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第一幕
望まぬ婚約
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王様と謁見を果たした日から、レイには息のつく間もないほどの多忙な毎日が待っていた。
隣国で平民として18年間も生きてきてしまったレイには、王女様として必要な知識や技能が多すぎた。
レイが学ぶのは礼儀作法やマナー、ダンスなど社交界に出る者として必然的に身につけなければいけないものから、王女だけでなくいつかは女王となる運命の下に帝王学や史学、法学といった知識まであった。
そんな王宮での慣れない忙しい暮らしを送る中で、レイが感じる苦痛は別にもあった。
王様達は謁見以来、一切レイに会うことをしなかった。
そして敵国のクルートで平民として育ったレイを気に入らない臣下が、もちろん大勢いた。
レイはどんなに厳しい教育を受けることは仕方ないと我慢できても、周囲からの無礼など心ない扱いに傷つくことがあった。
エステルは王女のお披露目会までの辛抱だと言うが、王城での居心地の悪さは一生消えないのではないかと後ろ向きに考えてしまうばかりであった。
レイは決まって床につき眠る前に、瞼の裏に幸せであったクルート国での日々を思い出すようにしていた。
そして大切な藍色のアクアマリン石のネックレスを胸の上で両手に抱きながら、同じ城内で過ごしているだろう養母の安否を願うことがただ一つの支えであった。
そしてそんな過酷な日々が一月と過ぎた頃、レイは一人の臣下との再会を果たし苦難が増えるのであった。
「王女様、お願いしたいことがありまして参りました。只今よろしいでしょうか。」
いつものように独り自室で朝食をすませた後、エステルを介して、カヌイがレイの部屋を訪れた。
レイはカヌイと度々顔を合わせていたため、カヌイからの申し出にはあまり驚きはしなかった。
しかし部屋に入ったカヌイはいつに増して畏まり、跪いて頭を深く下げていた。
「王様から許可を頂き、王女様と御謁見させていただきたい者がいます。」
「…どちらの方でしょう?」
カヌイの落ち着いた声は、深刻さを漂わせるように感じた。
レイはお披露目会の前までは必要以上に部屋の外から出ることを禁じられい関わる者は限られていたために、戸惑いを隠せなかった。
『もしかして…お母さん、』
つい儚い希望を持ったが、一瞬でその夢は壊された。
「私の息子ー、シーダでございます。」
レイは思わず、顔色を曇らせてしまった。
夜会での一件があり、シーダにはあまりいい印象はなかった。
ただ唯一気に留めていたことがあり、それはカヌイの一言で繋がることとなる。
「王女様と我が息子は、産まれた時から婚約関係でございます。息子が王女様のお披露目会の前から親睦を図りたいと言っておりまして。本日のお昼を共にさせてもよろしいでしょうか?」
想定外の現実にレイは大きな目を見開いて暫く硬直し、絶望した。
しかしレイは自分は拒絶できる立場でないことも自負していた。
そしてレイは午前の講義を受けた後、エステルに連れられて城内の庭園に向かった。
そこで二人を待ち兼ねていたカヌイとシーダは即座に立ち上がり深く頭を下げた。
「王女様、貴重なお時間をいただきありがとうございます。」
そしてレイの足元でシーダは跪き、右手を差し出して顔を上げて微笑んだ。
「王女様、ご無沙汰しております。毎日王女様のことを想っておりました。」
レイは、シーダの大きな目が自分を真っ直ぐ見つめるのについ目をそらしてしまった。
呆気に取られたレイがシーダは れ返す言葉も思いつかないまま、次に口を開いたのはカヌイだった。
「王女様、私も同席したかったのですが会議が入ってしまいー。息子と二人きりでもよろしいでしょうか?」
「…えぇ。」
レイは一瞬言葉を失ったが、カヌイに二つ返事をした。
「シーダ。くれぐれも王女様にご無礼のないように。」
「はい、お父様。」
カヌイは颯爽と去っていき、いつの間にか背後にいたはずのエステルも下がり、遠くからレイとシーダの護衛が数名仕えていた。
レイはシーダにより席に誘導され座った瞬間、目の前に大きな花束が差し出された。
「王女様、これは私から再会の証に。」
「…なんて真っ赤な薔薇ですね。」
レイは大輪の薔薇の花束のプレゼントに驚き、戸惑いを隠せなかった。
そしてシーダはレイの耳元で甘い声で囁いた。
「私の気持ちを込めております。私の婚約者ー親愛なる王女様へ。」
まるで花言葉のごとく情熱的なシーダの囁きに、レイはつい身震いがしたが微笑して誤魔化した。
「どうですか、アリセナ国は。王城は豪勢で麗しく、食べ物も人も一流のものしかない。王女様が住んでいた街とは全く違うのではありませんか。」
「…そうですね。」
「豪華絢爛の王城暮らしに幸福の毎日でしょう。」
レイは向き合って座るシーダに凝視され、落ち着かないまま食事をとった。
贅沢な城下の暮らしはレイにとってはいつまでも馴染まず苦痛のものであったから、シーダとの決して噛み合わない話を作り笑いで相槌していた。
ランチが終わると早々に、レイは午後の予定があるからとシーダに謝罪し、席を立った。
シーダはその様子にすぐに近くに来て椅子を引き、レイの横に跪き右手を前に差し出した。
「そこまで送ります。」
そしてレイはシーダに言われるがままに、互いの臣下が待つ場所までほんの僅かの距離間をエスコートされた。
花が咲き乱れている庭園の風景はレイにとってこの上なく癒しの空間のはずが、シーダと密着している現実にに気持ちが沈んでいた。
レイは別れ際に、ずっと気になっていた周知の事実についてシーダに聞いた。
「シーダ。あの、私達はいつ婚姻するのですか?」
「そうですね、王女様のお披露目会が終わってからでしょう。王女様に相応しい夫になれるよう努めていきます。」
シーダはレイに満面の笑みを返し、会釈した。
シーダは周りも羨む程の美形で聡明の完璧な紳士だとーアリアが言っていた。
しかしレイにとっては、酒に託けてを強引に乙女に近づいた第一印象は決して忘れられず、シーダの熱い気持ちには一生応えられそうにはない気がした。
それからシーダからレイへの熱烈なアプローチは、激しさを増していく一方であった。
レイは近い未来シーダとの夫婦になるのは確定しているのだし接触はできれば避けたかったが、エステルは許してくれなかった。
そしてお披露目会も間近になった頃である。
その日レイは一日中シーダと共に、お披露目会後の舞踏会で披露するダンスの練習をしていた。
レイにとっては、好きでもない男性と親密に密着し絶え間なく甘い言葉で口説かれるという、苦痛の一日であった。
夕刻になり、ようやくレイはようやくシーダから解放された。
しかしレイは自室に戻る廊下を歩く途中、後ろに蹌踉めいてしまった。
すかさず後ろに仕えていたゼロがレイの身体を支えた。
「王女様、大丈夫でしょうか?」
「…ちょっと今日は疲れてしまって。」
レイは目眩がする頭を抱え、近くのソファーに倒れるように座った。
ゼロは心配そうにレイの傍に跪き言った。
「医者を呼んで来ましょうか。」
「大丈夫です。きっと大したものではありません。」
レイはそう言うと深い溜息をつき、重く痛み始めた頭を摩る。
そしていつも傍で仕えるゼロは、レイが言わずとも心身共に疲労する理由をわかっていた。
「…今日も情熱的な婚約者でしたね。」
「そうね、全く隙がないほどの。」
レイはゼロの言葉に釣られて、珍しくつい嫌味を言ってしまった。
レイがゼロの反応を横目で見ると、自分の気持ちを共感しているかのように困った顔で苦笑していた。
「王女様、慣れない城下での暮らしと厳しい王女教育にお身体も疲労が溜まっている中、心も落ち着かないことでしょう。私やエステル様も心配していました。」
「…ゼロ。」
どんな時も側にいてくれる護衛のゼロは口数が少なく、こんなに率直な言葉で自分を気にかけてくれるのは初めてであった。
レイはつい目に涙が溢れそうになった。
ゼロの優しい眼差しが触れずとも温もりとして伝わってくるようだったのだ。
レイは俯き、か細い小さな声で弱音を吐いた。
「王女としての生活や教育はまだしも…シーダをどうしても受け付けられない。」
レイはシーダと言葉を交わせば交わすほど、触れられれば触れられるほど、自分がシーダを拒絶しているのが分かった。
それは今まで人に対して抱いたことのない負の感情で、そんな感情を誰かに向けるようになってしまった自分をも心底責めてしまっていた。
レイは一生添い遂げることになるだろうシーダとの未来が全く見えなかった。
ゼロはレイにかけられる言葉が見つからず、ただレイが落ち着くまで側で見守っていた。
「…ゼロには想う人はいるんですか?」
「えぇ、います。」
「どんな人です?」
レイは涙を堪えて少し気持ちが落ち着いた頃、つい興味本位で突拍子もなくゼロの恋愛事情を聞いた。
ゼロはいつになく柔らかい表情になり、自分の想い人について語った。
「芯があって、前向きな人ですね。」
「強い女性なのね…。ゼロはその人と結婚するんですか?」
望まない政略結婚をする王女としての境遇から離れ、レイはゼロが想い人と過ごす幸福な風景を想像した。
しかしそれは幻想で、レイの政略結婚以上に悲しい現実があった。
「…それは絶対にできません。私達はお互い最初からそれを知っていましたがそれでも、想い合ってきました。多分これからもずっとそうでしょう。」
『望まない婚姻もあれば、望むことさえできない婚姻もあるのね。』
レイは俯くゼロに申し訳ないことを聞いてしまったと、後悔して頭を下げた。
「辛い思いを思い出させてしまって申し訳ありません。ゼロはずっと片時も忘れずにその人を想っているんですね。」
「王女様が私にそんなことをしてはいけません。仕事はちゃんと果たしますのでご心配しないでくださいね。」
一方のゼロは悲しむ表情もすることなくレイに優しく微笑んだ。
レイは申し訳ない気持ちを拭いきれないまま、重い足取りで自室に戻った。
そしてふと自分も叶わない想いを抱く相手について思い出す。
『セラもこの城で元気に暮らしていらっしゃるのだろうか。私の想いはセラにも、生涯誰にも伝えないままになるのだろう。しかしそうやって生きてる者は私だけではない。その中でも堪えながら、国のために婚約者を受け入れうまく夫婦生活を営んでいかなければいけない。』
政略結婚を拒絶する自分の気持ちを誡め、受容するしかない運命でも立ち止まってはいけないとレイは悟った。
隣国で平民として18年間も生きてきてしまったレイには、王女様として必要な知識や技能が多すぎた。
レイが学ぶのは礼儀作法やマナー、ダンスなど社交界に出る者として必然的に身につけなければいけないものから、王女だけでなくいつかは女王となる運命の下に帝王学や史学、法学といった知識まであった。
そんな王宮での慣れない忙しい暮らしを送る中で、レイが感じる苦痛は別にもあった。
王様達は謁見以来、一切レイに会うことをしなかった。
そして敵国のクルートで平民として育ったレイを気に入らない臣下が、もちろん大勢いた。
レイはどんなに厳しい教育を受けることは仕方ないと我慢できても、周囲からの無礼など心ない扱いに傷つくことがあった。
エステルは王女のお披露目会までの辛抱だと言うが、王城での居心地の悪さは一生消えないのではないかと後ろ向きに考えてしまうばかりであった。
レイは決まって床につき眠る前に、瞼の裏に幸せであったクルート国での日々を思い出すようにしていた。
そして大切な藍色のアクアマリン石のネックレスを胸の上で両手に抱きながら、同じ城内で過ごしているだろう養母の安否を願うことがただ一つの支えであった。
そしてそんな過酷な日々が一月と過ぎた頃、レイは一人の臣下との再会を果たし苦難が増えるのであった。
「王女様、お願いしたいことがありまして参りました。只今よろしいでしょうか。」
いつものように独り自室で朝食をすませた後、エステルを介して、カヌイがレイの部屋を訪れた。
レイはカヌイと度々顔を合わせていたため、カヌイからの申し出にはあまり驚きはしなかった。
しかし部屋に入ったカヌイはいつに増して畏まり、跪いて頭を深く下げていた。
「王様から許可を頂き、王女様と御謁見させていただきたい者がいます。」
「…どちらの方でしょう?」
カヌイの落ち着いた声は、深刻さを漂わせるように感じた。
レイはお披露目会の前までは必要以上に部屋の外から出ることを禁じられい関わる者は限られていたために、戸惑いを隠せなかった。
『もしかして…お母さん、』
つい儚い希望を持ったが、一瞬でその夢は壊された。
「私の息子ー、シーダでございます。」
レイは思わず、顔色を曇らせてしまった。
夜会での一件があり、シーダにはあまりいい印象はなかった。
ただ唯一気に留めていたことがあり、それはカヌイの一言で繋がることとなる。
「王女様と我が息子は、産まれた時から婚約関係でございます。息子が王女様のお披露目会の前から親睦を図りたいと言っておりまして。本日のお昼を共にさせてもよろしいでしょうか?」
想定外の現実にレイは大きな目を見開いて暫く硬直し、絶望した。
しかしレイは自分は拒絶できる立場でないことも自負していた。
そしてレイは午前の講義を受けた後、エステルに連れられて城内の庭園に向かった。
そこで二人を待ち兼ねていたカヌイとシーダは即座に立ち上がり深く頭を下げた。
「王女様、貴重なお時間をいただきありがとうございます。」
そしてレイの足元でシーダは跪き、右手を差し出して顔を上げて微笑んだ。
「王女様、ご無沙汰しております。毎日王女様のことを想っておりました。」
レイは、シーダの大きな目が自分を真っ直ぐ見つめるのについ目をそらしてしまった。
呆気に取られたレイがシーダは れ返す言葉も思いつかないまま、次に口を開いたのはカヌイだった。
「王女様、私も同席したかったのですが会議が入ってしまいー。息子と二人きりでもよろしいでしょうか?」
「…えぇ。」
レイは一瞬言葉を失ったが、カヌイに二つ返事をした。
「シーダ。くれぐれも王女様にご無礼のないように。」
「はい、お父様。」
カヌイは颯爽と去っていき、いつの間にか背後にいたはずのエステルも下がり、遠くからレイとシーダの護衛が数名仕えていた。
レイはシーダにより席に誘導され座った瞬間、目の前に大きな花束が差し出された。
「王女様、これは私から再会の証に。」
「…なんて真っ赤な薔薇ですね。」
レイは大輪の薔薇の花束のプレゼントに驚き、戸惑いを隠せなかった。
そしてシーダはレイの耳元で甘い声で囁いた。
「私の気持ちを込めております。私の婚約者ー親愛なる王女様へ。」
まるで花言葉のごとく情熱的なシーダの囁きに、レイはつい身震いがしたが微笑して誤魔化した。
「どうですか、アリセナ国は。王城は豪勢で麗しく、食べ物も人も一流のものしかない。王女様が住んでいた街とは全く違うのではありませんか。」
「…そうですね。」
「豪華絢爛の王城暮らしに幸福の毎日でしょう。」
レイは向き合って座るシーダに凝視され、落ち着かないまま食事をとった。
贅沢な城下の暮らしはレイにとってはいつまでも馴染まず苦痛のものであったから、シーダとの決して噛み合わない話を作り笑いで相槌していた。
ランチが終わると早々に、レイは午後の予定があるからとシーダに謝罪し、席を立った。
シーダはその様子にすぐに近くに来て椅子を引き、レイの横に跪き右手を前に差し出した。
「そこまで送ります。」
そしてレイはシーダに言われるがままに、互いの臣下が待つ場所までほんの僅かの距離間をエスコートされた。
花が咲き乱れている庭園の風景はレイにとってこの上なく癒しの空間のはずが、シーダと密着している現実にに気持ちが沈んでいた。
レイは別れ際に、ずっと気になっていた周知の事実についてシーダに聞いた。
「シーダ。あの、私達はいつ婚姻するのですか?」
「そうですね、王女様のお披露目会が終わってからでしょう。王女様に相応しい夫になれるよう努めていきます。」
シーダはレイに満面の笑みを返し、会釈した。
シーダは周りも羨む程の美形で聡明の完璧な紳士だとーアリアが言っていた。
しかしレイにとっては、酒に託けてを強引に乙女に近づいた第一印象は決して忘れられず、シーダの熱い気持ちには一生応えられそうにはない気がした。
それからシーダからレイへの熱烈なアプローチは、激しさを増していく一方であった。
レイは近い未来シーダとの夫婦になるのは確定しているのだし接触はできれば避けたかったが、エステルは許してくれなかった。
そしてお披露目会も間近になった頃である。
その日レイは一日中シーダと共に、お披露目会後の舞踏会で披露するダンスの練習をしていた。
レイにとっては、好きでもない男性と親密に密着し絶え間なく甘い言葉で口説かれるという、苦痛の一日であった。
夕刻になり、ようやくレイはようやくシーダから解放された。
しかしレイは自室に戻る廊下を歩く途中、後ろに蹌踉めいてしまった。
すかさず後ろに仕えていたゼロがレイの身体を支えた。
「王女様、大丈夫でしょうか?」
「…ちょっと今日は疲れてしまって。」
レイは目眩がする頭を抱え、近くのソファーに倒れるように座った。
ゼロは心配そうにレイの傍に跪き言った。
「医者を呼んで来ましょうか。」
「大丈夫です。きっと大したものではありません。」
レイはそう言うと深い溜息をつき、重く痛み始めた頭を摩る。
そしていつも傍で仕えるゼロは、レイが言わずとも心身共に疲労する理由をわかっていた。
「…今日も情熱的な婚約者でしたね。」
「そうね、全く隙がないほどの。」
レイはゼロの言葉に釣られて、珍しくつい嫌味を言ってしまった。
レイがゼロの反応を横目で見ると、自分の気持ちを共感しているかのように困った顔で苦笑していた。
「王女様、慣れない城下での暮らしと厳しい王女教育にお身体も疲労が溜まっている中、心も落ち着かないことでしょう。私やエステル様も心配していました。」
「…ゼロ。」
どんな時も側にいてくれる護衛のゼロは口数が少なく、こんなに率直な言葉で自分を気にかけてくれるのは初めてであった。
レイはつい目に涙が溢れそうになった。
ゼロの優しい眼差しが触れずとも温もりとして伝わってくるようだったのだ。
レイは俯き、か細い小さな声で弱音を吐いた。
「王女としての生活や教育はまだしも…シーダをどうしても受け付けられない。」
レイはシーダと言葉を交わせば交わすほど、触れられれば触れられるほど、自分がシーダを拒絶しているのが分かった。
それは今まで人に対して抱いたことのない負の感情で、そんな感情を誰かに向けるようになってしまった自分をも心底責めてしまっていた。
レイは一生添い遂げることになるだろうシーダとの未来が全く見えなかった。
ゼロはレイにかけられる言葉が見つからず、ただレイが落ち着くまで側で見守っていた。
「…ゼロには想う人はいるんですか?」
「えぇ、います。」
「どんな人です?」
レイは涙を堪えて少し気持ちが落ち着いた頃、つい興味本位で突拍子もなくゼロの恋愛事情を聞いた。
ゼロはいつになく柔らかい表情になり、自分の想い人について語った。
「芯があって、前向きな人ですね。」
「強い女性なのね…。ゼロはその人と結婚するんですか?」
望まない政略結婚をする王女としての境遇から離れ、レイはゼロが想い人と過ごす幸福な風景を想像した。
しかしそれは幻想で、レイの政略結婚以上に悲しい現実があった。
「…それは絶対にできません。私達はお互い最初からそれを知っていましたがそれでも、想い合ってきました。多分これからもずっとそうでしょう。」
『望まない婚姻もあれば、望むことさえできない婚姻もあるのね。』
レイは俯くゼロに申し訳ないことを聞いてしまったと、後悔して頭を下げた。
「辛い思いを思い出させてしまって申し訳ありません。ゼロはずっと片時も忘れずにその人を想っているんですね。」
「王女様が私にそんなことをしてはいけません。仕事はちゃんと果たしますのでご心配しないでくださいね。」
一方のゼロは悲しむ表情もすることなくレイに優しく微笑んだ。
レイは申し訳ない気持ちを拭いきれないまま、重い足取りで自室に戻った。
そしてふと自分も叶わない想いを抱く相手について思い出す。
『セラもこの城で元気に暮らしていらっしゃるのだろうか。私の想いはセラにも、生涯誰にも伝えないままになるのだろう。しかしそうやって生きてる者は私だけではない。その中でも堪えながら、国のために婚約者を受け入れうまく夫婦生活を営んでいかなければいけない。』
政略結婚を拒絶する自分の気持ちを誡め、受容するしかない運命でも立ち止まってはいけないとレイは悟った。
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