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第4章

6 真の標的

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 ふたりは堅実に歩を進めていた。
 ランドマークが存在しない荒野には、ふたり以外の生物の姿は、時折現れる、背の低い灌木のみであった。連盟には中央に向かって張り出すように深い森が横たわる為、本当の意味で無味乾燥な景色というものは意外と少ない。対して連合は、領域の大半を荒野と凍土に覆われていて、人類の生息域は、割合としてそれほど広いものではないが、連合そのものが非常に広いコミュニティなので、人口はそれなりに多い。
 広大な荒野には、相当な数の未発掘の遺跡が隠れている可能性が、長らく指摘されているが、リソース不足により調査すら行われていない。
 だが、その未調査の遺跡を、イオはよく知っていた。
 自然の風化により隠された入り口を潜り、ふたりは身体中に纏わりつく砂を落とした。そうして、拭っても拭い切れない砂は、イオの異能で洗い流し、少し入ったところにある広場で毛布を敷いた。
 「よく知ってなるなぁ、こんな遺跡……」
 見回しながら、テセウスは零した。世の研究者たち垂涎の状況であった。
 常の習いで、端末からアカウント情報をダウンロードしてしまう。
 「遺跡はね、きちんと調べると、隣接した遺跡の位置情報を持っているんだよ。相互通信の為に、通信設備を当たるとすぐなんだ」
 ———道理であった。
 遺跡はかつて、密に連携を取っていた都市群の残された一部であり、現在でも生きている遺跡は相互に連絡を取り合っている。現在の研究者たちの最大の謎であり興味の対象であるのは、認証情報を集中処理している遺跡の所在地であった。それは、複数個所の認証情報がほぼリアルタイムに更新されることから予測されている。
 「認証局だけどね、皆勘違いしているんだよね。あれは集中制御じゃなくて、生きている遺跡間で、分散制御されているんだ。だから、最新情報の伝播にはタイムラグはあるよ。人の移動能力で、その速度を超えることは不可能だけどね」
 「てことは、見えているアカウント情報だけでなく、全拠点に通用するアカウントDBを持っているということか……」
 「全部の遺跡ではないけどね。だから、都市として活用されている元遺跡のシステムからでも、有効なアクセス権は抜き出せるんだ。本当はね」
 イオが、やたらと未発見情報を持っている理由の一角が明らかになった。
 「で、ここからどうやって、連合の前線に潜入するつもりだ」
 「前線なんて行かないよ?」
 まるで見当違いといった表情をされ、テセウスは若干、むっとした。
 「戦争を回避するには、前線の部隊か、集積地を叩くしかないだろう」
 「この機会に潜り込まないと、《戯曲家》とかの謎は探れないし……。それに、戦闘部隊を叩いても、次の部隊が送り込まれるだけだ」
 理に適っている。人数がふたりきりでなければ。
 「まだ考えが馴染んでいないみたいだけどね、テセウス、君はもう、普通の存在ではないんだよ。私たちふたりなら出来ることは殆どないよ」
 自信を滲ませた表情で、イオが言う。先日死にかけたとは思えない発言に、テセウスとしては苦笑いである。
 遺跡を汚さないように、ふたりは携帯食を中心に食事を摂り、毛布の上に転がって休息を取った。
 穏やかな夜が久し振りであることを思いながら、これまでは独りである時しか感じられなかった平穏を、イオとなら過ごせることに面白さを覚えていた。



 ニュクスの企みは、半ばを成功し、半ばを失敗していた。
 成功とは、襲撃者全員を取り込めたことであった。物証の存在は、非常に効果が高く、疑いは完全に、ニュクスから原理派のふたりの導師に向かっていた。ニュクスはこうした点で、テセウスは運を持っていると感じていた。ケーレスが心を開かなければ、この展開は無かったのである。
 また、失敗とは、内部情報を探るために、教会に送り返すことが出来なかったことであった。彼らは決死隊として、教会との絶縁をしてからこの行動に至っており、既に籍が無かったのである。
 今後のプランについて、それぞれを少人数で各都市に送り込むことにした。複数人で送り出すのは、何らかの動きがあった際の連絡要員であった。担当都市をエリア毎に分割し、巡回させることとした。
 「して、お前たちは、このニュクスを始末した後、身をどのように処すつもりだったのだ?教会に戻れないとなると、市民に紛れるのも難しかろう」
 問うと、
 「連合に受け入れ態勢があると、あのふたりからは聞かされておりました。教区の拡大の計画があると」
 ニュクスは思わず頭を抱えた。
 教区の拡大とは、連盟の吸収に他ならないからだ。
 ここに来て、完全に原理派の手の内が見えた。彼らは、不利になった盤面をリセットして、何某かの計画を継続するつもりなのである。その為の手土産として、連盟を差し出したのであろう。
 売国奴めが……。
 ニュクスは毒づき、今後の流れを読もうと、思考を回転させた。見落としは無いか?疑念を手掛かりに、自身の認識の穴を探る。そしてその思考法により、連盟内で本当の穴になっている個所に気がついた時、彼は渋面を隠せなかった。
 手段は不明だが、アーケイディアこそが、原理派の、連合の狙いであったのである。
 ———辺境から順に侵攻することに、思考が縛られ過ぎていた。



 ニュクスと同じ結論に、同じ頃に辿り着いた者があった。
 ヘスティアである。
 彼女は義父より学んだ思考法と、独自の異能の余禄による直感から、爆心地は他でもないアーケイディアであると予測した。だが、同時に、アルタイルもターゲットであることも見抜き、人員配置についてひとしきり悩むこととなった。この際、一時的にヨナスは捨てるか———。研ぎ澄まされていく中で、ヘスティアは自己の欲ともいうべき執着から解放され、純粋に利と理によって計略を練っていた。
 ニュクスとヘスティアの思考が一致した根拠は、人材の再配置による、アーケイディアの武の手薄さであった。ここには、予め計画が存在していたことを匂わせる、幾つかの状況証拠があった。
 初めにエラトスの離反である。
 本人にその気がなくとも、あれは連盟中央からの離反であった。評議会に席を占める者として、強権を発動するにしても手続きを踏むべきであったのである。表面上、あれは完全にエラトスの独断であり、中央の総意ではなかった。
 また、加えるのであれば、現在も行動のトリガーとなった何らかの理由について、黙秘していることについても擁護出来ない。ヘスティアは教会勢力とみているが、或いは、連合の政府であったのかもしれない。
 ヨナスにおいての前代表アバテーとアエロス導師もそうであった。ふたりはテセウスを煙たく思っている人物ではあったが、敵対はしていなかった。評議会に対しても、取り分け反抗的であったことはない。ならどうして、無茶な反乱を企てたのか……。
 あの一件で、ヘルメスは表舞台に引きずり出され、アロイスも副代表として、中央の評議会から距離を置くこととなった。
 結果的には懸念は現実とならなかったが、アルタイルのパーン代表についても、危うく内乱のきっかけとなり、失脚するところであった。計画はアルタイルの内部抗争に収まらず、連盟の大半の都市が目標であったことが確かめられている。
 思えば、この件について、アルタイルの周辺から徐々にアーケイディアに迫るという基本戦略が脳裏に植えつけられ、ミスリードされた可能性も高い。
 ベガに至っては、都市を連合勢力に掌握され、都市代表の姿すら無かった。彼、シャルデリオは、おそらくは密約により、連合内に地位を得ているのであろう。離任もしておらず、評議会に連絡もなく都市を放棄するということは、連合に逃げたのでなければ、既に命が無いということの証左である。どちらにせよ、駒を落とされたことに違いはない。人選はこちらだが、結果としてここに、デュキスを取られてしまっている。
 アルタイルの面々は、紛争、いや戦争の気配から、前線を動けない。
 前線に戦力を押し並べて、中核メンバーをアーケイディアに戻したいところではある。最悪、アルタイルを抜かれても、アーケイディアを取られるよりはマシなのである。アーケイディアは名実ともに中心地であるので、連盟が崩壊する。
 特殊な都市であるのだ。アーケイディアは———。
 生産ではなく、情報集積都市であるので、代替が利かないのである。
 この時、まだヘスティアとニュクスは、アルタイルからのテセウスの離脱を知らなかった。ふたりはヘルメスとアストライアをアーケイディアに呼び寄せ、ベガにはペルセウスを当てようとしていた。
 辺境はニュクスに巡回させ、中央に集めた人材に、それぞれの方面を睨ませた方が、効率がいい。その際には、権限の問題から、ネレウスを置かなければならない。すると、最前線を維持し、侵攻経路を限定する役目には、万能なテセウスを置くよりないのである。
 「———テセウス様にお願いするか、それともヘルメス様とアストライアに、アルタイルを任せてみるか……」
 いずれにしても、ネレウスは呼び戻さなければならない。
 配置案と、戦力の再配置案を纏め、アロイスの待つ執務室に向かった。早急に、アーケイディア周辺の出入りの規制を行い、連合の息の掛かった商人の物資を差し押さえなければならない。そして、その理由づけを検討しなければ……。
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