1 / 30
プロローグ
プロローグ
しおりを挟む
無人となったまま放置され、いわゆる廃屋と呼ばれる状態になった建物が農村部では増加していて、それが問題になっている、と先日テレビのドキュメンタリーで紹介されていたが、その例に漏れず、久し振りに訪れたかつて僕の暮らしていた家も取り壊されることなく、そこに残っている。老朽化して、いつ倒壊してもおかしくなさそうなその姿を見ていると、この場所にひとが住んでいた、という事実が嘘だったかのように思えてくる。
この地を離れて、もう二十年以上の月日が経っているが、あれ以降、どれだけこの建物は家屋としての役割を果たしていたのだろうか。
僕がちいさく溜め息をつくと、
「そこ、近付かないほうがいいですよ」
と、背後から低めの声が聞こえた。まさか声を掛けられるとも思っていなかったので驚きのまま振り返ると、穏やかな笑みを浮かべたすこし筋肉質な男性が立っていた。もうすぐ夏という暑い時期のせいだろう、彼の顔のいたるところに汗の粒が浮かんでいる。
「あぁ、すみません。不法侵入とか、そういうつもりはなかったんです」
「いや別にそんな心配では……。それにまぁ、入ったところで、誰も通報なんてしないですよ」
「うん……? あぁ確かに危ないですもんね。どっちにしても、申し訳ない」
「あぁ、いや、実はそれも違うんです。……うーん、こんなことを急に言うと、変なひとに思われるかもしれませんが……、その家、呪われてるんです。取り壊しの工事の予定も一度はあったんですが、不審な事故が何度も続いて中止になってしまって」
「呪われてる、ですか……?」
「こんな話、まぁすぐには信じられないかもしれませんが……この家、ね。もともと三人家族が住んでいまして、息子さんは私と同い年でクラスメートでしたけど、小学生の時に突然いなくなっちゃって。その頃、村に不審者のおじさんが出没している、って話もあって、もしかしたら誘拐されて殺されてしまったんじゃ、なんて噂もありましたよ。ご両親も首を吊られ……あっ、これは息子さんの行方不明の話と直接的な関係はなくて、かなり後になってからの話なんですが、市内を拠点にしていた、もう教祖が捕まって解体してしまってるんですけど、その宗教団体の名を借りた詐欺グループの標的にされて背負った借金に苦しんで、ね……」
僕は、その言葉を聞きながら衝撃を受けていた。
両親が詐欺によって背負った借金を苦に自殺していた、という事実にも、もちろん驚きはあったが、もう関わらなくなって久しく、縁が切れた両親の死に対してそこまで哀しみを抱くことはできなかった。僕が衝撃を受け、興味を惹かれたのはそんなことよりも、目の前の男性が、かつてのクラスメート、ということだった。
そう言われると、見覚えがあるような気もしてくる。
「……あの、不躾なんですが、お名前を教えてもらえませんか?」
「はぁ、名前、ですか? 別に構いませんが、大木、と言います」
大木。僕はその名前を知っているし、はっきりと覚えている。一瞬、自分の名を明かす考えもよぎったが、それはどちらにとっても良いこととは思えない。
偶然……? 本当に、偶然なのだろうか……?
ふと僕の頭に浮かんだのは、先生、の顔だった。だけどこんなことにまで彼女の力が及ぶわけはないし、これは単なる偶然に違いない。それでも疑心暗鬼に囚われるように、彼女の姿が頭に浮かぶほどに、僕は先生に縛られているのだ。そのことに気付いて、弱気の虫が顔を出す。
あぁ、駄目だ……。気持ちで負けてはいけない。
僕がこの地にふたたび訪れたのは、彼女との訣別のためなのだから。
この地を離れて、もう二十年以上の月日が経っているが、あれ以降、どれだけこの建物は家屋としての役割を果たしていたのだろうか。
僕がちいさく溜め息をつくと、
「そこ、近付かないほうがいいですよ」
と、背後から低めの声が聞こえた。まさか声を掛けられるとも思っていなかったので驚きのまま振り返ると、穏やかな笑みを浮かべたすこし筋肉質な男性が立っていた。もうすぐ夏という暑い時期のせいだろう、彼の顔のいたるところに汗の粒が浮かんでいる。
「あぁ、すみません。不法侵入とか、そういうつもりはなかったんです」
「いや別にそんな心配では……。それにまぁ、入ったところで、誰も通報なんてしないですよ」
「うん……? あぁ確かに危ないですもんね。どっちにしても、申し訳ない」
「あぁ、いや、実はそれも違うんです。……うーん、こんなことを急に言うと、変なひとに思われるかもしれませんが……、その家、呪われてるんです。取り壊しの工事の予定も一度はあったんですが、不審な事故が何度も続いて中止になってしまって」
「呪われてる、ですか……?」
「こんな話、まぁすぐには信じられないかもしれませんが……この家、ね。もともと三人家族が住んでいまして、息子さんは私と同い年でクラスメートでしたけど、小学生の時に突然いなくなっちゃって。その頃、村に不審者のおじさんが出没している、って話もあって、もしかしたら誘拐されて殺されてしまったんじゃ、なんて噂もありましたよ。ご両親も首を吊られ……あっ、これは息子さんの行方不明の話と直接的な関係はなくて、かなり後になってからの話なんですが、市内を拠点にしていた、もう教祖が捕まって解体してしまってるんですけど、その宗教団体の名を借りた詐欺グループの標的にされて背負った借金に苦しんで、ね……」
僕は、その言葉を聞きながら衝撃を受けていた。
両親が詐欺によって背負った借金を苦に自殺していた、という事実にも、もちろん驚きはあったが、もう関わらなくなって久しく、縁が切れた両親の死に対してそこまで哀しみを抱くことはできなかった。僕が衝撃を受け、興味を惹かれたのはそんなことよりも、目の前の男性が、かつてのクラスメート、ということだった。
そう言われると、見覚えがあるような気もしてくる。
「……あの、不躾なんですが、お名前を教えてもらえませんか?」
「はぁ、名前、ですか? 別に構いませんが、大木、と言います」
大木。僕はその名前を知っているし、はっきりと覚えている。一瞬、自分の名を明かす考えもよぎったが、それはどちらにとっても良いこととは思えない。
偶然……? 本当に、偶然なのだろうか……?
ふと僕の頭に浮かんだのは、先生、の顔だった。だけどこんなことにまで彼女の力が及ぶわけはないし、これは単なる偶然に違いない。それでも疑心暗鬼に囚われるように、彼女の姿が頭に浮かぶほどに、僕は先生に縛られているのだ。そのことに気付いて、弱気の虫が顔を出す。
あぁ、駄目だ……。気持ちで負けてはいけない。
僕がこの地にふたたび訪れたのは、彼女との訣別のためなのだから。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
ゴーストバスター幽野怜
蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。
山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。
そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。
肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性――
悲しい呪いをかけられている同級生――
一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊――
そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王!
ゴーストバスターVS悪霊達
笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける!
現代ホラーバトル、いざ開幕!!
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カゲムシ
倉澤 環(タマッキン)
ホラー
幼いころ、陰口を言う母の口から不気味な蟲が這い出てくるのを見た男。
それから男はその蟲におびえながら生きていく。
そんな中、偶然出会った女性は、男が唯一心を許せる「蟲を吐かない女性」だった。
徐々に親しくなり、心を奪われていく男。
しかし、清らかな女性にも蟲は襲いかかる。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
とある訳あり物件についての記録
春日あざみ
ホラー
<地方に念願の広い家を買ったんです。でもこの町、どこか奇妙なんです––––>
怪談師である僕、「幽玄」は毎月第二火曜の夜、音声SNSを使って実話怪談会を開いている。事前応募された中から面白い実話怪談を選び、紹介してくれた一般リスナーに当日話してもらう形式で、僕は基本的に聞き役に徹している。
これはある日の音声スペース内で聞いた、とある町に住む主婦の話。
––––時には幽霊なんかより、ずっと怖いものがある。僕はそう、思っている。
コ・ワ・レ・ル
本多 真弥子
ホラー
平穏な日常。
ある日の放課後、『時友晃』は幼馴染の『琴村香織』と談笑していた。
その時、屋上から人が落ちて来て…。
それは平和な日常が壊れる序章だった。
全7話
表紙イラスト irise様 PIXIV:https://www.pixiv.net/users/22685757
Twitter:https://twitter.com/irise310
挿絵イラスト チガサキ ユウ様 X(Twitter) https://twitter.com/cgsk_3
pixiv: https://www.pixiv.net/users/17981561
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる