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第6話 躊躇しないでね
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「鈴村君、お疲れ様~」
「玄子さんも」
オンボロアパートの一室。ベッドと洋服掛けと、小さなソファ。それだけの狭い部屋。
ベッドに身を投げ出した俺の上に、玄子さんが無言で跨ってきた。
そっと首筋を差し出す。だが、潤んだ瞳で俺を見つめてくるばかり。
長い髪がゆらゆらと顔を撫でてくすぐったい。
「鈴村君。約束、覚えてるよね」
「ええ、覚えていますよ」
「……だったらいいの」
そう言って俺の胸に顔をうずめてきた。
その背に手を回して抱きしめる。
俺の脳裏に出会った時の玄子さんが浮かんだ。
馬場のおっさんに連れられてきた俺を見て、玄子さんは最初完全拒絶だった。
おっさんに猛然と抗議する。
こんな危険な任務にただの人間を巻き込むのかと。
だがおっさんは、「そうだ」と何の迷いもなく頷いた。
これは俺たちただの人間が引き起こした結果でもあるんだ。だから、共に戦わなければ意味が無いと。
残った俺に固い表情で尋ねてきた。
「その銃を持つ意味、分かってる? 逃げるなら今のうちよ」
「わかっていると思います」
「本当にそうかしら? この銃を撃つということは……あなたも殺人鬼になるってことよ」
「その覚悟をしたから……ここに志願しました」
「志願って……いくら射撃の腕があったからって、ここに来たらゲームでは無いのよ。これからはあなたは加害者になるの。本当に生き物を殺害していかなければいけないの。それも、抵抗する者ばかりじゃないわ。許しを請う者にも躊躇なく弾丸を打ち込まないといけないのよ。その本当の意味を分かっている?」
俺はコクリと頷いた。
「正義のヒーローになれるなんて陶酔しているんじゃないでしょうね。そんなナルシストはもっと願い下げよ!」
「毒をもって毒を制す。それ以外方法が無いのなら……俺も毒を食らう覚悟をした。それだけのことです」
睨むように目力を籠めると、ようやく玄子さんの目から不信感が消えた。
そして、悲し気な色に変わる。
「あなたの使命は、全ての実験生物を抹消することよ。私も含めた……全てよ」
玄子さんは自分の存在を憎んでいた。
俺からしたら、玄子さんは恐ろしくも悍ましくも無い素敵な恋人だ。
でも、彼女が血を飲まずにいられないことを知っている。そしてそれで苦しんできた事も。
竜星は体の硬化による不調に悩まされている。常に体を動かして、固まってしまうのを防がないといけないし、量子さんの薬がなきゃ生きられない。
迦楼羅も猫耳のせいで、特殊な耳栓が無ければ不眠症だ。
人より秀でた特性を持ちながら、適応しきれず苦しんで生きている。だから、自分の使命を果たしたら、死を選ぶ。そう割り切ることで、生きる気力を保って来たのだ。彼らのそのぎりぎりの選択を、俺ごときが否定なんてできるはずがないんだよな。
俺は、だから迷いなく頷いた。彼女はほっとしたように初めて笑顔を見せた。
「その時が来たら、躊躇なく引き金を引いてね」
でなかったら、怒るわよ……
軋むベッドの上。
俺の胸から顔を上げた玄子さん。白い指先でワイシャツを乱暴に押し広げてくる。
首筋に一噛み。たった一波喉を震わすと、そのまま下に降りてきた。そんなちょっとじゃ、渇きは癒やせないだろうに。
その代わりと言うように、俺の心臓付近に唇を這わせた。舌先が温かい。吸い付くように、時に口の中で転がすように飽きること無く俺を味わい続ける。
そんな彼女に、俺も印を付けたくなる。
組み敷いて、首筋に強く吸い付いた。
大丈夫だよ。躊躇なんてしないから。
あなたの心臓に打ち込んだ弾丸は、そのまま俺の心臓も貫通するはずだから。
あなただけ、逝かせはしないからさ。
だからその日まで…… 共に生きよう ———
完
「玄子さんも」
オンボロアパートの一室。ベッドと洋服掛けと、小さなソファ。それだけの狭い部屋。
ベッドに身を投げ出した俺の上に、玄子さんが無言で跨ってきた。
そっと首筋を差し出す。だが、潤んだ瞳で俺を見つめてくるばかり。
長い髪がゆらゆらと顔を撫でてくすぐったい。
「鈴村君。約束、覚えてるよね」
「ええ、覚えていますよ」
「……だったらいいの」
そう言って俺の胸に顔をうずめてきた。
その背に手を回して抱きしめる。
俺の脳裏に出会った時の玄子さんが浮かんだ。
馬場のおっさんに連れられてきた俺を見て、玄子さんは最初完全拒絶だった。
おっさんに猛然と抗議する。
こんな危険な任務にただの人間を巻き込むのかと。
だがおっさんは、「そうだ」と何の迷いもなく頷いた。
これは俺たちただの人間が引き起こした結果でもあるんだ。だから、共に戦わなければ意味が無いと。
残った俺に固い表情で尋ねてきた。
「その銃を持つ意味、分かってる? 逃げるなら今のうちよ」
「わかっていると思います」
「本当にそうかしら? この銃を撃つということは……あなたも殺人鬼になるってことよ」
「その覚悟をしたから……ここに志願しました」
「志願って……いくら射撃の腕があったからって、ここに来たらゲームでは無いのよ。これからはあなたは加害者になるの。本当に生き物を殺害していかなければいけないの。それも、抵抗する者ばかりじゃないわ。許しを請う者にも躊躇なく弾丸を打ち込まないといけないのよ。その本当の意味を分かっている?」
俺はコクリと頷いた。
「正義のヒーローになれるなんて陶酔しているんじゃないでしょうね。そんなナルシストはもっと願い下げよ!」
「毒をもって毒を制す。それ以外方法が無いのなら……俺も毒を食らう覚悟をした。それだけのことです」
睨むように目力を籠めると、ようやく玄子さんの目から不信感が消えた。
そして、悲し気な色に変わる。
「あなたの使命は、全ての実験生物を抹消することよ。私も含めた……全てよ」
玄子さんは自分の存在を憎んでいた。
俺からしたら、玄子さんは恐ろしくも悍ましくも無い素敵な恋人だ。
でも、彼女が血を飲まずにいられないことを知っている。そしてそれで苦しんできた事も。
竜星は体の硬化による不調に悩まされている。常に体を動かして、固まってしまうのを防がないといけないし、量子さんの薬がなきゃ生きられない。
迦楼羅も猫耳のせいで、特殊な耳栓が無ければ不眠症だ。
人より秀でた特性を持ちながら、適応しきれず苦しんで生きている。だから、自分の使命を果たしたら、死を選ぶ。そう割り切ることで、生きる気力を保って来たのだ。彼らのそのぎりぎりの選択を、俺ごときが否定なんてできるはずがないんだよな。
俺は、だから迷いなく頷いた。彼女はほっとしたように初めて笑顔を見せた。
「その時が来たら、躊躇なく引き金を引いてね」
でなかったら、怒るわよ……
軋むベッドの上。
俺の胸から顔を上げた玄子さん。白い指先でワイシャツを乱暴に押し広げてくる。
首筋に一噛み。たった一波喉を震わすと、そのまま下に降りてきた。そんなちょっとじゃ、渇きは癒やせないだろうに。
その代わりと言うように、俺の心臓付近に唇を這わせた。舌先が温かい。吸い付くように、時に口の中で転がすように飽きること無く俺を味わい続ける。
そんな彼女に、俺も印を付けたくなる。
組み敷いて、首筋に強く吸い付いた。
大丈夫だよ。躊躇なんてしないから。
あなたの心臓に打ち込んだ弾丸は、そのまま俺の心臓も貫通するはずだから。
あなただけ、逝かせはしないからさ。
だからその日まで…… 共に生きよう ———
完
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