16 / 20
第1章
第15話 開戦
しおりを挟む
薄暗く無風な空間の中で百鬼の目にまず飛び込んできたのは、無数の「骨」だった。
人骨なのか獣の骨なのかは、判別できなかったが、無造作に散らばっていた。
――これはあいつが食べた人の骨?
百鬼は険しい表情で、散らばる骨を見渡した。
「ど、どこだ! ここは!」
店内にいる人間全てが闇へと引きずり込まれたようで、古木が困惑の声を上げた。
店員と客も数人いたのか、店の制服を着た男性一名、帰宅途中に寄ったであろう学校の制服を着た男女二名が、唖然とした顔で立ち尽くしていた。
「ようこそ、俺の島へ。 まーた邪魔者がゴチャゴチャ入ってきたら、かなわんからな。 お前らを闇へ閉じ込めた」
工藤が手を大きく広げて、得意げな顔をした。肩に喰らった弾の傷も再生してるようだ。
「そうかい、そうかい。 ここなら思う存分てめえをぶっ殺せるなぁ」
修羅がニヤリと笑みを浮かべ、炎々龍の柄に手をかけた。
「ふっ、鬼人の小娘の分際で意気がりやがって」
工藤が握り拳を作り、ボクシングのファイティングポーズのように構えると、修羅が刀を鞘から抜き正眼の構えを見せた。
その様子を見つめ立ち尽くす古木は、狐につままれた状態だった。
鬼の存在自体、信じがたい事実なうえに、異空間に移動させられ、目の前では刀を構えた少女と鬼が対峙している。
それに、自身も鬼に襲われ、親は殺されてしまった少女もいるではないか。何故、ここにいるのか。理解が追い付かない。
もうこれ以上警察官、いや、生身の人間が踏み込める領域ではないと、屈辱的だが、そう思うしかなかった。
「でやぁぁぁぁぁ!!」
修羅がかけ声と共に勢いよく踏み込み、刀を工藤の頭上に高く振り上げた。
工藤は一瞬がら空きになった修羅の胴体めがけて、拳を放った。
その一撃はみぞおちを深くえぐり、修羅は苦痛で顔を歪めながら、体勢を大きく崩し、仰向けの状態で地面に叩きつけられた。
「ぐぅはぁ!」
胃の中が燃えるように熱くなり、思わず胃液を吐き出す。
「おいおい、何だよ。 少しはやるだろうと思ったら、動きが素人じゃねぇか。 お前、経験ないだろ?」
図星だった。白羅に武器を授かったはいいが、実戦経験は皆無。武器の使い方も、剣術の基礎もわからない。
即席でやったものの、百戦錬磨の鬼は甘い相手ではなかった。
「もう実戦を積んで慣れるしかないわ。 と言っても鬼は待ってくれない……」
清姫が焦りの顔で言うと、何かを思い出したのか、後方の紅葉に大声で叫んだ。
「四条さん! 刑事さん達と、店内に取り残された人を結界で防御して!」
紅葉は清姫の唐突な要求に困惑した。結界など張った事もないし、張り方もわからない。
「えぇ……。 ど、どうやんの?」
「白羅様が、イメージを浮かべれば何とかなるって。 あなたはもう術を使えるはずだから!」
確かにアバウトな説明だった。詠唱を行うのかと思いきや、そうなるように念じて術を展開させるなど、拍子抜けな感じがしないでもなかった。
「え、えっと……」
紅葉は自信なさげな言い方で古木達に向かって、広げた両手をかざした。
テレビアニメで観たことのある魔法使いのような動きを、見よう見真似に実行してみる。
「け、けっかいよー、あの人達をまもるのだー」
紅葉が照れくさそうに棒読み口調で言うと、目が赤色に発光して、かざした掌から青白い光か放たれた。
たちまち古木達は光の膜に包まれる。いとも簡単に結界が成立し、紅葉が目を丸くする。
「嘘でしょ?」
適当ではないが、何となく結界を張るイメージを頭に描いたら見事に展開してしまい、紅葉は唖然とした。
「もみっちかっこいい!! 私もやってみる! けっかいカモーン!」
羅刹が目を輝かせて両手を前へかざすが、何も起きない。
「ちょっと、高野先輩ふざけないで下さいよ」
紅葉が顔を紅潮させながら、頬を膨らませた。
「私達も援護しましょう!」
清姫が数珠を 打刀黒雨に変化させ、下段に構えた。
その間にも修羅は工藤に斬りかかるが避けられ、斬りかかるが避けられを繰り返していた。かすり傷どころか、刀が全く当たらない。
紅葉と羅刹も武器を出し、構えるが、間に入れず棒立ちになってしまった。
清姫がじりじりと間合いを取りながら、工藤の背後に回る。しかし紅葉と羅刹同様にタイミングが図れない。刀を構えるだけで身体中からどっと汗が吹き出した。
「おいおいてめえら、たいそうな武器持っといて素人の集まりかぁ?」
工藤は振り向き様に、清姫に向けて掌底を撃ち込む。
清姫は素早く反応し、鉄槌のように振り下ろされた掌を、大きく跳躍し、ギリギリ交わした。工藤の一撃で地面には大きな亀裂が走った。
「おお? 逃げ方は上手いようだな」
当たれば身体が吹き飛んでたかもしれない。清姫は自分の身体能力に驚いていた。これも白羅によって施された能力引き上げの効果だろうか。
しかし、慣れない動きで身体が悲鳴を上げたのか、清姫の呼吸は大きく乱れた。
「じゃあ、これはどうだ?」
そう言うと工藤の身体に黒い霧が纏わり付き、みるみるうちに姿を消し去った。
「え? どういう事?」
動揺が走ったが工藤の言った「闇を操るという鬼」という言葉を咄嗟に思い出した。周囲をキョロキョロと見渡すが、工藤の姿はない。
「清姫!! 」
修羅が切迫した声で叫んだ。
なんと、清姫の映し出した影から工藤がニョロリと現れたのだ。
一瞬の事だった。工藤の鋭利な爪が清姫の左瞼を切り裂いた。
「くっ!!」
左瞼から鮮血が飛び散った。清姫は思わず左の瞼を右手で押さえる。指と指の隙間から血が流れ落ち、左頬が真っ赤に染めあがった。
「てめぇ! 何しやがんだぁ!」
修羅が怒号を張り上げ、工藤に突進していった。
が、工藤の口から黒い霧が吐き出され、修羅の身体をすっぽり覆った。
「おい! 何だこれは! 目の前が見えねぇ!!」
視界を奪われた修羅は、闇を払おうと、ブンブンと刀を振り回す。
「お前は闇に飲まれたのさ! もう何も出来やしない。そんなに振ったら謝っててめえ自身を斬っちまうぞ」
工藤は影に潜む事も出来れば、闇を展開できる程の鬼術の使い手だった。まともにやりあっても勝てる所か、ダメージすら与えられない。
紅葉と羅刹の斬りかかる隙間は、全く作れない。二人は緊張と絶望に呑まれ、呼吸を荒げた。
清姫は後ろへゆっくりと後退しながらフゥーフゥーと呼吸を整えるように、息を吐き出し傷が再生するのを待った。
気づくと苦痛に満ちた絶叫が聞こえた。
羅刹だ。工藤は羅刹の影に潜り込み、姿を現すと素早く頭上に爪を振り下ろした。
羅刹の額がぱっくりと割れ、縦に彫られた傷口からドロッとした血が溢れた。
「い、痛ぇ!!」
羅刹はあまりの激痛に、その場に倒れ込んでしまった。
それを見ていた紅葉はより一層、切迫感に襲われた。次は自分だと。
急襲されるのを仮定して、己の影が映し出される方向に向けて、ガムシャラに刀を振り回した。
しかし、工藤は横で倒れ込んだ羅刹の影を利用して、紅葉の背後を襲った。
紅葉のブレザーの背が爪による攻撃で切り裂かれ、露出した肌から鮮血が舞った。顔を歪ませた紅葉が、膝を付いて倒れる。
影を自由自在に行き来し、闇を作って相手を無力化させる工藤になす術がなかった。
ヤケクソなのか修羅が視界が閉ざされた状態で、刀を滅茶苦茶に振り回した。運良く工藤に当たれば、と思っての行動か。
「待って!!」
声が聞こえた。全員がその声の方向に視線を向けると、百鬼だった。すでに短刀風虎を右手に握りしめている。
「この鬼は術を使う度に疲弊している。呼吸がだんだんと荒くなってるのがその証拠よ。 だからむやみに攻撃しないで! 必ず隙が生まれる」
刀を振り回してた修羅の腕が止まった。
さらに百鬼が続けた。
「こいつは武器の恐ろしさを知っている。 だから束になってかかって来られたら勝機が薄れるから、闇を操作して、一人一人いたぶって弱らせていたのよ」
「何を小娘がぁぁぁ!!」
工藤が怒気を含んだ声をあげ、煙状の闇から姿を現した。確かに肩が大きく上下に動いている。
「図星でしょ? ほら、呼吸が乱れてる。 余裕ぶってネチネチと攻撃してたけど、そろそろ限界じゃない?」
百鬼は微笑を浮かべ、挑発するように言った。
「冷静に喋って随分と余裕だなぁ! てめえを先にぶっ殺してやるわ」
工藤が巨体を揺らし、大きく跳躍した。百鬼めがけて、立てた鋭い爪を大きく振り下ろす。
瞬間、百鬼の目が淡い赤色に発光した。それは今までとは違い、まるで獣が獲物を狙うかのような鋭い眼光だった。
そして、一瞬だった。工藤の振り下ろした右腕が切断され、鈍い音をたてて地面に崩れ落ちた。
百鬼はカチャッという音を響かせ、刀を鞘に収めた。
皆、何が起きたのかすぐには理解ができなかったが、百鬼が涼しげな顔で工藤を見下ろしている姿を見て、理解した。
工藤の腕は瞬時にして斬り落とされたのだ。
百鬼の視線の先には、切断された切り口から血が噴射し、苦悶の表情を浮かべながら両膝を付く工藤がいた。
「ひ、百鬼……だよね?」
傷の再生が始まり、背中の血も止まりかけた紅葉が、目をしばたたかせる。
別人のように豹変した百鬼の姿に戸惑いを隠せなかった。術が解けたのか、身体から靄が消えた修羅も目を見開く。
「こ、これが酒呑童子の血……!?」
清姫は激しく驚愕した。
普段の百鬼とは想像がつかない程の貫禄、威圧感そして狂気。この場の誰もがその姿に圧倒されていた。
「やべぇ……オニちゃんカッコいい~!」
羅刹は感動を覚えたのか、見惚れたような眼差しを百鬼に送った。
百鬼は工藤を嘲笑うかのように、地面に転がる腕を踏みつけた。
「私をぶっ殺すんじゃなかった? 何座ってんの?」
冷酷な口ぶりで工藤を見下ろす。
「く、くくく……て、てめえ、ただの鬼人じゃねぇなぁ」
あまりの激痛で脂汗をどっと流した工藤が、百鬼を睨み付けた。
「どうりであの時、圧力がハンパなかった訳か。 俺も鬼になってから身体が不完全体だったから、リスクを犯してまで追い込めなかったが……」
工藤が百鬼を襲撃した時、とどめを刺さなかった理由は、百鬼が無意識に放った圧力に屈したという事らしい。
「あれから身体がようやく慣れてきて、人間を喰らったけどやっぱり小娘の肉は最高だ。 ぷりぷりして口の中でとろけてよぉ」
唐突に語りだした工藤に少し違和感を感じ始めた百鬼だが、そのまま黙って冷ややかな目線を浴びせ続けた。
「あー、おめえの親は不味かったなぁ。 父親の腕喰ったけど、不味すぎてよぉ、母親の脳ならどうかと思ったら、これもくそ不味くて喰えたもんじゃなかったぜ」
百鬼の眉がピクリと動いた。
「このぉぉ!! くされ外道がぁ!!」
工藤の不愉快な語りに、修羅が怒りで顔を紅潮させ、工藤の背後から刀を振り上げた。
「待って!!」
百鬼の制止に修羅がピタリと動きを止め、刀を静かに下ろした。
「こいつは私が殺る」
親を侮辱され、怒りの感情がふつふつと沸き上がる。
「べらべらとよく喋る奴だな。お前、わざと興味を惹かせる話をして、腕が再生する為の時間稼ぎをしてるだろ?」
指摘する通り、工藤の腕の切り口がボコボコと波を打ち、すでに細胞の修復が始まっていた。
「さぁて、そいつはどうかな……」
言った矢先に、新たな腕がボコっと生えだした。工藤は一瞬ニヤリと笑みをこぼし、百鬼に向かって口から黒い霧を吐き出した。
百鬼の身体に黒い霧が纏わり付く。
この時を待っていたのか、視界を閉ざされたであろう百鬼の首めがけて、手刀を撃ち込んだ。
決まったと思った工藤だが、目に映る世界が一回転、二回転、三回転とぐるぐる回っていた。
その世界には、仕留めたはずの百鬼が無傷のまま、こちらを見つめていた。
そして視界には百鬼の足元が映し出されていた。
理解が追い付かない。そして首元が燃えたぎるように熱い。
そこで工藤の意識は途絶えた。
百鬼は無表情のまま刀を鞘に収めた。
転がる工藤の頭部を見つめたまま。
人骨なのか獣の骨なのかは、判別できなかったが、無造作に散らばっていた。
――これはあいつが食べた人の骨?
百鬼は険しい表情で、散らばる骨を見渡した。
「ど、どこだ! ここは!」
店内にいる人間全てが闇へと引きずり込まれたようで、古木が困惑の声を上げた。
店員と客も数人いたのか、店の制服を着た男性一名、帰宅途中に寄ったであろう学校の制服を着た男女二名が、唖然とした顔で立ち尽くしていた。
「ようこそ、俺の島へ。 まーた邪魔者がゴチャゴチャ入ってきたら、かなわんからな。 お前らを闇へ閉じ込めた」
工藤が手を大きく広げて、得意げな顔をした。肩に喰らった弾の傷も再生してるようだ。
「そうかい、そうかい。 ここなら思う存分てめえをぶっ殺せるなぁ」
修羅がニヤリと笑みを浮かべ、炎々龍の柄に手をかけた。
「ふっ、鬼人の小娘の分際で意気がりやがって」
工藤が握り拳を作り、ボクシングのファイティングポーズのように構えると、修羅が刀を鞘から抜き正眼の構えを見せた。
その様子を見つめ立ち尽くす古木は、狐につままれた状態だった。
鬼の存在自体、信じがたい事実なうえに、異空間に移動させられ、目の前では刀を構えた少女と鬼が対峙している。
それに、自身も鬼に襲われ、親は殺されてしまった少女もいるではないか。何故、ここにいるのか。理解が追い付かない。
もうこれ以上警察官、いや、生身の人間が踏み込める領域ではないと、屈辱的だが、そう思うしかなかった。
「でやぁぁぁぁぁ!!」
修羅がかけ声と共に勢いよく踏み込み、刀を工藤の頭上に高く振り上げた。
工藤は一瞬がら空きになった修羅の胴体めがけて、拳を放った。
その一撃はみぞおちを深くえぐり、修羅は苦痛で顔を歪めながら、体勢を大きく崩し、仰向けの状態で地面に叩きつけられた。
「ぐぅはぁ!」
胃の中が燃えるように熱くなり、思わず胃液を吐き出す。
「おいおい、何だよ。 少しはやるだろうと思ったら、動きが素人じゃねぇか。 お前、経験ないだろ?」
図星だった。白羅に武器を授かったはいいが、実戦経験は皆無。武器の使い方も、剣術の基礎もわからない。
即席でやったものの、百戦錬磨の鬼は甘い相手ではなかった。
「もう実戦を積んで慣れるしかないわ。 と言っても鬼は待ってくれない……」
清姫が焦りの顔で言うと、何かを思い出したのか、後方の紅葉に大声で叫んだ。
「四条さん! 刑事さん達と、店内に取り残された人を結界で防御して!」
紅葉は清姫の唐突な要求に困惑した。結界など張った事もないし、張り方もわからない。
「えぇ……。 ど、どうやんの?」
「白羅様が、イメージを浮かべれば何とかなるって。 あなたはもう術を使えるはずだから!」
確かにアバウトな説明だった。詠唱を行うのかと思いきや、そうなるように念じて術を展開させるなど、拍子抜けな感じがしないでもなかった。
「え、えっと……」
紅葉は自信なさげな言い方で古木達に向かって、広げた両手をかざした。
テレビアニメで観たことのある魔法使いのような動きを、見よう見真似に実行してみる。
「け、けっかいよー、あの人達をまもるのだー」
紅葉が照れくさそうに棒読み口調で言うと、目が赤色に発光して、かざした掌から青白い光か放たれた。
たちまち古木達は光の膜に包まれる。いとも簡単に結界が成立し、紅葉が目を丸くする。
「嘘でしょ?」
適当ではないが、何となく結界を張るイメージを頭に描いたら見事に展開してしまい、紅葉は唖然とした。
「もみっちかっこいい!! 私もやってみる! けっかいカモーン!」
羅刹が目を輝かせて両手を前へかざすが、何も起きない。
「ちょっと、高野先輩ふざけないで下さいよ」
紅葉が顔を紅潮させながら、頬を膨らませた。
「私達も援護しましょう!」
清姫が数珠を 打刀黒雨に変化させ、下段に構えた。
その間にも修羅は工藤に斬りかかるが避けられ、斬りかかるが避けられを繰り返していた。かすり傷どころか、刀が全く当たらない。
紅葉と羅刹も武器を出し、構えるが、間に入れず棒立ちになってしまった。
清姫がじりじりと間合いを取りながら、工藤の背後に回る。しかし紅葉と羅刹同様にタイミングが図れない。刀を構えるだけで身体中からどっと汗が吹き出した。
「おいおいてめえら、たいそうな武器持っといて素人の集まりかぁ?」
工藤は振り向き様に、清姫に向けて掌底を撃ち込む。
清姫は素早く反応し、鉄槌のように振り下ろされた掌を、大きく跳躍し、ギリギリ交わした。工藤の一撃で地面には大きな亀裂が走った。
「おお? 逃げ方は上手いようだな」
当たれば身体が吹き飛んでたかもしれない。清姫は自分の身体能力に驚いていた。これも白羅によって施された能力引き上げの効果だろうか。
しかし、慣れない動きで身体が悲鳴を上げたのか、清姫の呼吸は大きく乱れた。
「じゃあ、これはどうだ?」
そう言うと工藤の身体に黒い霧が纏わり付き、みるみるうちに姿を消し去った。
「え? どういう事?」
動揺が走ったが工藤の言った「闇を操るという鬼」という言葉を咄嗟に思い出した。周囲をキョロキョロと見渡すが、工藤の姿はない。
「清姫!! 」
修羅が切迫した声で叫んだ。
なんと、清姫の映し出した影から工藤がニョロリと現れたのだ。
一瞬の事だった。工藤の鋭利な爪が清姫の左瞼を切り裂いた。
「くっ!!」
左瞼から鮮血が飛び散った。清姫は思わず左の瞼を右手で押さえる。指と指の隙間から血が流れ落ち、左頬が真っ赤に染めあがった。
「てめぇ! 何しやがんだぁ!」
修羅が怒号を張り上げ、工藤に突進していった。
が、工藤の口から黒い霧が吐き出され、修羅の身体をすっぽり覆った。
「おい! 何だこれは! 目の前が見えねぇ!!」
視界を奪われた修羅は、闇を払おうと、ブンブンと刀を振り回す。
「お前は闇に飲まれたのさ! もう何も出来やしない。そんなに振ったら謝っててめえ自身を斬っちまうぞ」
工藤は影に潜む事も出来れば、闇を展開できる程の鬼術の使い手だった。まともにやりあっても勝てる所か、ダメージすら与えられない。
紅葉と羅刹の斬りかかる隙間は、全く作れない。二人は緊張と絶望に呑まれ、呼吸を荒げた。
清姫は後ろへゆっくりと後退しながらフゥーフゥーと呼吸を整えるように、息を吐き出し傷が再生するのを待った。
気づくと苦痛に満ちた絶叫が聞こえた。
羅刹だ。工藤は羅刹の影に潜り込み、姿を現すと素早く頭上に爪を振り下ろした。
羅刹の額がぱっくりと割れ、縦に彫られた傷口からドロッとした血が溢れた。
「い、痛ぇ!!」
羅刹はあまりの激痛に、その場に倒れ込んでしまった。
それを見ていた紅葉はより一層、切迫感に襲われた。次は自分だと。
急襲されるのを仮定して、己の影が映し出される方向に向けて、ガムシャラに刀を振り回した。
しかし、工藤は横で倒れ込んだ羅刹の影を利用して、紅葉の背後を襲った。
紅葉のブレザーの背が爪による攻撃で切り裂かれ、露出した肌から鮮血が舞った。顔を歪ませた紅葉が、膝を付いて倒れる。
影を自由自在に行き来し、闇を作って相手を無力化させる工藤になす術がなかった。
ヤケクソなのか修羅が視界が閉ざされた状態で、刀を滅茶苦茶に振り回した。運良く工藤に当たれば、と思っての行動か。
「待って!!」
声が聞こえた。全員がその声の方向に視線を向けると、百鬼だった。すでに短刀風虎を右手に握りしめている。
「この鬼は術を使う度に疲弊している。呼吸がだんだんと荒くなってるのがその証拠よ。 だからむやみに攻撃しないで! 必ず隙が生まれる」
刀を振り回してた修羅の腕が止まった。
さらに百鬼が続けた。
「こいつは武器の恐ろしさを知っている。 だから束になってかかって来られたら勝機が薄れるから、闇を操作して、一人一人いたぶって弱らせていたのよ」
「何を小娘がぁぁぁ!!」
工藤が怒気を含んだ声をあげ、煙状の闇から姿を現した。確かに肩が大きく上下に動いている。
「図星でしょ? ほら、呼吸が乱れてる。 余裕ぶってネチネチと攻撃してたけど、そろそろ限界じゃない?」
百鬼は微笑を浮かべ、挑発するように言った。
「冷静に喋って随分と余裕だなぁ! てめえを先にぶっ殺してやるわ」
工藤が巨体を揺らし、大きく跳躍した。百鬼めがけて、立てた鋭い爪を大きく振り下ろす。
瞬間、百鬼の目が淡い赤色に発光した。それは今までとは違い、まるで獣が獲物を狙うかのような鋭い眼光だった。
そして、一瞬だった。工藤の振り下ろした右腕が切断され、鈍い音をたてて地面に崩れ落ちた。
百鬼はカチャッという音を響かせ、刀を鞘に収めた。
皆、何が起きたのかすぐには理解ができなかったが、百鬼が涼しげな顔で工藤を見下ろしている姿を見て、理解した。
工藤の腕は瞬時にして斬り落とされたのだ。
百鬼の視線の先には、切断された切り口から血が噴射し、苦悶の表情を浮かべながら両膝を付く工藤がいた。
「ひ、百鬼……だよね?」
傷の再生が始まり、背中の血も止まりかけた紅葉が、目をしばたたかせる。
別人のように豹変した百鬼の姿に戸惑いを隠せなかった。術が解けたのか、身体から靄が消えた修羅も目を見開く。
「こ、これが酒呑童子の血……!?」
清姫は激しく驚愕した。
普段の百鬼とは想像がつかない程の貫禄、威圧感そして狂気。この場の誰もがその姿に圧倒されていた。
「やべぇ……オニちゃんカッコいい~!」
羅刹は感動を覚えたのか、見惚れたような眼差しを百鬼に送った。
百鬼は工藤を嘲笑うかのように、地面に転がる腕を踏みつけた。
「私をぶっ殺すんじゃなかった? 何座ってんの?」
冷酷な口ぶりで工藤を見下ろす。
「く、くくく……て、てめえ、ただの鬼人じゃねぇなぁ」
あまりの激痛で脂汗をどっと流した工藤が、百鬼を睨み付けた。
「どうりであの時、圧力がハンパなかった訳か。 俺も鬼になってから身体が不完全体だったから、リスクを犯してまで追い込めなかったが……」
工藤が百鬼を襲撃した時、とどめを刺さなかった理由は、百鬼が無意識に放った圧力に屈したという事らしい。
「あれから身体がようやく慣れてきて、人間を喰らったけどやっぱり小娘の肉は最高だ。 ぷりぷりして口の中でとろけてよぉ」
唐突に語りだした工藤に少し違和感を感じ始めた百鬼だが、そのまま黙って冷ややかな目線を浴びせ続けた。
「あー、おめえの親は不味かったなぁ。 父親の腕喰ったけど、不味すぎてよぉ、母親の脳ならどうかと思ったら、これもくそ不味くて喰えたもんじゃなかったぜ」
百鬼の眉がピクリと動いた。
「このぉぉ!! くされ外道がぁ!!」
工藤の不愉快な語りに、修羅が怒りで顔を紅潮させ、工藤の背後から刀を振り上げた。
「待って!!」
百鬼の制止に修羅がピタリと動きを止め、刀を静かに下ろした。
「こいつは私が殺る」
親を侮辱され、怒りの感情がふつふつと沸き上がる。
「べらべらとよく喋る奴だな。お前、わざと興味を惹かせる話をして、腕が再生する為の時間稼ぎをしてるだろ?」
指摘する通り、工藤の腕の切り口がボコボコと波を打ち、すでに細胞の修復が始まっていた。
「さぁて、そいつはどうかな……」
言った矢先に、新たな腕がボコっと生えだした。工藤は一瞬ニヤリと笑みをこぼし、百鬼に向かって口から黒い霧を吐き出した。
百鬼の身体に黒い霧が纏わり付く。
この時を待っていたのか、視界を閉ざされたであろう百鬼の首めがけて、手刀を撃ち込んだ。
決まったと思った工藤だが、目に映る世界が一回転、二回転、三回転とぐるぐる回っていた。
その世界には、仕留めたはずの百鬼が無傷のまま、こちらを見つめていた。
そして視界には百鬼の足元が映し出されていた。
理解が追い付かない。そして首元が燃えたぎるように熱い。
そこで工藤の意識は途絶えた。
百鬼は無表情のまま刀を鞘に収めた。
転がる工藤の頭部を見つめたまま。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
お疲れエルフの家出からはじまる癒されライフ
アキナヌカ
ファンタジー
僕はクアリタ・グランフォレという250歳ほどの若いエルフだ、僕の養い子であるハーフエルフのソアンが150歳になって成人したら、彼女は突然私と一緒に家出しようと言ってきた!!さぁ、これはお疲れエルフの家出からはじまる癒されライフ??かもしれない。
村で仕事に埋もれて疲れ切ったエルフが、養い子のハーフエルフの誘いにのって思い切って家出するお話です。家出をする彼の前には一体、何が待ち受けているのでしょうか。
いろいろと疲れた貴方に、いっぱい休んで癒されることは、決して悪いことではないはずなのです
この作品はカクヨム、小説家になろう、pixiv、エブリスタにも投稿しています。
不定期投稿ですが、なるべく毎日投稿を目指しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
プリンセスクロッサー勇と王王姫纏いて魔王軍に挑む
兵郎桜花
ファンタジー
勇者になってもてたい少年イサミは王城を救ったことをきっかけに伝説の勇者と言われ姫とまぐわう運命を辿ると言われ魔王軍と戦うことになる。姫アステリアと隣国の王女クリム、幼馴染貴族のリンネや騎士学校の先輩エルハと婚約し彼女達王女の力を鎧として纏う。王になりたい少年王我は世界を支配することでよりよい世界を作ろうとする。そんな時殺戮を望む壊羅と戦うことになる。
異世界で黒猫君とマッタリ行きたい
こみあ
ファンタジー
始発電車で運命の恋が始まるかと思ったら、なぜか異世界に飛ばされました。
世界は甘くないし、状況は行き詰ってるし。自分自身も結構酷いことになってるんですけど。
それでも人生、生きてさえいればなんとかなる、らしい。
マッタリ行きたいのに行けない私と黒猫君の、ほぼ底辺からの異世界サバイバル・ライフ。
注)途中から黒猫君視点が増えます。
-----
不定期更新中。
登場人物等はフッターから行けるブログページに収まっています。
100話程度、きりのいい場所ごとに「*」で始まるまとめ話を追加しました。
それではどうぞよろしくお願いいたします。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる