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パーティーと意外な味方

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 あれから私は自室に籠もって慣れない裁縫に手を焼いた。
 メイド長に「守護紋章を刺繍したハンカチを作ってお祖父様に渡したい」と頼んで、布と裁縫セットを入手。
 守護紋章を刺繍したハンカチは、この世界では有名なお守り。主に戦場に出陣する身内に武運と安全を祈りながら刺繍をしたハンカチを渡す。

 その風習を利用して、私は目的の物を揃えた。今の状況なら、祖父の身の潔白と安全を祈ってハンカチに刺繍をしている、と疑われないから。

 すんなりハンカチと針と糸を手に入れたけど、その後の作業に苦戦した。自分の指を何度、針で刺したか分からない。
 でも、その甲斐あって目的の物は完成。ちゃんと怪しまれないように守護紋章を刺繍したハンカチも完成させて、祖父に贈った。


 そして、王子の誕生日パーティー当日。


 三年前と同じように王城の煌びやかな廊下を兄と歩く。
 相変わらず足元すら照らせない華美なシャンデリア。嫌味なほどの金銀で装飾された廊下。無駄に足音が響く大理石の床と、鼻を刺す強烈な香水の残り香。

「まったく変わってないんですね」

 私は長い栗色の髪を結い上げ、薄い化粧をしていた。胸元を白いレースが飾る淡い水色のドレス。ふわりと大きく広がったスカートの裾からも白いレースがヒラヒラと舞う。
 二の腕を白い手袋で覆い、胸には銀枠に囲まれた紫の大きな宝石がついたブローチ。

 私の隣を歩く兄が首を傾げた。

「そんなブローチ、持っていたか?」

 私はにっこりと微笑んだ。

「もう子どもではないんですから。お兄様が知らないところで宝石の一つや二つ、買いますよ」

 少し後ろには見張りの衛兵。それ以外にも、どこに目や耳があるか分からない。
 私の圧を感じたのか兄が戸惑いながらも頷いた。

「そ、そうか。やっと令嬢らしく宝石に興味を持ってくれるようになったか」
「はい」

 余計なことを言うな、と念を込めて睨むと兄が私から顔をそらした。無言のままパーティー会場となっている、王城で一番大きなホールへ。

 三年前はホールに着く前に推しと出会い、引き返した。でも、今回は推しが……

 私はすべてを消すように首を横に振った。

(今だけは推しのことを忘れて! お祖父様の無実を証明することに集中!)

「プロテイン! 飲んだらば! 筋肉もりもりばーきばき! 頑張るぞ! 負けるな、私! 頑張るぞ!」

 兄が呆れたように笑う。

「まさか、その歌に励まされる日が来るとはな」
「私はいつも励まされてますよ」
「そうか」

 和やかに会話をしながら歩いていると、ホールの入り口で警備兵に止められた。そのまま魔法で武器や魔道具の所持をチェックされる。
 ちなみに家を出る時と、城に入る時にもチェックされたので、本日はこれで三回目。
 魔道具である収納袋を持っていたら、即没収されていた。

「どうぞ」

 問題なく検分を通過して、兄とともにホールに入る。

 遙か上空にあるドーム型の天井。そこには煌びやかな絵画が描かれ、金で装飾されている。そこから、いくつものシャンデリアが下がり、満天の星のように輝く。
 真っ白な壁には大きな窓が並び、左右対称に作られた庭園を魅せる。季節の花々が咲き乱れる中に、いくつもの噴水と小川が流れる庭。

 その贅沢な造りに目を奪われていると、ヒソヒソと話し声が聞こえてきた。

「どうして、ヤクシ家の者が?」
「よく顔を出せたものだ」
「そもそも、どうしてこの場に?」
「祝いの席に相応しくないのでは?」

 豪華に着飾った人々へ目をむければ、全員が一斉に視線をそらした。
 娯楽に飢えている貴族たちにとって、噂やスキャンダルは大好物。たった一週間でも、あっという間に広がるだろう。

(ま、予想範囲内ですけどね)

 心の中で悪態を吐きながら兄と歩く。そこに可愛らしい声が私を呼んだ。

「レイラお姉様!」

 こめかみから垂れた青い髪を揺らし、鮮やかな藍色のドレスを翻しながらアンティ嬢が小走りでやって来る。その後ろには、にこやかな笑顔を浮かべたアトロ。でも、兄にむける視線には威圧がこもっている。
 その尋常ではない眼力に兄が小声で私に訊ねた。

「……なんか睨まれている気がするんだが?」
「私が男装をしていた時に、少々ありまして」
「おまっ、宰相の子息に何をしたんだ!?」
「お兄様は笑顔のまま何も話さないでください。そうすれば問題ないはず……ですから」

 文句を言おうとした兄を遮るようにアンティ嬢が体を寄せて私の腕を絡め取る。

「大丈夫ですか? レイラお姉様のことが心配で、心配で」

 そう言って見上げてくる黒い瞳が半分濡れて、半分安堵に染まっていて。心配をかけたのだと分かる。
 私はできる限りの笑顔を作って声をかけた。

「心配をかけて、申し訳ありません。私は大丈夫です」
「本当ですか? レイラお姉様はそう言いながら無理をされますから」

 黒い瞳の奥が虹色に輝く。私は思わず肩をすくめて苦笑いをした。

「隠し事もできませんね」
「しないでください」

 可愛らしく頬を膨らませるアンティ嬢。いや、美少女がそんな顔をしたらギャップ萌えしてしまう!
 その証拠に、遠巻きに様子を見ていた男性陣の顔がだらしなく緩んで……と、アトロが笑顔のまま鋭い視線を投げる。さすが筋金入りの妹溺愛者シスコン。この三年で緩和どころか強化されていた。

 私はアンティ嬢と同性ということで免除されているっぽい。ちなみに兄は私が忠告した通り、人当たりが良い笑みを浮かべたまま黙っている。

「ところで、レイラお姉様。あの……」
「レイソック殿。我が妻のエスコートをありがとう」

 アンティ嬢の言葉をハーパコスキ伯爵の大声が遮った。茶色の髪をなでつけ、中年の貫禄と体を揺らしている。細い目が品定めするように私をジットリと眺め、口元がだらしなく緩む。

(うわぁぁぁぁ!!!!)

 私の全身に鳥肌が立ったところで、ハーパコスキ伯爵の前に立ち塞がるようにアトロが出た。

「失礼、ハーパコスキ伯爵。まだ婚約もしていない女性に対して妻とは、失礼ではありませんか? 伯爵として、しかるべき手順を踏むべきかと思います」

 笑顔でハーパコスキ伯爵を牽制するアトロ。意外な展開に驚いているとアンティ嬢が私の手を握り、囁いた。

「私たちはレイラお姉様の味方です」
「え?」

 少し視線をさげれば力強く頷く黒い瞳。アンティ嬢の父は宰相であり、様々な情報が集まる。きっと私の状況もすべて知っているのだろう。祖父が毒殺未遂の容疑者となって拘束されていることも、私がそれを盾にハーパコスキ伯爵から結婚を迫られていることも。

 毒殺未遂の容疑者の家族に関われば、それだけで自身の評価を落とす。場合によっては立場が悪くなることも。
 それでも私の味方だと言ってくれる。

 アンティ嬢の力を入れて握る手が。そこから伝わる温もりが。私の弱った心に勇気をくれる。

「ありがとう、ございます……」

 熱くなる目頭。でも、泣いてる場合ではない。私には、やらないといけないことがある。

 顔をあげるとハーパコスキ伯爵が忌々しげにアトロを睨んでいた。
 ルオツァラ公爵家の管理をしているとはいえ、爵位は伯爵。侯爵であるアトロの方が身分は上になる。

 ハーパコスキ伯爵がフッと口角をあげた。

「クニヒティラ侯爵のご令息ですか。私に対してそのような態度がとれるのも今だけ。あとで後悔しますよ」
「ほう。それは何故でしょう?」

 余裕の笑みを浮かべたまま問うアトロ。

「私はもうすぐルオツァラ公爵家を相続しますから。そうなれば王の親族。侯爵より上となり、内政でも私の発言が重要になるでしょう。その時、宰相の子息であるあなたは私の顔色を伺わないといけなくなりますよ」

 噂好きの貴族たちも、この情報は知らなかったのかホールがザワつく。口々に囁き合い始めた。

「確かにハーパコスキ伯爵はルオツァラ公爵の分家ではあったが……」
「ルオツァラ公爵家は全員、精神障害を起こして療養が必要とか」
「とても公務ができる状況ではないらしいしな」
「だが、何故その原因となったヤクシ家の娘を娶るんだ?」

 疑心暗鬼の目が私とハーパコスキ伯爵に集まる。

(私だって、娶られたくありません!)

 言葉に出せない私は大人しく心の中で叫んだ。


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