上 下
46 / 68
第3章

5 王者の帰還

しおりを挟む
 ヘスティアとアストライアは、ニュクスとケーレスを連れて、アルタイルに向かっていた。アロイスはアーケイディアの再整備に残ったが、彼らも遠隔から、危機的状況であることは掴んでいた。
    ニュクス導師のネットワークにはそれだけの力があった。
 また、彼らはペルセウスにも連絡を取った。
 ペルセウスもある程度目的の情報は得ており、ベガ攻略は合流してからと言うことになった。
    ペルセウスは直接、アルタイルに向かうことになっている。彼には出生の件もあり、あまり居心地のいい土地ではないだろうが、それをものともしない強靭な精神力を持っていると、ニュクスは信じていた。
 実は、テセウスを迎えに出させたのは、アロイスとニュクスである。ディーテも同意していた。きっかけを与えねば、拗れたままであることは明白だったからだ。
 本人も持て余している、矛盾を孕んだ感情のようだから、訊き出そうとしても意味はないであろう。ならば、ひたすらに寄り添うだけだというのが、ヘスティアとアストライアの考えであった。
    そしてその位置をイオに占有されているのが、面白くない。
 様々な思いを乗せて、ヘリントスは疾駆していた。

 ケーレスが操縦を完全にしていたことで、ヘスティアとアストライアには時間的ゆとりが生じていた。そこで、旅の最中にも、鍛錬を続けることとなった。現在はキャリアの天井で、目隠しをした状態で片足立ちを続けるという訓練をしている。
    実はこれは、ケーレスが一番得意としていて、姉を自任するふたりには、かなり面目を欠いた結果となっている。
    向き不向きや戦闘スタイルなどによって異なることは、ふたりには言い訳にしか思えなかった。ケーレスは憶えも良く、アロイスやニュクスから、政治向きの説話なども存分に学んでおり、このままでは沽券に係わるのであった。
 特にアストライアは、すべてにおいてヘスティアに勝ることが出来ず、臍を嚙んでいた。密かに、採掘師としてのスキルを磨き、現場では一番役に立つことに証を立てようと目論んでいる。

 さて、そんな一行であったが、不審な追跡者に気づいていた。
 侵食獣ではない。ヒトである。ニュクスには申し訳ないが、アストライアの方舟教会への感情は極めて悪く、今回もその関係者に違いないと決めつけていた。
 「不審者を撃退するッ!!援護頼む!!」
 指示を待たずに駆けだし、ヴィークルに飛び乗る。
 「アストライア、待ちなさい!!」
 「悪意を抱いて近づく輩に、慈悲は要らん」
 聞く耳を持たずに飛び出したアストライアに深く嘆息し、ヘスティアは艇内に一度戻った。ニュクスの意見を得るためである。
 「ニュクス師、不審者にはお気づきとは思いますが、アストライアが焦れて飛び出してしまいました」
 「あの娘にも困ったものですね……。しばらくは様子を見たかったのですが。おそらく彼らは敵ではありません」
 言い切り、ニュクスは水で口を湿らせた。緊張していたと見える。
 問題は、これも仕組まれていた場合、タイミング的にテセウスを迎えるのが難しくなる。彼らの目的がテセウスだからである。
 「仕方ない。アストライアに少し締め上げて貰って、素直にさせましょう」
 ヘスティアは、師のことを「相変わらず怖い方だ……」と思った。
 「格納庫に、収容できるスペースを容易なさい。捕縛します」
 「承知しました。師も出られるのですか?」
 「私が出ないと、あのイノシシ娘は止まらないでしょう。仕方ないのです」
 簡素に装備を身に着け、聖衣を羽織って、ニュクスは巡行中の艇外に飛び出した。聖衣をはためかせながら、後方の土埃の一団に切り込む。
 その動きは迅速で、且つ正確であった。
 流麗でありながら、力強さを感じるそれに眼を奪われたが、ヘスティアは指示を受けていたことを思い出し、格納庫へ急いだ。
 問題の種、テセウスが直近に居ることに、彼らは気づいていなかった。
 
 
 
 その男は俊敏に懐へ潜り込むと、アストライアに斬り掛ろうとしていた影の肘を跳ね上げ、膝で脇を蹴り飛ばした。鈍い響きが伝わり、骨が砕けたことを認識した。凭れ掛かってきた身体を地面に転がし、次の獲物を探す。
 「テセウス、貴様、何しに来たッ!!」
 敵ではなくテセウスに殴り掛りながら、アストライアが叫ぶ。助け甲斐のない女である。テセウスは拳とそこに収まった束を避けながら、アストライアの背後に忍び寄った影の手首を外側に捻り、腰に乗せながら足を刈った。
 「迎えに来たンだけどなぁ……」
 「ヘリントスに引っ込んでいろ!!テセウス、貴様がここに居ると、話がややこしくなる」
 「そういう事情なら、オレの名前を連呼するの、止めたら?」
 言うと、アストライアは口を噤んだ。
 「あっちは、ニュクス師か……」
 テセウスは、行き掛けにとニュクスを目指し、数人を撃破した。後ろでアストライアがそれらを捕縛しているのを感じる。
 「ニュクス師、何事ですか?」
 「あぁ、君か……。助力有難いが、ヘリントスに籠っていてくれると助かる」
 「さっきもアストライアがそんなことを言っていましたが、標的は自分ですか……」
 訊くことは訊いたので、テセウスはヴィークルに跨り、ヘリントスに向かった。追い縋る影には痛打を浴びせ、アストライアに放り投げた。
 ヘリントスはすぐ傍に停泊していた。着艇ハッチから入るのではなく、今回は艇外フックにヴィークルをマウントし、ロープで懸架して緊急ハッチから艇内に侵入した。鍵を交換していないのは不用心だな、などと勝手なことを思いながらブリッジを目指すと、キャビンにヘスティアが居た。
 「やぁ、侵入者です。警戒が甘いですね」
 「主を締め出す船はないのですよ、テセウス様」
 見れば確かに、侵入そのものは手許のモノリスで感知していたようだ。
 軽快な足音と共に、背後に衝撃が来た。腰に回った手を見れば誰だか判る。
 「ケーレス、侵入者にそんなことをしていると、人質にされるぞ」
 「テセウスさんが侵入者と言うのであれば、私たちは略奪者になってしまいます。いまもまだ、この艇の主人はテセウスさんです」
 こう言われてしまっては、返す言葉が無い。
 「テセウス様、挨拶が足りません。相応しき場には、相応しき言葉があるというものです」
 真剣な眼の女性ふたりに詰められては、こう返すしかない。
 「———ただいま、ふたりとも」
 口を噤むときに噤み、返すべき答えを返した結果として、ふたりから笑顔が得られた。そして、次の瞬間に、袖口を摘まみながら静かに涙を流すヘスティアに胸を貫かれた。罪悪感も、ここまでくると凶器のように抉ってくる。
 「ペルセウスは?」
 「ベガに居りますが、そろそろアルタイルに向かっている頃でしょう」
 「手回しがいいな」
 「師の教えが良いもので……」
 訊くべきことが訊けたので、テセウスはケーレスを剥がしていつものソファに腰を掛けた。落ち着くのを否定しても意味はないだろう……。
 「で、あのお客さんはどなただ?」
 「師は知っているようなのですが、聞かされていません。ただ、テセウス様を隠さないとならない、とだけ———」
 「オレの客か……」
 合流したので安心かと思いきや、しばらく落ち着くことはなさそうだった。
 
 
 
 ペルセウスがヴィークルを降りると、身元不詳の風体の男女に囲まれた。コミュニティや街の色が出ていない衣装で統一されると、その無個性さが不気味にも思える。
 「採掘師ペルセウス、いま貴方にアルタイルに向かっていただくわけには参りません。どうか、このままベガにお戻りください」
 「———合併派の方ですか……。手加減出来ませんが、恨まないで下さいね」
 対処している隙に足を奪われても間に合わなくなるので、ヴィークルをマクロモードで再起動し、自動運転で周囲を巡らせる。そして、自身は長短の二刀を鞘から抜いた。身体を開いた自然体の構えで待ち受け、いつもの苦笑を向ける。
 「テセウスさんのようにはいきませんね。迫力が足りないのかな……」
 刻を置かず裂帛の気合を発し、包囲していた10数人の身体が硬直した。その隙を見逃さず、手近な者から容赦なく撫で切りにする。
 長くはない時間の後、逃げた数人を除き、すべてが血の海に沈んだ。
 中央に立ち尽くし、ペルセウスは嘆息する。
 「やっぱり、テセウスさんのように手加減は出来ませんね」
 殺戮者になりたい訳ではないが、実力不足で斬らずには止められない。
 まだまだ遠い義兄の姿に、ペルセウスは思いを新たにした。
 このままでは居られない、と———。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

処理中です...