56 / 83
三章 TYPE:MOTHER
三
しおりを挟む
*
――黄色い光の波紋が、途切れ途切れにかすれながら、赤く燃える半球状の空間の底面を這っていく。
いくつもの明るいステータスランプの点灯で、宇宙のように光っていた天球に、もはや光はところどころしか点っていない。
【MASS ORDER THREDDING - HYPER EXPANDED and RESONANCED】。
そう呼ばれた世界最高峰のコンピューティングシステムの中枢は、もはや見る影もなく破壊し尽くされ、今まさに燃え尽きようとしているところだった。
これが、自分の招いた結果か。
そんな言葉が、リーデルの頭の中に浮かんできた。
――あっけない。
何て、あっけなく、一人や二人の人間が生き足掻いた程度で、もろくも壊れてしまうものなんだろう。
今まで、シンカナウスは、最強の盾と矛を持っているのだと、そんなに簡単に負けたりしないんだと、どこかで信じていたのだ。それを、こんなに簡単に突き崩してしまえた。自分はどこかで、自分が一人足掻いた程度では、何にも変わりやしないから大丈夫だと諦めて、安心していた。なのに――達成してしまった。
この国はもう終わりだ。エントは容赦なく滅ぼす気だ。シンカナウスの民を、逆らう気がなくなるまで痛めつけて、その技術を自国のために吸い尽くし、使い尽くすのだろう。
(私が、壊した……壊しちゃったんだ……こんなに簡単に壊れるなんて思ってなかった)
もっと。もっと頑丈だったら、こんなに罪悪感なんて抱かずに済んだのに。
何で、こんなにあっけなく壊れてしまうんだろう。
「――ほお、こんな風になってたのかよ」
無残な破壊の有様をしげしげと眺め、リーデルの隣に立っていたドリウスが興味深そうにそう言った。それは、リーデルが最初にこの空間に足を踏み入れた時に抱いた感想と全く同じものだった。
どうなったか目視確認がてら、観光しに行こうぜ。マスクもあるし大丈夫だろ。そう頭のおかしいことを言い放ったドリウスは、市街地への激しい爆撃の嵐が起きる中、飛行艇をあろうことか空中に待機させ、リーデルを小脇に抱えて穴の中へ飛び降りた。悲鳴は爆音にかき消された。
そうして、少し長いトンネル探索の果てに、またしてもばらばらにひしゃげた巨大な鉄の扉を発見し――、中に入って、この空間を見つけたのだ。
「うん、これだけ破壊されてたら、大丈夫そうだな。よかったじゃねぇか、リーデルちゃんよぉ。テメェがあの博士に閉じ込められて、何年も泣きながら自由を求めてチャンスを待ってた甲斐があったじゃねぇか」
「…………」
リーデルは答えられなかった。答えた瞬間、自分がとてつもなく重い何かを背負わされる気がして、恐ろしかった。
だが。
「――あら。お客様がきたのですね」
声が。前方の最も激しく燃えている場所から、あり得ない生存を知らせる音が、響いてきた。
「「っ!?」」
二人して身構えた。炎の向こうから、カツカツと、靴音を鳴らして誰かが歩いてくる。
それは、どこまでも白い、女性型のアンドロイドだった。
ぼろぼろに焼け焦げた、ひらりひらりとしたドレスのような純白のワンピース。腰まで伸びた銀糸のごとき人工頭髪を揺らし、透明感のある白い肌は炎に舐め溶かされながらも、凜と彼女は前を向いている。開かれた瞳は白く眩い煌めきを宿し、炎の橙色の光も反射して、宝石のように輝いていた。
「こんな有様でごめんなさい。どうも場所がばれて、ピンポイントでの爆撃を受けてしまったようで。普段はもっと整っているのですけどね」
困ったように眉を下げ、アンドロイドは申し訳なさそうに微笑んだ。
「ようこそ、ここは【MASS ORDER THREDDING - HYPER EXPANDED and RESONANCED】――我が国シンカナウスが誇る最高峰のコンピューティングシステム、MOTHERシステムが収められたセントラルルームです。……もっとも、深刻なダメージを受けたので、あと三十分から一時間ほどすれば完全に燃焼して沈黙、停止するでしょう。ですから、あなた方が何もする必要はありませんよ、エントの傭兵さま」
「…………あんた…………MOTHER…………」
リーデルは、それだけ言うのがやっとだった。
なぜ、生きている。いいや、MOTHERが完全に停止していない。だから制御体も動く。理屈は分かる。だが。
異常だった。これから死にいく状況にあるというのに、何も感じていないのか、このアンドロイドは。ただのプロセスでしかないと言わんばかりの、平常な案内をしてきた。
「……ふぅん。テメェがMOTHERか。海洋観測基地じゃ世話になったな。おまえさんの手下どものおかげで、俺は冷や汗かかされたぜ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。エメレオがTYPE: μをアップデートしていなければ、こちらもどうなっていたか分からなかったのですけどね」
ようやく驚きから復帰したドリウスが、警戒を滲ませながらも軽口を叩くと、MOTHERはそれに対しておっとりと返した。
そして、MOTHERはこうも続けた。
「まさか、こんな場所までお越しいただく幸運に恵まれるとは思いませんでした。本国から拉致されたシンカナウスの市民をここまで送り届けてくれたこと、感謝いたしますわ」
――黄色い光の波紋が、途切れ途切れにかすれながら、赤く燃える半球状の空間の底面を這っていく。
いくつもの明るいステータスランプの点灯で、宇宙のように光っていた天球に、もはや光はところどころしか点っていない。
【MASS ORDER THREDDING - HYPER EXPANDED and RESONANCED】。
そう呼ばれた世界最高峰のコンピューティングシステムの中枢は、もはや見る影もなく破壊し尽くされ、今まさに燃え尽きようとしているところだった。
これが、自分の招いた結果か。
そんな言葉が、リーデルの頭の中に浮かんできた。
――あっけない。
何て、あっけなく、一人や二人の人間が生き足掻いた程度で、もろくも壊れてしまうものなんだろう。
今まで、シンカナウスは、最強の盾と矛を持っているのだと、そんなに簡単に負けたりしないんだと、どこかで信じていたのだ。それを、こんなに簡単に突き崩してしまえた。自分はどこかで、自分が一人足掻いた程度では、何にも変わりやしないから大丈夫だと諦めて、安心していた。なのに――達成してしまった。
この国はもう終わりだ。エントは容赦なく滅ぼす気だ。シンカナウスの民を、逆らう気がなくなるまで痛めつけて、その技術を自国のために吸い尽くし、使い尽くすのだろう。
(私が、壊した……壊しちゃったんだ……こんなに簡単に壊れるなんて思ってなかった)
もっと。もっと頑丈だったら、こんなに罪悪感なんて抱かずに済んだのに。
何で、こんなにあっけなく壊れてしまうんだろう。
「――ほお、こんな風になってたのかよ」
無残な破壊の有様をしげしげと眺め、リーデルの隣に立っていたドリウスが興味深そうにそう言った。それは、リーデルが最初にこの空間に足を踏み入れた時に抱いた感想と全く同じものだった。
どうなったか目視確認がてら、観光しに行こうぜ。マスクもあるし大丈夫だろ。そう頭のおかしいことを言い放ったドリウスは、市街地への激しい爆撃の嵐が起きる中、飛行艇をあろうことか空中に待機させ、リーデルを小脇に抱えて穴の中へ飛び降りた。悲鳴は爆音にかき消された。
そうして、少し長いトンネル探索の果てに、またしてもばらばらにひしゃげた巨大な鉄の扉を発見し――、中に入って、この空間を見つけたのだ。
「うん、これだけ破壊されてたら、大丈夫そうだな。よかったじゃねぇか、リーデルちゃんよぉ。テメェがあの博士に閉じ込められて、何年も泣きながら自由を求めてチャンスを待ってた甲斐があったじゃねぇか」
「…………」
リーデルは答えられなかった。答えた瞬間、自分がとてつもなく重い何かを背負わされる気がして、恐ろしかった。
だが。
「――あら。お客様がきたのですね」
声が。前方の最も激しく燃えている場所から、あり得ない生存を知らせる音が、響いてきた。
「「っ!?」」
二人して身構えた。炎の向こうから、カツカツと、靴音を鳴らして誰かが歩いてくる。
それは、どこまでも白い、女性型のアンドロイドだった。
ぼろぼろに焼け焦げた、ひらりひらりとしたドレスのような純白のワンピース。腰まで伸びた銀糸のごとき人工頭髪を揺らし、透明感のある白い肌は炎に舐め溶かされながらも、凜と彼女は前を向いている。開かれた瞳は白く眩い煌めきを宿し、炎の橙色の光も反射して、宝石のように輝いていた。
「こんな有様でごめんなさい。どうも場所がばれて、ピンポイントでの爆撃を受けてしまったようで。普段はもっと整っているのですけどね」
困ったように眉を下げ、アンドロイドは申し訳なさそうに微笑んだ。
「ようこそ、ここは【MASS ORDER THREDDING - HYPER EXPANDED and RESONANCED】――我が国シンカナウスが誇る最高峰のコンピューティングシステム、MOTHERシステムが収められたセントラルルームです。……もっとも、深刻なダメージを受けたので、あと三十分から一時間ほどすれば完全に燃焼して沈黙、停止するでしょう。ですから、あなた方が何もする必要はありませんよ、エントの傭兵さま」
「…………あんた…………MOTHER…………」
リーデルは、それだけ言うのがやっとだった。
なぜ、生きている。いいや、MOTHERが完全に停止していない。だから制御体も動く。理屈は分かる。だが。
異常だった。これから死にいく状況にあるというのに、何も感じていないのか、このアンドロイドは。ただのプロセスでしかないと言わんばかりの、平常な案内をしてきた。
「……ふぅん。テメェがMOTHERか。海洋観測基地じゃ世話になったな。おまえさんの手下どものおかげで、俺は冷や汗かかされたぜ」
「お褒めにあずかり光栄ですわ。エメレオがTYPE: μをアップデートしていなければ、こちらもどうなっていたか分からなかったのですけどね」
ようやく驚きから復帰したドリウスが、警戒を滲ませながらも軽口を叩くと、MOTHERはそれに対しておっとりと返した。
そして、MOTHERはこうも続けた。
「まさか、こんな場所までお越しいただく幸運に恵まれるとは思いませんでした。本国から拉致されたシンカナウスの市民をここまで送り届けてくれたこと、感謝いたしますわ」
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
みらいせいふく
ヘルメス
SF
宇宙に対して憧れを抱いていた少年ニコ、彼がある日偶然出会ったのは…宇宙からやって来た女の子!?
04(ゼロヨン)と名乗る少女の地球偵察ストーリー、その後輩である05(ゼロファイブ)の宇宙空間でのバトル!
笑いあり!涙あり!そして…恋愛あり?
ぜひ行く末をその目で見届けてください!
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
廃園
FEEL
ファンタジー
全ての「存在」の創造主は、「混沌」である。「混沌」は世界が欲しいと思い、「設計者」を作った。「設計者」は「混沌」の命を受け、「時」と共に世界を設計し、管理した。
ある時代、エウデアトという惑星にエウデアトという種族がいた。彼らも「設計者」と「時」により設計された。長い年月、彼らは生命を繋いで暮らしていたが、「設計者」は無情にもエウデアトの消滅を決めた。
エウデアトには代々、王がいた。強力な王ツアグは、その力ゆえに妃と共に、消滅への道筋として利用される。これにより、エウデアトの消滅の運命は決定した。何代も後、ツアグ以上に強力な女王ヴィルヴィが誕生した。ヴィルヴィはエウデアトの消滅への道筋が我慢ならず、全てのエウデアトと共に、「設計者」と「時」に抵抗することにした。
ロボ娘(機ぐるみ)にされたおんなのこ!
ジャン・幸田
SF
夏休みを境に女の子は変わるというけど・・・
二学期の朝、登校したら同級生がロボットになっていた?
学園のザコキャラであった僕、鈴木翔太はクラスメイトの金城恵理がロボット姿であるのに気付いた!
彼女は、国家的プロジェクトのプロトタイプに選ばれたという、でもそれは波乱の学園生活の始まりだった!
それにしても、なんですか、そのプロジェクトって!! 大人はいつも説明責任を果たさないんだから!
*作者の妄想を元に作ったので大目に見てくださいませ。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
宇宙装甲戦艦ハンニバル ――宇宙S級提督への野望――
黒鯛の刺身♪
SF
毎日の仕事で疲れる主人公が、『楽な仕事』と誘われた宇宙ジャンルのVRゲームの世界に飛び込みます。
ゲームの中での姿は一つ目のギガース巨人族。
最初はゲームの中でも辛酸を舐めますが、とある惑星の占い師との出会いにより能力が急浮上!?
乗艦であるハンニバルは鈍重な装甲型。しかし、だんだんと改良が加えられ……。
更に突如現れるワームホール。
その向こうに見えたのは驚愕の世界だった……!?
……さらには、主人公に隠された使命とは!?
様々な事案を解決しながら、ちっちゃいタヌキの砲術長と、トランジスタグラマーなアンドロイドの副官を連れて、主人公は銀河有史史上最も誉れ高いS級宇宙提督へと躍進していきます。
〇主要データ
【艦名】……装甲戦艦ハンニバル
【主砲】……20.6cm連装レーザービーム砲3基
【装備】……各種ミサイルVLS16基
【防御】……重力波シールド
【主機】……エルゴエンジンD-Ⅳ型一基
(以上、第四話時点)
【通貨】……1帝国ドルは現状100円位の想定レート。
『備考』
SF設定は甘々。社会で役に立つ度は0(笑)
残虐描写とエロ描写は控えておりますが、陰鬱な描写はございます。気分がすぐれないとき等はお気を付けください ><。
メンドクサイのがお嫌いな方は3話目からお読みいただいても結構です (*´▽`*)
【お知らせ】……小説家になろう様とノベリズム様にも掲載。
表紙は、秋の桜子様に頂きました(2021/01/21)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる