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王として〜レオ視点〜

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 父が流行病で死んでから、オレの周囲は激変した。
 若き兄が王位を継ぎ、内政の地盤を固めている中、それまで友好的だった隣国が兄に無理難題を押しつけるように。それは、少しでも我が国に非があれば、そこから攻め込む魂胆が見え隠れしていた。
 温和な兄は争いを避けようと奔走。そのため隣国はなかなか我が国へ攻め込む理由が作れなかった。

 そのため、隣国は次の手を打ってきた。我が国に内通者を忍ばせ、情報操作を始めたのだ。
 内通者により隣国の横柄な態度が浸透し、民から不満が噴出。しかも、隣国は弱いから戦争になれば簡単に勝てると吹き込まれ、世論は一気に開戦支持になった。
 兄はギリギリまで戦争を回避しようとしていたが、最後には臣下と民に押され隣国へ侵攻。

 隣国の思惑通りに始まった戦争は散々たるものだった。隣国は父の代から密かに戦争の準備をしており、こちらの情報は内通者にて筒抜け。
 それでも兄は被害が少なくなるように努力したが、敗戦、敗走の連続。今回の戦争は楽勝という噂が流れていたため、臣下や民からの不満も募る。その不満を少しでも払拭するため、兄は前線で戦うようになった。

 結果、戦死。

 最期は避難していた子どもたちを助ける途中で敵に討たれたという。このことにより、兄は弱き者を最期まで守ろうとした英雄として語り継がれている。

 そして、兄の影で密かに準備を整えていたオレは王位を継ぐと同時に、国内を一掃した。戦火に紛れ、内通者を排除。それは民から臣下の重役にまで及んだ。
 どうにか戦争に勝利し、隣国の計画をすべて白日の下に晒し、隣国の穀倉地帯を我が国の領土にして、多額の賠償金もふんだくった。
 しかし、国内はボロボロ。復興に全力を注ぎつつ、この機会に甘い汁を吸おうとしているヤツがいないか目を光らせる。

 近づいてくる者はすべて疑え。心を許すな。

 それは自分に課したものだった。それなのに、ココネの存在がそれを鈍らせる。

『噂は噂よ。他人が勝手に言ってるだけじゃない。本人に確認もしないで、好き勝手に裏で決めつけて』
『噂は噂。他人の言葉が混じったもので、あなたの口から出た言葉ではありません』

 ココネが言った言葉。それは、獅子の耳と尻尾がないことに落ち込むオレに、父と兄がかけた言葉に似ていた。

『他人の口より、おまえの口から出た言葉を信じる者を近くにおけ。噂はしょせん噂。それに踊らされるなら、その程度だ』

 王になってからは、噂を通してオレに接してくる者がほとんど。先入観なしでオレを見る者はいなかった。
 だから、父と兄が言った通り距離を置いていたのに。

 ココネは噂でオレを見ず、オレ自身を見る。

 それは父や兄がいた頃を思い出した。どこか懐かしく、心が安らぐ。いつからか、二人で過ごす時間を作るようになっていた。
 始めの頃は夕食の時間だけだったが、今は昼食も共にするように。そして、空き時間ができれば顔を見に行くように。

 周囲のヤツらとココネは違った。オレに媚びず、平然として、素直に感情をぶつけてくる。それなのに、たまに覗かせる不安そうな迷子のような顔。

 それが、どうしようもなく気になる。

(オレの隣にいるのに、そんな顔はさせたくない。でも、どうすればいいのか分からない)

 考え込むオレの耳を鈴の音のような声がくすぐる。

「ねぇ、聞いてる?」
「……あぁ」

 素っ気ない返事とともに顔をあげる。
 丸テーブルを挟んだ先にはパンを持ったココネ。艷やかな黒髪に気が強そうな瞳。キリッとした顔立ちだが、柔らかな毛並みの垂れ耳が可愛らしい。

 ここは城内にある王族専用の食堂。食事はここでとるのが基本で、今は昼食中。
 最初の頃は長方形のテーブルの端と端に座って食事をしていた。

 だが、ココネが「離れすぎ! 声が聞こえない! この距離、無駄!」と怒り、使用人に丸テーブルを持ってこさせた。

 たしかに二人で食べるなら、これぐらいのテーブルが丁度いい。

(常識にとらわれない発想力。オレに物怖じしない性格。こんな女がいるとは思わなかった)

 ココネがパンを口に入れながら不満げに頬を膨らます。

「もう。また難しいことを考えていたんでしょ? ご飯を食べる時はご飯に集中。じゃないと……」
「シェフに失礼だと言うのだろ? 何度も聞いた」
「あれ? 私、何度も言ったっけ?」

(しまった。父から言われたことと重ねたか。たしか、ココネからは一回しか言われていない)

 ココネが首をかしげて考える。
 オレはあえて無視して鶏肉を口にいれた。パリッと焼かれた皮から炭火の香ばしさが広がり、噛めば噛むほどあふれる肉汁は旨味に溢れている。
 前は料理を味わうことなどなかった。出された物を噛み砕き、飲み込むだけ。それが、変わったのも……

「うまいな」

 味を堪能しているとココネが嬉しそうに頷いた。

「そうそう。ちゃんと味わって食べること」
「……わかった」

 鋭いようで、こういうところは単純。キリッとした外見だが、驚いたり不安になったりした時は垂れ耳を掴む。その姿がまた可愛らし…………

(いや、いや。オレはまだココネを見極めきれていない)

 跡継ぎが必要だから嫁にしたまで。野心が少なく、夢想的で、子だくさんな種族であるウサギ族。だからこそ、嫁を選出する種族に選ばれた。
 そして、本当に野心がないか見極めるために快楽に染めて本心を聞き出そうとしているが、なかなか難しい。

 チラリと覗き見ればココネが手にしたグラスを満足そうに揺らしていた。

「そうそう。素直が一番よ。レオはすぐに眉間にシワをよせて難しい顔をするんだから」
「おまえには関係ないだろ」
「そんなことないわよ。それに、そんな顔をしていたら、みんな萎縮して離れちゃうからね」

 それは周囲から何度も言われた。もう少し愛想を良くしろ。笑顔を作れ、と。

 そんなことをしなければ築けない関係ならば、いらない。

(だが、ココネとの関係が崩れるというのなら、多少の笑顔ぐらいは…………いや、いや。必要ない)

 オレは愚かな考えを振り払った。

「それで離れるなら、その程度ということだ」
「そんなことを言って。レオみたいな人が一人になると、寂しくなってペットを飼ったりするのよ。いなくなってから後悔しても知らないからね」

 そう言ってココネがグラスのジュースを飲む。警戒することなく無造作に飲み込む小さな口。その動きが艶めかしく、目が離せない。
 抱けば素直に反応する体。何度抱いても初々しい反応で、オレをキツく締めつける。恍惚な表情でオレを求める視線。その時だけは、不安そうな顔も消える。もっとオレを求めさせたくなる。
 今すぐにでも襲いたい。

 オレは湧き上がる衝動を抑え、視線を外した。

「そんなことはないが……まあ、おまえなら一人で生きられ……」

 ドン!

 オレの言葉を叩き潰すようにココネがグラスをテーブルに叩きつけた。驚いて視線を戻せば、ココネの全身から怒りの湯気が沸き立っている。

「レオまで、あいつと同じことを言うの!?」
「あいつ?」
「もう、いい! そんなに私を一人にしたいなら、すればいいわ!」
「どうした?」

 訳がわからないオレを置いてココネが食堂を飛び出す。
 オレは椅子を飛ばして立ち上がった。

「待て!」
「獅子王」
「なんだ!?」

 すぐにでもココネを追いかけたいのに、重鎮の一人がそれを止める。
 長い白髪に、少しつり上がった糸目。端正な顔立ちで、スラリとした長身。特徴的なのは、大きな狐耳とふさふさな尻尾。オレが王になる前から使えていた狐族の臣下、フォグ。
 フォグがオレの殺気も意に介さず淡々と口を開いた。

「ウサギ族の族長の娘について報告したいことがあります」
「それは至急か?」
「はい」

 オレはココネを諦めて椅子に座った。ココネは気になるが、それよりも王の務めを果たさなければならない。

「なんだ?」
「あの黒ウサギですが、族長の娘ではない可能性があります」
「チッ」

 思わず出た舌打ちにフォグが眉をひそめる。

「やはり気づいていましたか。なぜ、そのままにしていたのですか?」
「真意を探るためだ」
「そうですか。で、探れましたか?」

 オレはテーブルに肘をついた。

「まったく探れん」
「では、いかがなさいます? ウサギ族は族長の娘を嫁に出す、と言いました。それが娘ではなかったとなれば、ウサギ族は王を騙したことになります」

 王を騙していたのであれば死罪。場合によっては一族全員が処刑される。
 オレは無言で空になった席を見つめた。

「…………調べてほしいことがある」

 命令の内容にフォグが珍しく目を見開く。糸目から久しぶりに茶色の瞳が現れた。

「すべて、ですか?」
「あぁ。徹底的に」
「かしこまりました」

 フォグが一礼して下がる。オレは窓の外の青空を眺めながら息を吐いた。

「ウサギ族は野心が少なく、夢想的だから大丈夫だろうと、簡単にしか調べなかったツケがまわってきたか」

 グラスに残っていたワインを一気に飲み干す。いつもは程よい甘さで、好みの味なのだが。

「……渋いな」

 静まりかえった食堂はいつもより広く感じた。


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