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  成都が立ち上がり、会議の資料を配り始めた。
  絢斗や稀瑠空がカーテンが閉め、部屋が薄暗くなった。
  征爾が天井に吊り下げられた大きいスクリーンを引き出して、プロジェクターを大夢が微調整している。



「それじゃ、今からミーティングを始めるね。大夢、資料出して」



  大夢は頷くと、パソコンをカタカタと操作し始めた。
  大きいスクリーンには、柊の写真の入った資料が映し出される。写真とはいえ、柊の顔を見るのが辛かった。



「樋浦柊、20歳。SHGのリーダー。県内で大手の樋浦建設の長男で一人息子。樋浦建設は樋浦グループのトップで不動産業や人材派遣業もしている。将来は柊が会社を継ぐ予定だ。学校名は不明だけど大学へ通っているって噂がある。樋浦建設の役員名簿に名前があるから、恐らく形だけ役員をしてる。SHGの元メンバーに警察関係者がいるのと、樋浦建設自体が強大な力を持ってるから、警察が動いてくれない可能性がある。それ以外にも、様々な所と繋がりがあって、かなり厄介な相手……って感じかな」



  陽人がレーザーポインターで、スクリーンの要点を指し示しながら、説明を始めた。  



「俺の父親は顔が広いから聞いてみたんだが、学生の頃、柊はうちの茶道教室へ礼儀作法を学ぶ一環として通っていたらしい。柊は礼儀正しくて、優秀で頭の切れる将来有望なご子息だと評判だ。半グレのリーダーとか悪い噂なんて、ひとつも聞こえてこなかった」



  ポーカーフェイスで征爾が淡々と述べた。



「すごいね…俺達の間では恐れられてる奴が、大人の間では優秀な跡取りだなんてて言われてて……」



  稀瑠空が口許を押さえて、怪訝そうな顔付きをした。



「見た目だけならァ、顔が良くて、品の良い坊っちゃんだしなァ」

「それぞれの場所で、自分の顔を使い分けてるんだねぇ。手強い奴で怖いなぁ……」



  絢斗は右手でペン回しをしながら呟き、成都は頬杖をつきながら難しい顔をしていた。



「俺も父さんに相談してみたんだ。例え権力が邪魔をしても、世論が動けば警察も動いてくれるんじゃないかって言ってた。それに父さんも協力してくれるって。だから、少しずつ地道にSNSやまわりに味方を作ってく活動していきたいなぁって思ってるよ」



  陽人は市議をしている父親へ、相談したみたいだ。



「……なんか、すげぇ…映画とかみてぇだな……」

「こうやって話してると現実味がないよね。スーパーヒーローみたいに、派手にパパっと柚希を守れたら良いんだけど……現実は地道で時間がかかりそうかな」

「陽人くん。親衛隊の方で腕っぷしの強い人だけでチーム編成をしてみたわ」

「稀瑠空様と陽人殿の親衛隊、それぞれでチームを作ってみました。資料は生徒会のアドレスへ今送ります」



  それぞれの親衛隊の隊長の彩ちゃんと近衛が、作成したチーム編成の資料を提出した。



「大夢、プロジェクターに反映してみて」



  陽人の指示に頷き、大夢が操作すると資料が映し出された。



「うちの親衛隊は女子が多いから、協力できる人数は稀瑠空くんの親衛隊の割合のが多いかな。格闘技の有段者だし、リーダーは近衛くんに一任するわ」

「左近寺殿に頼まれて、チームリーダーも兼任する事になりました。改めまして、よろしくお願いします」

「近衛くん、彩ちゃん。こちらこそよろしくね」

「「はい」」

「近衛、頼んだよ」

「はっ、稀瑠空様」






「……みんなが頑張ってくれてるのに、悪いんだけど……俺は柊を警察に訴えるつもりはない。理由は……言えない……ごめん……」



  陽人が、みんなが、時間を割いて懸命に動いてくれているのに、自己中な事を言っていてすごく身勝手だっていうのはわかっていた。



  それでも……


  レイプされた事を美空に知られたくなかった。

  美空の代わりにレイプされたなんて、知られたくなかった。






  警察に訴えたら、洗いざらい何でも言わなくてはならない。そうしたら、どうしても美空に知られてしまう。

  事件にしてしまえば、ネットで事件を知った知らない第三者が、面白がって美空を誹謗中傷し、傷つけるかもしれない……

  だから、それだけはどうしても避けたかった。






「わかってるよ。柚希の嫌がる事はしないから、大丈夫。他にも嫌な事があったら、我慢しないで必ず言ってほしい」

「んっ……わかった」

「俺達が必ずユズ先輩守るから。轟が不良どもへユズ先輩に近付かないように言ってくれたみたいだから、ナンパとかも減ると思うよ」

「ただ、柊の命令はあいつらには絶対だ。引き続き奴らの動きには十分に気を付けるようにな」

「せいじぃ、ゆずゆずは気を付けてるってぇ。大丈夫だよね?」

「あぁ。油断しないように、気を付ける」

「はるさ~ん。俺から柚希ちゃんに、ちゃんと挨拶ってしてないんすよォ。だから、今しても平気っすかァ?」

「ハル先輩やめた方がいいよ……」

「こんな不埒な奴の言葉なんか信じるな、陽人」

「絢斗も大切な仲間だよ。征爾も稀瑠空も当たりが強すぎるって。柚希、絢斗が挨拶したいって」

「わかった」



  絢斗が俺に近付きウィンクしてきた。チャラいなと思いながらも、きちんと挨拶したいと言う絢斗をじっと見つめた。



  チュッ……



  唇と唇が触れ合った。
  一瞬の出来事で頭が混乱した。



「はぁ?何すんだ、おまえっ!」

「ふふっ、俺の国の挨拶だよォ。柚希ちゃん、もっとしよォ」

「そ、そうなのか……俺、外国の習慣とか、そういうのわかんねぇから。悪かったな……」



  わからないとはいえ、なんか悪い事したなって思って、また挨拶を受け入れる体勢をした。
  絢斗はクォーターだから、日本と挨拶が違うのかもしれない。



「バカ絢斗!挨拶で口にキスする国なんてないだろっ!それに、おまえの母さんハーフだけど、めちゃくちゃ日本式の挨拶しかしないじゃん!」

「はぁ~~~。柚希、信じるな。こいつの嘘だ。海外の挨拶でチークキスはしても、唇にするのは夫婦や恋人などの特別な間柄だけだ」

「騙したな……ふざけんな、くそチャラ男!」

「柚希ちゃんまで、ひどいなァ。俺流の挨拶だってェ。ねぇ、はるさん」

「…………」

「はるさん……?」

「…………」

「僕はるはるの笑ってない目をした笑顔見るの、初めてかもぉ」

「陽人が怒るなんてよっぽどだぞ」

「えっ~、はるさん、マジですみません!!!もう、しませんからァ!」

「自業自得だよ、バーカ」



  その時、隣の席からシャツの袖をグイグイと小さく引っ張られた。



「大夢……?」

「大夢も自分で挨拶したいのかな?」



  陽人がそう言うと、大夢はコクコクと頷いた。
  俺は大夢の方を向いて、挨拶が始まるのを待っていた。



「…………」

「?」

「…………」

「??」

「…………」

「???」



  暫く沈黙が続いた後に、大夢はスマホのQRコードが表示された画面を差し出してきた。



「大夢は喋れないんだ。でも、耳は聞こえるから普通に話してて大丈夫だよ。連絡先交換してほしいって。生徒会のグループトークも柚希がいた方が、みんなとのやり取りもスムーズになるから、登録してほしいな」

「……わかった」



  シャイで喋らないのかと思ってたら、大夢は喋る事が出来なかった。電話帳に登録すると、早速大夢からメッセージが届いた。



《はじめまして、柚希先輩。柚希先輩がゲーム好きって知って、趣味が同じですごく嬉しいです。喋れなくて迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします》



  メッセージの後にURLが送られてきた。クリックすると、創作ゲームのサイトへ繋がった。



「ここ、俺も知ってる。ここの1年以上人気No.1になってるゲーム、すげぇ面白いよな。これ、作った奴、すごいって思う」



《これ、僕が作りました。楽しんでもらえて嬉しい》



「えっー、マジで?大夢、天才じゃん!」



《今作ってるゲームで、途中までのお試し版だけど、よかったら遊んでください》



  早速送られてきた新作のゲームをやったけど、すごく面白かった。



「これも、マジで面白い!また、続きが出来たら教えてよ」



《自信なかったから、嬉しいな。頑張って続き作るから、待ってて下さい》



  俺が「すげぇ、楽しみ」って言うと、無表情の大夢が本の少し笑ったような気がした。



「やっぱり、二人は合うと思ったんだ。柚希も大夢もすごく人見知りだからちょっと心配だったけど、すぐに仲良くなれて良かった」



  陽人に言われて気付いたけど、俺がこんなに人に対して打ち解けるなんて珍しい。それだけ、大夢とは気が合うんだなって思った。



「山崎はもう大丈夫だと思うけど……心配だから、着替えは生徒会室でしてね」

「えっ?放課後、柚希ちゃん、ここで着替えるんすかァ?毎日俺が手伝いに来ますよォ~」

「絢斗は柚希が着替えてる間は、出入り禁止ね」

「なんでですかァ?はるさんいつだって、俺の事信用してくれてたじゃないですかァ」

「…………」

「その笑顔、怖いですってェ!なんか、はるさん冷たいんだけどォ」

「だから、自業自得だって。バカ絢斗」



  稀瑠空がジト目で絢斗を睨んでる。
  絢斗は陽人に必死に謝ってて、陽人は微笑みながら軽く無視していた。
  成都と征爾は椅子に座り、仲良く紅茶を飲んでいた。
  大夢はパソコンをカタカタといじって、新作のゲームを作ってるみたいだ。






  今まで自分がいた世界と、まるで別世界だと思った。

  それなのに、すごく居心地が良くて、楽しくて……

  ずっとここにいたいって、思ってしまった。



  俺を助ける為じゃなかったら、独りを好む俺の事を、陽人はここへ連れて来なかっただろう。









  レイプされた事は悲劇だ。
  すごく、辛くて、悲しくて、悔しくて……



  でも、それがきっかけで世界は広がった。
  新しい出逢いがあった。



  新しい世界で、新しい仲間とだったら、柊という強大な力に太刀打ちできるのかもしれない。






「じゃ、今日はそろそろ帰ろうか。みんな、お疲れさま」



「お疲れ」

「お疲れさまぁ」

「お疲れ様です」

「お疲れっすゥ~」

《お疲れ様です》



  陽人の一声で、みんなが立ち上がった。


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