかりです」
この村が警戒態勢に入ってしまったという深刻な状況に対し、男子と会話ができたという貢献に、この場の警備隊員達がざわついた。そんな状況のなか、長老は顔をしかめつつも、警備隊員と目を見合わせた。そして、長老は、この場の警戒態勢を解除させてくれた。
まる一日を寝て過ごした侵入者は、ようやく目を覚ましたようだ。
噂話が飛び交うことに敏感なランスは、初対面の時と同じように、あの少年のような侵入者への関心は強かった。
ただ、目を覚ましたことと、食事に手を出さないという噂話を聞いただけであり、実際にどんなことが起きているのか、監禁所の近況が一般人に周知されることはなかった。
侵入者と呼ばれる男子にとって、あれだけ警戒をするべき魔術師を目の当たりにすれば、そんな魔界族から出された食事が、安全なものであるかなどわからないはずである。あの男子にいくら食事を与えたとしても、彼は食事を拒否して当然なのかもしれなかった。
ランスは、警備隊の代わりになって彼に食事を与えてみよう、と考えていた。そのためには、警備隊員の目を掻い潜らなくてはならなかった。
まず向かったのは、調理場だった。男女の調理担当が、警備隊や逮捕された者のために料理をしており、まさに今、夕食を完成させている段階だった。
そんな調理場に入り、盛りつけをしている調理師の男性の横に立った。
「お、ランスちゃん。どうしたの?」男性調理師は、こちらに気づいた。
「お腹すいたから、二人前をちょうだい?」ランスは、男性調理師に頼んでみた。
「良いよ。ランスちゃんの年齢になると、食べ盛りだからね。今日は大盛二人前だ。匙はいつものところに置いてあるから、取っていってね」
ランスは、大盛の夕食を乗せたトレーを手にして、簡易勾留所に向かってしばらく歩いていた。
この惑星は、問題を起こす魔術師が少ないため、これまでに長期間の勾留を言い渡されている者はいなかった。そのうえ、対象者は基本、些細な喧嘩で勾留される場合が多いため、見張りが手薄なのは、わかりきっていた。
今回、男子のような身元不明の部外者が入ってくるとこは珍しく、今回に関しては、見張りの数こそは少ないが、目に見えない結界が設置されており、勾留されている者に動きがあれば、村長を含む警備隊員のほとんどが察知できるようになっている。
ランスは、ある程度の見張りの目を盗んで掻い潜り、簡易勾留所のホールへと侵入することができ、重い罪に捉われた者が入るとされる地下の監禁所へと向かった。利用されたことがないためか、掃除の行き届いていない暗がりの階段を進むこととなり、ドアもない通路へと足を踏み入れた。その長い通路の奥に、格子状の監禁所があり、そこにあの男子がいると思われた。
けれど、この通路こそ、門番がいる場所で、あの男子の前でずっと見張る警備隊員が一人いる。その門番の注意を引くか、なにかしらの手段で、男子から目を離させる必要があった。
あの男子は、悪い人ではない。ただ、警戒心が強いだけで、本当は良い人なのではないだろうか。ランスは、そんな考えのほうが強かった。
いざ、監禁所の門番を前にしてみると、彼の注意を逸らす方法はない、と判断してしまい、やむを得ず、ここで自身の魔法を使って、強引な手段に出ることにしてみた。それは、自身の魔力がどれだけのものなのかも試したいという気持ちも含まれていた。
ランスは目を光らせると、魔力を展開した。そして、自身が習得している麻痺魔術を門番へ放った。
すると、門番は眠りについたのだ。これが、皆が噂する、こちらの強い魔力の証である。今この場で、成人魔術師を簡単に眠らせることができてしまうのも、もはや噂ではなく、事実となりつつあった。
実は過去に、野生の動物で実験をしており、痺れを与える魔術や、眠らせる魔術を習得していた。自分自身が成人になって、これを応用したならば、きっとまた違った力にもなるのかもしれなかった。
自身の魔力の成果を目の当たりにしてすぐ、あの男子へ食事を運ぶことを思い出し、夕食を乗せたトレーを持って、ゆっくりと歩いた。
ランスは、門番の目の前にある、格子状の仕切りの前に立ってみた。
そこには、部屋の隅で、目を閉じて姿勢を悪くして座っているあの男子がいた。装備していた武器は没収されたのか、彼の周囲にはなにもなく、初めから着ていた外套だけが、彼の個性を引き出していた。そんな男子が目を開けて顔を上げると、こちらに気づいた。
そんな彼からは、特殊な波動が放出されているのか、魔気とは違うその力を感じ取ることができた。魔術師が無意識に放つ魔力の波動を、魔気、と言うが、彼からは、魔気とは違う力が放出されている。まれに耳にする、人界族に存在する特殊人間が持つ念力というものである。ゴミ山であの少年が金属棒を引き寄せる姿も含めて、その念力を習得した者である、とランスでも予想ができた。
今の彼は衰弱しており、正確な判断能力を持っておらず、怒りと不安の目をしていた。
一方で、ランスは、男子の前に出されている料理を見て、腹を立てていた。
男子に出されていた料理は、簡単なスープと、虫の甘露煮だった。遠方警備をする魔術師が、保存食として持ち歩く時に、仕方がなく選ぶような食事内容である。そういった第一印象が悪くなるような地元料理を、その男子に出していたようだ。これは、非常に悪いことである。きっと、警備担当が勝手に決めた献立内容であり、村長も、この献立内容を知らないのかもしれない。
ランスは、料理を見て不機嫌になったあと、背後で眠っている警備隊員を睨みつけた。ただ、二人分の料理を持つ手が疲れたことに気づき、すぐに我に返った。
「……あの」ランスは気を取りなおして、口を開いた。「食事」
「いらない、ってそこの見張りに言ったよ」男子はそう答えた。
男子は魔界の言葉も話せていた。彼の言語の訛りから、銀河連邦の標準語であることがわかった。ただ、銀河連邦に所属している者は、魔界惑星に許可なく接近してはいけない憲章があることから、ここに来てしまった彼は、連邦憲章とは無縁の賞金稼ぎという肩書が確実となりそうだった。ランスは、こういったある程度の予想をしながらも、まずは食事を取ってもらうためには、どうすれば良いのかも考えていた。
「私は、ランス。この惑星シストンの見習い魔術師。……さっきまで出されてた料理のことは忘れて。私が持ってきた料理がオススメで、美味しいよ」そう言って、トレーを足元に置いた。
「お前が食ってみろよ」と男子。
「うん」ランスは、快く返事をした。続いて、匙を手に取り、料理を自分で一口してみせた。そんな姿を見せれば、食べてくれるかもしれない、と予想したからだ。念のために、と匙を二つ用意して、そのうちの一つを使って、少しずつ食べ続けた。「どう? 毒はないから。砂漠に強い木から生る実をすりつぶして、乾燥させたあとに不純物を取り除いて、水と混ぜて練るの。練った生地を細かく粒上にして、動物のお肉を出汁にしたスープのなかに入れたものが、このお皿にあるもの。この惑星の皆が食べているものだよ」
すると、男子はゆっくりと接近してくると、格子から手を伸ばして匙を取った。そして、急ぐようにして食事を始め、こちらには目もくれず、ひたすら夕食を口にしていた。
ただ、格子を挟んでの食事のため、彼の食事は、やりづらそうだった。
「待って。……そっちに持っていくから」ランスは、周囲を見渡し、格子状の仕切りのなかに紛れている扉を見つけ、そこに張られている結界をこちらの力で解除し、扉を開けた。
男子のことを恐れず、トレーを手に持って立ち上がり、扉へと向かった。
そのあいだも、男子は格子状の仕切りの傍に座ったまま、料理が運ばれてくるのを待ってくれていた。それだけでも、悪い人には思えなかった。
ランスはついに、男子と同じ部屋に入り、彼の前に夕食を置いた。男子は改めて匙を握り、夕食にかぶりついた。かなりの空腹だったのか、こちらに目をやることはなかった。
そんな彼をじっと見ていると、次第に、彼の目からは涙がこぼれていることに気づいた。
彼自身は、涙が出ていることに気づいていないのか、ひたすら空腹を満たそうとしていた。彼のそんな姿を見ていて、ランスも涙が出そうだった。悲しいことでもあったのか、と。
「……ごちそうさま」しばらくすると、彼は二人分の夕食をすべて食べていた。そのうえ、料理を提供した者に感謝を表す言葉まで伝えてくる、礼儀正しさも表に出したのだ。
「おそまつさまでした」ランスは、トレーを持ち上げ、格子部屋から通路へと出た。
ここでの男子への質問は、しつこい声かけになるだろう、と思い、黙って帰ろうとした。
「……リップル」そこで、男子のほうから、口を開いてくれた。「賞金稼ぎの、リップル、って言うんだ」格子状の仕切りの向こうで、リップルが言った。彼は自分の涙に気づいて、それを拭っていた。「さっきのスープ、美味しかったよ」
「……ありがとう」ランスは微笑んだ。「もし良かったら、またお話しましょう」
それ以降は、会話はなかった。けれど、彼から名前を言い出すことは、かなりの進展だった。
ランスは、格子状の扉に結界を張りなおしてから、出口に向かって通路を歩き、眠っている警備隊員から距離を取って、睡眠状態の警備隊員を魔力で起こした。そのあとは、静かに階段を上り、簡易勾留場のホールへと出た。けれど、そこで問題が発生した。
ホールには、警備隊員四人と長老が立っていた。リップルという男子への食事提供行為を察知されてしまったのか、長老の鋭い視線が、こちらに突き刺さった。
「ランスの仕業か」長老は言った。「勾留場の警備隊員の一人から送られてくるはずの魔気が途切れたと報告があり、この星は警戒態勢に入っているところだ」
「……ごめんなさい」ランスは、予想以上の問題を起こしてしまったことに緊張してしまった。
「君の力によって、監禁所の門番を眠らせたようだな。今ようやく、その門番の魔気を感じる」と長老。長老は、一人の警備隊員に、村全体に警戒態勢を解かせるように指示をしていた。そして、改めてこちらを見た。「君も警戒しなくてはならいない少女のようだ。自分の魔力の恐ろしさに気づいていないにもかかわらず、それを扱うとは。どれほど危険な行為なのか、わかっていない」
「ランス!」そこへ、母が来た。魔気を察知して、こちらの居場所に感づいたようだ。「……大変、申し訳ありません」母はこちらの傍に立ち、長老に頭を下げていた。
「リップル」ランスは口にした。「名前は、リップル。お仕事は賞金稼ぎで、さっき食事もしっかりと取りました。……それと、今まで出していた食事が、悪い物ばかりです」
この村が警戒態勢に入ってしまったという深刻な状況に対し、男子と会話ができたという貢献に、この場の警備隊員達がざわついた。そんな状況のなか、長老は顔をしかめつつも、警備隊員と目を見合わせた。そして、長老は、この場の警戒態勢を解除させてくれた。
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