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新しい風

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 翌朝。

「どうして……どうしてなんだ……」

 青年はテーブルに両手をついて項垂れた。目の前には手つかずのマドレーヌたち。
 一日一着しか作れない上に、昨日完成予定だった服は影も形もない。

「なんとかしないと……でも…………」

 予約してくれた人のことを考えると、なにがなんでも服を作って渡さないといけない。その人にとって大事な日に着る服をこの店で買うと選んでくれたのだから。

 でも、自分で服を作るのは……

 青年は両手を握りしめた。それから大きく息を吐いて思考を切り替える。

「と、とにかく予約してくれた人には服が遅れると伝えて、いつまでなら待ってもらえるか確認しないと。あと、お菓子と花も買ってこないと。今日は茶葉も買おう」

 寝不足のまま青い顔で青年は店を飛び出した。



 服の予約をしている人の家をまわり、スケジュールを確認していく。
 慣れないことの連続に青年は心身ともに疲労した。そのやつれた様子に青年の体調を心配してくれた人も。

 とにかく頭を下げてまわった青年はフラフラと市場に入った。朝早くから開いている市場は、昼過ぎには閉まる店もある。
 片付けをしている店を抜け、花屋へ向かう。

 花はどうしても買わないといけない。花屋には行かないといけないけど、行きたくないような。少女には会いたくないけど、その姿は見たいような。

 複雑な足取りで目的地へ。

「あ、今日も来てくれたんですね」

 少女の笑顔が眩しすぎる。顔を逸らした青年を気にすることなく少女は運んでいたバケツを下ろした。

「今日はどんな花にしますか? 午前中にだいぶん売れちゃいましたが、オススメは……」
「お、オススメで!」

 自分が自分でなくなりそうな気がした青年は必死に少女の言葉を遮った。

 これ以上、会話をしたら自分の中の気持ちが……

 戸惑いながら黒い目を伏せる青年。
 一方で、少し驚いたような顔をした少女はすぐに笑顔で頷いた。

「じゃあ、今日は芍薬を使った豪華な花束にしますね。見てください、この花びらの重なりと広がり。こんなに綺麗に咲いてるのは、なかなかないですよ」

 少女が踊るように手を動かし、あっという間に花束を作成していく。
 その様子を視界の端で眺めながら青年はこれからについて考えた。

(選択肢として自分で服を作る、というのもある。だけど、妖精のように作れる自信がない。やっぱり妖精にお願いするしか……そもそも、なんで妖精が消えたんだろう……恋なんてしていないのに)

 そこで少女が目の前に現れた。

「どうぞ」

 花びらが何重にも重なり、ボリュームがある花。色は淡いピンクや黄色みがかかった白と、全体を引き締める赤を使い、明るくも上品な花束。
 そして、疲れた自分に向けられる笑顔。

 これは勘違いしてしまう。

(そうか! 恋をしていると心が勘違いしているんだ! 勘違いを治せば妖精が出てくる。でも、どうすれば……)

 花束を受け取らない青年に少女の眉尻が下がる。

「気に入りませんでしたか?」

 心配そうに佇む少女に青年は突然、詰め寄った。

「僕をフッてください」
「フ、フル? 振る? 降る? ですか?」

 緑の瞳が驚きで丸くなる。
 我に返った青年は慌てて両手を振った。

「な、なんでもありません! 忘れてください! ごめんなさい!」

 青年は代金を払うと花束を掴んで走り去った。



 店に戻った青年はお菓子と紅茶と花を飾ったが、妖精は現れなかった。

 追い詰められた青年はひたすら考えた。

「どうすれば……どうすればいいんだ……そうだ! いっそのこと、あの子に嫌われればいい! そうすれば……いや、そうなると花が買えなくなる。あぁ…………」

 寝不足の頭でまともな答えなど出てこない。日に日に濃くなっていく青年のクマ。
 街で評判の菓子を買い漁り、様々な茶葉で紅茶を淹れ、花屋に通う日々。

「ちゃんと寝てますか?」

 花束とともに少女からかけられた言葉。
 青年はぎこちなく笑い返すだけで精一杯だった。

「あの、私でよければ話を聞きますよ? 話すだけでも楽になる時もありますし」
「いや、その……」

 断りたいが、目の前には話を聞く気満々の少女。他に客はおらず、逃げることもできない。
 観念した青年はぼそぼそと一人言のように話し始めた。

「あ、あの……僕は服屋なんですが、そこで服を作ってくれていた妖せ……あ、い、いや! いや! ち、違うんです! あの、その……ひ、人! 人です! 服を作ってくれていた人が、突然消えて! それで、服が作れなくなって……」
「まぁ、それは大変ですね」
「そうなんです……予約が詰まっているので、早く戻ってきてほしいのですが……」
「戻って来られそうなんですか?」
「それは……」

(僕の恋心が消えたら戻ってきてくれる……はず)

 微かな望みも言葉にならず消える。

 青年の沈黙から、その人が戻る可能性が低いと想像した少女が胸の前で腕を組んだ。

「困りましたね……あの、失礼ですが貴方は服を作らないのですか?」
「ぼ、僕は、その……作れないことはないのですが、その人のように上手く作れなくて……」
「つまり、作れるんですよね?」
「は、はい」
「他に貴方より上手に服を作れる人はいますか?」

 青年は少し考えて首を横に振った。

「知り合いにはいません」
「なら、貴方が作るしかないと思いますよ。……ちょっと厳しいことを言いますが、戻ってこない人を待つより、貴方ができることをした方がいいと思います」
「で、でも……」

 躊躇う青年に少女が詰め寄る。

「それとも、待っていたら服ができるんですか?」
「いや、できない……です」
「なら、少しでも現状が良くなるように動かないと。私なら、そうします」

 青年は悔しそうに俯いた。

 作れるなら、作りたい。動けるなら、動きたい。少しでも輝ける存在になりたい。でも……

「僕は貴女のようには、なれない」

 青年の言葉に少女は丸い目をますます丸くして吹き出した。

「プッ、当然ですよ。私は私。私が貴方になれないように、貴方は私になれません。むしろ、なってもらったら困ります」
「なってもらったら困る?」
「そうですよ。私が二人もいたら、どっちの私からお花を買うか、お客さんが迷っちゃいますもん。お兄さんも迷うでしょ?」

 茶目っ気たっぷりの少女のセリフに青年は呆気にとられた。それから、じわじわと笑いがこみ上げ、気がつけば声に出して笑っていた。

「どれだけ自意識過剰なんですか? 貴女が二人いても、どちらから買うか迷いませんよ」
「ちょっと、それ!どういう意味です!?」

 少女が頬を膨らます。青年はようやく笑いを引っ込ませた。

「だって、どちらも貴女なんでしょう? それなら、どちらも同じだけ輝いているんですから。どちらから買っても同じです」
「輝く?」
「はい。貴女はいつも輝いていて、眩しいです」

 毎日、会うたびに感じていたこと。それが笑顔とともに自然と青年の口から出た。

 それまで毅然としていた少女の顔が呆然となる。それから、ポンッと真っ赤になった。

「あ、あの、お兄さんって人たらしですよね」
「え?」

 二人の間に微妙な風が吹いた。



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