上 下
35 / 41

34

しおりを挟む
 私たちと殿下たちの間にいつの間にか立っていたドミニク副船長に、ロイド隊長含めた騎士たちが警戒する。本当に、瞬きをしたらいつの間にか立っていたのだ。
 ポリポリと頭を掻いている副船長の表情は、後ろにいる私には見えない。しかし、殿下が驚きに目を見開いた表情は見えた。ボソリと何かを呟いたようだが、小さすぎて聞こえなかった。

「うん。本当なら、仕方ないからね。見逃すつもりだったんだけど、流石にやり過ぎだから。"上"からお達しが来ちゃった」
「…言っている意味が、よく分からないな?一体なんの話を…」
「分からなくてもいいよ。おれの事情は、である君には関係ないからね。でも、残念だなぁ。出来ればこんなことしたくなかったんだけど」

 そう言って副船長が、殿下へと手を翳す。途端、強い光が私たちの視界を刺す。眩しさし目を瞑り、光が収まって目を開けば殿下がその場に倒れていた。
 誰もが唖然として動けない中、副船長だけがこちらを振り返って飄々と口を開く。

「アレクが忘れてくれって言うから、忘れさせたよ~。それが一番良さそうだったし、これ以上は本当に"処分"の命令が下っちゃうから。ピッタリの妥協案」
「…ぇ、つまり、どういうこと…?」
「ウィスカード殿下は、もう前のことを覚えてないってこと。勿論、君への執着も。あ、この世界で過ごした記憶はあるよ!ただ、ここ数年は何してたっけ?ってあやふやになってるかもだけど」
「ハッ!き、貴様!殿下に何をした!?」

 あっけらかんと笑ってそう言う副船長に、正気に返ったロイド隊長が剣を抜いて構えた。それに怯むことなく、副船長は仕方がなさそうに微笑む。
 その表情が見えて、何故か懐かしいと思った。

「気を失ってるだけだよ。早く連れて帰ったら?これ以上おれらは手出しをしないよ。ね?船長ー」
「あぁ。大人しく手を引くなら、な。言っとくが俺らにはそこに仲間がいるからな。数的にも、そっちの頭がぶっ倒れてることを考えても、引く方が賢明だとおもうが?」
「くっ…おい、お前たち。行くぞ!」

 船長の言葉に、大人しく他の騎士を連れて離れていくロイド隊長。…やっぱり、ちょろいな。
 何だか一気に静かになった気がする浜辺。船長以外は何も言うことが出来ず、ただ副船長を見ていた。一体彼が何をしたのか、全く状況に理解が追い付かないのだ。
 そこにふわりと風が吹いた。横を見れば、人型のイーヴォが姿を現していた。その表情はどこか呆れ気味で、困惑する私たちに構わず副船長へと近づく。

「いいのか?あの王子をあのまま返して」
「記憶を消したから大丈夫じゃないかな。連れてこい、なんて命令は来てないよ」
「あっそう」
「ところで、君の休暇はいつ終わるの?おれにばっか仕事が回ってくるから、早く帰ってきて欲しいんだけど」
「お前はどうせこっちウロウロしてるだけだろうが。つーか、オレはもう帰りたくても帰れねぇんだけど」
「え?あれ、ホントだ。ふざけてるだけかと思ってた。じゃあ次のロードってもしかしておれ?めんどくさい」
「お前がふざけんな。ちゃんと確認しろバカ」

 ポンポンと二人だけで進む会話。特に私は意味が分からなくて、船長を助けを求めるように見上げる。それに気づいた船長が、ため息とともに二人の会話にストップをかけた。

「おい、話は取り敢えず船の上でやれ。さっさと離れるぞ。食料は?」
「はーい。皆が買ってるはずだよ」
「そうか。おらテメェら!海に帰るぞ!」
「「「アイサー…?」」」
「む、もしや私はこのままなんですか?」
「船乗ったらほどいてやるよ」

 パンパンと船長が手を叩いた音で、遅れて正気に戻った三人と陛下。船に近づけば、見張りが気づいてくれたのか既に橋がかけられていた。
 二週間程だが、久しぶりに戻ってきた船に安堵する。他のクルーたちが、大喜びで私を迎え入れてくれる。
 帰ってきた、という感じがしてじんわりと嬉しさが込み上げてくる。
 人型のイーヴォには皆驚かなかったところを見るに、既に正体は明かしていたのだろう。もしかしたら、ストルさんとのゴタゴタの時に既に明かしていたのかもしれないが。
 潮の匂いと、波に揺れる甲板。二年、いや、もう少しで三年になるが、既にこの船が第二の故郷のようなものになっている。

 忘れ物はないかと確認して、問題ないと船が出航する。離れていく陸を眺めながら、殿下の前世の記憶を消したと言った副船長の言葉を思い出す。
 本当に忘れたのなら、少し寂しいとは感じるがそれで良かったのだろうと思う。美緒との思い出は、私が覚えているから。それでいい。
 記憶という枷がなくなり、これから彼が幸せになることを願って。

 宴だなんだと騒ぎ始める皆に笑って、私は陸へ背を向けた。気になることは沢山あるが、一先ず帰ってきたことを喜ぶべく騒ぎへと飛び込む。

 そしてその後、ストルさんの料理が滅茶苦茶美味しいことに驚くのだった。力も体力もある家庭的なイケメンとか、レックのお兄さんモテ要素多すぎない??







しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

義弟の為に悪役令嬢になったけど何故か義弟がヒロインに会う前にヤンデレ化している件。

あの
恋愛
交通事故で死んだら、大好きな乙女ゲームの世界に転生してしまった。けど、、ヒロインじゃなくて攻略対象の義姉の悪役令嬢!? ゲームで推しキャラだったヤンデレ義弟に嫌われるのは胸が痛いけど幸せになってもらうために悪役になろう!と思ったのだけれど ヒロインに会う前にヤンデレ化してしまったのです。 ※初めて書くので設定などごちゃごちゃかもしれませんが暖かく見守ってください。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

悪役令嬢は処刑を回避するために領地改革に奔走する

同画数
恋愛
ある日自分の前世の記憶がフラッシュバックし、自分が前世の乙女ゲームの悪役令嬢ベアトリーチェ・D・チェンバレンに生まれ変わったことを知る。 このまま行くと1年後の断罪イベントで私は処刑コース。どうにかして回避しようと奮闘して生存ルートに突き進もうと思ったら、私の無実の理由か実力を示さなければ処刑は回避できないそうようだ。 他領で実力を見せなければならなくなりました。 ゼロどころかマイナスからの領地経営頑張ります。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

処理中です...