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その裏では~ライオネル視点・前編~

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 それは、偶然だった。
 ライオネルがたまたま見かけた日本の雑誌。

 流行りの服を着て並木道を歩く、よくあるワンシーン。
 だが、深緑の瞳はそのページから目が離せなかった。

 淡い茶色の髪を風に遊ばせながら、遠くを見つめる色素の薄い茶色の瞳。ツンとした鼻に、儚げな唇。青年と分かる容姿だが美麗という言葉がこの上なく似合う。
 夜空に凛と輝く月のような煌めきを放つ人間離れした雰囲気。

 一目見た、その瞬間。ライオネルの全身に衝撃が走った。

 撮影の時の怪我が原因でアクション俳優としての道が閉ざされ、やけになってモデルへ転身。仕事としてこなすが、ライオネル自身はやりがいも何もなく、抜け殻のようになっていた。
 周囲の注意に耳を傾けることもなく、自堕落な日々。そんなライオネルに周囲は呆れていた。

 だが、すべては一枚の写真で激変する。

「すべては君と一緒に仕事モデルをするためだったんだな」

 強烈な運命を感じたライオネルは、すぐにそのモデルについて調べた。

 名前は要 雪斗。注目株の新人モデルだという。

「予定は全部キャンセルだ! 日本で彼と仕事をする!」

 この言葉に、事務所内が阿鼻叫喚に包まれたのは言うまでもない。
 スタッフたちは半泣き状態で数年先まで埋まっているスケジュールを調節。それから、雪斗との撮影の仕事を取りつけ、セッティングした。

 こうして、ライオネルは半ば強引に待ち望んでいた日本へ。

 祖母と何度も来たことのある見慣れた空港だが、まるで初めて訪れたように新鮮に映った。

(ようやく君と会える)

 弾む気持ちを抑え、淡々とスケジュールをこなす。それも、これも、すべては雪斗とともに仕事をするため。

 そして待ちに待った、その日がやってきた。

 表情には出さなかったが、天にも昇る気持ちで撮影スタジオの廊下を歩くライオネル。その少し先を淡い茶色の髪が揺れている。

(……まさか)

 顔を確認するまでもない。月のように淡く柔らかい光が包み、彼の周囲だけ空気が違う。

(どうするか……)

 声をかけることに戸惑うなんて、これまでの人生で一度もなかった。いや、いつも声をかけられる側で声をかけることがなかったのだ。
 それだけではなく、ここまで一人の人間を追いかけたのも初めてで。

(クソッ。これじゃあ、10代の若造ティーンじゃないか)

 初めての感覚に戸惑っていると、耳を疑うような言葉が聞こえた。

「人気モデルである僕が、俳優くずれのモデルと撮影なんて……」

(俳優くずれ? まさか、俺のことか!?)

 頭から冷や水をかけられたようだった。初めての熱に浮かれていた感情が一気に下がる。
 気が付けば考えるより先に言葉が出ていた。

「ほう? 俳優出身のモデルとは仕事できない、と?」

 目の前の肩がビクリと跳ねる。それから、慌てたように振り返った。

「いや、そうではなく……」

 色素の薄い茶色の瞳がライオネルを捕らえる。

 その瞬間、世界が止まった――――――

 風に揺れる軽やかな淡い茶髪。大きな目に高すぎない鼻。花弁のような唇に、象牙のように滑らかな肌。そこに、長い手足と均整のとれた体。絵画に描かれたような完璧すぎる容姿。

(あぁ、なんてことだ! 天使が……天使がいる!)

 先程の言葉も忘れ、再び熱があがる。
 呆然と見上げる雪斗に見惚れるライオネル。
 そこに耳障りな甲高い英語が響いた。

『ライオネル、メイク室はコッチよ』

 マネージャーのリサがライオネルの腕をガッシリと捕獲する。
 少しでも目を離すと雪斗を探してふらつくため探し回っていたのだ。しかし、深緑の目には可憐な天使しか映っておらず、言葉もほとんど耳に入っていない。

 感動のあまりライオネルが動けずにいると、目の前の天使が微笑んだ。

「言葉の通りですよ。女性にうつつを抜かしているようなヤツとなんか……んぐっ!?」

 天上の音楽を紡ぐ声が突如、止まった。
 思わず睨むと50代ぐらいの男が雪斗の口を後ろから塞いでいる。そのまま、微笑みながら頭をさげた。

「うちのモデルが失礼をしました。あとでお詫びに伺いますので」

 そう言うと、こちらが話す前に雪斗を引きずって姿を消した。



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