上 下
3 / 3

後編

しおりを挟む


「そこまでだ!」


 ホールにあるすべての扉が開け放たれ、鎧がこすれる音となだれ込む足音で占領される。

「誰だ!? 今は学園の卒業パーティーの最中だぞ!」

 バルカン様の発言に私は脱力しかけた。

(ここまでして、これをパーティーと言う? 私の処刑は余興とでも?)

 緊張していた糸が切れたせいか、いつも引き締めている顔が緩み、涙腺が崩壊した。
 うつむいたままの私の頭上を声が飛ぶ。

「剣を持っている生徒を全員、捕縛しろ! 残りは証言者として別室へ連れていけ! 一人も外に出すな。尋問が終わるまで、外部と接触させるな」

 テキパキと指示を出す声。その声は今まで私を罵り、処刑しようとしていたバルカン様の声。けど、そこに。

「やめっ! 貴様ら! 私を王太子と知ってのおこないか!?」

 抵抗するバルカン様の声。

(え? え? 指示をしながら、捕まって?)

 状況が分からない私は思わず顔をあげた。すると、目の前には片膝をついて、私を心配そうに覗き込む紺碧の瞳……

「……バルカン、さま?」

 私の一言にプッと吹き出す目の前の青年。バルカン様とよく似ているけど、バルカン様はこんな風に顔を崩して笑わない。笑うなら人を見下し嘲るような笑い。
 それに、バルカン様はディアンヌ嬢とともに兵士に無理矢理連行されている最中。ちなみにディアンヌ嬢は可愛らしさを活かして無実を訴えているけど、兵士に相手にさえされていない。

(だとしたら、この青年は……誰?)

 目の前の青年が縛られていた縄を切り、ハンカチを出して私の頬に当てた。

「いつも気丈で淑女の君がこんなになるなんて。助けにくるのが遅くなって、すまなかった」

 私は頬にあるハンカチに触れ、そこで自分が泣いていることに気がついた。

「あの、あなたは……」

 青年が金髪を揺らして微笑む。バルカン様と同じ碧眼なのに、比べものにならないほど優しく私を見つめる。

「忘れたかな? 昔、君をこの国とともに愛して守るって誓ったんだけど」

 唐突に蘇る幼い頃の記憶。でも、あの言葉を言ったのは……

「それは、バルカン様が……」

 青年が残念そうに苦笑いをする。

「やっぱり、そう思っていたか。私はバルカンの双子の弟、ヴィン。バルカンの婚約者として育てられていたし、そう覚え違いをしていても仕方ないか」
「ふ、双子!?」

 私は思わず後ずさった。この国では双子は不吉な象徴。そのため、片割れは親戚の家などで育てられる。

「そう。それで、隣国の公爵家で育てられていたんだけど、バルカンとその周囲で不穏な動きがあると耳にしてね。探りを入れていたんだ」
「隣国の公爵家って……」
「君の親戚の、ね。だから、君の近況もいろいろ聞いていたよ」

 我が家は古い血筋の公爵家であり、近隣諸国にも影響力はそこそこある。そのため、国との繋がりと強くしたい隣国の貴族から婚約を申し込まれて嫁ぐこともあり、隣国の貴族に複数の親族がいる。
 けど、まさか、こんなことになっていたなんて!?

 呆然とする私の頭をヴィンが撫でた。その優しい感触が、張りつめていた私の心をほぐしていく。

「君がこんなことになっているなんて、肝が冷えたよ。本当に、死ぬつもりだったの?」
「だっ……そ、それが……公爵令嬢として、生まれ……」

 緊張が解け、声が震えて涙があふれた。助かったんだと実感する。でも、人前で感情を出すなんて。ましてや泣くなんてあり得ないこと。なのに、鼻水まで!

 必死に歯を食いしばり、ハンカチで涙を拭いながら、鼻水も誤魔化す。けど、鼻水って涙と違って粘っこくて伸びる! いや、ちょ、広がらないで!

 いつの間にか必死に鼻水と格闘していると、ふわりと温もりに包まれた。懐かしい花の香りが鼻をくすぐる。
 私はヴィンの腕の中で驚いたまま顔をあげた。

「ほら、これで周りからは見えないよ」
「えっ、あ、その……ありがとうございます?」
「どういたしまして。でも、君が私の幼い頃にしてくれたことに比べたら、なんてことないけどね」
「幼い、頃?」

 ヴィンが私を緩く抱きしめる。まるで存在を確認するかのように。

「双子であった私は忌み子として人から避けられていてね。そんな中、君だけが普通に話して遊んでくれた」
「それは知らなかっただけで……」
「でも、とても嬉しかった」

 幼い頃、親と一緒に城を訪れては秘密の花園と呼ばれる庭でこっそり遊んでいた。そこで、ある日。勉強している子どもと出会った。その子はとても物知りで、頭が良くて。私はいろいろ教えてもらった。

「父に聞いたら、神童と呼ばれていて将来を有望視されているから、一緒に遊びなさいと」
「そうだね。それで、逆に王家を疎ましく思っている連中から命を狙われてたんだ。そいつらは双子が国に災いをもたらすと言って。それで私は秘密裏に君の父の協力で国外に逃げた」
「じゃあ、私はバルカン様とあなたを混同して覚えて……」
「あぁ。それで混乱させてしまったようだ。すまない」

 衝撃の真実に言葉が出ない私は顔をあげたまま固まった。ヴィンが私の髪を撫でながら話を続ける。


「だが、今回のことで反乱分子を燻り出すことができた。バルカンは操り人形として利用されただけだが、あの間抜けぶりでは王族には置いておけない。ディアンヌとともに、それ相応の処罰が下るだろう」
「はい」

 それは当然の結果。貴族内でもかなり勢力図が変わるだろう。

「それで、私が王太子になると思うんだけど。婚約者はシンシア、君でいいかな? 学園の成績が主席で王妃教育も終了している君より優秀な婚約者はいないと思うんだ」
「え? あ、そ、そうですね」
「ただ、一つだけお願いがあるんだけど」

 その言葉に私は身構えた。いつもの私に戻る。

「はい。私にできることでしたらお応えいたします」
「私には嫉妬してほしいな」

 にっこりと笑って言われたおねだり。美形で眩しくて、それでいてカッコいいけど、内容がソレ!?

「あの、政略結婚に愛は必要ないと思いますが?」
「そうだね。でも、ないよりあったほうが良くない?」

 そう言って私の髪を一房手に取り、口づける。その姿に、いついかなる時も動揺しないように教育された私でも顔が真っ赤に。あと、心臓が破裂しそうなほど暴走を始めて。

「か、考えさせていただきます!」
「前向きにお願いするよ」

 この日からヴィンの猛アタックが開始され、私は今まで積み上げてきた淑女の威厳を崩されることになる。



しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

千夜歌
2022.05.09 千夜歌
ネタバレ含む
禅
2022.05.09

王家の力が弱まりつつあり、王子がバカであることに目をつけられ傀儡にして政権を乗っ取ろう……としていた貴族たちを一網打尽にするため
ギリギリまで泳がせていたら
思いの外、暴走していた、という裏設定がありますね(;´∀`)

時間的に余裕がないので、続編は難しいですが
続きを読みたいと言っていただき、とても嬉しいです!(人*´∀`)。*゚+

感想ありがとうございました!

解除
dragon.9
2022.05.09 dragon.9
ネタバレ含む
禅
2022.05.09

じわじわ逃げ道を塞いで、裏についていた貴族とまとめてプチッと……( ꈍᴗꈍ)

感想ありがとうございました!

解除

あなたにおすすめの小説

辺境伯令息の婚約者に任命されました

風見ゆうみ
恋愛
家が貧乏だからという理由で、男爵令嬢である私、クレア・レッドバーンズは婚約者であるムートー子爵の家に、子供の頃から居候させてもらっていた。私の婚約者であるガレッド様は、ある晩、一人の女性を連れ帰り、私との婚約を破棄し、自分は彼女と結婚するなどとふざけた事を言い出した。遊び呆けている彼の仕事を全てかわりにやっていたのは私なのにだ。 婚約破棄され、家を追い出されてしまった私の前に現れたのは、ジュード辺境伯家の次男のイーサンだった。 ガレッド様が連れ帰ってきた女性は彼の元婚約者だという事がわかり、私を気の毒に思ってくれた彼は、私を彼の家に招き入れてくれることになって……。 ※筆者が考えた異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。クズがいますので、ご注意下さい。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

悪役令嬢を追い込んだ王太子殿下こそが黒幕だったと知った私は、ざまぁすることにいたしました!

奏音 美都
恋愛
私、フローラは、王太子殿下からご婚約のお申し込みをいただきました。憧れていた王太子殿下からの求愛はとても嬉しかったのですが、気がかりは婚約者であるダリア様のことでした。そこで私は、ダリア様と婚約破棄してからでしたら、ご婚約をお受けいたしますと王太子殿下にお答えしたのでした。 その1ヶ月後、ダリア様とお父上のクノーリ宰相殿が法廷で糾弾され、断罪されることなど知らずに……

【完結】貴方が嫌い過ぎて、嘘をつきました。ごめんなさい

仲村 嘉高
恋愛
侯爵家の長女だからと結ばれた、第二王子との婚約。 侯爵家の後継者である長男からは「自分の為に役に立て」と、第二王子のフォローをして絶対に逆らうなと言われた。 嫌なのに、嫌いなのに、第二王子には「アイツは俺の事が好きだから」とか勘違いされるし 実の妹には「1年早く生まれただけなのに、王子様の婚約者なんてズルイ!」と言われる。 それならば、私よりも妹の方が婚約者に相応しいと周りに思われれば良いのね! 画策した婚約破棄でも、ざまぁっていうのかな? そんなお話。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。