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怒りの宝石

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 廊下を闊歩する猫姿のヨミに人々は驚いたが、捕まえようとする者はいなかった。
 ガーベラが先に自分の猫だと伝えていたことと、首にガーベラ所有の赤いリボンが巻かれていること。それが功を奏していた。

(あの頃から部屋が変わっていなければ、こっちだったはず)

 ヨミはまっすぐ目的の部屋へ向けて歩いた。本当は走りたかったが、傷の痛みもあるため無理はしない。
 大きな長い廊下をひたすら進むと、徐々に人が少なくなってきた。ここは王族のプライベートエリア。最低限の選ばれた人間しか立ち入ることはできない。

 ヨミはネイビの部屋の前で足を止めた。

「ここから魔力を感じるわ。あとはどうやって入ろうかしら。魔法は使えないし」

 周囲に人はいない。

「自力でどうにかするしかないわ、ね」

 ヨミは足の痛みを堪え、盛大にジャンプした。

「えい!」

 ドアノブにしがみつき、ぷらーんとぶら下がる。するとドアが静かに開いた。

「よし!」

 ふかふかな絨毯に着地。でも……

「っ、痛い」

 前足の痛みで半泣きになりながらも、ネイビの部屋に入ったヨミは全身でドアを閉めた。

「なに、これ……」

 部屋は掃除が行き届き、清潔感に溢れている。なのに、ナニかが重苦しい。息をしているはずなのに、空気が足りない。勝手に怒りが湧いてくる。

 ヨミは寝台の隣にあるテーブルに視線を向けた。

「やっぱり……」

 禍々しく赤く輝く宝石。炎の形をしており、金の台座に嵌っている。

「ここまで怒りの力を溜め込むなんて……ネイビの怒りは相当だってこと?」
「そのようだ、ね」

 驚いて振り返ったヨミの前にテラがいる。飄々と笑みを浮かべるテラにヨミは怒鳴った。

「どういうこと!? ここに怒りの宝石があるって知ってたの!?」
「ここの末弟王子は未熟な自分への怒りが凄くて、ね。どうせだから、利用させてもらったよ」

 ヨミは記憶の中のネイビを思い出した。

 十歳ほどだったが、少女と見間違うほどの美少年。物静かで儚げ。なにかあれば、すぐにガーベラやロイの後ろに隠れる。
 王妃である母親はネイビが生まれた時に亡くなったため、周囲は腫れ物を扱うように接した。
 そのためか、ネイビの優しい性格も影響してか。ネイビは必要以上に周囲を気にして、争いや揉め事を徹底的に避けていた。それも利発で先見の眼があるから出来ていたこと。

 そして、今は美青年に成長して……

 いるはずだったが、見る影もなく痩せこけ、常にイライラと落ち着きがなかった。

「この宝石の、せい……?」

 テラが怒りの宝石を手に取った。

「力はまずまず集まった。あと一つ。期待の石を頼むよ」
「王都にある宝石は一つでしょ? それなら他の場所を探しに行かないと」
「これは私が他所から持ってきた石。この石を持ってくる前から、王都には期待の石があって、ヨミはそれを探していたんだよ」

 ヨミはジロリと睨んだ。

「騙したの?」
「騙すなんて酷いなぁ。黙っていただけだよ。じゃあ、頑張って」

 テラが怒りの宝石とともに姿を消す。

「なんなのよ、もう。無駄足じゃない」

 ヨミは部屋を出ようとドアノブに飛びつく……前にドアが開いた。

 慌てて下がったヨミの前にネイビが立つ。

(まずい)

 ヨミはドアの隙間から廊下へ出ようとしたが、足の痛みで動きが遅れた。その間にネイビがドアを閉める。

「まさか、あなたの方からやってきてくれるとは」

 ニヤリと口角が上がるが紺色の目に光はない。どろりとした不気味な怒りに染まっている。

(……こうなったら)

「にゃーん?」

 ヨミは猫のフリをすることにした。行儀よく座り小首を傾げる。

「「…………」」

 痛い沈黙。ヨミの顔面に見えない汗が流れたところで、ネイビが鼻で笑った。

「無駄ですよ。あなたが甦りの魔女だということは、分かっています。城に連れてこられた時、袋を隠したでしょう? 逃げたことを隠蔽したつもりだったのでしょうが、逆に捕まえた黒猫の中に甦りの魔女がいると判断できました」

 諦めたヨミはため息を吐いて顔をあげた。

「……どうして、王都中の黒猫を集めたの?」
「あなたを捕まえるためです」
「捕まえて、どうするの?」

 なにを分かりきったことを。とネイビが笑う。

「甦りの魔女なんですよね? なら、どこまで刻んでも甦るってことですよね?」

 笑顔なのに不気味な気配。ヨミは毛が逆立たないように抑えながら説明した。

「そういう甦りじゃないわ。刻まれれば普通の人と同じように死ぬ。ただ、そのあとで数十年後に甦るってだけ」
「そうですか。なら、死なない程度に刻みましょう」

 狂鬼を秘めた淀んだ紺色の瞳。背中にゾワリと寒気が走る。

「どうして?」
「兄上は完璧だった。それを壊した。だから、僕があなたを壊す。そうすれば兄上は再び完璧になる」
「なに、その極論。そんなわけないでしょ」
「何事もやってみなければ分からないですよ」

 ネイビが懐から鎖を取り出した。しかもご丁寧に魔力封じが仕込まれている。この鎖に縛られたら最後、魔法で逃げられないのは前回の火炙りで経験済だ。

 ヨミは必死に出口を探した。ドアはネイビの背後。しかも左前足は怪我。素早くは動けない。あとは……

「下手に逃げたら痛いだけですよ」

 ネイビが鎖を投げる。ヨミは痛む足に力を入れ、寸でで躱した。鎖が空を切り、ネイビの手元に戻る。

 ジリジリと壁側へ追い詰められていくヨミ。

「さっさと捕まったほうが楽になると思いません?」
「その後で刻まれるなら、誰だって逃げるわよ」
「まるで人のような言い方ですね。今は猫でしょう?」
「安い挑発、ね」

 再び鎖が襲いかかる。ヨミは窓際にあるテーブルの上へ逃げた。しかし、その動きを読んでいたのか、鎖がテーブルの上をかすめ、花瓶を捕らえる。

 パリンと乾いた音とともに花瓶が砕けた。

 ヨミは逃げ道を探して必死に周囲を見る。背後では風に吹かれた窓がカタカタと音を鳴らす。

 ネイビが痺れを切らしたように、棚にあった他の鎖を手にした。先程と同じ魔力封じの鎖だが、先端に鉄球がある。当たりどころが悪ければ死ぬやつだ。

「無傷で捕まるなら、今のうちですよ」
「嫌よ」

 ヨミの答えと同時に鉄球が飛ぶ。

「ニャッ」

 ギリギリで避けた鉄球はヨミの背後の窓を盛大に割った。

「よし!」

 ここから地面は見えない。近くに飛び移れるような木もない。だが、ヨミは迷うことなく窓から飛び降りた。
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