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前世と今世~リクハルド視点・前編~
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私の前世はつまらないものだった。親に決められた道を進むだけ。どれだけ努力しても、その結果は当たり前。認められることがない。唯一の趣味も嘲笑され、否定されて終了。
階段から落ちて精密検査のために入院になった時も、最低限の見舞いだけで放置。まあ、親に期待なんてしていなかったから、なんとも思わなかったが。
ただ、そこで人生を変える出会いがあった。
「プロテイン、飲んだらば、筋肉もりもりばーきばき。退屈だ、遊びたい、話しがしたい、遊びたい」
重病でずっと入院しているという、変な歌を歌う同い年の少女。自分の趣味を笑わず、面白いと言って楽しそうに話を聞いてくれた。
退院した後もその少女が気になって学校帰りに見舞いに行くように。学校が休みの日は一緒に勉強をすることも。
少女と過ごす時間が癒やしとなるまで、そんなに時間はかからなかった。
そんなある日。趣味の話をしていたら少女がポツリと呟いた。
「せっかく生きているのに、恋愛の一つもできないなんて勿体ないよね? そうだ! 恋愛って、どんな感じ?」
この純粋な問いに私は答えることができなかった。この秘めた想いを口にできるほど豪胆な性格ではなかったから。
だから、恥ずかしくて誤魔化した。
「その……乙女ゲームをしてみたら少しは分かるかも」
「乙女ゲーム? してみたいけど、この病室はゲーム機を持ってきたらダメなの」
しょぼんと落ち込む少女。恋愛の気持ちを教えることはできないけど、なんとかして願いは叶えたい。
私はどうにか知恵を絞り、自分ができる限りのことをした。
その結果、少女はとても喜んだ。まさか、虚弱キャラのリクハルドをあんなに推すようになるとは思わなかったけど。
この生活と勉強を両立させるのは大変だったけど、とても充実していて楽しかった。
だから、こんな日々がずっと続くと思っていた。
なのに――――――
いつものように見舞いに行く途中。道路を歩いていると、けたたましいクラクションの音が耳を裂いた。それから、目の前にトラックと全身を襲った衝撃……
気がついた時にはリクハルドに転生していた。
しかも、よりにもよって、少女が楽しんでいた世界。その上、攻略キャラの一人で、少女の推しのリクハルド。もちろん、ストーリーはすべて知っている。
「ここでも決められた道か……」
そのことに気がついた瞬間、今世にも希望が持てず冷めた人生となった。
ちょっとした世界への反抗として、召喚される主人公に選ばれないため、女嫌いの超虚弱キャラになることにした。
まあ、家庭環境のせいで何もしなくても虚弱キャラにはなるのだが。
後は設定通り。
両親は私を嫌悪した。理由は銀髪と紫の目をした祖先が王を暗殺しようとしたから。その結果、一族全員が処刑されそうになった。
私はそんな祖先の再来では、と怪しまれ、最低限の食事と世話のみになった。そのうち顔も見たくないと、街の外れにある別荘へ追いやられ。
こんな私を不憫に思って、親代わりだった執事のセバスチャンと乳母のマリアがついてきてくれて。そのおかげで、身の回りのことはなんとかなった。
その後、追い出したとはいえ、貧困で餓死したら一族の恥になるという理由でしばらくは仕送りがあった。しかし、屋敷を維持するには十分ではなく。
少しでも稼ぐため魔法の素質があった私は、癪だったが設定通り魔法師団に入団。
魔法の研究は意外と面白く、前世の知識と合わせたことで様々な成果を出した。その結果、屋敷を維持できるぐらいの賃金を得るようになり、生活は安定。
このままストーリー通り魔王の復活と主人公の召喚を待つだけかと思った。
それが……
朝食後の珈琲を飲みながら窓の外に視線を向ける。研究室での寝泊まりが日常だった私が、自分の屋敷で朝を迎えるようになって一ヶ月。
「気になりますか?」
セバスチャンの問いに私は飲みきったカップを置いた。
「何がですか?」
「レイソック様が来られる時間かと。他人に興味がなかったリクハルド様が珍しく興味を持たれているようなので」
熟練の仕草でセバスチャンが音もなくカップを下げる。その口元はほのかに笑みが浮かんでおり。
「そう言うセバスチャンこそ、ヤクシ家の令息が来ることが楽しみなようですね? 最初の頃は怪しんでいたのに」
私の言葉にセバスチャンが目を細める。
「楽しみというより、感謝ですね。リクハルド様が毎日規則正しく食事をされ、睡眠をしっかりと取られるようになりましたから。私が規則正しい生活を、口酸っぱく言いましても無視をされておりましたのに」
気まずくなった私はセバスチャンから視線を外した。
「魔法師団の存続のためです」
「そうかもしれませんが、ここまで真面目にされるとは思いませんでした」
「どういうことです?」
「リクハルド様のことですから、体力作りもそこそこに魔法で乗り切ると思っておりました」
さすが育ての親。私のことをよく分かっている。いざとなったら魔法で体力強化をして戦場に出られることを証明するつもりだった。
それが、ヤクシ家の令息と騎士のカッレとのやり取りを見た後から。
あの真剣な眼差しが瞼の裏から離れない。普段との違いに、もう少しだけ様子を見てみたいと思ってしまった。
私は真意を隠して当たり障りがない返事をした。
「体力強化魔法は後からの反動が酷く、数日は動けなくなりますから、使わないに越したことはありません」
「そういうことにしておきましょう」
含みが籠もった声が耳につくが、これ以上は下手に言わないほうがいい。セバスチャンも何も言わずに下がる。
準備のために自室に戻ると、威勢のいい声が階下から響いた。
「おはようございます!」
「おはようございます、レイソック様」
執事のセバスチャンがヤクシ家の令息を出迎える声。
ヤクシ家といえば代々王族に仕える伯爵家。堅苦しく偉そうなイメージだったが、そのようなことは一切なく。むしろ、馴れ馴れしいというか、図々しいというか。
しかも、その馴れ馴れしさは最初に警戒心を抱かせていたセバスチャンをあっさりと懐柔。乳母のマリアに至っては骨抜きに等しい。
二階にある自室を出て玄関に繋がる階段へ移動した。ここは吹き抜けになっていて、玄関が一望できる。私に気づかずセバスチャンと会話をしているヤクシ家の令息。
そこに笑顔のマリアがバスケットを持ってやって来た。
「毎朝、ご足労様です。こちら、本日の昼食となります」
「わぁ! いつも、ありがとうございます!」
マリアから差し出されたバスケットを満面の笑みで受け取るヤクシ家の令息。整った外見は中性的で一見すると男か女か分かりづらい。しかも着痩せしており、化け物じみた体力を支えている筋肉も目立たない。
「昨日の鶏肉のサンドイッチは美味しかったです。今度、作り方を教えてください」
「では今度、一緒に作りましょう。前のように手を傷だらけにしてはいけませんから」
「お願いします」
最初にヤクシ家の令息が「作り方を教えてほしい」と言った時は、建て前の褒め言葉と思った。そして、マリアも同様に受け取りながらも、レシピを書いたメモをヤクシ家の令息に渡した。
すると、次の日。
ヤクシ家の令息は傷だらけの手と、メモを見て作ったという料理を持ってやってきた。しかも、マリアの料理ほど美味しくできなかったので、味見をしてアドバイスしてほしい、という。
確かに味は微妙に違っており、マリアとしばらく料理談義をしていた。
それからセバスチャンとマリアのヤクシ家の令息を見る目が変わった。好意的になり、私の良き友人として接するように。
おかげで私は逃げ場を失い、順調に健康体への道を歩まされている。
階段の上からヤクシ家の令息の様子を眺めていると、藍色の瞳が私に気がついた。
驚いたように目を丸くしてから、笑顔へとかわる。最初の頃は何とも思わなかったが、こう毎日だと違和感しかない。
無言の笑顔に促されて階段を降りた。
「おはようございます!」
「……おはようございます」
何故、朝からこんなにテンションが高いのか。呆れ半分の顔をしていると、ヤクシ家の令息が私の顔を覗き込んだ。
「あれ? もしかして夜更かししました?」
「い、いや……」
気になる文献を見つけて、つい読みふけってしまった。しかし、こんな小さな変化などセバスチャンでも気づかない。
なのに、なぜヤクシ家の令息は気づくのか。
「誤魔化してもダメですよ。いつもより眠そうです」
「よく分かりますね」
普通に言葉を返したのに、ヤクシ家の令息が慌てたように両手を大きく動かした。
「べ、べべべつ、別に、いろんな角度から、こっそりひっそり覗き見しているからではないですよ!」
たまに、このような挙動不審になることがあるが、その時の一生懸命な顔が面白い。
「フッ……わかりましたよ」
軽く笑っただけなのに、ポンッと音が出そうなほどヤクシ家の令息の顔が赤くなり黙り込む。
(……なぜ、そういう反応になるのか本当に分からない)
階段から落ちて精密検査のために入院になった時も、最低限の見舞いだけで放置。まあ、親に期待なんてしていなかったから、なんとも思わなかったが。
ただ、そこで人生を変える出会いがあった。
「プロテイン、飲んだらば、筋肉もりもりばーきばき。退屈だ、遊びたい、話しがしたい、遊びたい」
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この純粋な問いに私は答えることができなかった。この秘めた想いを口にできるほど豪胆な性格ではなかったから。
だから、恥ずかしくて誤魔化した。
「その……乙女ゲームをしてみたら少しは分かるかも」
「乙女ゲーム? してみたいけど、この病室はゲーム機を持ってきたらダメなの」
しょぼんと落ち込む少女。恋愛の気持ちを教えることはできないけど、なんとかして願いは叶えたい。
私はどうにか知恵を絞り、自分ができる限りのことをした。
その結果、少女はとても喜んだ。まさか、虚弱キャラのリクハルドをあんなに推すようになるとは思わなかったけど。
この生活と勉強を両立させるのは大変だったけど、とても充実していて楽しかった。
だから、こんな日々がずっと続くと思っていた。
なのに――――――
いつものように見舞いに行く途中。道路を歩いていると、けたたましいクラクションの音が耳を裂いた。それから、目の前にトラックと全身を襲った衝撃……
気がついた時にはリクハルドに転生していた。
しかも、よりにもよって、少女が楽しんでいた世界。その上、攻略キャラの一人で、少女の推しのリクハルド。もちろん、ストーリーはすべて知っている。
「ここでも決められた道か……」
そのことに気がついた瞬間、今世にも希望が持てず冷めた人生となった。
ちょっとした世界への反抗として、召喚される主人公に選ばれないため、女嫌いの超虚弱キャラになることにした。
まあ、家庭環境のせいで何もしなくても虚弱キャラにはなるのだが。
後は設定通り。
両親は私を嫌悪した。理由は銀髪と紫の目をした祖先が王を暗殺しようとしたから。その結果、一族全員が処刑されそうになった。
私はそんな祖先の再来では、と怪しまれ、最低限の食事と世話のみになった。そのうち顔も見たくないと、街の外れにある別荘へ追いやられ。
こんな私を不憫に思って、親代わりだった執事のセバスチャンと乳母のマリアがついてきてくれて。そのおかげで、身の回りのことはなんとかなった。
その後、追い出したとはいえ、貧困で餓死したら一族の恥になるという理由でしばらくは仕送りがあった。しかし、屋敷を維持するには十分ではなく。
少しでも稼ぐため魔法の素質があった私は、癪だったが設定通り魔法師団に入団。
魔法の研究は意外と面白く、前世の知識と合わせたことで様々な成果を出した。その結果、屋敷を維持できるぐらいの賃金を得るようになり、生活は安定。
このままストーリー通り魔王の復活と主人公の召喚を待つだけかと思った。
それが……
朝食後の珈琲を飲みながら窓の外に視線を向ける。研究室での寝泊まりが日常だった私が、自分の屋敷で朝を迎えるようになって一ヶ月。
「気になりますか?」
セバスチャンの問いに私は飲みきったカップを置いた。
「何がですか?」
「レイソック様が来られる時間かと。他人に興味がなかったリクハルド様が珍しく興味を持たれているようなので」
熟練の仕草でセバスチャンが音もなくカップを下げる。その口元はほのかに笑みが浮かんでおり。
「そう言うセバスチャンこそ、ヤクシ家の令息が来ることが楽しみなようですね? 最初の頃は怪しんでいたのに」
私の言葉にセバスチャンが目を細める。
「楽しみというより、感謝ですね。リクハルド様が毎日規則正しく食事をされ、睡眠をしっかりと取られるようになりましたから。私が規則正しい生活を、口酸っぱく言いましても無視をされておりましたのに」
気まずくなった私はセバスチャンから視線を外した。
「魔法師団の存続のためです」
「そうかもしれませんが、ここまで真面目にされるとは思いませんでした」
「どういうことです?」
「リクハルド様のことですから、体力作りもそこそこに魔法で乗り切ると思っておりました」
さすが育ての親。私のことをよく分かっている。いざとなったら魔法で体力強化をして戦場に出られることを証明するつもりだった。
それが、ヤクシ家の令息と騎士のカッレとのやり取りを見た後から。
あの真剣な眼差しが瞼の裏から離れない。普段との違いに、もう少しだけ様子を見てみたいと思ってしまった。
私は真意を隠して当たり障りがない返事をした。
「体力強化魔法は後からの反動が酷く、数日は動けなくなりますから、使わないに越したことはありません」
「そういうことにしておきましょう」
含みが籠もった声が耳につくが、これ以上は下手に言わないほうがいい。セバスチャンも何も言わずに下がる。
準備のために自室に戻ると、威勢のいい声が階下から響いた。
「おはようございます!」
「おはようございます、レイソック様」
執事のセバスチャンがヤクシ家の令息を出迎える声。
ヤクシ家といえば代々王族に仕える伯爵家。堅苦しく偉そうなイメージだったが、そのようなことは一切なく。むしろ、馴れ馴れしいというか、図々しいというか。
しかも、その馴れ馴れしさは最初に警戒心を抱かせていたセバスチャンをあっさりと懐柔。乳母のマリアに至っては骨抜きに等しい。
二階にある自室を出て玄関に繋がる階段へ移動した。ここは吹き抜けになっていて、玄関が一望できる。私に気づかずセバスチャンと会話をしているヤクシ家の令息。
そこに笑顔のマリアがバスケットを持ってやって来た。
「毎朝、ご足労様です。こちら、本日の昼食となります」
「わぁ! いつも、ありがとうございます!」
マリアから差し出されたバスケットを満面の笑みで受け取るヤクシ家の令息。整った外見は中性的で一見すると男か女か分かりづらい。しかも着痩せしており、化け物じみた体力を支えている筋肉も目立たない。
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それからセバスチャンとマリアのヤクシ家の令息を見る目が変わった。好意的になり、私の良き友人として接するように。
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驚いたように目を丸くしてから、笑顔へとかわる。最初の頃は何とも思わなかったが、こう毎日だと違和感しかない。
無言の笑顔に促されて階段を降りた。
「おはようございます!」
「……おはようございます」
何故、朝からこんなにテンションが高いのか。呆れ半分の顔をしていると、ヤクシ家の令息が私の顔を覗き込んだ。
「あれ? もしかして夜更かししました?」
「い、いや……」
気になる文献を見つけて、つい読みふけってしまった。しかし、こんな小さな変化などセバスチャンでも気づかない。
なのに、なぜヤクシ家の令息は気づくのか。
「誤魔化してもダメですよ。いつもより眠そうです」
「よく分かりますね」
普通に言葉を返したのに、ヤクシ家の令息が慌てたように両手を大きく動かした。
「べ、べべべつ、別に、いろんな角度から、こっそりひっそり覗き見しているからではないですよ!」
たまに、このような挙動不審になることがあるが、その時の一生懸命な顔が面白い。
「フッ……わかりましたよ」
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