上 下
4 / 87
日常

こんな時は

しおりを挟む

  何とか仕事をこなしお昼休憩になった。

  ロッカールームでわたしがスマホを取り出していると、肩がぽんぽんと叩かれた。振り向くと真由香がにっこりと微笑みを浮かべていた。

「さあ、楽しみなお昼の時間がやって来たよ~」

  真由香は満面の笑みを浮かべている。

「あ、うん。そうだね……」

「亜沙美ちゃんてば顔が暗いけどどうしたの?  お客さんからクレームでも受けたのかな?」

「違うよ。大丈夫だよ」

「だったらいいけどね。じゃあ、さっき見せた定食屋にでも行ってたらふくご飯を食べて元気になろうよ」

  そう言って真由香はニコニコと笑うけれど、今のわたしはその定食屋が暗くなる原因なんだよと言いたくなる。

  いつもは真由香のほんわかとした優しい丸顔に癒されるけれど、今日はその顔が悪魔のように見える。

「あ、もう、亜沙美ちゃんってばどうして黙っているのよ。早く行こうよ」

  真由香が頬をぷくぷく膨らませたその時、

  手にしていたスマホがぷるぷると振動した。画面を見ると『松木』と表示されている。うげっと声を上げそうになるけれど、今は『松木』が救世主のように見えた。

「真由香、ごめん。電話が鳴ってる」と言ってわたしは電話に出た。

「もしもし」
『ぽんこつ先生原稿は進んでいるかな?』

  松木の意地悪な声が電話口から聞こえてきた。

「ぽ、ぽんこつって失礼じゃない」


『ふ~ん、だったら亜沙美先生原稿は進んでいるのでしょうか?』

  松木の意地悪な含みのある笑い声が聞こえてきた。その顔はきっと唇を歪めているのだろう。

「うっ、それは……」

『それは、どうしたんですか?  亜沙美先生』

「い、一行も書けていません……」

  わたしは悔しくて地団駄を踏んだ。

『な、なんと亜沙美先生は一行も書けていないんですか。って、おい、一行も書けていないのかよ!』と松木は大声で叫んだ。

「そんなに大声で叫ばなくてもいいじゃない」

  松木の大きな声が耳にキーンと響く。

『亜沙美先生いや、ぽんこつ先生、どれだけ頭が壊れているんだよ。一週間時間をやったのに何をしていたんだよ』

「……何をって仕事をしていたわよ」

『仕事って何の?  執筆かな?』

「コールセンターの仕事だけど……」

  わたしがそう答えると、『ふざけるなよ!』と松木が大声で叫ぶものだから耳がキーンと痛くなるではないか。

  うるさい男だ。

「松木うるさいよ。わたしだって一生懸命考えているのに何も思い浮かばないんだから仕方がないじゃない」

  なんて言いながらちょっと情けなくなってくる。

「だからぽんこつだって言われるんだよ」

「……酷いよ」

  わたしは耳に当てたスマホをぎゅっと強く握った。電話口から松木の大袈裟な溜め息が聞こえる。

   
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

もらうね

あむあむ
ホラー
少女の日常が 出会いによって壊れていく 恐怖の訪れ 読んでくださった方の日常が 非日常へと変わらないとこを願います

トランプデスゲーム

ホシヨノ クジラ
ホラー
暗闇の中、舞台は幕を開けた 恐怖のデスゲームが始まった 死にたい少女エルラ 元気な少女フジノ 強気な少女ツユキ しっかり者の少女ラン 4人は戦う、それぞれの目標を胸に 約束を果たすために デスゲームから明らかになる事実とは!?

コ・ワ・レ・ル

本多 真弥子
ホラー
平穏な日常。 ある日の放課後、『時友晃』は幼馴染の『琴村香織』と談笑していた。 その時、屋上から人が落ちて来て…。 それは平和な日常が壊れる序章だった。 全7話 表紙イラスト irise様 PIXIV:https://www.pixiv.net/users/22685757  Twitter:https://twitter.com/irise310 挿絵イラスト チガサキ ユウ様 X(Twitter) https://twitter.com/cgsk_3 pixiv: https://www.pixiv.net/users/17981561

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

処女作

探偵とホットケーキ
ホラー
世田谷233及び全国のネットカフェ複数個所にて公開済みの小説です。

二談怪

三塚 章
ホラー
「怖い話を教えてくれませんか」  動画配信者を名乗る青年は、出会う者にネタとなりそうな怖い話をねだる。 ねだられた者は、乞われるままに自身の奇妙な体験を語る。 同世界観の短編連作。

百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話

黒巻雷鳴
ホラー
目覚めるとそこは、扉や窓の無い完全な密室だった。顔も名前も知らない五人の女性たちは、当然ながら混乱状態に陥る。 すると聞こえてきた謎の声── 『この部屋からの脱出方法はただひとつ。キミたちが恋人同士になること』 だが、この場にいるのは五人。 あふれた一人は、この部屋に残されて死ぬという。 生死を賭けた心理戦が、いま始まる。 ※無断転載禁止

処理中です...