13 / 27
インタールード
インタールード 3
しおりを挟む
「嘘つき」
鈴木さんの話が終わったあと、僕だけの耳に届くか届かないか、くらいのつぶやきが聞こえてきた。すぐには誰の声か分からず、夢宮くんの声と気付くのには、すこし時間が掛かった。久し振りに夢宮くんの声を聞いた気がする。新倉さんとかとは違って、口数の多いタイプではないのだろう。
嘘つき、とは。
普通に考えれば、鈴木さんの話に嘘があった、ということになるけれど、鈴木さんの話はついいまあったばかりのことで、事前に知っていた者はいないはずだ。だから、嘘だ、と断定する情報はなさすぎる。作り話に思える、という意味だろうか。でもそれならば小野寺さんや新倉さんの話だって、嘘めいた部分は多い。鈴木さんだけに限定するのも変な話だ。
話の中に矛盾があったのか。聞きたい、と思ったが、全員がいる中で聞くのは気が引けるし、夢宮くんが正直に答えてくれるとも思えない。
僕はアパートの下に自販機があったことを思い出す。
「なぁ夢宮くん。ジュースでも飲みたくないか。コーラとか」
僕が聞くと、鈴木さんが笑った。
「オレンジジュースくらいなら、うちにもあるけど」
「牛乳とブドウジュースもあったかな。あとビールとチューハイも……って、まぁ夢宮くんは飲めない年齢だけど」
と相瀬さんが、鈴木さんの言葉に続く。
「ほら、炭酸が飲みたい気分の時もあるじゃないですか。どう夢宮くん」
「そうですね。ちょっと……飲みたいです」
気を遣ったような答え方だが、彼がそう言ってくれたことに、僕はほっとする。彼はこの会がはじまってからずっと緊張したような表情を浮かべていたから、多少気持ちをリラックスしたい気持ちもあるだろう。
「せっかくだし、自販機でも行かないか」
ついでに僕は他のひとたちにも、何か買ってきて欲しい物ありますか、と聞く。一緒に行く、と誰かが付いてきたら嫌だな、と思いつつ、何も聞かないのは不自然な気がしたからだ。誰も付いてくるひとはいなかった。新倉さんから缶コーヒーを一本頼まれただけで、他は誰も、何も言わない。
夢宮くんがコーラを買った後、
僕はオレンジジュースのボタンを押した。そんな僕を見て、夢宮くんが不思議そうに首を傾げる。
「オレンジジュースは鈴木さんの家にも」
「いや、本当はちょっと外の空気が吸いたくなっただけなんだ。なんか結構、気の滅入る話ばかりだったから」
「そう、ですか?」
「夢宮くんは、そういう気分にならなかった?」
「怖い、と思いましたけど、気は滅入るとかはないです」
「そっか。でもあの話が本当なら、彼らはひとを殺してることになるわけだよ」
「嘘かもしれないですし、こういう話は盛ったり虚構を混ぜてて当たり前、っていうか」
「信じてないのか。こういう会に参加してるのに」
「嘘か本当か分からない。どっちだろう、って推測したり、想像するのが楽しい感じです」
昔の僕の考えにとても似ている、と思った。そして僕だけではなく、高校時代を一緒に過ごした神原にも似ている、と思った。
「もしかして神原の受け売り」
夢宮くんが驚いた表情を浮かべた後、頷いた。
「すごい。分かるんですね」
「そりゃ、同級生で、……仲も良かったから」
当時は、と含んだような物言いは自分の心のうちだけにとどめておくことにした。
「きみは神原と元々の知り合いだった、って聞いたけど」
「はい。二年くらい前に、はじめて会ったんです。僕は小学生で、ちょっと落ち込んでいる時に、たまたま会って、それで悩み相談に乗ってくれて」
「悩み? ……あ、いや。言いたくないなら、別にいいんだが」
わずかに夢宮くんの表情に暗さが増したことに気付いて、私は慌てて言葉を付け加える。
「大丈夫です。その頃、よく話していたクラスの子が死んじゃって、それで、その……。死んだらどうなるのかな、って考えてたら、悲しくなってきて。ちょっと恥ずかしいんですけど、下校途中に思わず泣いちゃって。その時に声を掛けてくれたのが、神原さんだったんです」
「そうか……クラスの子が死んで」と僕は言葉をそこで切る。明らかに夢宮くんの表情が、その話題を拒んでいるように見えたからだ。「ごめん。やっぱりこの話はやめようか」
「……いえ、話したくないわけじゃないんです。ただ別にどっちにしても、あとで話すことになるから」
つまりは彼の番の時に、このクラスメートの話が語られるのだろう。また、死、か。まるでみんなが死に憑かれたように。
『みんなを信じ過ぎちゃだめ』と送られてきた相瀬さんのショートメッセージの件もあるが、本当にどこまで彼らは真実を語っているのか。いままでの話で共通していて、何よりも嘘めいているのは、彼らがひとを殺している罪人、という点だ。
彼もまたそのクラスの子かあるいは別の誰かを殺したエピソードを語るのだろうか。
こんな話、信用していいのか。
そんなはずはない。僕には絶対的な自信がある。
でも……。
「どうしました」
「あぁ、いや、なんでもない。もう戻ろうか」
もうすこし色々聞きたいような気もしたが、無理やり聞いて、心証を悪くしたくもない。彼らの話が本当だ、と言うなら、僕は彼らに殺されてしまうかもしれないのだから……。
いや、なんて、な。
そんなことがあるわけない、絶対に。こんな殺人鬼ばかりいてたまるか。
ほおを掠める夜気はひんやりとしていた。戻る途中、アパートの別の部屋から夕飯のにおいが流れてきた。炒め物のにおいだ。何を食べる予定なのだろうか。そんなことを考えてしまうような、生活感がある。ほっとしてしまったのは、彼らからどこか現実感を放り捨てた恐怖譚を聞かされているからだろうか。
部屋に戻ると、僕は新倉さんに缶コーヒーを渡した。
「ありがとうございます。……じゃあ、そろそろ次の話ですけど。どうします?」
「僕でもいいですか」
そう言ったのは、夢宮くん、だった。自分から名乗り出るなんて、とあまり自己主張の強くない少年、という印象だったからだ。
反対意見は出ないだろう。だってあとは神原と相瀬さんだ。ふたりがそこまで、自分を先に、と言うように思えなかったからだ。
だけど僕の予想に反して、相瀬さんが言う。
「ねぇ夢宮くん、私が先でもいい」
この言葉に夢宮くんがびっくりした表情を浮かべる。夢宮くんだけではなく、他の全員も驚いた顔をしている。きっと僕も似たような顔をしているはずだ。
「え、えっと」夢宮くんが困ったように言う。「も、もちろんいいですけど」
「だって鈴木さんに抜かされたけど、元々私の順番だったじゃない」
「そう、ですよね」
夢宮くんが、しゅん、とした表情する。
「ごめんね。でも、私はたぶん、話のトリは夢宮くんが良いと思うんだ。私はこういう時、よく最後になるんだけど、ね。こういうのは早めに経験しておいたほうがいい、と思う。……っていうのはただの口実だね。本当は別の理由」
トリ、と聞いて、僕は違和感を覚えた。だってまだ神原もいるはずだ。トリと大トリがいる、という意味なら分かるが、そういうふうに使った感じはしない。
「別の理由?」
「私も子どもの頃の話で、ね。現在進行形の夢宮くんの後だと、さすがにハードルが上がりそうな気がしたから」
「分かりました」
夢宮くんとしても、そこまで取り合う気はなかったのだろう。
ふふ、と笑いながら、ごめんね、と相瀬さんが言った。勝手に僕は、反対意見は出ないだろう、と考えていたが、神原と違って、まだ相瀬さんについてはほとんど知らないのだ。勝手に決め付けるのも失礼な話だった、と改めて思い直す。さっきの鈴木さんとの話の取り合いもあって、彼女のプライドが刺激されたのかもしれない。結構負けず嫌いな性格なのかも。
そして相瀬さんが部屋を暗くする。
これから彼女はどんな話だろう。
『みんなを信じ過ぎちゃだめ』
あれはやはり僕を怖がらせるための演出なのだろうか。そんなことをわざわざするだろうか。彼女は何を語るのか。正直に言えば、彼女はこの集まりの前から会っているぶん、特に何を話すのか興味はある。
占い師をしている、というのだから、仕事が関係する話なのかな、と勝手に想像していたのだが、彼女は子どもの頃の話、と言っていた。彼女の顔から、幼い少女の頃の彼女をイメージしてみる。うまくはいかなかった。
また他のひとたちと同様、彼女は僕の目をじっと見つめている。
鈴木さんの話が終わったあと、僕だけの耳に届くか届かないか、くらいのつぶやきが聞こえてきた。すぐには誰の声か分からず、夢宮くんの声と気付くのには、すこし時間が掛かった。久し振りに夢宮くんの声を聞いた気がする。新倉さんとかとは違って、口数の多いタイプではないのだろう。
嘘つき、とは。
普通に考えれば、鈴木さんの話に嘘があった、ということになるけれど、鈴木さんの話はついいまあったばかりのことで、事前に知っていた者はいないはずだ。だから、嘘だ、と断定する情報はなさすぎる。作り話に思える、という意味だろうか。でもそれならば小野寺さんや新倉さんの話だって、嘘めいた部分は多い。鈴木さんだけに限定するのも変な話だ。
話の中に矛盾があったのか。聞きたい、と思ったが、全員がいる中で聞くのは気が引けるし、夢宮くんが正直に答えてくれるとも思えない。
僕はアパートの下に自販機があったことを思い出す。
「なぁ夢宮くん。ジュースでも飲みたくないか。コーラとか」
僕が聞くと、鈴木さんが笑った。
「オレンジジュースくらいなら、うちにもあるけど」
「牛乳とブドウジュースもあったかな。あとビールとチューハイも……って、まぁ夢宮くんは飲めない年齢だけど」
と相瀬さんが、鈴木さんの言葉に続く。
「ほら、炭酸が飲みたい気分の時もあるじゃないですか。どう夢宮くん」
「そうですね。ちょっと……飲みたいです」
気を遣ったような答え方だが、彼がそう言ってくれたことに、僕はほっとする。彼はこの会がはじまってからずっと緊張したような表情を浮かべていたから、多少気持ちをリラックスしたい気持ちもあるだろう。
「せっかくだし、自販機でも行かないか」
ついでに僕は他のひとたちにも、何か買ってきて欲しい物ありますか、と聞く。一緒に行く、と誰かが付いてきたら嫌だな、と思いつつ、何も聞かないのは不自然な気がしたからだ。誰も付いてくるひとはいなかった。新倉さんから缶コーヒーを一本頼まれただけで、他は誰も、何も言わない。
夢宮くんがコーラを買った後、
僕はオレンジジュースのボタンを押した。そんな僕を見て、夢宮くんが不思議そうに首を傾げる。
「オレンジジュースは鈴木さんの家にも」
「いや、本当はちょっと外の空気が吸いたくなっただけなんだ。なんか結構、気の滅入る話ばかりだったから」
「そう、ですか?」
「夢宮くんは、そういう気分にならなかった?」
「怖い、と思いましたけど、気は滅入るとかはないです」
「そっか。でもあの話が本当なら、彼らはひとを殺してることになるわけだよ」
「嘘かもしれないですし、こういう話は盛ったり虚構を混ぜてて当たり前、っていうか」
「信じてないのか。こういう会に参加してるのに」
「嘘か本当か分からない。どっちだろう、って推測したり、想像するのが楽しい感じです」
昔の僕の考えにとても似ている、と思った。そして僕だけではなく、高校時代を一緒に過ごした神原にも似ている、と思った。
「もしかして神原の受け売り」
夢宮くんが驚いた表情を浮かべた後、頷いた。
「すごい。分かるんですね」
「そりゃ、同級生で、……仲も良かったから」
当時は、と含んだような物言いは自分の心のうちだけにとどめておくことにした。
「きみは神原と元々の知り合いだった、って聞いたけど」
「はい。二年くらい前に、はじめて会ったんです。僕は小学生で、ちょっと落ち込んでいる時に、たまたま会って、それで悩み相談に乗ってくれて」
「悩み? ……あ、いや。言いたくないなら、別にいいんだが」
わずかに夢宮くんの表情に暗さが増したことに気付いて、私は慌てて言葉を付け加える。
「大丈夫です。その頃、よく話していたクラスの子が死んじゃって、それで、その……。死んだらどうなるのかな、って考えてたら、悲しくなってきて。ちょっと恥ずかしいんですけど、下校途中に思わず泣いちゃって。その時に声を掛けてくれたのが、神原さんだったんです」
「そうか……クラスの子が死んで」と僕は言葉をそこで切る。明らかに夢宮くんの表情が、その話題を拒んでいるように見えたからだ。「ごめん。やっぱりこの話はやめようか」
「……いえ、話したくないわけじゃないんです。ただ別にどっちにしても、あとで話すことになるから」
つまりは彼の番の時に、このクラスメートの話が語られるのだろう。また、死、か。まるでみんなが死に憑かれたように。
『みんなを信じ過ぎちゃだめ』と送られてきた相瀬さんのショートメッセージの件もあるが、本当にどこまで彼らは真実を語っているのか。いままでの話で共通していて、何よりも嘘めいているのは、彼らがひとを殺している罪人、という点だ。
彼もまたそのクラスの子かあるいは別の誰かを殺したエピソードを語るのだろうか。
こんな話、信用していいのか。
そんなはずはない。僕には絶対的な自信がある。
でも……。
「どうしました」
「あぁ、いや、なんでもない。もう戻ろうか」
もうすこし色々聞きたいような気もしたが、無理やり聞いて、心証を悪くしたくもない。彼らの話が本当だ、と言うなら、僕は彼らに殺されてしまうかもしれないのだから……。
いや、なんて、な。
そんなことがあるわけない、絶対に。こんな殺人鬼ばかりいてたまるか。
ほおを掠める夜気はひんやりとしていた。戻る途中、アパートの別の部屋から夕飯のにおいが流れてきた。炒め物のにおいだ。何を食べる予定なのだろうか。そんなことを考えてしまうような、生活感がある。ほっとしてしまったのは、彼らからどこか現実感を放り捨てた恐怖譚を聞かされているからだろうか。
部屋に戻ると、僕は新倉さんに缶コーヒーを渡した。
「ありがとうございます。……じゃあ、そろそろ次の話ですけど。どうします?」
「僕でもいいですか」
そう言ったのは、夢宮くん、だった。自分から名乗り出るなんて、とあまり自己主張の強くない少年、という印象だったからだ。
反対意見は出ないだろう。だってあとは神原と相瀬さんだ。ふたりがそこまで、自分を先に、と言うように思えなかったからだ。
だけど僕の予想に反して、相瀬さんが言う。
「ねぇ夢宮くん、私が先でもいい」
この言葉に夢宮くんがびっくりした表情を浮かべる。夢宮くんだけではなく、他の全員も驚いた顔をしている。きっと僕も似たような顔をしているはずだ。
「え、えっと」夢宮くんが困ったように言う。「も、もちろんいいですけど」
「だって鈴木さんに抜かされたけど、元々私の順番だったじゃない」
「そう、ですよね」
夢宮くんが、しゅん、とした表情する。
「ごめんね。でも、私はたぶん、話のトリは夢宮くんが良いと思うんだ。私はこういう時、よく最後になるんだけど、ね。こういうのは早めに経験しておいたほうがいい、と思う。……っていうのはただの口実だね。本当は別の理由」
トリ、と聞いて、僕は違和感を覚えた。だってまだ神原もいるはずだ。トリと大トリがいる、という意味なら分かるが、そういうふうに使った感じはしない。
「別の理由?」
「私も子どもの頃の話で、ね。現在進行形の夢宮くんの後だと、さすがにハードルが上がりそうな気がしたから」
「分かりました」
夢宮くんとしても、そこまで取り合う気はなかったのだろう。
ふふ、と笑いながら、ごめんね、と相瀬さんが言った。勝手に僕は、反対意見は出ないだろう、と考えていたが、神原と違って、まだ相瀬さんについてはほとんど知らないのだ。勝手に決め付けるのも失礼な話だった、と改めて思い直す。さっきの鈴木さんとの話の取り合いもあって、彼女のプライドが刺激されたのかもしれない。結構負けず嫌いな性格なのかも。
そして相瀬さんが部屋を暗くする。
これから彼女はどんな話だろう。
『みんなを信じ過ぎちゃだめ』
あれはやはり僕を怖がらせるための演出なのだろうか。そんなことをわざわざするだろうか。彼女は何を語るのか。正直に言えば、彼女はこの集まりの前から会っているぶん、特に何を話すのか興味はある。
占い師をしている、というのだから、仕事が関係する話なのかな、と勝手に想像していたのだが、彼女は子どもの頃の話、と言っていた。彼女の顔から、幼い少女の頃の彼女をイメージしてみる。うまくはいかなかった。
また他のひとたちと同様、彼女は僕の目をじっと見つめている。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる