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一章 後ろ向きのアンドロイド

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『――空中戦に対応しているのか!?』
 思わずといった調子で、操作者の驚愕の声がドローンのスピーカーから聞こえる。
 まぁとりあえず近場から、と――ゼロから一気に加速した。秒速三百メートル。音速に近い速度でドローン一体に衝突し、肘鉄を食らわせた。甲高い破砕音を上げて、一瞬でドローンが内側から破裂するように粉々に吹き飛ばされるが、μは衝突ポイントでぴたりと停止している。
 二体、三体、四体、五体、六体――と、縦横無尽に動きながら、次々とテンポよく目標物を破壊していく。
 μの推進機構はジェットエンジンではない。移動したいところに意識のポイントを置けば、そこに体が引っ張られていく、というのが近いか。動きに対応できず、数秒のうちに半数が処理されたところで、やっとドローンのカメラ越しにμの機動ロジックを理解したものがいたようだ。
『無軌道すぎる……! 慣性すら無視している。空間駆動型飛行ができるのか!』
 ――正解だ。
 内燃機関の出力上昇による高エネルギー場の形成。それによる進行方向空間の湾曲、圧縮。ぴんと張られた布を上から押し込んで、立体空間における座標をずらすようなものだ。ものが動くのではなく、空間を操作してものを引っ張る。それがμの空間駆動の原理である。一応あと二十三体、同じスペックのアンドロイドがいる。
 重力はないも同然。慣性、無効。重力場がかかる条件での物理法則にμは叛逆している――なので、安価なプロペラ飛行のリモコン兵器程度ではとても対応できない。μからすれば止まっているも同然の速度だ。
 戦闘時間、およそ二分。種類の違う敵性体を次々処理する訓練はあったものの、数が違う。初戦としては早いのか遅いのか。戦闘成績としてはどうかな、とつい訓練の癖で考えながら、μはエメレオの隣にすぽんと降りた。
「戻りました」
「いやぁ、頼もしいねぇ、助かる助かる」
「仕事ですから……」
 サンルーフを閉じて携帯シールドもたたむと、エメレオは嘆息混じりに苦笑した。
「僕を殺せばこっちの研究が止まると考えている人間の多いこと、多いこと。僕はもうほとんどの発明は終えてしまったから、意味はないんだけどね」
「……? 発明をやめたってことですか?」
「違うよ」
 エメレオは首を振った。
「僕はもう、作りたいこと、やりたいこと、すべて終えてしまったんだ。だからもうこれ以上は何も出てこないよ。やってくれと言われたらできるだろうけどね、今までのような革新的な発見はしないと思う。強いて言えば、宇宙の向こう、果てを見てみたかったけど……どうかな」
 ざわりと体が騒ぐような心地を覚えた。今、自分は何に反応したのだろう。
(宇宙の向こう……宇宙の果て……)
 エメレオの憧憬が、どこか、μが抱える衝動に、通じるものがあるようで。分かる気がした、のだ。
「――宇宙の果てに、何があると思いますか」
 思わず、そう聞いていた。
 エメレオは虚を突かれたようにふと目を瞬かせたが、μの方を向いて、静かに微笑んだ。
「きっと、美しい場所が」


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