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最悪な出会い

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 一人で過ごすことが多かった少年時代。
 その時、たまたま見た海外のアクション映画。自分より少し大きな子役が空を飛ぶように駆け、大の大人を蹴り倒していく。
 その光景に目を奪われ、釘付けとなった。

 見慣れたはずのテレビ画面が新鮮に映り、今まで感じたことのない興奮に包まれる。

 それから、その子役が出演している映画を探し、吹き替えではなく原作を見るために英語を猛勉強した。ずっと憧れていた、雲の上の存在。

 いつか会えれば……という気持ちだったが、本当に実現するとは考えてもおらず――――――



 撮影当日。

 緊張と興奮で睡眠の浅い日が続いた雪斗は、高鳴る胸を押さえて撮影スタジオの廊下を歩いていた。
 まるで遠足前の小学生のようにウキウキして、つい足取りも軽くなる。

「いや、いや、いや。落ち着け」

 浮つく自分を誤魔化すように、ワザと不満を口に出す。

「人気モデルである僕が、俳優くずれのモデルと撮影なんて……」

 そこに、背後から腰に響くような低い声が絡みついてきた。

「ほう? 俳優出身のモデルとは仕事できない、と?」

 ギクリと肩が跳ねる。誰もいないと思っていたのに。バカ正直に『照れ隠しで言いました』なんて、山より高いプライドを持つ雪斗が言えるわけない。

「いや、そうではなく……」

 言い訳を考えながら慌てて振り返る。

 その瞬間、世界が止まった――――――

 漆黒の闇を溶かしたような黒髪。魅惑的な輝きを放つ深緑の瞳。まっすぐな鼻筋に薄い唇。太い首に鍛えられた体。雪斗も背が高いが、それを軽く見下ろす人物。

(ライオネル、本人!?)

 声も出せず呆然と見つめる雪斗。あまりにも自然な日本語だったため、ライオネルが話したとは思えず、頭は混乱しまま。
 そこにねっとりとした甲高い英語が響いた。

『ライオネル、メイク室はコッチよ』

 筋肉質な腕に細い腕がスルリと絡む。緩いウェーブの金髪がライオネスの広い肩にかかり、青い瞳がうっとりと見上げ、ぷっくりとした艶やかな赤い唇が誘惑するように微笑んだ。
 そのまま甘く見つめ合う二人。まるで、恋人同士のようなベタベタとした距離。

 この光景に、ストイックなアクション俳優のイメージがガラガラと崩れていく。

(……あの噂は、本当だったのか)

 ライオネルはある日、唐突にモデルへの転身を発表した。
 噂では、俳優よりモデルの方が楽に女にモテると公言したとか、してないとか。最初にその話を耳にした時、マスコミによるネタだと雪斗は鼻で笑った。

 だが、実際に目の当たりにすると……

 希望が失望へ。喜悦が悲嘆へ。光が闇へ。浮かれていた気持ちは、崖を転がり落ちて泥沼に沈んだ。

(こんなヤツに憧れていたなんて)

 グッと両手を握りしめながら、雪斗は蔑むように軽い笑みを作った。

「言葉の通りですよ。女性にうつつを抜かしているようなヤツとなんか……んぐっ!?」

 突如、背後から口を塞がれる。横目で確認したら、事務所の社長がいた。雪斗を直々にスカウトした本人で、元モデルという経歴の持ち主だ。
 若さから渋みがある大人へと成長したイケオジ社長が悠然と微笑みながら頭をさげる。

「うちのモデルが失礼をしました。あとでお詫びに伺いますので」

 そのまま有無を言わさない強さで雪斗を引きずり、二人はメイク室へ移動した。

「ちょっ……社長!」

 解放されると同時に文句を言おうとしたのだが。

「雪斗ちゃぁぁぁんんん? うちみたいな弱小事務所がトラブルを起こしても、なぁぁぁ――――んにも特はないって、知ってるわよねぇぇぇ?」

 先程までの渋いイケオジの姿が消え、強烈なおねぇ言葉が叩きつけられる。しかも、小指を立てた手を顎に当てたまま、顔面ドアップで。

「は、はい」

 その迫力に押されて黙る雪斗。そこにイケオジもとい、おねぇ社長が淡々と諭す。

「これは我が事務所にとって、今後の命運が決まる、とぉぉぉぉぉっても重要なお仕事なの。頭の良いあなたなら、重々わかっているでしょ?」
「……はい」
「プロは仕事に私情を挟まない。あなたなら、できるでしょ?」

 期待が込められた言葉に、フツフツと湧きあがっていた怒りが冷める。

(そうだ。他人の色恋沙汰なんて僕には関係ない。いつもなら軽く流していたのに……)

 雪斗が大きく息を吐いて顔をあげた。

「はい。申し訳ありませんでした」

 その様子に社長が軽く肩をすくめる。

「先方にはあたしが謝罪に行っておくから、雪斗ちゃんは仕事に集中しなさい」
「はい。すみません」

 素直に謝った雪斗の頭を社長がくしゃくしゃに撫でると、スタッフに指示を出した。

「さっさと雪斗ちゃんのメイクとスタイリングを仕上げて。相手はあの・・ライオネルよ。撮影時間は予定の半分しかないと思いなさい」

 多忙なライオネルはスケジュールが分刻み。こちらの都合で遅らすわけにはいかない。緊張とともにスタッフたちがキビキビと動く。

 こうしてメイクとスタイリングを終えた雪斗は複雑な内心を隠してスタジオ入りした。




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