上 下
7 / 12

食事会

しおりを挟む
「いらっしゃいませ」

 着物を着た店員に迎えられた。
 そのことに雪斗がホッとするが、ライオネルは店員を無視して自宅のように案内をする。

「靴はそこで脱いで。こっちだ、こっち」

 慣れた様子でスタスタと廊下を進む。
 古民家を改装した店で、ふすまを外した広い部屋にテーブルと椅子が並び、その先にはライトアップされた日本庭園という落ち着いた大人な様相。
 そこで、廊下の奥から食欲をそそる匂いが漂ってきた。醤油の煮付けの香りに空腹が刺激される。

(絶対に鳴るなよ、お腹!)

 人前でお腹を鳴らすなど雪斗のプライドが許さない。
 気合いを入れて歩く廊下はテカテカに磨き上げられた板張りで、歩くたびにギシギシと軋む。

(そういえば、人が歩いていることが分かるようにワザと軋んで音がするように造られている武家屋敷とかあったな)

 空腹から気をそらすため、他のことを考えながら進んでいく。
 こうして案内された先は、六畳ほどの個室だった。畳の上に座椅子とテーブルが置かれている。

「座ってくれ」

 さりげなく上座を勧められ、雪斗は戸惑った。

(上座なんて知らないだろうけど……)

 説明するか、そのまま座るか悩んでいるとライオネルが言った。

「君は俺が招待した客人だからな。奥に座ってくれ」

 これは意味が分かっているヤツだ。

 ライオネルの博識に感心しながらも雪斗は当然のように頷いた。

「では、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」

 ボロアパートの毛羽立った畳とは違う、い草が漂う滑らかで上質な畳の上を歩く。
 そこで、ふと床の間にさりげなく飾られた花瓶が目に入った。傷つけたら何十回分のバイト代が飛ぶか。考えるだけでも恐ろしい。
 雪斗が心持ち花瓶から離れて座ると、ライオネルは長い足を収めながら座椅子に腰をおろした。

「椅子の方が良かったのでは?」
「いや。この方が畳を感じられるからな」

 意外な発言に色素の薄い目が丸くなる。

(日本文化が好きなのか? ……悪い気はしないな)

 自分の国を好意的に見られたことで、こぞばゆいような、誇らしいような複雑な気持とともに、地下に潜っていたライオネルの好感度が地面から芽を出す。
 そこへ店員が注文を聞きに来た。

「俺はいつもので。君は、どうする?」
「僕はお茶で」
「かしこまりました。料理はどうしましょう?」

 その言葉でライオネルが雪斗に訊ねる。

「食べられないものはあるか?」
「いえ」
「じゃあ、お任せでいいな。料理もいつものを」
「かしこまりました」

 スッと店員が下がる。足音が遠ざかったところでライオネルが訊ねた。

「酒は飲めないのか? 成人しているんだろう?」
「多少は飲めますが、明日も学校がありますので」
「そういえば大学生だったな」

 そう言いながらライオネルがふわりと目を細くする。どんな雑誌でも見たことがない、柔らかく甘い顔。その表情に、雰囲気に、雪斗の胸がドキリと跳ねた。

(な、なんだ!? い、いや。これはこれで、技術を盗むチャンスだ! この笑顔がカメラの前でできたら……)

 耳が熱くなるのを感じながら目の前にいる色男を観察をする。
 闇夜の主のような漆黒の黒髪から覗く、深緑の瞳。底の見えない怪しい輝きに惹き付けられる。それに加えて彫刻のように整った端正な顔。
 座っているだけなのに、独特の存在感がある。

(悔しいけど、目の保養になるんだよな)

 少し視線をさげれば、長い手足に服の上からでも分かるほど鍛えられた体躯。これだけ均整がとれた体は海外モデルでも、なかなか見かけない。

(筋トレメニューを増やすか。いや、回数を増やした方がいいか?)

 悩む雪斗を無言で見守るライオネル。
 ニッコリと笑顔を作っているが、その目は撮影の時のようなトゲがない代わりに隙もない。むしろ、何かを狙っているようにも見える。
 そこに店員が日本酒とお茶を持ってきた。

「失礼いたします」

 それぞれの前に飲み物が置かれる。
 ライオネルは日本酒が注がれた江戸切子のグラスを手にした。

「今日は来てくれて、ありがとう。君とは、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ」
「そ、そうですか」

 グラスを傾け乾杯の仕草をされたため、応えるようにお茶が入った湯呑を持つ。そのまま軽く乾杯をして、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

Estrella

碧月 晶
BL
強面×色素薄い系 『Twinkle twinkle little star.How I wonder what you are? ────きらきらきらめく小さな星よ。君は一体何ものなの?』 それは、ある日の出来事 俺はそれを目撃した。 「ソレが大丈夫かって聞いてんだよ!」 「あー、…………多分?」 「いや絶対大丈夫じゃねぇだろソレ!!」 「アハハハ、大丈夫大丈夫~」 「笑い事じゃねぇから!」 ソイツは柔らかくて、黒くて、でも白々しくて 変な奴だった。 「お前の目的は、何だったんだよ」 お前の心はどこにあるんだ───。 ─────────── ※Estrella→読み:『エストレージャ』(スペイン語で『星』を意味する言葉)。 ※『*』は(人物・時系列等の)視点が切り替わります。 ※BLove様でも掲載中の作品です。 ※最初の方は凄くふざけてますが、徐々に真面目にシリアス(?)にさせていきます。 ※表紙絵は友人様作です。 ※感想、質問大歓迎です!!

処理中です...