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雪降る洋館に閉じ込められた
浴槽
しおりを挟む太郎は、上体を起こし、「俺は大丈夫だよ~未央ちゃん、顔が青白いよ」なんてケラケラ笑いながら言うではないか。なんて最低な男なのだろうか。
「一体どういうことなの」
わたしは声を絞り出すようにして尋ねた。
すると太郎は、
「ごめんよ、未央ちゃん、転んだのは本当なんだ。床に落ちていた石鹸を踏んで滑って転んだんだよ」
太郎は顔の前に手を合わせて謝った。
「だからって、言っていい冗談とダメな冗談があるよね。わたしは本気で心配したんだよ。でも、転んだなんて大丈夫?」
「本当に、ごめんなさい、まさかそんなに心配してくれていると思わなかったからつい……大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
しょんぼりと項垂れる太郎を見ると、本気で謝っているみたいだから。
「許してあげるよ。それはそうと、お風呂の様子はどうだった?」
わたしは、本来の目的を思い出して、またドキドキしてきた。そして、横目でチラリとお風呂の方を見た。
「お風呂はなんともなかったよ。未央ちゃんの勘違いじゃないの?」
「そんなことないもん。絶対に赤黒いお湯に変色して血みたいにわたしの方へとドロリドロリと流れてきたんだよ」
「じゃあ、自分の目で確かめたらいいよ。俺は湯船を覗き込んで何もなくて、それで戻ろうと思ったらこの石鹸があって、すってんころりんと転んだんだから」
太郎は、そう言って恨めしそうに石鹸を指差しながら、ぶうぶう文句を言っている。
太郎が嘘をついている様子はないけれど、じゃあ、わたしが見たものは一体なんだったのだろうか?
確認しなければ……。
もう一度浴槽に近づくのは恐いけれど、だけどこの目で確かめないと。
わたしは、浴槽に近づいた。また心臓が早鐘を打つ、見たくないのに、だけどあれは幻でも見間違いでもなくて本当にこの目で見たものなのだから。
そして、浴槽を覗き込むと。
本当だ。太郎の言う通り、浴槽に張られたお湯は無色透明だった。
そんな馬鹿な……。
そんな馬鹿なことがあるなんて信じられない。お湯は赤黒いどころか、垢さえ浮いていないのだから。
わたしの目がおかしかった?
ううん、わたしはこの目でちゃんと見た。嘘じゃない。
「未央ちゃん、お風呂なんともないだろう?」
太郎がわたしに声を掛けてきた。
「うん。だけどさっきは、本当に赤黒い血みたいなお湯になっていたのよ」
「未央ちゃん、ちょっと疲れているんじゃないの?」
そう言って太郎は、さっさと部屋に戻ろうとする。わたしは腑に落ちないけれど、いつまでもこの不気味な大浴場に居たくはないので、部屋に戻ることにした。
「あ、そういえば俺風呂に入ってないじゃん」
太郎は、今頃思い出したらしい。
「た、太郎君、男湯は大丈夫かもしれないけれど、止めておいた方がいいと思うよ。部屋にもシャワーがあるんだしね」
「まあ、未央ちゃんがそう言うんなら、そうするよ」
太郎は納得していない様子だが部屋でシャワーを浴びてくれるみたいなので良かった。
そう、わたしがほっとしたその時。
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