上 下
51 / 423
第4章:人の痛み

4話:そいつぶん殴る

しおりを挟む
 明日香たちには知る由もないが、本当ならば彼女はもうとっくに帰っていなければいない時間帯である。スマートフォンが震えるたび、通知音が鳴るたびに怯えた表情を見せており、彼女はいよいよ追い詰められたような表情をしている。
「貴方……怪我してるんでしょ? 武道をやってるとね、人の動きとかをよく見るようになるから、妙な動きや体勢をしているとすぐにわかるんだけれどさ……誰にやられたの? 女の子を怪我させるとか、個人的に許せないんだけれど」
 静かな怒気を含んだ口調で明日香は言う。
「そうかぁ? 女を傷つける理由によらないか? ……ま、その子が悪い子には見えないし、ろくでもない理由だってんなら、傷つけたのが男だろうと犬だろうと許せねえよ」
「あの、明日香先輩も三橋先輩も……また、人助けってやつですか?」
 素華はどうにも二人の雰囲気から、二人が真由美の問題に首を突っ込もうとしていることを感じて、苦笑しながら訪ねる。
「まあ、ね。まだ決まったわけじゃないけれど。私が何とかできそうなら人助けもするよ」
 明日香は曖昧に肯定する。と、いうのもいくらなんでも無理やり助けることは出来ない。彼女が助けられることを嫌がるのならばそれまでだ。
「父親、です。いっつもお酒を飲んで、気に入らないことがあるとすぐに殴ってきて……」
「何か理由はあるの?」
「物音を立てたとか……顔が気に食わないとか……」
 思いだすだけでも辛いのだろう、真由美は身震いしながら答えた。
「よし、そいつぶん殴る。この食事が終わったらそいつぶん殴るから案内して。そいつぶん殴るから」
 目を潤ませる真由美を見て、明日香は一切の躊躇なく物騒なことを言う。
「三回も言わんでいい……あと、気持ちとしては同意だが、明日香。そういうのって、抵抗する気も起きないように徹底的にやらなきゃ意味がないんだぞ? そこまで徹底的に殴って警察沙汰にならないのか? 犯罪者にはなりたくないんだが……」
 そんな明日香に、裕也もちょっと落ち着けとばかりにあきれ顔だ。だが、裕也も気持ちは同じ。話し通りであれば、その父親が許せないという気持ちは変わらない。
「だから私がやるの。『娘を虐待していたら娘が連れてきた女に返り討ちにされました。おまわりさん、助けてください』なんて警察に言えないでしょ?」
 裕也の言葉を聞いて、明日香は彼の意見を尊重したうえで言った。この二人の話を聞く間、真由美は現実味のない話の内容にオロオロするばかりだ。
「一理あるな。百合根も、カタギには手を出さない理由は警察にタレこみにくいから、みたいな事を言ってたし……っていうか、よく考えれば娘を虐待していたら、娘の友達に返り討ちにされたってだけでも、十分に屈辱だな」
 裕也の口ぶりから、『明日香が返り討ちに会う』という心配は一切していないようだ。
「そうね、だから徹底的にやりましょう?」
 そう言い終えて、明日香と裕也はお互いにうなずいた。
「あのぉ!? あなた達……一体……何の話をしてるんですか?」
 裕也と明日香が勝手に話を進める様子を見て、真由美は戸惑っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハーレムに憧れてたけど僕が欲しいのはヤンデレハーレムじゃない!

いーじーしっくす
青春
 赤坂拓真は漫画やアニメのハーレムという不健全なことに憧れる健全な普通の男子高校生。  しかし、ある日突然目の前に現れたクラスメイトから相談を受けた瞬間から、拓真の学園生活は予想もできない騒動に巻き込まれることになる。  その相談の理由は、【彼氏を女帝にNTRされたからその復讐を手伝って欲しい】とのこと。断ろうとしても断りきれない拓真は渋々手伝うことになったが、実はその女帝〘渡瀬彩音〙は拓真の想い人であった。そして拓真は「そんな訳が無い!」と手伝うふりをしながら彩音の潔白を証明しようとするが……。  証明しようとすればするほど増えていくNTR被害者の女の子達。  そしてなぜかその子達に付きまとわれる拓真の学園生活。 深まる彼女達の共通の【彼氏】の謎。  拓真の想いは届くのか? それとも……。 「ねぇ、拓真。好きって言って?」 「嫌だよ」 「お墓っていくらかしら?」 「なんで!?」  純粋で不純なほっこりラブコメ! ここに開幕!

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。

遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。 彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。 ……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。 でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!? もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー! ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。) 略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)

処理中です...