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初恋の幼馴染みが原因で、今日も元気に推し活してます〜純愛こじらせ20年、やっと出会えました〜

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『純愛とは何か』

 もし聞かれたら、私はこう答える。



 ――――――――呪い、だと。



 私には幼い頃、将来を約束した相手がいる。相手は可愛らしい顔と名前。気が弱く、優しいせいか、よく近所の悪ガキから虐められ、私が守っていた。

「こらぁ! ゆずちゃんを虐めるなぁ!」
「ゴリラが来たぞ!」
「逃げろぉ!」

 悪ガキを追い払うと、私たちは手を繋いて帰った。

「ごめんね、ナツミちゃん。ボクがもっと強かったら」

 幼馴染みは半べそで大きな目をこすった。
 桃のように柔らかい肌は、涙をこらえて赤く熟れ、濡れた長いまつ毛は星屑のように輝く。
 そして、悔しそうにキツく結ばれた口元にあるホクロ。黒い点なのに、ピンク色の唇を妖艶に彩る。その黒い点があると、ないとでは、誕生日の豪華な丸ケーキが大福になるほど違う。
 子ども心でも、ドキッとするほど可愛らしかった。

 大人になったから言える。あれは、美少女……いや、美幼女。性別を超えた色気があった。

 私は記憶とともに怪しい思考に浸る。

 あれは小学校に上がる前。幼馴染みが引っ越しすることになり、私に別れの挨拶に来た時だった。

「ボク、絶対に迎えに行くから。そうしたら、ボクのお嫁さんになって」
「うん、待ってる!」

 こうして私達は指切りげんまんをして別れた。連絡先を聞き忘れ、音信不通になることも知らずに。

 あれから二十年。私も両親の仕事の都合で一度引っ越したが、就職を期に地元に戻り、一人暮らしをしている。
 幼い頃のあんな口約束に期待しているわけではない。でも、なんとなくこの地から離れられない。

「呪い、よね」

 幼馴染みの名前もはっきりと覚えていない。記憶にあるのは、艷やかな黒髪と可愛らしい顔に、口元のホクロ。

 そう。あのホクロが色っぽい。

 ピンポーン。

 現実に戻すように、チャイムが鳴った。

 このご時世。仕事はリモート中心で、イベントやコミケは延期や中止。なるべく家から出ない生活のため、通販や宅配サービスの利用が増えた。

 特に推し活。

 恋愛に関しては幼馴染みのことがあり、いまだに彼氏いない歴=年齢。それどころか、いろいろ拗らせて二次元へ。

 いやぁ、沼って恐ろしいですね。気がついたらハマってる。

 クリック一つで推しのグッズが買える時代。素晴らしい。おかげで部屋は推し関連のグッズが並ぶ。

 漫画、小説、ゲームなど様々なイケメンキャラたち。一見すると共通点はなさそうだけど、よく見れば全員口元にホクロがある。

 病気ですね、はい。わかってます。

 私は愛しの推しキャラに見送られ、新たなキャラグッズを受け取るため、マスクをして玄関のドアを開けた。

「いつも、ありがとうございま……え?」

 そこにいたのは、顔なじみの宅配お姉さんではなく、マスクをしたイケメンマッチョなお兄さん。

 染めた茶色の短髪に、健康的な浅黒い肌。どんな物でも軽々と持ち上げそうな筋肉と、爽やかな笑顔。マスクで隠れた口元に白い歯があればどこぞのポスターのよう。

「あの、いつものお姉さんは?」

 気がつけば訊ねていた私に、イケメンマッチョことイケマッチョがすまなそうに答えた。

「先輩は結婚して移動になったんです。で、自分が新しく配属されて、この地域の担当になりました。まゆずみです。よろしくおねがいします!」
「は、はぁ……」

 突然の展開に私は空返事しかできなかった。

「先輩からいろいろ引き継いでますので、迷惑はかけないようにします!」

 体育会系のノリだろうか。勢いが強い。

「えっと……引き継ぎって?」
「割れ物や小物の注文が多いので、運ぶ時は特に丁寧に、と」
「そ、そそそ、そ、それは、ありがとうございます」

 前に一度、推しのグラスが割れて届いたことがあった。たぶん、そのことだろう。受け取った荷物の伝票にある『加州清光』の文字とバッチリ目が合う。

 こんなイケマッチョに推し活がバレたら死ねる!

 私は慌てて荷物を背後に隠した。不思議そうに首を傾げるイケマッチョに愛想笑いをする。真っ赤になった顔をマスクが隠していることに初めて感謝した。

※※

 リモートワーク中心とはいえ、週にニ日は出勤がある。主に電話番や、会社でしかできない雑用だが。
 ただ、出勤者が少ないので、人と顔を合わすことも少ない。でも、マスクは必須。

「あとニ時間頑張れば、明日は土曜日。休みだ」

 私は自分に気合をいれるため、自動販売機の前に来た。残りの仕事を乗り切るための糖分補充だ。

「よし、コレ……って、間違えた!」

 勢いよく押したボタンは、無情にも狙った一つ隣だった。

「なんでぇ」

 私は飲めないブラックコーヒーを片手に嘆いた。フレッシュな果物の糖分が欲しかったのに、甘みどころか苦味しかない黒い水。

 自動販売機の前で嘆いていると、背後から声をかけられた。

「邪魔になるだろ。なにをしている?」

 夏の暑さも真冬へ変える、氷のような冷徹な声。肩をすくめて振り返ると、この春に転属してきた上司がいた。

 中途採用の私とは違い、同い年だけど出世街道まっしぐら。沈着冷静で無表情なことが多く、綺麗な顔立ちがそれに拍車をかける。

 ついたあだ名は氷の女王。

 いや、上司は男なんだけどね。それぐらい美形なのよ。あと名前が柚木ゆずき かおる。よく取引先から女性と間違われる。幼馴染みも可愛らしい名前、とイジられていた。

 そんな上司、柚木が私の手の中にあるコーヒーに気づいた。

「間違えて買ったのか?」
「あ、は、はい」

 柚木が自動販売機に小銭を入れる。

「好きなのを買え。そのコーヒーはオレがもらう」
「え? ですが……」
「早くしろ」
「は、はい」

 私は急いで買う予定だったオレンジジュースのボタンを押した。
 ぶっきらぼうだけど、こういう優しさが部下から好評価なところ。

 私は密かに柚木が幼馴染みではないか、と思ったり思わなかったりしている。
 記憶の中の幼馴染みと同じ艷やかな黒髪。あの可愛らしい顔は、こんな美形になっていてもおかしくない。同い年だし、あとは口元にホクロがあれば……

「でも、マスクで見えないのよね」

 私の独り言に柚木が反応する。

「なにか言ったか?」
「いえ! なんでもないです!」
「……そうか」

 柚木が缶を開ける。私はドキリとした。

 ここで飲むの!? 飲むなら口が! 口元が見れる!

 私の視線に気づいたのか、柚木が鋭い目を向ける。

「オレの顔に何かついているか?」
「い、いえ! なんでもないです!」

 私は慌てて顔を逸した。私もジュースの缶を開けながら、こっそり柚木の口元を覗き見る。

 右手がマスクのゴム紐を外し、顔の下半分があらわに。

 通った鼻筋と、綺麗な形をした唇。しゅっとした顎。そして、ホクロは……


 ――――――――ない。


 私の心の中でナニかが一瞬で冷えた。あぁ、これ、アレだ。恋に恋していたヤツ。ほんのり淡く、憧れに憧れて、それが恋になったヤツ。

 頭の中を言い訳が駆け巡る。そこにコーヒーを一気飲みした柚木がマスクをつけて声をかけてきた。

「少し聞きたいことがあるんだが」
「ハイ、ナンデショウ?」

 感情のない事務的な言葉が出たが柚木は気づいていない。それどころか少し頬を赤らめ、どこか恥しそうにしている。

「いや、あの、女性に人気がある宝石店を知らないか? 週末に彼女と結婚指輪を買いに行くのだが、どの店が良いか分からなくて。ネットで調べているが、決定打にかけるんだ」
「ア……エット、ソウデスネ。デシタラ……」

 なんか適当に答えていた。記憶にないけど。

※※

 翌朝。
 自宅でやけ酒をしながら泣き明かした。
 勘違いの恋で、未練はまったくないけど、でもやっぱり失恋は失恋。なんか、飲まないとやってられなかった。

 ピンポーン。

 たぶん、注文していた推しグッズの宅配だ。土曜日の昼、しかも酷暑の中を持ってきてくれた。
 仕事だと分かっているけど、その頑張りに泣ける。あ、これ涙腺が崩壊してるわ。

 私は心の片隅で冷静に自己分析しながら冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出した。
 そのままマスクをして玄関へ行き、ドアを開ける。

「お届け物です」
「ありがとうございます」

 私はイケマッチョの顔を見ることなく、荷物と引き換えにペットボトルを差し出した。

「えっ?」
「暑い中、ご苦労様です」
「あ、いや、受け取れないです」

 断られるのは想定内。私は俯いたまま無理やり押し付けた。

「じゃあ、捨てます。いや、捨てといてください」
「捨てっ!? わ、分かりました。ありがとうございます。実は、ちょうど喉が乾いていたんです」

 たぶん苦笑いで受け取っただろう。でも、私は顔を上げられなかった。鏡は見ていないが、たぶん顔は浮腫んで酷いことになっている。
 こんな顔、マスクをしていても見せられない。

「じゃあ、ここに印鑑かサインを」
「あ」

 私はいつも印鑑を出すのに、今日はペットボトルに気を取られて忘れていた。そんな私に気づいたのか、イケマッチョがペンを差し出す。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございました!」

 私がサインした伝票を持ってイケマッチョが走り去る。
 玄関を閉めた私は一息ついて、手の中にあるペンに気がついた。

「返してなかった!」

 二日酔い混じりの頭とはいえ失態が過ぎる。
 私は急いで玄関を飛び出した。まだ、宅配トラックがある。運転席に手を振ろうとして、そこで見たものは……

 マスクを外してペットボトルのお茶を飲むイケマッチョ。

 襟の隙間から覗く喉仏。お茶が通るたびに上下する。それだけで、何故が色っぽい。
 そのまま視線を上げれば、しっかりとした顎。そして、濡れた桃色の薄い唇。そこから斜め四十五度下の理想的な位置にホクロが……

 ホクロ!?

 しかも、大きすぎず、小さすぎず、薄すぎず、濃すぎず。まさに完全無欠なホクロ。



 ホクロの位置から色まで、すべてが完璧……



 遠くから幼い頃の悪ガキの声が走馬灯のように聞こえた。

『まゆゆずちゃーん』
『ゆずゆずちゃーん』
『ゆずちゃんじゃない! まゆずみ、だ!』

 必死に言い返す幼馴染みの声。確か、イケマッチョの名前も……

 運転席でお茶を飲んでいたイケマッチョが私に気づいて窓を開けた。

「どうしました?」
「あ、あの、これ、ペン。返し忘れてて……」
「ああ、すみません。忘れていました」

 イケマッチョがマスクをして窓から身を乗り出す。私はペンを返しながら訊ねていた。

「どうして宅配の仕事をしているんですか?」

 イケマッチョは少しだけ目を丸くすると、照れたように茶色の頭をかいた。

「昔、この辺りに住んでいて、近所の女の子に約束したんですよ。必ず迎えに行くって。でも、今はどこに住んでいるか分からなくて、宅配の仕事をしていたら見つけられるかな、という安直な考えです」

 そう言って笑った顔は、記憶の中の幼馴染みの可愛らしい笑顔と重なり……


 ――――――――あぁ、これは本当に厄介な呪いだ。


 新たな恋の予感がした。

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