上 下
75 / 423
第4章:人の痛み

28話

しおりを挟む
「夫「母さんが刺したことになっているんだから……あとで私の指紋は拭いて、自分の指紋をちゃんとつけといて」
 血まみれになりながらナイフを構えて威嚇する真由美を見ても、両親はともに何も言えずに黙りこくるのみで、真由美が妹を迎えに子供部屋に入り込む様子を目で追うことしか出来なかった。
「あーあ……お前のせいで何もかも台無しじゃねえか」
 真由美の吹っ切れたような態度を見て裕也は母親にそう吐き捨てる。それにしても出血がひどい。いくら太い血管は避けていたとしても、やはり大量の血液が循環する場所だ、長く放っておくのはまずいだろう。救急車はいつ来るのだろうか。

「お姉ちゃん? 大丈夫なの?」
 子供部屋の電気をつけると、不安げな顔で妹が顔を出す。
「ひっ……!?」
一番最初に目に飛び込んできたのが血まみれの姉の姿で、由香利は背筋をこわばらせていた。
「ねえ……由香利! お姉ちゃんと一緒に家を出よう! 突然で悪いし、学校も遠くなっちゃうけれど……でも……なんなら、学校に行かなくてもいいからさ。逃げよ……小学校の勉強なんてどうにでもなるから。もう母さんはダメ……私があなたを守るから」
 真由美は泣きそうな顔で妹に訴えた。真由美は瓶で殴られた場所が痣になっており、父親を刺した左手は血塗れなその状況にむしろ怯えて不安げな由香利だが、それに気づいた真由美は、心配するなと無理して笑みを作る。
「あのね、これは……殴られたのはもう大丈夫。この血も、父さんのことを刺しちゃったからで……大丈夫じゃないけれど、もう父さんは満足に歩くこともできないから怖くないよ。だから、今のうちに逃げよう? そうすればもう殴られないから……」
「刺したって?」
「あはは……ちょっと、ナイフで……父さんの脚を刺っちゃった。でも、大丈夫。あの程度じゃ死なないし……そのおかげで、もう私に手出しできないし。ね? 一緒に、逃げよ……ちょっと、手を洗ってくる……ナイフも」
 今の自分の状況のまずさに気付いた真由美はそう言って子供部屋から出て、手を洗いに行く。血を洗い落とした真由美は、ベッドから下りてきた由香利を優しく抱きしめた。その間、裕也は部屋の外で救急車を呼んでいる母親のことを、何かやらかしやしないだろうかと監視していた。もちろん、母親はただ優柔不断なだけだし、父親は刺されて激痛に呻いており、痛みと出血のせいで意識も朦朧としている。見張っていなくとも、もはやこいつらが何かをできるはずもないのだが。
 真由美がまだ濡れている手で由香利を抱きしめる。由香利は腕の中で不安げにおびえた表情をしていた。父親の悲鳴を何度も聞かされた後だけに、すぐに落ち着くのは無理であったが、真由美が辛抱強く抱きしめていると、由香利は真由美の胸にしがみつくように抱き返す。今まで母親が止めることが出来なかった父親の暴力を止められたのは真由美だけ。
 由香利は、この家で一番頼りになるのは母親ではなく真由美だと理解し、彼女に命を預けることを決めたのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...