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それぞれの秘密

第22話 一人にしないよ

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 店の外へ出てみれば、まだまだ祭りの熱気に溢れていた。

 二人で手を繋いで公園へと向かう。公園前のメインストリートでは、光と水の共演がクライマックスを迎えていた。

 たくさんのカップルが寄り添いながら行きかう道の左右には、普段は水源を守っている水魔法技能士たちが、遊び心いっぱいに作り出した霧噴水が設置されていて、夜になっても冷めやらぬ暑さを和らげている。まるで音楽を奏でるかのように、リズムを刻みながら踊る水しぶきは、見ているだけでも楽しい。

 そんな霧噴水が良く見えるのは、光魔法技能士たちによる夜道を照らすランプのお陰。聖なる白の光が水の粒を煌めかせ、人々の足元を照らし出す。常に人々の安全を守っていると言う誇り高い心が伝わってくる。
 時折ゆっくりと七色に移り変わっていく光。続けて波のように激しくうねり出す。変化に富んだ演出は、幻想的な雰囲気を作り出していた。

「綺麗……」

 見つめるリリアの横顔を見ながら、同じ言葉をレギウスも思う。思っている対象は違っているけれど。

 公園の中央に近づくにつれ、今度は美しい音色が辺りを清めていく。歌姫が紡ぐ言の葉と、周りの木々のざわめきが重なり合って、まるで一緒に歌っているかのようだった。

「お、レギウス。リリアさん」
 
 その時、見知った顔に出会った。仲睦まじい様子で歌に聴き入っていたのは、イーサンとメリルの二人。リリアとレギウスに気づいて声を掛けてきたのだ。

「先日はお世話になりました。ありがとうございました」
 メリルが深々と頭を下げれば、隣のイーサンも一緒にぴょこんと御辞儀する。

「ありがとうございました」

 頭を上げながら、その視線は目ざとくリリアとレギウスの繋がれた手に注がれた。
 ささっとレギウスに近寄ると、ついついっと肘で突いてくる。

「良かったな。お似合いだぜ」
 小声で囁いているつもりでも、音楽のせいで自然と大きな声になってしまう。リリアにもメリルにも筒抜け。女二人で目配せしながら、メリルがリリアに改めて「おめでとうございます」と頭を下げた。

「ありがとう」
 恥ずかし気に頬を染めるリリア。そんなリリアを見て、にやけるレギウス。
 冷やかすイーサン。恋人たちは互いにツッコミながら、己の幸せも改めて噛みしめ合うのだった。
  

 イーサンたちと別れて、リリアとレギウスは一本の古い菩提樹ヘリテージツリーの元へ向かった。ヴァンドール王国となる前は、この地にも戦乱が続いていた。それにも関わらず、燃えることなく遺ってきた巨木は、人々から『平和の象徴』のように敬われて、大切にされている。この木を受け継ぎ繋げること。それがヴァンドール国民の誇りでもあった。

 大きな幹を取り囲むように設置された防護柵の周りには、いくつもの木のベンチがあるのだが、今夜はあきを探すのに苦労する。ようやく見つけて腰掛けた二人。

 互いに見つめ合ってから、同時に取り出したのは、シンフリアンのネックレスだった。似た者二人が考えることはやっぱり同じ。偶然の一致に笑いだす。

 少し長めの鎖の先に嵌めこまれたシンフリアンには、互いの心臓の傍で輝くようにと願いが込められている。 
 いつも共に危険に立ち向かう二人だからこそ、互いを守りたいと言う思いが強い。  
 どんな時もあなたを守ると言う強い意志の表明でもあった。

 

「レギウス、あのね。聞いて欲しいことがあるの」

 一つ布団に包まる前に、リリアは意を決したようにそう切り出した。

「なに?」
「あのね、変なこと言うけれど聞いてくれる?」
「もちろん」
「私ここ八年ほど、ずっと二十一歳を繰り返しているみたいなの」
「え? ……何を言っているんだ?」

 心底驚いたような顔のレギウスに、リリアはちょっと後悔する。

 気づいていなかったのね……余分なことを言ってしまったみたい。

 でも、伝えないと言う選択肢はやっぱり無いと思った。

 始めは「リリアが綺麗過ぎるからそう見えてしまうんだよ」とあまり本気にしていなかったレギウスだったが、不安そうなリリアを見て直ぐに共に考えてくれた。

「リリア、もう少し詳しく教えてくれるかな」
「ええ、何でも聞いて」
「まずは、なんで二十一歳を繰りかえしているって思ったんだ?」

 リリアは自分が毎年感じている違和感を語った。真剣に話を聞いていたレギウスの顔に、複雑な色が浮かぶ。そして「そんな……」と小さく呟いて、また考え出した。

「あの……なんかごめんなさい。心配をかけて。どんな理由があるのかわかっていないのよ。でも、魔法石鑑定士の能力が開眼した年にあたるから、何かこの力と関係があるのかもしれない……なんて思っているんだけれど。だからね、レギウスがそんな私を怖いとか、嫌だなって思ったら、いつでも」
「リリア! またそう言うことを言う」

 レギウスの声に怒りがこもる。

「例えどんな理由があったとしても、俺がリリアを好きなことは変わらないよ。それに、もしかしたら……ううん、やっぱりわからないけれど、もしもこの先リリアがずっと二十一歳を繰り返し続けて、俺だけ歳取って先に逝ってしまったとしたら」

 レギウスの指が大切そうにリリアの頬を撫でた。

「そうなったら、俺、魔法石になるよ」
「レギウス……」
「何がいいかな。やっぱり永遠を誓うユーラティオンとか、見守りのトゥエーオルトがいいな。あ、アウラと同じシンフリアンも悪く無いけどな」
 そう言って朗らかに笑うレギウス。
 リリアの頬を涙が伝う。

 その涙を指先で転がしながら、レギウスが優しい眼差しで誓った。

「だから、心配しないで。俺は絶対リリアを一人にしたりしないからね」

「レギウス!」

 不安も恐怖も憂いも、全てが洗い流されていく。
 リリアの心に溢れるのは愛おしさだけになった。

「レギウス、ありがとう」

 固く抱きしめたレギウスは、リリアの柔らかな髪にキスの雨を降らしていく。
 彼女の全てを味わうように。一口ずつゆっくりと。

 やっと、手に入れられた。俺の宝物―――

 いままでの十年も幸せだった。でも、今、この瞬間は最高だ!

 そのままリリアを横たえる。朱を帯びた柔肌を見下ろしながら思う。

 どんな些細なことも、この目に、心に刻み付けたい。

 レギウスの喜びに呼応した魔法石がすぐ近くにあることに、リリアはまだ気づいていなかった。
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