上 下
3 / 12

新人モデルの実力

しおりを挟む
 何回か撮影したことがある雑誌の表紙。そのため、撮影スタッフも顔見知り。
 だが、今日はいつもと雰囲気が違った。緊張と無言の圧が圧し掛かり、新人スタッフなどはその空気にのまれて動きがぎこちない。

「……大丈夫か?」

 こういう時の嫌な予感は当たらなくていいのに当たりやすい。

 ライオネルがスタジオ入りすると、一瞬で空気が凍った。それまでのざわつきが消え、鎮まり返るスタジオ。男性陣はゴクリと息を呑み、女性陣は緊張しながらも見惚れている。

 このままでは、ライオネルの空気に呑まれる。

 そう判断した雪斗は、この雰囲気を変えるために踏み出した。

「先程はすみませんでした。本日、一緒に撮影させていただくかなめ 雪斗です。よろしくお願いします」

 自己紹介をしながら笑顔で手を出す。

 そんな雪斗を深緑の瞳が静かに見下ろし………………スッと顔を背けて離れた。
 微妙な間だったが、少し離れた場所に移動したライオネルは右手で口元を押さえてブツブツと呟いている。

 そのことに雪斗の中で戦いのゴングが鳴った。

(はぁぁぁぁ!? こっちが下手したてに出てやったのに! 噂通り、モデルになった目的は女か! 僕が女じゃないから不満なのか!? そっちがその気なら、こっちもヤッてやる! 見てろよ!)

 先に失礼なことを言った自分のことは遥か彼方の棚に上げ、ライオネルを女好きの最低男へと評価を下げ、敵対ライバル心を燃やしていく。

 それでも、今は大事な仕事中。

 怒りを抑えた雪斗は、撮影の邪魔にならないように準備された椅子に座った。

 スケジュールが詰まっているライオネルが先に一人で撮影をして、次に二人で撮影。そして、最後に雪斗が一人で撮影の予定。
 そのため、お手並み拝見とばかりに足を組んで眺めていたのだが。

「……やっぱり、うまいな」

 雪斗が表情には出さず、悔しさをこぼす。

 モデルは俳優と違ってセリフや動きはない。カメラに収める、その一瞬、その瞬間ですべてを伝えなければならない。たった一枚の写真で読者を虜にする。それは、容易なことでない。

 だが、ライオネルという男はそれをやってのける。

「いいね、その視線! もっと、こっちに頂戴! そう、その表情もいいね! 最高だ!」

 最初は雰囲気に呑まれかけていたカメラマンも普段の調子で褒めながら次々とシャッターを切っていく。他のスタッフも最初は緊張していたが、最高の被写体にプロ根性が刺激され、ライオネルから最高のパフォーマンスを引き出そうと動く。

 この光景に雪斗は口元に手を当てて呟いた。

「……並べる、か?」

 この純然たる雄の雰囲気をまとったライオネルの隣に自分は立てるのか。

(見劣りするのでは…………)

 思わず浮かんだ弱音。

「いや!」

 頭を振って気持ちを振り払う。それから、両手を額に当てて俯いた。

「僕は世界一のモデル。僕は世界一のモデル。僕は……」

 これまで見てきたモデル雑誌を思い出しながら暗示のように言い聞かす。
 腹は立つが、この仕事が決まってからライオネルの写真集も買い、どの位置、どの角度なら自分が見劣りせずに輝くことができるか研究してきた。足を引っ張るなんて、絶対にしたくない。
 見劣りするなんて、以ての外。

「じゃあ、次は二人で! 雪斗君、いけるかい?」

 名前を呼ばれて顔をあげる。

「はい」

 爽やかな笑顔で立ち上がる。
 それだけでスタジオの空気が一変した。撮影のコンセプトである清々しい初夏の風が吹き抜ける。ライオネルが眩しい太陽なら、雪斗は涼しさが漂う清涼な小川。

 相手に合わせ、求められるモデル像をそのまま作り出す。

 これが脅威の新人モデルであり、依頼が絶えない雪斗の実力だった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

男の娘を好きに成っても良いですか?

小春かぜね
BL
とある投稿サイトで、自分を応援してくれる人を、女性だと信じ好意を持ってしまった主人公。 相手のプロフィールから、思い思いに女性の姿を想像し、日増しにその想いは強く成っていく。 相手プロフィールからの情報で、自分との年齢差が有る事から、過度の交流を悩んでいた主人公だが、意外にも相手側が積極的の感じだ!? これを機会と捉えた主人公は、女性だと思われる人とやりとりを始めるが……衝撃事実に発展する!!!

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23才、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26才、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。

雪は静かに降りつもる

レエ
BL
満は小学生の時、同じクラスの純に恋した。あまり接点がなかったうえに、純の転校で会えなくなったが、高校で戻ってきてくれた。純は同じ小学校の誰かを探しているようだった。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...