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まさかの、オークション!?

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 私は周囲から隠すように連れていかれ、そのまま馬車へ乗せられた。それから後ろ手で縛られ、目隠しをされて無言のまま出発。

(なんなの……)

 とても質問できるような雰囲気ではない。ピリピリとしたヤバい空気。
 それにしても馬車って揺れる。道が土だから穴もあるし石も転がっているから、タイヤの振動が直に響く。椅子に座っているのに油断すると転け落ちそう。

 根性で揺れに耐えていると、馬車が止まった。

「こい」

 最低限の説明で私は目隠しされたまま建物に移動させられた。入ってすぐに階段を降りる。外より少し冷えて湿った空気。複数の足音が反響する。

 階段を降りきったところで、やっと目隠しを外された。どうせなら手も外してほしかったけど、そこはそのまま。
 目の前には小太りの中年男性が一人。茶色の髪の隙間から小さな豚耳が顔を出す。やたら金のアクセサリーで体を飾っているけど、センスが悪すぎて悪趣味にしか見えない。両脇には犬耳の護衛。
 豚耳男がふんぞり返って私に言った。

「勝手に行方をくらましやがって。かなり探したじゃねぇか」
「……だれ?」

 当然のように声をかけてきたけど見たこともない。私の一言に豚耳男の顔が引きつる。

「おまえ、拾ってやった恩を忘れたのか?」
「拾って? なんの話?」
「すっとぼけるのもいい加減にしやがれ!」

 豚耳男の大声が響く。私は耳を塞ぎたかったけど、縛られた手ではなにも出来ず。耳がキィーンとなった。

「道端で野垂れ死にかけていたところを拾って世話してやったのを忘れたのか!?」
「知らないわよ! 私は! 野垂れ死にかけたことも! 拾われたこともない!」

 一方的な言葉に負け時と怒鳴り返せば周囲がシーンとなった。厳つい犬耳の男たちが驚愕と恐怖に顔を染める。
 豚耳男がポカンとした顔で言った。

「は? おまえ、何を言っている?」
「何を言っている、は私のセリフよ! いきなり誘拐して、こんなところに連れてきて!」

 控えていた犬耳男が豚耳男に囁く。

「アレとは違うやつを連れてきてしまったのでしょうか?」
「黒の垂れ耳ウサギは絶滅したと言われるほどの希少種だぞ! あいつ以外いるわけないだろ!」
「し、失礼しました」

 尻尾を震わせながら犬耳男が慌てて下がる。

(外見では豚耳男より犬耳男のほうが強そうなんだけどなぁ)

 そんなことを考えていると豚耳男が私を睨んだ。

「なんのつもりか知らねえが、次のオークションがもうすぐ始まるからな! さっさと準備しろ!」
「オークション? 準備?」
「てめぇ、それも忘れたのか!? おまえはオークションの商品で売られるんだよ! 売られた先で金品を盗んで戻ってくる! それがおまえの仕事だろ!」
「なに、それ!? 詐欺と泥棒じゃない! なんでそんなことしないといけないのよ!?」

 私の抗議に豚耳男の顔が真っ赤になる。

「そうやって稼いできただろうが! 殴られたくなければ、さっさとやれ!」

 豚耳男の言葉で周囲にいた男たちの気配が鋭くなった。言うことを聞かないとマジで殴られる雰囲気。
 身の危険に直面した私は反射的に口を閉じた。私の態度に豚耳男が薄汚く笑う。

「傷をつけたら値が下がるからな。オークション前じゃなけれりゃ殴ってたぞ」

 背筋が凍った私に豚耳男がフンッと鼻をならす。

「今日は上客たちの集まりだ。そこにある服に着替えて、しっかり飾っとけ」

 私の手を縛っていた紐が外され、豚耳男が護衛とともに別の部屋へ移動した。

 そして、残された私の目の前には立派な衣装箱と身を飾る宝石があった…………



「銀貨十枚!」
「十二枚!」
「十五!」

 活気が良い声が飛び交う。私はそれを遠くに聞きながらぼんやりとしていた。

「どうして、こんなことに……」

 ビキニより布面積が少ないような服……ベリーダンス? のような衣装を着て、頭から足先まで装飾品で飾った。足には絶対に走れない高さと細さのヒール。
 頭上では次々と落札していく声。

 小さな鳥かごのような柵の中に入れられ、一人順番を待つ。ギュッと垂れ耳を掴んで体を小さくする。
 寂しさと不安。寒くないのに、寒い。レオの温もりが懐かしい。

「こんなことになるなら、喧嘩するんじゃなかったなぁ」

 最後に会話した時のレオの顔が浮かぶ。無表情の中に少しの戸惑いと困惑と焦り。あんな顔させたくなかったのに。

 一方的に怒った私が悪いんだけど。

「……謝りたいなぁ」

 ガタッ!

「へ!? なに!?」

 私の哀愁をあざ笑うように床が揺れ、ジャラジャラと鎖の音がする。

「キャッ!?」

 天井が開き、床がせり上がっていく。眩しい明かりが差し込み、私は思わず目を細めた。
 ざわざわとした雑音。大勢の人がいる気配。

「おぉ……」
「黒ウサギ? しかも、垂れ耳だと?」
「絶滅したんじゃなかったのか?」
「本物か?」

 私がいるステージを囲むように座った人々。顔の上半分を仮面で覆い、飾り羽根で頭から生えている動物の耳を隠している。全員が豪華な服で着飾り、見るからに貴族で金持ちが娯楽のために集まった様子。

(ここで売られるの!? え? 売られた後はどうなるの!?)

 戸惑う私に豚耳男の声が刺さる。

「さあ、さあ、本日の目玉商品! 絶滅したと言われている黒のたれ耳うさぎ! 今を逃すと二度と手に入らない一品ですぞ!」

 媚を売るような豚耳男の声が耳につく。いや、もう、殺意が沸く。人を商品みたいに……いや、商品なんだけど。でも! 私は同意してないし!

 せめてもの抵抗に周囲を睨む。そんな私の怒りを感じ取ったのか、客席からヒソヒソ声がした。

「面倒そうな奴隷だな」
「従順ではなさそうだ」
「あれは噛みつくぞ」
「そうだな。いくら珍しくても反抗的なのはいらないな」

 思わぬ効果に私は気を良くした。

(もしかして良い感じ? 変顔とかしたら買い手がつかないかも。よし!)

 とっておきの変顔をしようとしたところで、ピシャリと鞭が空気を裂いた。しかも、私のすぐ目の前!? 柵の隙間を入ってきた!?

 顔を青くした私に鞭を持った豚耳男が追加説明をする。

「この通り、調教次第でいくらでも性格は変わります! 今なら好みに調教できますよ!」

(こ、この豚ぁ!!!!)

 横目で豚耳男を見ればニヤリと質が悪い笑みを浮かべている。

「あの生意気そうな性格を従順にするのか」
「それは面白そうだ」
「調教か。してみたいな」

(その方向に盛り上がらないで!)

 怒りと焦りの私を置いて豚耳男がオークションを始める。

「では、金貨五枚から」

 私の値段に会場が一気にどよめいた。

「いきなり金貨だと? 今まで銀貨だったのに」
「……高すぎないか?」
「馬二頭分だぞ」
「だが、黒ウサギは珍しいからな」
「その中でも絶滅したと言われていた垂れ耳だ」

 ヒソヒソと会話が耳に入る。このまま値がつかなければ……という淡い希望も抱くも。

「金貨六枚!」
「……く、それなら八枚!」
「十枚!」

(値段つけなくていいから!)

 徐々にあがっていく金額に私は心の中で叫んだ。そこに一際大きな声が。

「三十枚!」

 シワ枯れ声に全員の視線と感嘆が集まる。声の主は他の参加者と同じように顔の半分を仮面で隠していた。でも、シワシワの手と声からして、かなりの老齢。それでも仮面の奥に見える目は鈍く輝き……
 観察していると、声の主が舌なめずりをした。その不気味なほど赤い舌が、その動きが。気持ち悪しぎて背筋が凍る。

(ちょっ!? ヤバくない!? あれ、絶対ヤバい人でしょ!?)

 恐怖に顔を強張らせる私をますます愉快そうに声の主が眺める。
 そこに突き抜ける豚耳男の声。

「次は!? 次はおりませんか!?」

 ざわつきながらも誰も次の声が出ない。

(え!? 嘘!? このままだと、あいつに買われ……)

 焦る私の前で豚耳男が満足そうに手をあげる。

「では、金貨三じゅ……「千枚」

 一瞬で会場に静寂が落ちる。

 水を打った静けさ、という言葉そのもの。全員が言葉の主を探して見回す。
 そこに長身の男が会場の後ろから歩いて出てきた。

「金貨千枚では足りないか?」

 低く艶っぽい声が響く。
 人々の視線を金髪で弾きながら、まっすぐ私に向かってくる青年。仮面から覗く鋭い琥珀の瞳。仮面と飾り羽根で隠しても分かるイケメンな顔立ち。
 私は柵を掴んで精一杯、体を近づけた。

「どうして、ここに!?」
「迎えに来た」

 レオが柵の外から私を見下ろす。それから柵を止めている鍵を掴んだ。腕の筋肉が膨れ、指に力が入る。

 ガギッ!

 鈍い音とともに鍵が壊れた。キィィーと軽く柵のドアが開く。
 驚きながらも、このチャンスを逃すまいと私は急いで柵から出た。

「鍵って素手で壊せるものなの!?」
「黙ってろ」

 レオが羽織っていた上着を脱いで私にかける。懐かしい甘い匂いに包まれ、ホッとしてしまう。そこで私の体が浮いた。

「え? えぇ!?」

 私を軽々とお姫様抱っこをするレオ。服越しでも分かる筋肉の弾力。突然のことに頭が回らない私にレオが声をかけた。

「帰るぞ」
「か、帰る?」
「帰らないのか? ここに残るか?」

 慌てて首を横に振る。

「帰る! 帰ります!」
「お、お待ちください! お代を!」

 レオが懐から袋を出して豚耳男に投げた。ドスンという重い音と共に金貨が散らばる。

「金貨五百枚だ。残りは後で届けさせる。それでいいか?」
「は、はいぃぃ!」

 豚耳男が床に這いつくばって金貨を集めていく。

(本物の豚みたい……)

 私はレオに抱き上げられたまま全員からの視線を浴びて会場を後にした。



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