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無事、買い物ができました

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 ニアが持ってきた服を女店主に渡す。それを見た女店主は満面の笑みになった。

「あんた、いいセンスしてるじゃないか。そっけない返事しかしてないから、ちゃんと見てないのかと思ってたのに」

 私はニアが選んだ服を見た。それは淡い水色のワンピースや、レース編みの羽織りで、家事仕事向きの服ではなかった。

「試着した服の中でも一番似合っていたのを選んでくるなんて、さすがだね」

 女店主の中でニアの株が爆上がりしている気がする。ここで買わないというのは気まずい。

 いろいろ諦めた私は袋から指輪を一つだした。

「すみません、お金を持ち合わせてなくて。これと交換できますか?」

 女店主が指輪を受け取って眺める。

「へぇ。キレイなもんだね。いいよ、これと交換でも……」

 と、そこで女店主の手から指輪が消えた。ニアが代わりに銀貨を渡す。

「金はオレが払う。釣りはいらない」

 女店主がニヤリと笑う。

「そうこないとね。袋はサービスしとくよ」

 ニアと店を出たところで指輪を返された。

「小さな店で、こんなバカ高い指輪を出すな。本当の価値を知った時、困るのは店側だ。下手をしたら盗品と疑われる」
「え? そんなに高価な指輪なのですか?」
「ここら辺なら、軽く家一軒買える」

 子どもの頃にプレゼントされた品だったため、そこまで高級品という自覚はなかった。
 でも、それだとこれからの買い物はどうしよう……

「あの、この近くに両替屋はありませんか? そこなら、指輪とお金を交換しても問題ありませんよね?」
「その指輪を金と交換できる両替屋なんて、城がある街ぐらいだろ」

 それだと、ここから馬車で丸一日はかかる。簡単には行けない。

 落ち込む私にニアが銀貨を一枚差し出した。

「これで買い物をしろ」
「ですが……」
「家事とかいろいろしてきた賃金だ」
「それは、弟子として当然のことで!」
「とにかく受け取れ。ほら、メシに行くぞ」

 ニアが私の手に銀貨を握らせ、逃げるように近くの飯屋に入る。私は慌てて追いかけた。

「いらっしゃいませー! 二名様ですか?」

 若いウエイトレスに案内されるニアの後ろをついていく。勝手が分からない私はニアの真似をすることにした。
 ニアと向かい合うように椅子に座り、置かれたメニュー表を見る。

「……」

 メニュー表に書かれているのは知らない料理ばかり。どれがとんな料理なのか検討もつかない。

 悩む私の前で若いウエイトレスがニアに笑顔で声をかける。

「今日のオススメは豚肉のソテーですよ」

 ニアが若いウエイトレスに目も向けず、私に訊ねた。

「どうする?」
「あ、では、そのオススメで……」
「わかった」

 ニアがさり気なく私からメニューをとって若いウエイトレスに渡す。

「豚肉のソテーを二つと、パンを二つ。あと、水を二つ」
「はぁい」

 若いウエイトレスが不満気に立ち去った。ニアが無愛想だから気分を悪くしたのだろうか。

 そこにお酒が入ったジョッキを片手にほろ酔いのおじさんがやってきた。

「おい、おい。ここの看板娘があんなに毎回アピールしてるのに、その態度はないんじゃないか?」

 そこでおじさんが私のほうを向く。目元を赤くし、トロンと焦点が合わない目。ジロリと舐められるように全身を見られ、思わず肩が跳ねてしまった。

「でも、こんな美人を連れていたら仕方ねぇな。なぁ、美人のねぇちゃん。ちょっと、一杯のまないか? こんな無口な無愛想ヤローより楽しく過ごせるぞ」

 ニアから殺気が走り指がかすかに動く……が、それより先に私は首を傾げた。

「ニアは無口で無愛想ではありませんよ。とても優しいですし、一緒にいたら楽しいです」
「へ?」

 酔っぱらいが間抜けな返事をする。

「それに、最近はいろいろお話してくれます。私で遊ぶのは遠慮してほしいのですが」
「……遊ぶ?」

 酔っぱらいが今度はニアの方を向く。ニアは頬を少し赤くしながら咳払いをした。

「別に遊んでいない」
「嘘です! 明らかに私の反応をみて楽しんでいる時があります!」
「いや。あれはおまえが、あまりにも素直すぎるから……」
「だからって、一日頭に葉っぱをのせて過ごせたら木になれるって教えるのは悪いと思います!」
「本当にやるとは思わねぇだろ」

 ニアと私を交互に見ていた酔っぱらいが目を丸くしたあと、憐れむような視線になった。この視線、本日二回目な気がする。

「ねぇちゃん、もう少し人を疑うことを覚えな」
「騙すほうが悪くないですか!?」
「そりゃそうだが。だからと言って騙さない人間しかいないってわけじゃないだろ?」
「それは……そうですが……」

 私が静かになると、酔っぱらいはニアの肩を軽く叩いた。

「ま、頑張れよ。からんで悪かったな」

 酔っぱらいがジョッキを片手に自分の席に戻る。ニアは額を押さえてうつむいた。

「……同情された」
「お待たせしました。豚のソテーとパンと水です」

 ニアの落ち込みを踏み潰すように料理が並べられていく。食欲をそそる匂いがフワッと漂う。
 鼻からお腹を刺激されまくる。これは、我慢できない。

「早く! 早く食べましょう!」
「そうだな」

 私は肉にフォークを刺した。力を入れなくてもフォークが簡単に肉を貫く! ナイフでサクッと切れる! 私が焼いた固い肉と段違い!

 感動とともに、私は切り取った豚肉を頬張った。豚肉の甘い脂が噛めば噛むほど口の中にあふれる。そこに炭火の香ばしい風味。もう、味の二重奏、三重奏状態。

「おいしいですぅ」
「よかったな」

 私は美味しさに感動しすぎて、ニアが目を細めて見守っていることに気づいていなかった。



 昼食を終えて、調味料や食材を買い、ガラス工房へ戻る。ニアは両手一杯に荷物を抱えていたが、スイスイと山を登った。ちなみに私はついていくだけで精一杯。もちろん手ぶら。
 荷物を持っていたら、転けた時が危ない。という理由で持たせてもらえなかった。
 しょぼんとして丸太小屋のドアをくぐる。

「弟子失格、とか思うなよ」

 まるで見透かされたような言葉に私の体が跳ねた。ニアが買った調味料や食材をキッチンに置く。

「それぞれ得手不得手がある。全部できるようにならなくていい」
「でも、弟子の仕事が……」
「弟子の一番の仕事は師匠から学んで卒業することだ」
「そつ、ぎょう……」

 たしかにその通りなのに、なぜか私の胸が重くなった。ドロッとモヤッとしたナニかがうごめく。
 胸に手を当てて考えていると、ニアが言いにくそうに声をかけてきた。

「それと……コレ」

 私は出された物を自然と受け取った。手のひらサイズの円形の入れ物。蓋をあけるとクリームが。

「ハンドクリームだ。水仕事をしたあとは、それを使え。手荒れが少しはマシになるだろ」

 そう言いながら私に背を向けて荷物を片付ける。でも、耳は浅黒い肌でも分かるほど真っ赤になっていて。

「ありがとうございます」

 私はもらったハンドクリームを握りしめる。嬉しさで胸は軽くなり、ドロッとした気持ちはどこかへ消えていた。

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