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食事会
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「いらっしゃいませ」
着物を着た店員に迎えられた。
そのことに雪斗がホッとするが、ライオネルは店員を無視して自宅のように案内をする。
「靴はそこで脱いで。こっちだ、こっち」
慣れた様子でスタスタと廊下を進む。
古民家を改装した店で、ふすまを外した広い部屋にテーブルと椅子が並び、その先にはライトアップされた日本庭園という落ち着いた大人な様相。
そこで、廊下の奥から食欲をそそる匂いが漂ってきた。醤油の煮付けの香りに空腹が刺激される。
(絶対に鳴るなよ、お腹!)
人前でお腹を鳴らすなど雪斗のプライドが許さない。
気合いを入れて歩く廊下はテカテカに磨き上げられた板張りで、歩くたびにギシギシと軋む。
(そういえば、人が歩いていることが分かるようにワザと軋んで音がするように造られている武家屋敷とかあったな)
空腹から気をそらすため、他のことを考えながら進んでいく。
こうして案内された先は、六畳ほどの個室だった。畳の上に座椅子とテーブルが置かれている。
「座ってくれ」
さりげなく上座を勧められ、雪斗は戸惑った。
(上座なんて知らないだろうけど……)
説明するか、そのまま座るか悩んでいるとライオネルが言った。
「君は俺が招待した客人だからな。奥に座ってくれ」
これは意味が分かっているヤツだ。
ライオネルの博識に感心しながらも雪斗は当然のように頷いた。
「では、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
ボロアパートの毛羽立った畳とは違う、い草が漂う滑らかで上質な畳の上を歩く。
そこで、ふと床の間にさりげなく飾られた花瓶が目に入った。傷つけたら何十回分のバイト代が飛ぶか。考えるだけでも恐ろしい。
雪斗が心持ち花瓶から離れて座ると、ライオネルは長い足を収めながら座椅子に腰をおろした。
「椅子の方が良かったのでは?」
「いや。この方が畳を感じられるからな」
意外な発言に色素の薄い目が丸くなる。
(日本文化が好きなのか? ……悪い気はしないな)
自分の国を好意的に見られたことで、こぞばゆいような、誇らしいような複雑な気持とともに、地下に潜っていたライオネルの好感度が地面から芽を出す。
そこへ店員が注文を聞きに来た。
「俺はいつもので。君は、どうする?」
「僕はお茶で」
「かしこまりました。料理はどうしましょう?」
その言葉でライオネルが雪斗に訊ねる。
「食べられないものはあるか?」
「いえ」
「じゃあ、お任せでいいな。料理もいつものを」
「かしこまりました」
スッと店員が下がる。足音が遠ざかったところでライオネルが訊ねた。
「酒は飲めないのか? 成人しているんだろう?」
「多少は飲めますが、明日も学校がありますので」
「そういえば大学生だったな」
そう言いながらライオネルがふわりと目を細くする。どんな雑誌でも見たことがない、柔らかく甘い顔。その表情に、雰囲気に、雪斗の胸がドキリと跳ねた。
(な、なんだ!? い、いや。これはこれで、技術を盗むチャンスだ! この笑顔がカメラの前でできたら……)
耳が熱くなるのを感じながら目の前にいる色男を観察をする。
闇夜の主のような漆黒の黒髪から覗く、深緑の瞳。底の見えない怪しい輝きに惹き付けられる。それに加えて彫刻のように整った端正な顔。
座っているだけなのに、独特の存在感がある。
(悔しいけど、目の保養になるんだよな)
少し視線をさげれば、長い手足に服の上からでも分かるほど鍛えられた体躯。これだけ均整がとれた体は海外モデルでも、なかなか見かけない。
(筋トレメニューを増やすか。いや、回数を増やした方がいいか?)
悩む雪斗を無言で見守るライオネル。
ニッコリと笑顔を作っているが、その目は撮影の時のようなトゲがない代わりに隙もない。むしろ、何かを狙っているようにも見える。
そこに店員が日本酒とお茶を持ってきた。
「失礼いたします」
それぞれの前に飲み物が置かれる。
ライオネルは日本酒が注がれた江戸切子のグラスを手にした。
「今日は来てくれて、ありがとう。君とは、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ」
「そ、そうですか」
グラスを傾け乾杯の仕草をされたため、応えるようにお茶が入った湯呑を持つ。そのまま軽く乾杯をして、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打った。
着物を着た店員に迎えられた。
そのことに雪斗がホッとするが、ライオネルは店員を無視して自宅のように案内をする。
「靴はそこで脱いで。こっちだ、こっち」
慣れた様子でスタスタと廊下を進む。
古民家を改装した店で、ふすまを外した広い部屋にテーブルと椅子が並び、その先にはライトアップされた日本庭園という落ち着いた大人な様相。
そこで、廊下の奥から食欲をそそる匂いが漂ってきた。醤油の煮付けの香りに空腹が刺激される。
(絶対に鳴るなよ、お腹!)
人前でお腹を鳴らすなど雪斗のプライドが許さない。
気合いを入れて歩く廊下はテカテカに磨き上げられた板張りで、歩くたびにギシギシと軋む。
(そういえば、人が歩いていることが分かるようにワザと軋んで音がするように造られている武家屋敷とかあったな)
空腹から気をそらすため、他のことを考えながら進んでいく。
こうして案内された先は、六畳ほどの個室だった。畳の上に座椅子とテーブルが置かれている。
「座ってくれ」
さりげなく上座を勧められ、雪斗は戸惑った。
(上座なんて知らないだろうけど……)
説明するか、そのまま座るか悩んでいるとライオネルが言った。
「君は俺が招待した客人だからな。奥に座ってくれ」
これは意味が分かっているヤツだ。
ライオネルの博識に感心しながらも雪斗は当然のように頷いた。
「では、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
ボロアパートの毛羽立った畳とは違う、い草が漂う滑らかで上質な畳の上を歩く。
そこで、ふと床の間にさりげなく飾られた花瓶が目に入った。傷つけたら何十回分のバイト代が飛ぶか。考えるだけでも恐ろしい。
雪斗が心持ち花瓶から離れて座ると、ライオネルは長い足を収めながら座椅子に腰をおろした。
「椅子の方が良かったのでは?」
「いや。この方が畳を感じられるからな」
意外な発言に色素の薄い目が丸くなる。
(日本文化が好きなのか? ……悪い気はしないな)
自分の国を好意的に見られたことで、こぞばゆいような、誇らしいような複雑な気持とともに、地下に潜っていたライオネルの好感度が地面から芽を出す。
そこへ店員が注文を聞きに来た。
「俺はいつもので。君は、どうする?」
「僕はお茶で」
「かしこまりました。料理はどうしましょう?」
その言葉でライオネルが雪斗に訊ねる。
「食べられないものはあるか?」
「いえ」
「じゃあ、お任せでいいな。料理もいつものを」
「かしこまりました」
スッと店員が下がる。足音が遠ざかったところでライオネルが訊ねた。
「酒は飲めないのか? 成人しているんだろう?」
「多少は飲めますが、明日も学校がありますので」
「そういえば大学生だったな」
そう言いながらライオネルがふわりと目を細くする。どんな雑誌でも見たことがない、柔らかく甘い顔。その表情に、雰囲気に、雪斗の胸がドキリと跳ねた。
(な、なんだ!? い、いや。これはこれで、技術を盗むチャンスだ! この笑顔がカメラの前でできたら……)
耳が熱くなるのを感じながら目の前にいる色男を観察をする。
闇夜の主のような漆黒の黒髪から覗く、深緑の瞳。底の見えない怪しい輝きに惹き付けられる。それに加えて彫刻のように整った端正な顔。
座っているだけなのに、独特の存在感がある。
(悔しいけど、目の保養になるんだよな)
少し視線をさげれば、長い手足に服の上からでも分かるほど鍛えられた体躯。これだけ均整がとれた体は海外モデルでも、なかなか見かけない。
(筋トレメニューを増やすか。いや、回数を増やした方がいいか?)
悩む雪斗を無言で見守るライオネル。
ニッコリと笑顔を作っているが、その目は撮影の時のようなトゲがない代わりに隙もない。むしろ、何かを狙っているようにも見える。
そこに店員が日本酒とお茶を持ってきた。
「失礼いたします」
それぞれの前に飲み物が置かれる。
ライオネルは日本酒が注がれた江戸切子のグラスを手にした。
「今日は来てくれて、ありがとう。君とは、ゆっくり話をしたいと思っていたんだ」
「そ、そうですか」
グラスを傾け乾杯の仕草をされたため、応えるようにお茶が入った湯呑を持つ。そのまま軽く乾杯をして、次々と運ばれてくる料理に舌鼓を打った。
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