私の推しは雑草男子

涼月

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Step5 胡蝶蘭男子の秘密を知りました

ハナニラ①

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 控え目なノックで目が覚めた。

「花乃ちゃん、起きてる?」
「お、おはようございます」

 慌てて飛び起きた。いつの間にか眠ってしまったらしい。
 ドアの向こうから室長の声。

「昨日の夜はありがとう」

 何が? と言いかけて、布団のことだと思い至る。

「いえ、遅くまでお疲れ様でした」
「もうブランチって時間だけれど、一緒に食べよう。支度できたからおいで」

 ああ……私酷い顔。泣きつかれてそのまま寝ちゃったから、目が腫れてる。
 顔もパンパンにむくんでいる。
 本当は室長にこんな顔見せたくない。

 でも、忙しい中食事の準備をしてくれたなんて、申し訳なさすぎる。

 顔を洗って、温かいタオルで温めたり冷水で冷やしたり、必死の思いで浮腫みをマシに見せる努力をする。鏡に向かって笑顔の練習。
 なんとか……誤魔化せるかしら。

 そーっとダイニングに顔を出したら、パアっと嬉しそうな室長の顔が目に入った。

 昨日の夜のこと、覚えていないんだわ。

 寂しい気持ちの一方で、ほっと胸を撫でおろす。

「休みの日だからゆっくり休んでいてもいいと思ったんだけれど、流石につまらないからね。食べたらどこか行こうよ」

 いや、それは危険なのでは。
 喉まで出かかったけれど、一つくらい思い出が欲しいなって。
 そんな気持ちが胸に芽生えたの。

「あれ、どうした? なんか顔暗いね」
 コーヒーをサーブしてくれながら、私の顔を覗き込んでくる。

 わわわ、近いです。浮腫みがバレます!
 あなたのせいですとは言えなくて、とりあえず苦笑いで誤魔化す。

「あ、そうか、怒っているよね。俺ちっとも家に帰らなかったし、君を守るなんて言っておきながら、堀井さんに任せっきりだったからな。悪かったね。ちょっと泊まり込みでこなさないと間に合わない案件があってさ」

 そう言いながら、徐にほっぺをムニィって引っ張られた。

「い、イタいれす……」

 引っ張られて涙目になる。
 もう、本気で引っ張らないでよ!

「ははは。面白い顔って、冗談」

 ポロリと零れた涙に室長が慌てて手を離す。
 でも、顔は笑いっぱなし。失礼しちゃうわ。

 でも、誤魔化せて良かった。
 この涙はほっぺの痛みなんかじゃ無かったから。

「ごめん、ごめん。でも、ちょっと顔の筋肉がほぐれたかな。花乃ちゃんには笑顔が一番似合うからな。今日は、お詫びに出かけよう」
「いえ、マスコミに見つかったら大変ですから、今日は家に籠っています」
「えー、心配性だな。大丈夫。人の少ないところに行こう。今日は俺の運転だけどね」
 
 室長の助手席なんて、もっとまずいです。
 私の心が持ちません。
 もう一度断りの言葉を口にしようとしたら、室長の細い人差し指が私の唇の動きを止めた。

「別に、付き合っていなくたってデートくらいするだろ。軽い気持ちで出かけよう。単なる息抜きだよ。どこかに行かないと仕事に追われているようで嫌なんだよ」

 これは本音なんだろうな。
 室長だって、たまには息抜きしないと疲れ切っちゃうよね。
 そう思ったら、ふっと肩の力が抜けたの。

 私も室長に甘えたくなっちゃった。

 今日だけは……何もかも忘れて一緒に楽しみたい。

 きっと、最初で最後の思い出になると思うから。
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