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わたしの中の英美利
ピンクのチークとそれから
しおりを挟むそれから数日後。わたしはお姉ちゃんと一緒に英美利ちゃんの家に向かっていた。
昨夜、英美利ちゃんから電話があったのだ。電話の向こうから英美利ちゃんの弾んだ声が聞こえてきた。
その声を聞くと中川英美利の音痴だけど可愛らしい歌声を思い出しわたしはクスッと笑ってしまった。
「ちょっと~葉月ちゃんってばどうして笑っているの?」
英美利ちゃんのちょっと拗ねたような声が電話の向こうから聞こえてきた。
「あ、ごめんね。ちょっと思い出し笑いをしてしまって……」
「ごめんねって言ってるけど葉月ちゃんまだ笑っているよね」
「えっ? 笑っているかな。あははっ」
「笑っているじゃない!」
「あ、えっと、あははっ~どうしてかな笑いが止まらないよ~」
わたしは笑うのを止めようとするけれど、コントロールができず笑ってしまうのだ。だって、頭の中にあの英美利ちゃんの歌声が流れてくるのだから。
「変な葉月ちゃん」
きっと電話の向こうの英美利ちゃんは首を傾げているだろう。だけど、わたしはその後もあははっと笑ってしまった。
わたしの笑いが止まると、英美利ちゃんが、
「葉月ちゃんやっと笑うのを止めたんだね」と嫌味っぽく言った。
そして、「そうそう休みの日わたしの家に順子ちゃんと一緒にコメディドラマを観に来ない?」と言ったのだった。
それで今、わたしとお姉ちゃんは英美利ちゃんの家に向かっているのだった。
「あの笑えるコメディな姿が観られると思うと今から笑ってしまうよ」
お姉ちゃんはそう言って肩を揺らして笑っている。
「そんなに笑わなくても」
なんて言いながらわたしも笑っている。わたし達は似たもの姉妹かもしれない。
「葉月ちゃんも笑っているじゃない」
「うん、そうだよね。ねえ、お姉ちゃんそのチーク」
わたしは、お姉ちゃんのピンク色に染まっている頬をちらりと見ながら聞いた。
「あ、これね。英美利ちゃんがテレビコマーシャルで宣伝しているチークだよ。って、葉月ちゃんもほっぺたピンク色じゃない」
お姉ちゃんは、わたしの顔を覗き込みクスッと笑った。
「うん、わたしも英美利ちゃんのテレビコマーシャルのチークを使っているんだよ」
「ふーん、そうなんだね」
お姉ちゃんはニヤリと笑った。
良かったと思う。お姉ちゃんは実家で一緒に英美利ちゃんのコメディドラマを観たあの日から明るくなった。頬もピンク色で可愛らしい。英美利ちゃんの家に向かう足取りも軽くなる。
「このチークをつけるとなんだか元気になれるね」
「うん、まあね……わたし英美利と綺麗な時間を過ごしましょうってあの台詞ちょっとムカつくけどね」
お姉ちゃんはそう言いながらも笑顔を浮かべていた。
英美利ちゃんの洋館風な豪邸に着いた。今日は仕事ではないので、インターホンを押した。
「はーい」と英美利ちゃんの元気な声がインターホン越しに聞こえてきた。
「こんにちは、葉月です」とわたしはインターホンに向かって挨拶をした。
「葉月ちゃんどうぞ~」
インターホンがプチッと切れて門がギーギーッと自動的に開いた。
初めてお手伝いの仕事でやって来たあの日を思い出した。わたしはドキドキしながらこの門を潜ったんだ。
なんだか懐かしいな。なんて思い出に浸りながら歩いているとお姉ちゃんが、
「馬鹿でかい家。見栄っ張りな英美利ちゃんらしいね」
「ちょっとお姉ちゃん! 英美利ちゃん本人には言わないでよ」
「さあね。どうかしらね」
お姉ちゃんはフフンと鼻で笑った。
「絶対に言わないでよ」
わたしは、振り返りお姉ちゃんの顔をじっと眺めた。だけど、お姉ちゃんはぷいと顔を背けた。これだから困るのだ。
玄関の前にはひまわりが咲いていた。
元気で明るい英美利ちゃんのイメージにぴったりな花だなと思うのと同時にでもやっぱり英美利ちゃんに似合う花は棘のある薔薇かなと思ったりもした。
玄関の扉が開くと大きなひまわりの花のような英美利ちゃんの笑顔が出迎えてくれた。
ひまわりの花のようにキラキラ輝く英美利ちゃんの笑顔はこの夏の空に溶け込んでいる。
玄関の前に咲いているひまわりと英美利ちゃん。なんだか絵になるなと感じ英美利ちゃんの顔をじっと見てしまった。
それか夏の太陽の光みたいな輝きにも見えた。
「どうぞ~葉月ちゃんにそれから順子ちゃん」
英美利ちゃんは大きな笑みを浮かべた。頬にはあのピンク色のチークがふんわりと輝いていた。
「お邪魔しま~す」
「こんにちは」
わたしとお姉ちゃんは挨拶をし、靴を脱いで家に上がった。いつもと同じ家なのに仕事の時とは違って見えた。
「ふふん、英美利ちゃんらしい見栄っ張りな部屋」
お姉ちゃんがとんでもないことをポツリと呟いた。
わたしはお姉ちゃんの肘をつついた。黙ってよと目でも合図を送ったけれど、お姉ちゃんは素知らぬ顔だ。
「何か聞こえてきたけど」
英美利ちゃんが振り返りわたし達の顔を見た。
「あ、なんでもないよ。ねっ、お姉ちゃん」
視線を送りお姉ちゃんに同意を求めた。
「ふふん、なんだか見栄っ張りなゴージャスな部屋だねと言ったのよ」
お姉ちゃんは嫌味ったらしく言った。
「なんですって!」
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