上 下
7 / 134
わたし妖しげなムササビカフェ食堂で働きます

わたしとムササビと料理

しおりを挟む
「真歌さんには調理の補助でもしてもらいましょうか」

  そう言って高男さんがニンジンとキュウリをわたしの目の前に置いた。その色鮮やかなオレンジ色とグリーン色に視線を落としたわたしはギクッとした。

「……真歌さん、どうしてニンジンとキュウリを繋げて切るんですか?」

  わたしが切ったニンジンとキュウリをじっと見て高男さんが呆れた声を出す。

「だって、わたし料理苦手だから……」

  わたしの声は小さくなる。

「てっきり料理上手かと思いましたよ。まさか料理したことないとか?」

  わたしの切った繋がったままのキュウリやバラバラに切られたニンジンを眺め高男さんは盛大に溜め息をつく。

「いいえ、ありますよ。食べられたらいいやと思って適当に切ったり手でちぎれる野菜はちぎってるので……」

「ちぎるのもいいですが一応ここはカフェ食堂なんですよ。切り方は今度教えるので洗い物でもしてください」

「はい……」

  わたしはしょぼんと返事をした。せっかくありつけた仕事なのにクビになったら大変だ。

「真歌ちゃん、ドンマイだよ」

  洗い場に立つわたしの背中をぽんぽんとムササビが叩いた。

「うわぁ~ん!  ムササビちゃん慰めてくれてありがとう」

「わたしもいつも高男さんに怒られているんだよ~」

  ムササビは歌を歌うように言った。


「ムササビちゃんも料理苦手なの?」

  わたしはスポンジに食器洗剤をつけながら尋ねた。

「うん、わたしの得意技はこの可愛らしい笑顔と愛想のいい接客だけだもん」

  ムササビは得意げに胸を張る。

「あはは、自分で可愛らしいって……まあ、ムササビの姿はもちろんのこと人間の姿も可愛いけどね」

「でしょう~可愛いからいいんだよ~」

  ムササビはふふんと笑う。楽天家で羨ましい。きっと、あまり落ち込まないんだろうな。

「あ、ムササビちゃん味噌汁が沸騰し過ぎてるよ」

  わたしはぽこぽこ沸騰している味噌汁を指差し言った。

「あ、また、やっちゃった」

  ムササビは火を止めこっちを見てえへへと笑い「ドンマイドンマイ」と今度は自分を励ましている。

「ねえ、ムササビちゃん話は変わるけどこのカフェ食堂は洋食も和食もあるの?」

「うん、なんでもありな感じかな。お客さんの食べたいものを出すからね。それと高尾山ぽい料理もあるよ」

「へぇ~そうなんだね。高尾山ぽい料理はやっぱり蕎麦かな?」

  わたしはスポンジで食器を洗いながらそういえばメニュー表をちゃんと見ないでアップルパイを注文したことを思い出した。

「うん、そうだよ。高尾山の名物はとろろ蕎麦だからね」

わっ、とろろ蕎麦が食べたくなるぞ。


「名物料理からパンまで多彩なメニューなんだね」

  仕事で料理を作るより食べるのを専門にしたいなと思った。だって、食いしん坊なわたしはとろろ蕎麦もパンもそれから和食も洋食もなんだって好きなんだから。

「真歌ちゃんってば今、食べるの専門にしたいと思ったでしょ~」

「え!  どうしてバレてるのかな……あ、まさかムササビちゃんは透視能力があるとかじゃないよね」

「透視能力!  あるわけないよ。わたしはただのムササビだもんね。真歌ちゃんの顔が食べたいなって物語っているんだよ」

「そっか……」

  わたしは、頬に手を当てて慌てて引き締まった表情をつくる。

「あ、でも、ムササビちゃんは人間に化けるムササビだから特殊なムササビだよ」

「え~!  わたし特殊なムササビかな~」

  なんて話をしながらわたしは洗い物をした。その時、

「お~い、真歌さんにムササビ賄い料理食べるか~い」と何やら調理をしていた高男さんがわたし達の方を向き言った。

「はい、食べます!」、「食べる~」とわたしとムササビの声は揃った。

「二人とも元気な返事だね」

  高男さんは呆れたように笑った。

「だって、食べることは生きることだもんね」とわたしが言うとムササビは「そうだよ、生きるためには食べなきゃだよ」と言った。

  そして、わたしとムササビは顔を見合わせ笑い合う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

下宿屋 東風荘

浅井 ことは
キャラ文芸
神社に憑く妖狐の冬弥は、神社の敷地内にある民家を改装して下宿屋をやっている。 ある日、神社で祈りの声を聞いていた冬弥は、とある子供に目をつけた。 その少年は、どうやら特異な霊媒体質のようで? 妖怪と人間が織り成す、お稲荷人情物語。 ※この作品は、エブリスタにて掲載しており、シリーズ作品として全7作で完結となっております。 ※話数という形での掲載ですが、小見出しの章、全体で一作という形にて書いております。 読みづらい等あるかもしれませんが、楽しんでいただければ何よりです。 エブリスタ様にて。 2017年SKYHIGH文庫最終選考。 2018年ほっこり特集掲載作品

処理中です...