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レギウスの誕生日
第9話 レギウスの思い出
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結局、考えても理由はわからない。だから対処の方法もわからないまま、今日まで過ごして来てしまった。
魔法医薬士に相談すれば、アッと言う間に解決しちゃうのかもしれないけど……でも、もう少しだけ。
レギウスは今日で二十歳。
一年過ぎる度にレギウスと歳が近づくことに、密かな喜びが無かったかと問われたら否とは言えない。そのあさましい考えは、自分でも嫌になる。
今更、レギウスが自分を女性として見てくれることは無いことも、ちゃんとわかっているつもりだ。それでも、レギウスのことを、弟とか相棒とか、そんな言葉だけで括りきることはどうしてもできなかった。
「あ、もうこんな時間。急がないと」
リリアが夕食を並べ終わったのを見計らったかのように、レギウスが店から戻ってきた。
「あー、疲れた。今日は凄く忙しかったんだから」
軽く恨み言を言いながらも、瞳は食卓に釘付けだ。
「美味しそう! お腹ペコペコだから早く食べよう!」
「お疲れ様。手伝えなくてごめんね」
最後の仕上げにケーキを持ってレギウスの元へ向かう。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう。リリア」
ちょっと恥ずかしそうに笑ったレギウスが、急に真剣な顔になった。
「リリア。今日まで育ててくれてありがとう。俺も二十歳になったよ。もう、充分大人だ。だけど……リリアと離れたくないんだ。このままこの家に居てもいいかな」
「な……もちろんよ。レギウスは私にとって大事な家族よ。いつまでだって、レギウスがここから出て行きたくなるまで、居ていいんだよ」
「良かった」
安堵の声とは裏腹に、レギウスは切なげだ。
なぜだろうと思った瞬間、パアっと表情が切り替わった。
「いただきます!」
目の前のハーブ焼きに齧り付いた。
食事を終えてから、二人でソファに移動する。祖父母の代からある古いソファだったが、手入れが良くされているので座り居心地は保たれている。
寄り添うように腰を下ろし、リリアは用意していた本をレギウスに手渡した。
目を輝かせて早速覗き込むレギウス。
リリアはその横顔を見つめながら、ふと彼の両親は美しかったんだろうなぁと思った。
「リリア、こんな貴重な本をありがとう。俺が最近イリス語を勉強していたこと、気付いていたんだ。すげぇ。嬉しい!」
「ふっふっふ。私はなんでもお見通しなのだ」
「大切にするよ」
レギウスはそう言って本を胸に抱えると、ずるりと腰をずらして長い足を前に投げ出した。半分横になっているようなリラックスした座り方。
そのうち、甘えたようにリリアの肩に頭を乗せてきた。
下からリリアを見上げながら、ぽつりぽつりと語り始める。
「俺、リリアと出会う前は凄い田舎の町に住んでいたんだ。しかも森とか川の近くのあばら家。雨が降ると雨漏りが凄くて、いつも色んな器を水滴の垂れる下に置いていた。でも、母さんはいつも楽しそうに歌っていて。スッゴク歌が上手くて、野鳥だって思わず聞きほれるくらい綺麗な声だったんだぜ」
「素敵。聞いてみたかったなぁ」
リリアは努めて明るい声を出す。
「母さんは針仕事をして生計を立てていたけれど、町に知り合いはいなくて苦労していた。俺は父さんの顔を知らないんだ。生まれた時からいなかった。だから、きっと、母さんは何かあって一人で俺を抱えてあの町に行ったんだろうなぁって」
「そうだったのね。レギウスもお母様も大変だったね」
リリアは驚きを隠しつつ、レギウスの話を聞いていた。出会ってから十年近くなるが、レギウスが自分の過去を語ったことは一度も無かった。
リリアから尋ねることもしなかった。
雪の日に行き倒れると言うだけで、大変な人生を過ごしてきたことが窺える。だったら、小さな子にそれをあえて語らせるようなことはしたくないと思っていたから。
レギウスも、ようやく話せるくらいに回復してきたのかな……
「暮らし向きは大変だったけど、母さんは幸せそうだったよ。いっつも、俺に父さんのことを話してくれたんだ。父さんはとってもハンサムで優しくて、母さんを心から愛してくれたんだって。母さんも父さんのことが大好きだったって」
「お二人はとても愛し合っていらしたのね。そんなご両親を持って、レギウスは幸せね」
「そう思った。だから、母さんが死んだ時悲しかったけれど、俺も頑張って生きて行こうって思えたんだ」
リリアは思わず、レギウスの柔らかな銀髪を撫でた。
「頑張って生きているよ。今も」
「でも、一人じゃやっぱり無理だったよ。リリアに出会えて本当に良かった」
「そう言ってもらえて、凄く嬉しい」
ぴょんと飛び跳ねるように勢いよく、レギウスが座り直した。
真っ直ぐにリリアを見つめながら言う。
「この前言ったこと、忘れないでね。俺はずっとリリアの傍を離れないよ。これからは俺がリリアを守るから。今度こそ、絶対……」
「……ありがとう」
レギウスの指がリリアの顎にかかる。
戸惑いの色を隠せないリリアに顔を近づけながら、レギウスの表情がまた切なげに揺れる。
じいっとリリアの琥珀色の瞳を見つめてから、そうっと―――
宝物に触れるように優しく、リリアの額に唇を落とした。
「約束するよ」
魔法医薬士に相談すれば、アッと言う間に解決しちゃうのかもしれないけど……でも、もう少しだけ。
レギウスは今日で二十歳。
一年過ぎる度にレギウスと歳が近づくことに、密かな喜びが無かったかと問われたら否とは言えない。そのあさましい考えは、自分でも嫌になる。
今更、レギウスが自分を女性として見てくれることは無いことも、ちゃんとわかっているつもりだ。それでも、レギウスのことを、弟とか相棒とか、そんな言葉だけで括りきることはどうしてもできなかった。
「あ、もうこんな時間。急がないと」
リリアが夕食を並べ終わったのを見計らったかのように、レギウスが店から戻ってきた。
「あー、疲れた。今日は凄く忙しかったんだから」
軽く恨み言を言いながらも、瞳は食卓に釘付けだ。
「美味しそう! お腹ペコペコだから早く食べよう!」
「お疲れ様。手伝えなくてごめんね」
最後の仕上げにケーキを持ってレギウスの元へ向かう。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう。リリア」
ちょっと恥ずかしそうに笑ったレギウスが、急に真剣な顔になった。
「リリア。今日まで育ててくれてありがとう。俺も二十歳になったよ。もう、充分大人だ。だけど……リリアと離れたくないんだ。このままこの家に居てもいいかな」
「な……もちろんよ。レギウスは私にとって大事な家族よ。いつまでだって、レギウスがここから出て行きたくなるまで、居ていいんだよ」
「良かった」
安堵の声とは裏腹に、レギウスは切なげだ。
なぜだろうと思った瞬間、パアっと表情が切り替わった。
「いただきます!」
目の前のハーブ焼きに齧り付いた。
食事を終えてから、二人でソファに移動する。祖父母の代からある古いソファだったが、手入れが良くされているので座り居心地は保たれている。
寄り添うように腰を下ろし、リリアは用意していた本をレギウスに手渡した。
目を輝かせて早速覗き込むレギウス。
リリアはその横顔を見つめながら、ふと彼の両親は美しかったんだろうなぁと思った。
「リリア、こんな貴重な本をありがとう。俺が最近イリス語を勉強していたこと、気付いていたんだ。すげぇ。嬉しい!」
「ふっふっふ。私はなんでもお見通しなのだ」
「大切にするよ」
レギウスはそう言って本を胸に抱えると、ずるりと腰をずらして長い足を前に投げ出した。半分横になっているようなリラックスした座り方。
そのうち、甘えたようにリリアの肩に頭を乗せてきた。
下からリリアを見上げながら、ぽつりぽつりと語り始める。
「俺、リリアと出会う前は凄い田舎の町に住んでいたんだ。しかも森とか川の近くのあばら家。雨が降ると雨漏りが凄くて、いつも色んな器を水滴の垂れる下に置いていた。でも、母さんはいつも楽しそうに歌っていて。スッゴク歌が上手くて、野鳥だって思わず聞きほれるくらい綺麗な声だったんだぜ」
「素敵。聞いてみたかったなぁ」
リリアは努めて明るい声を出す。
「母さんは針仕事をして生計を立てていたけれど、町に知り合いはいなくて苦労していた。俺は父さんの顔を知らないんだ。生まれた時からいなかった。だから、きっと、母さんは何かあって一人で俺を抱えてあの町に行ったんだろうなぁって」
「そうだったのね。レギウスもお母様も大変だったね」
リリアは驚きを隠しつつ、レギウスの話を聞いていた。出会ってから十年近くなるが、レギウスが自分の過去を語ったことは一度も無かった。
リリアから尋ねることもしなかった。
雪の日に行き倒れると言うだけで、大変な人生を過ごしてきたことが窺える。だったら、小さな子にそれをあえて語らせるようなことはしたくないと思っていたから。
レギウスも、ようやく話せるくらいに回復してきたのかな……
「暮らし向きは大変だったけど、母さんは幸せそうだったよ。いっつも、俺に父さんのことを話してくれたんだ。父さんはとってもハンサムで優しくて、母さんを心から愛してくれたんだって。母さんも父さんのことが大好きだったって」
「お二人はとても愛し合っていらしたのね。そんなご両親を持って、レギウスは幸せね」
「そう思った。だから、母さんが死んだ時悲しかったけれど、俺も頑張って生きて行こうって思えたんだ」
リリアは思わず、レギウスの柔らかな銀髪を撫でた。
「頑張って生きているよ。今も」
「でも、一人じゃやっぱり無理だったよ。リリアに出会えて本当に良かった」
「そう言ってもらえて、凄く嬉しい」
ぴょんと飛び跳ねるように勢いよく、レギウスが座り直した。
真っ直ぐにリリアを見つめながら言う。
「この前言ったこと、忘れないでね。俺はずっとリリアの傍を離れないよ。これからは俺がリリアを守るから。今度こそ、絶対……」
「……ありがとう」
レギウスの指がリリアの顎にかかる。
戸惑いの色を隠せないリリアに顔を近づけながら、レギウスの表情がまた切なげに揺れる。
じいっとリリアの琥珀色の瞳を見つめてから、そうっと―――
宝物に触れるように優しく、リリアの額に唇を落とした。
「約束するよ」
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