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わたし妖しげなムササビカフェ食堂で働きます

とろろ蕎麦

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  先程ムササビに案内された更衣室でわたし達は賄いを食べた。(どうやら更衣室兼休憩室らしい)

  テーブルの上にはどんぶり器に盛られた温かい蕎麦とそれにかけるとろろの器と味噌汁にそれから緑茶が置かれている。

「わっ、とろろ蕎麦だ~ありがとうございます。これ、めちゃくちゃ食べたかったんですよ」

  わたしは思わず満面の笑みを浮かべてしまう。

「わたしも食べたかった~」

  ムササビも頬が緩みとても嬉しそうだ。

「真歌さんもムササビも食いしん坊ですね。まあ、俺も食いしん坊だけどね」

「なんだ、みんな食いしん坊仲間だったんですね」

「そのようですね。では、冷めないうちに食べましょう」

  高男さんがそう言いながらお箸を手に取る。それに続きわたしとムササビもお箸を手に取り「いただきま~す」と言った。

  先ずはどんぶり器に盛られた蕎麦に別の器のとろろを入れる。かつお出汁の香りが鼻腔をくすぐる。わあ、もう美味しそうでワクワクしちゃう。

  わたしは、蕎麦ととろろを絡めて食べる。蕎麦ととろろは良く合う。お腹の中がぽわっと温かくなりああ、幸せだ。

「とっても美味しい~」

  わたしは、蕎麦をズルズル食べながら満面の笑みを浮かべた。

「うん、いつ食べても美味しいよ~」

   ムササビもほくほくな笑みを浮かべる。

「我ながら美味しいな」

  高男さんは頬を緩め美味しそうに食べている。

  わたし達は蕎麦をズルズルと音を立てて食べた。

「そう言えばメモ用紙の履歴書に前職はコールセンターのオペレーターと書いてあったけど飲食店の経験はないんですか?」

  高男さんがどんぶり器にお箸を置き尋ねてきた。

「あ、はい、飲食店は初めてです……」

「やっぱりそうなんですね。単発のアルバイトでもないんですか?」

「はい、ありません。まさかクビなんてことはありませんよね?」

  わたしはビクビクしながら高男さんを見る。

「あはは、俺がお願いしたのにいきなりクビなんて鬼みたいなことはしませんよ」

  高男さんはあははと豪快に笑った。

「良かった……」

  わたしは、ほっと胸を撫で下ろす。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。このカフェ食堂はなんたって暇だからね。ゆっくり覚えてください」

「そっか、それだったら良かった」とほっとしたのだけど暇と言う言葉が引っかかる。

「ん?  真歌さんどうかしましたか?」

  高男さんが不思議そうにわたしの顔を覗き込んだ。

「その……お給料はちゃんといただけますよね?」

  わたしは恐る恐る聞いた。

「それは安心してください。お給料はもちろんお支払いしますよ。後で契約書をお渡ししますよ」

  その言葉に安心はしたけれど、わたしは、条件もきちんと聞かずにこのムササビカフェ食堂の従業員になっていたことに気がついた。


  賄い料理を食べ終えたわたし達は「さあ、仕事に戻りましょう」と気合いを入れたのだけど。今、自分達が使った食器を洗うと暇になった。

「高男さん、お客さんは?」

  わたしは、洗い場から顔をひょっこり出し店内を見回した。

「さっきいたお客さんは帰ったので誰もいませんね」とこちらに振り向き答えた。その顔は呑気な表情だった。

「そうですか……」

  高男さんはお客さんがいないことなんて気にしていないようだが、わたしは、気になる。だって、閑古鳥が鳴いているとお給料が貰えるか心配になるんだから。

「う~ん、暇だ~ムササビになって空でも飛んでこようかな。でも、本来ムササビは夜行性なんだよね」

  ムササビは小さな木製の椅子に腰をかけ足をぷらぷらさせている。

「わたしもムササビちゃんの空飛ぶ姿をみたいな~」

「見せてあげたいけど登山者に注目されちゃうかな」

「そっか、ムササビって昼間山登りをしても見かけないもんね。図鑑で読んだけどムササビは昼間寝てるんでしょう?  そう言えばムササビちゃんは昼間寝ないの?」

  わたしは人間の女の子姿バージョンのムササビをじっと見て尋ねた。

「たまに昼寝してるよ。でも、ここに居ると人間と同じ生活リズムになってるかな」

「ふ~ん、そっか。姿も人間になっているもんね」

  わたしはそう言いながらこの状況を受け入れていることに今更ながら驚いた。
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