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お父さんの料理
しおりを挟むねえ、祐介君、お父さんと高校生になっても旅行に行けることは幸せなことなんだよ。
わたしは心の中で呟いた。
あの日の楽しかった思い出がキラキラとよみがえってきて幸せな気持ちと悲しい気持ちが入り混じる。
琵琶湖に旅行に行ったあの日、お父さんが、『料理を作ってあげるから楽しみにしているんだよ。お父さんは料理が上手なんだからな』と言って胸を張った。
わたしと奈央は『お父さんの料理食べられるのかな? 美味しいのかな』、『不味かったらどうしよう』と言って顔を見合わせた。
だけど、わたしも奈央もお父さんが作ってくれる料理が食べられると思うととても嬉しかった。
そして、あの日遊び疲れて寝ていると。
トントントンと包丁で野菜を切る音が聞こえてきた。その音が耳に心地よく感じた。お母さんかおばあちゃんが料理を作っているのかなと思った。
目を開けると部屋の様子が違うことにわたしは、気がついた。見慣れない木目の天井に紫色のカーテンが風にゆらゆらと揺れていた。
そうだ、お父さんと琵琶湖に旅行に来ていたということを思い出した。湖でおもいっきりはしゃぎ泳ぎ疲れたわたしは、ホテルに戻り横になると寝ていたようだ。
懐かしいあの日の思い出がキラキラとよみがえってきた。
そして、そろりと起き上がるとキッチンに立つお父さんの後ろ姿がそこにあった。
ペンをぎゅっと握っていたわたしの手に力が入ってしまった。
あの日、お父さんが作ってくれた料理はどんな味がしたのか思い出せないし、何を作ってくれたのかも思い出せない。
キッチンに立つお父さんの後ろ姿と野菜をトントントンと包丁で切る心地よい音しか思い出せなかった。
どうして思い出せないのと思うと悲しくなる。
わたしは、お父さんとの遠い記憶を思い出しながらノートをぺらぺらとめくった。
するとそこには、
○月○日
旅行から帰って来ました。久しぶりにカフェノートを開きました。今日は、オレンジジュースとアップルパイを食べています。めちゃくちゃ甘いな。でも、それがまた美味しい。
親と行く旅行は恥ずかしかったけれど行って良かったなと思う。なんだかんだ言いながらも俺はお父さんとお母さんのことが好きなんだなと思った。
こんなこと両親には言えないしましてや友達にも言えないけれど……。言ったら絶対に笑われると思う。
お父さんは『祐介、この魚めちゃくちゃ旨いぞ。あ、この茶碗蒸しも旨いぞ~』と言った。 そう言って満面の笑みを浮かべて食べた。
お母さんも動物園に行き『きゃ~このお猿さん祐介みたいで可愛い~』と言って子供みたいにはしゃいだ。
その猿はまったく俺に似ていなかったし、それに高校生にもなって動物園に行かなきゃならないんだよと思った。けれど、なんだか楽しかったんだよな。
良い思い出になったと思う。祐介。
わたしは、祐介君のカフェノートに書いた文章を読みニコニコと笑った。恥ずかしがりながらも旅行をおもいっきり満喫してきた祐介君の姿が目に浮かぶ。
だって、我慢して旅行に行くとカフェノートに書いていたくせに両親のことが好きだなんて言っているのだから。なんだか可笑しくなるのと同時に羨ましいなと思った。
祐介君はお父さんとお母さんに愛されていたんだね。わたしも高校生の今、親子揃って旅行に行きたいなと思った。
そんなことを考えてもお父さんはいないのだからどうにもならないのだけど……。
わたしは、モンブランを食べていますと書いた自分の文章の下に『祐介君は高校生活を楽しんでいますね。早乙女』と書いた。
すると、その時ノートに文字がぽわんと浮かび上がってきた。
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