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無事、婚約破棄されました

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「セリーヌ! おまえとの婚約を破棄する!」

 私達の婚約発表という名目で開かれたパーティーは、一瞬で婚約破棄の会場となった。
 私の婚約者にして、この国の第二王子のグリッドは、周囲のざわつきを無視して私を怒鳴り続ける。

「なにが、伝説の聖女のように美しく癒やされる存在だ! この聖女のフリをした性悪女が!」

 どこかで聞いたことがあるセリフ。

「おまえが裏でナターシャにしてきた悪行はすべて聞いたぞ!」
「あの……」

 グリッドが隣に立つナターシャの細い腰を抱き寄せた。ナターシャが勝ち誇ったように私を見下ろす。

「真の聖女はナターシャだった! そして、私は本当の愛を知った!! それを教えてくれた彼女と婚姻を結ぶ!」

 堂々と宣言した言葉は、流行りの芝居で名場面と言われている主人公のセリフそのまま。また・・、物語の主人公と自分を重ねた茶番劇。

 私は抱えたくなる頭をグッとこらえた。ここで下手に返してはいけない。

 私は表情を変えないため、下唇をグッと噛みしめ、震える手はスカートを握る。
 顔をあげ、なんとか声をしぼり出した。

「……かしこまり「さっさと私の前から消えろ」

 言葉を重ねてくるなんて。わかりました。さっさと消えましょう。

「では、失礼いたします。ごきげんよう」

 私は優雅に膝を折り、ホールを後にする。背後から引き止めるような声がしたけど、聞こえないフリをした。

 駆け足に近い早足で自分の馬車に飛び乗った私は…………



「やぁっっっと、解放されたわ!」



 私はあふれ出す笑いを盛大に開放した。馬車がガラガラと音をたてて屋敷へ戻る。

「お嬢様。馬車の中とはいえ、もう少しお静かになさってください」
「だって、やっと婚約破棄されたのよ! ここまで長かったわ。婚約破棄するって言われた時は、嬉しくて、嬉しくて。もう、笑いをこらえるのに必死だったわ」

 お腹をかかえて笑う私を侍女のマリナが淡々とたしなめる。

「お嬢様、態度と口が悪いです。黙っていれば人形のように可愛らしく、お美しいのに」
「もう、今ぐらいは見逃して。あ、このあと公爵家の面汚しって家からも追い出される筋書きだから。あとは、よろしくね」
「はい。荷物はまとめてあります」
「さっすが。できる侍女は違うわね」

 マリナが少し寂しげに、でも淡々と答える。

「お嬢様に鍛えられましたので。ですが、本当によろしいのですか?」
「大丈夫よ。じゃあ、ここからは私の好きにさせてもらいましょう」

 私は公爵令嬢らしく優雅に微笑んだ。

 公爵家の次女として生まれ、気がつけば第二王子の婚約者候補の一人に。そして、学校の勉強から礼儀作法から婚約者教育の毎日。
 勉強漬けでグレかけ……いえ、いえ。ふさぎこんでいた私はある日、それ・・に出会った。周囲の大人はブサイクだ、失敗作だ、と見向きもしなかったけど。


 それ・・は私の人生を変えた。





 屋敷に戻り落ち込んだフリをしていると、パーティ会場より遅れて帰宅した父に呼び出された。

 威厳と歴史にあふれた屋敷のリビング。私は父と母の前で、顔を隠すようにこうべを垂れる。
 父は開口一番から屋敷を震わすような大声で怒鳴った。

「なぜ、釈明しなかった!」
「許しを請わなかった!」
「少しは考えて動け!」
「聞いているのか! この出来損ない!」

 息をつく間もなく、ひたすら私を責めたてる。

 ここでなにか言っても倍になって怒鳴られる。私は息を殺して、ひたすら黙った。どんな罵詈雑言も今夜で終わりだと思えば耐えられる。
 そんな私を助けようという人は誰もいない。だって、ここは父の城。誰も逆らえない。

 夜も老けた頃、ようやく父が疲れてきたらしく息が切れた。

「公爵家の顔に泥をぬった愚か者など娘ではない! さっさと出ていけ!」

 と、締めくくりリビングを後にした。母が心配そうに見つめるが、声はかけてこない。もし、ここで声をかけたら母が後で父に叱られる。

 私はようやく顔をあげて、いつもの笑顔を貼り付けた。

「長い間、お世話になりました」
「セリーヌ様……」

 いつの間にか集まっていた使用人たちから、すすり泣くような声が漏れる。みんな、とても良くしてくれた人たち。

 私がここまで頑張ってこれたのも、影から母や使用人たちが支えてくれたから。

 でも、それも今日まで。

 私は明日の朝、こっそりと旅立つ。見送る人は誰もいない。そんなことをすれば、父の逆鱗に触れるから。

「ありがとうございました」

 私はすべての気持ちをこめて、最大限の淑女の礼をした。



 早朝に家を出た私は乗り合い馬車を乗り継ぎ、目的地の山の中にいた。
 動きやすい平民の服を着て、右手にカバン一つ。ガバンには当面の生活資金に変えられそうな宝石や貴金属と、侍女のマリナが準備した平民の服が入っている。

「えっと……この辺のはずなんだけど」

 山の麓の町で描いてもらった地図とも言えない落書き。それと、にらめっこすること数十回。私は見事に迷子になった。
 道と言えるのか分からない、もしかしたら獣道という道かも。草をかき分けながら、慣れない足場に何度も足を滑らす。

 私は急斜面の途中で足を止めた。木々の間からは周囲の山々と麓の町が見える。

「やっぱり一度、来た道をもど……キャッ!」

 振り返ると同時に私は足を滑らした。重力に逆らえず、全身を打ち付けながら斜面を転がり落ちる。

 バシャン!

 転落した先は湖。浅瀬だったから溺れることはなかったけど、体はぬれた。

「うぅ……こんなところで……」

 水を吸った服が重い。全身が痛みと寒さで震えだす。私は必死に湖から這い出した。
 幸いなことに途中で手放したカバンはぬれることなく湖の手前に転がっている。

「私は、諦めな、い……」

 私には壮大な目標がある。それを成し遂げるまでは、こんなところで倒れてなんか、いられな…………

 意識が朦朧もうろうとする中、空から舞い降りてくる大きな影が見えた。


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